2017年07月23日

ジョブ・キャリアの分割と、高度プロフェッショナル制度

先日、「ジョブなのか、キャリアなのか、それが問題だ」というエントリーの中で、ジョブとキャリアを明確に分けないから、日本人はホワイトカラー・イグゼンプションを理解できないと書いたのだが、ちょうど今日、こんな記事を見かけた。

<労働時間実態調査>時間減らしたくても仕事が終わらず
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170722-00000086-mai-soci

これは、ジョブとキャリアを分けて考えていないから出てくるひどい考え方の典型である。日本で言われている「高度プロフェッショナル」(高プロ)というのは、キャリア職の中で、さらに自分の裁量で業務量を調節できる立場の人間である。そして、その高プロ制度の導入に対して、ジョブ職の人間たちが反対を唱えているのである。おかげで、高プロの待遇も、その他のキャリアの待遇も、もちろんジョブの待遇も、ほとんど変わらない。

終身雇用と年功序列ゆえ、日本ではジョブ職として入社して、ジョブ職を続けていても、給料はアップしていく。しかも、クビにもならない。コピーを取り続けるしかできない人材でも、定年まで働き続け、勤続年数に応じて高い給料をもらうことが可能だ。実際にはこんなことを全員がやっていては会社は倒産してしまうので、多くのジョブ人材は、徐々にキャリアカラーの濃い仕事を担当するようになっていく。そのためには長い残業が必要だったり、社内研修が必要になったりする。

日本でキャリア人材とジョブ人材を十把一絡げにして扱う。終身雇用と年功序列の中で、少しずつその配分が変わっていくようなキャリア・パスを用意する。仕事の性格(ジョブなのか、キャリアなのか)と、それを担当する人間の権利をそれぞれに分けて考えないから、日本の労働環境は全く改善されない。

それでもなお、日本でキャリアとジョブをわけて考えないのはなぜか。それはおそらく労働者サイドの事情による。「あなたは、ジョブを続けている限り、収入は増えません」とされてしまっては、困るのは労働者だ。終身雇用と年功序列は会社にとってよりもむしろ労働者にメリットが大きい。能力が低くても、勤勉な姿勢であればそこそこの人生を送れることは、農耕民族として一億総中流社会を構築してきた日本人にはとても都合が良かったのである。日本が国内だけで完結していられるならこれでも良かった。しかし、今の世界は鎖国が可能な状態ではない。そうして、年功序列と終身雇用、換言すればキャリアとジョブの明確な分離をしないことによって、さまざまな部分で軋轢を生みつつある。

その最大のものが、同一労働同一賃金が実現しないことだ。ここまで書いてきて初めてこの言葉が登場したのだが、今の日本が絶対に実現しなくてはならないのが、この同一労働同一賃金である。

しかし、同一労働同一賃金は、単独で実現できることではない。終身雇用の解消も、年功序列の解消も、キャリアとジョブの明確な分離も、労働力の流動化も、全てが協調して作用しなくては実現しない。これは非常に簡単な話で、たとえば同一労働同一賃金の会社では、コピーしか取ることのできない社員は、賃金がアップする理由がない。これは、同一労働同一賃金と年功序列と共存し得ないことを意味する。安倍晋三は政府の方針として同一労働同一賃金の実現を単独で掲げているようだが、これは彼が馬鹿であることの証左である。彼は、ことの困難さをさっぱり理解していない。特に、この問題を正規、非正規の問題に落としているところが馬鹿である。(正規、非正規という言葉も法律的にはかなり疑問がある表現で、無期雇用、有期雇用で考えるべきだが)両者は第一にでてくるのではなく、キャリアとジョブの権利を考えるフェイズで登場するべきである。

ここで話を戻すが、日本社会の労働環境は、色々で複雑な問題を抱えている。この中でもっとも簡単に実現できそうなのが、ジョブとキャリアの分離である。これは、労働者にとってもメリットが大きいし、単独でも考えやすい。

まず、ジョブとキャリアを分離しないことの問題点をはっきりさせておきたいのだが、それは、労働者が、両者を一体化して、その権利を主張していることに尽きる。キャリア人材とジョブ人材は置かれている立場が全く異なるので、求めるものも異なってくるはずだ。ところが、ジョブ人材が求めている権利を、キャリア人材までが享受してしまうから、おかしなことになってくる。

たとえば、ジョブ人材はそのままでは自身のスキルがアップしないので、給料は据え置きになる。その給与で一生を終える可能性もあるので、給与水準は一定の高さが要求されるし、雇用もなるべくたくさん確保される必要がある。つまり、最低賃金のアップや、雇用の維持は、もっとも大切になってくる。場合によってはキャリアアップにつながる勉強も必要になってくるが、それは業務外の時間を当てなくてはならないから、残業もほぼない状態にすべきだ。そもそも、ジョブ職は自身の時間を提供する職なので、残業は時間の不当な搾取となる。かように、ジョブ職は十分に配慮される必要がある。また、仕事の安定性も重要なので、無期雇用についても十分に検討される必要がある。ジョブ職の人間が勉強して他の仕事にキャリア・アップするなら、自主的に退職することになるから、ジョブ職に長い雇用期間が割り当てられたとしても、労働市場の硬直化にストレートにつながるわけではない。米国では最低賃金が15〜18ドル(約1650〜2000円程度)と、日本の倍程度だが、その背景にはこういった事情がある。

一方で、キャリア職は、仕事を通じて自身のスキルがアップするので、スキルが低いうちは給料が低くて当たり前だ。勉強する時間もジョブ職ほど必要とされないので、残業があっても大きな問題とはならない。それ以前に、多くの場合、キャリア職は時間で仕事をしないので、時間給という考え方が適用困難で、能力給となる。ただし、初期のキャリア職は、自分の裁量で仕事を調節できることは稀なので、冒頭で紹介した高プロにはほとんどの場合で該当しない。初期のキャリア人材については、残業量などについてきちんと守られる必要はあるだろう。このように、高プロについては、その中で別途いくつかの詳しい条件設定が必要になってくるはずだ。

ともあれ、キャリアとジョブを分割してしまえば、キャリアの待遇を規定する「高度プロフェッショナル制度」について、ジョブ人材が口を出してくることはなくなるだろう。ジョブ人材は、高プロなどよりも最低賃金のアップに向けて権利主張した方が、ずっと生産的だ。

現在は、ジョブ職の人間が賃金アップや雇用の安定といった権利を主張し、その成果をキャリアまでもが享受している。結局、一番得をしているのがキャリア職なのだ。こうした背景から、日本では良い大学に行って、良い会社に入ることが最大のステータスとなっている。そして、そういう立場の人間が、職業の安定と、高賃金という、二兎を得ているのである。社会はハイリスク・ハイリターンとローリスク・ローリターンとなるべきところ、日本社会はローリスクハイリターンのキャリア職と、ハイリスク・ローリターンのジョブ職に分離している。これがいわゆる「格差拡大」や「格差の固定化」の実態である。

実数的にはおそらくキャリア職の方がジョブ職より少ないので、普通の民主主義なら、人数が多いジョブ職が自身の権利を主張し、社会が変わっていくはずだ。ところが、日本社会はそうならない。どういうカラクリがあるのか。狡猾なキャリアたちは、「頑張れば、あなたたちも勝ち組になれるかもしれませんよ」と、ジョブ人材に対してキャリア職の待遇というニンジンをちらつかせるのである。すなわち、「非正規社員の正規化」である。こうした、勝ち組が負け組に対してニンジンを見せるやり方は、ポスドクが大量に余った時にも顕在化した。

しかし、ジョブ人材は、仕事内容が変化しないなら、スキルアップが難しい。単に有期雇用を無期雇用に変更しただけなら、よっぽどのことがない限り、描いた将来像はどこかで破綻する。今、高プロのような制度が社会から要請されていることからも、それは明らかだ。

#なお、高プロ制度とは、突き詰めれば「あなたの仕事は時間ではなく内容で評価するので、良い成果を出せるよう、自己の裁量で好き勝手にやってください。そのかわり、成果が出なければクビですよ」ということであるべきだ。

ここまで、高プロ制度とジョブ・キャリアの分離について、その関係について書いてきた。かなり長くなってしまったが、要すれば、「高プロ制度はキャリア人材のための制度なので、ジョブ人材が口出ししても何も良いことがない。まず、キャリアとジョブを明確に分割し、それぞれに必要な権利を主張しろ」ということである。この二つを分割して考えないということは、ラーメン屋と寿司屋で同じように経営を考えるような無理がある。やってできないことはないが、手間がかかるし、100点の回答も得られない。そして、この分割ができないなら、つまり、労働者の意識改革と、それに派生する労働市場の流動化を実現できないなら、日本はいつまで経っても再浮上のきっかけをつかめないだろう。これは、僕が当初からアベノミクスに対して否定的な理由である。  
Posted by buu2 at 13:58Comments(0)ニュース

2017年07月22日

朝日新聞とNHKで、どちらの和訳が正しいのか要確認(メモ)

別にトランプも、安倍晋三も、どちらも全く支持していないというか両方とも超否定派なんだけれど、朝日新聞にこんなニュースが載ったので、ちょっと読んでみた。

トランプ氏「昭恵氏はハローも言えぬ」 米紙「誤り」
http://www.asahi.com/articles/ASK7P31MVK7PUHBI00R.html

さすがに、どんな馬鹿でも今時の日本人ならhelloぐらい言えるだろうと思ったのだが、トランプは

「私は安倍首相の夫人の隣に座った。素晴らしい女性だが、英語を話さない」
安倍晋三首相夫人の昭恵氏が英語を話せず、「ハローも言えない」


と語ったらしい。こういう場面に遭遇した場合は元ネタにアクセスするのが肝要なので、new york times trump akieでググってみて、Washington Postの記事を発見した。

Why Japan’s first lady was probably not snubbing President Trump at the G-20 dinner
https://www.washingtonpost.com/news/worldviews/wp/2017/07/20/why-japans-first-lady-was-probably-not-snubbing-president-trump/?utm_term=.1f8b4779cca9

中を読んでみると、こんな記述がある。

TRUMP: So, I was seated next to the wife of Prime Minister Abe, who I think is a terrific guy, and she’s a terrific woman but doesn’t speak English.

HABERMAN: Like, nothing, right? Like zero?

TRUMP: Like, not “hello.”

HABERMAN: That must make for an awkward seating.

TRUMP: Well, it’s hard, because you know, you’re sitting there for—

HABERMAN: Hours.

TRUMP: So the dinner was probably an hour and 45 minutes.


高校までに習った英語で覚えている限りでは、Trumpはcan’tではなく、doesn’tと言っているので、正確には「ハローも言えぬ」ではなく、「ハローも言わぬ」ではないかな、と思った。それか、こういう口語表現ではdoesでもcanの意味合いを持たせることがあるのかな、と思っていたら、NHKニュースでは「言わない」と訳していた。

記者から「全く話さないのか」と質問されると、「ハローも言わないくらいだ」と答えた

出典:「安倍首相夫人は英語話さない」 トランプ大統領発言に波紋
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170721/k10011067331000.html

「言えない」と「言わない」では随分とニュアンスが異なる。朝日新聞とNHKと、どちらが正しいのか、今度ネイティブに聞いてみようと思うので、忘れないようにメモとして記事を書いておく。  
Posted by buu2 at 02:11Comments(0)ニュース

2017年07月20日

「i」と「e」の発音

唐突だけど、日本人は「i」を「い」、「e」を「え」と発音したがるけど、米国人は「i」は「あい」、「e」を「い」って発音することがほとんどのような気がする。motokiも、「もとかい」って呼ばれることが多い。  
Posted by buu2 at 01:12Comments(2)英語学習

2017年07月19日

Hanabi Ramen Clarendon(再訪)

5月に一度訪問していたHanabiが、スープを一新したということだったので、食べてきた。以前の評価はこれ。

Hanabi Ramen Clarendon
http://buu.blog.jp/archives/51546570.html

今回も注文は豚骨ラーメン。




スープは九州系のとんこつスープ。ダシは取れているのだが、濃厚というほどではなく、ちょっと塩気が薄い。普通、ラーメンのスープは色々なダシで味を出しつつ、香味野菜などでバランスを取ったり、臭みを消したりするものだが、この店のスープはバランスが悪く感じる。何か、素材の味同士が丼の中で喧嘩している感じなのだ。こういう場合、強烈に濃厚にするとか、塩味を濃いめにするといった対応が考えられるのだが、この店ではその調整がうまくいっていない印象を受ける。こちらの米国人にはこれが受けるのだろうか?

麺はコシが不足気味。この店がどこから麺を調達しているのかわからないが、製麺所を変更しないと根本的な解決は難しいだろう。

チャーシューはイマイチ。肉質だけは容易に確保できるのが米国のアドバンテージだと思うのだが、失敗しているようだ。

評価は1/BCC。

続いて、同行者が注文した担々麺を試してみた。




麺は北海道系の縮れ麺で、北海道系としてはやや細めである。なかなかの良品だが、コシがあるという感じではない。歯ごたえはあるけれど、コシ、噛んだ時の粘りがなく、プチッと切れてしまうような食感である。

スープは辛味は良いのだが、こちらも微妙にベーススープの弱さが感じられ、麺を食べさせるところまではいってない。ただ、辛いぶん、豚骨よりは美味しく食べることができる。

チャーシューはトッピングされていないので無評価だが、ひき肉はまぁまぁの味である。

担々麺の評価は4/BB-。

全体として、担々麺なら悪くはないのだが、Daikaya、トキ、陣屋、Haikanには及ばない感じである。「まずい!」と切り捨てるほどではないけれど、わざわざ食べに行くほどでもない。もちろん、日本からの観光客にもオススメしない。




Hanabi Ramen Clarendon
3024 Wilson Blvd
Arlington, VA 22201  

2017年07月18日

ジョブなのか、キャリアなのか、それが問題だ

僕は寡聞にしてAXIAという会社を知らないのだけれど、社長が書いているこのブログ記事を読んでなかなか大した会社だなと感じた。

エンジニアは業務時間外でも勉強するべきなのか
http://axia.co.jp/2017-07-18

要すれば、「エンジニアが業務時間内に勉強するとか馬鹿じゃねぇの?」という内容なのだが、予想通り、馬鹿なはてなブックマーカーどもが馬鹿なコメントをつけて、星を集めている。日本は本当にダメな国だ。こんな奴ばかりだから、ただでさえ積み荷の重い船が、どんどん沈んでいくのである。

僕が日本を脱出して米国に来てから1年以上が経つのだが、日本にいるときには漠然としか感じていなかったことで、こちらに来て、米国移住者に対してのメリーランド州が実施している授業を受けたことによって明確化されたことが二つある。一つは、先日書いた民主主義の手法についてである。もうひとつが、キャリアとジョブの違いだ。その違いを日本人は理解していないので、冒頭で紹介したブログを批判する、とんちんかんな考え方が横行するのである。

では、キャリアとは何で、ジョブとは何か。キャリアは、その仕事を通じて個人のスキルが明確にアップする仕事(職業)である。たとえば、美術館のキュレーターなら、仕事を通じて、同時に自身の美術に関する知識や経験が積み重なって、スキルがアップする。ジョブはこの逆で、単に時間を提供することによって雇用主に労働力を与える仕事(職業)である。ジョブの例としては、コンビニのレジやファミレスの店員などが挙げられる。内容的にはキャリアとジョブにはこういう違いがあるのだが、別の軸で考えると、キャリアは労働者のスキルアップになり、これは待遇のアップにつながる。転職するたびに給料はアップしていく。一方でジョブはいくらやってもスキルアップがないので、転職しても給料は変わらない。だから、ジョブをやっている人が待遇のアップを欲するなら、自分で勉強する必要が出てくる。

加えて、ここにひとつ大きな問題があって、冒頭のブログで扱っているようなITエンジニアなどの場合、ジョブをやっているだけでは持っているスキルが陳腐化し、使い物にならなくなる可能性があるのだ。炭鉱が閉山した炭鉱夫のようなもので、スキルが未来永劫必要とされるとは限らない。コンビニの店員だって、レジのセルフ化が進めば不要になるだろう。ファミレスの店員もロボットに置き換えられるかもしれない。だから、今あるジョブが10年後もそこに存在し続けるとは限らないと知っておく必要がある。

キャリアとジョブは完全に二分することができるわけではなく、キャリア色の濃い仕事と、ジョブ色の濃い仕事という切り分けになる。コンビニの店員であっても、接客を続けているうちに接客のスキルがアップする可能性はあって、キャリア色が全くないわけではない。しかし、業務外でたとえば英語の勉強をしたなら、「外人客の接客が可能な店員」として、ワンランクアップの待遇を得ることができるかもしれない。でも、その英語の勉強は当然業務時間外にやるべきことだ。

冒頭で紹介したブログの会社の社長は、ITエンジニアはジョブであると考えているのだろう。日本人は、このキャリアとジョブの違いを明確に把握していないのが大きな問題なのだ。大企業や役所の年功序列はキャリアとジョブを混合してしまう慣習なので、そういう社会にどっぷり浸かってしまうと、そこから脱出できなくなるのだろう。日本語にするとキャリアもジョブも「仕事」(職業)になってしまうのも不幸なことだ。だから、日本人の多くは、キャリアとジョブの違いを意識できないし、肌感覚として同一労働同一賃金も理解できないし、ホワイトカラー・イグゼンプションも理解できないのだ。

僕は、大学院を出てすぐに三菱総研に就職したけれど、そこの仕事内容が全くの「ジョブ」だったので、6、7年でやめてしまった。在職時、副社長や人事部長に直接述べたのは、「自分の能力を切り売りしているだけで、全くスキルアップにつながらない。この会社にいたら、三菱総研の仕事の処理は上手になるだろうが、社会的には全く無能な人間になる」ということだった。つまり、「俺にジョブなんかやらせてんじゃねぇよ」ということだ。その後、僕は理研で3年、経産省で2年働いて、以後はベンチャー界隈を歩き回っているのだが、理研も、経産省も、キャリア・アップにつながった。30代半ばで年収1300万円ぐらいになっていたのだが、それは常に自分のキャリア・アップを意識して、そうなるような職場を選んできたからである。

本来、全ての労働者は、自分がやっている仕事がキャリアなのか、ジョブなのか、意識する必要がある。その上で、自分のキャリア・パスを考えて生きていかなくてはならない。その必要性をなくしてきたのが終身雇用や年功序列といった日本型雇用習慣だが、そのやり方に限界がきていることは、ほぼ全ての日本人が認識していると思う。今、多くの労働者が考えているのは、「自分は逃げ切れるか、逃げ切れないか」である。僕の私見で言えば、公務員は、50代以上は逃げ切れるだろう。大企業になると業種によって差が出てきて、たとえば東芝やシャープなどの電機関連は厳しそうだ。とはいえ、50代以上は、多くのケースで、逃げ切ろうと思えば逃げ切れるような気がする。ただし、そういう社員が多ければ多いほど、そのツケは後進に及ぶことになる。それらの会社が30年後に生き残っている可能性はかなり低いのではないか。

冒頭の記事に対して異論を唱えている人間は、遅かれ早かれ、日本の荷物になる。キャリアが偉い、ジョブがだめ、という話ではない。今、自分がやっている仕事はキャリアなのか、ジョブなのか、そこを明確に把握するのが第一段階。その上で、人生にどういうキャリア・パスを描くのか考えるのが第二段階。これができて当たり前で、ふたつをごっちゃにして権利だけを主張している奴らは、ただの迷惑でしかないということだ。そして、そういう奴らが山ほどいるから、日本は再浮上できない船なのだ。

僕が冒頭の会社の社長に感心するのは、そういう絶望的な状況にあっても、何とか打開していこう、日本を海外と対等に渡り合える国に育てていこうという強い意志を感じるからだ。僕は、すっかり嫌になって、面倒臭くなって日本を逃げ出して米国で楽しくやっているクチなので、せめて応援だけでもしておきたいと思い、このエントリーを書いた。

#先日も、国連関係のパーマネント職やこっちで起業した人たち(日本人)と飲みながら話したけど、日本は一年に数回ちょっと遊びにいって美味しいものを食べてくるのがちょうど良い国ということで意見が一致した。ずっといるのは疲れるし面倒臭い。だいぶ前に桃井かおりが「世の中バカが多くて疲れません?」って言ってたけど、まさにそんな感じである。

##続きも書いたよ
ジョブ・キャリアの分割と、高度プロフェッショナル制度
http://buu.blog.jp/archives/51550477.html  
Posted by buu2 at 23:00Comments(0)日記

2017年07月17日

Despicable Me 3(怪盗グルーのミニオン大脱走)

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ミニオンは脇役なのになぜか主役のような扱いの日本では、旧作も含めまるで主役のような邦題がついているのだが、もちろんこの映画の主役はミニオンではなくグルーである。

映画自体は他愛もない内容だが、普通に大人から子供まで楽しめるようにできている。音楽も懐メロを上手に取り入れていて、子供にせがまれて映画館を訪れた中・高年への配慮も怠りない。

とはいえ、いろいろな伏線が回収されないままに90分の上映時間が終了してしまったのはとても残念。「あれはどうなっちゃったの??」という話がいくつもある。

それにしても、米国人はマイケル・ジャクソンが大好きなんだね。あと、子供の目がものすごくキラキラしている。

「この程度の英語は完璧に理解できるようにならないと」と思った。  
Posted by buu2 at 00:12Comments(0)映画2017

2017年07月16日

政治家を育てるのは有権者である

(1)民主主義に参加する手法
突然だが、「民主主義において、市民が政治に参加する手法としてどんなものがあるか?」と聞かれたら、なんと答えるだろうか。できるだけ多く考えて欲しい。








多くの日本人がすぐに思いつくのが「選挙で投票する」だろう。もちろん、正解だ。だが、正解はひとつではない。投票は一番普通で、ある意味行儀が良いやり方だ。そして、ここで終了して、「他にもあるの?」と考え込んでしまう人が少なくないかもしれない。では、他にどんなことがあるのか。

まず、「知り合いと話し合う」といった、他の住民たちとの意見交換が考えられる。

次に、「デモに参加する」などの、意思表示が考えられる。

ここまでで、「あぁ、そんなのも民主主義の手法なんだ」とわかれば、他にも色々思いつくかもしれない。「ブログやSNSで自分の意見を表明する」も、立派な民主主義の手法のひとつである。要は意思表示の手法なので、「誰に表明するのか」と考えていくと、さらにいくつかの手法を思いつく。

役所に意思表示するなら、「役人に意見を言いに行く」のもひとつだし、「パブリック・コメントに投書する」のもひとつだ。上に書いた「デモ」は不特定多数に意思表示する手法だが、不特定多数に対して意思表示するならマスコミを利用するのも有効な手段である。たとえば「新聞に投書する」などである。

さて、意思表示する先として、知人、不特定多数、役所と挙げてきたのだが、大事なところが抜けている。それが何だかわかるだろうか。

「政治家」である。その手法としては、古くからあるものなら「政治家の事務所に電話する」「政治家の選挙事務所に行く」などが挙げられるし、今なら「政治家のFacebookに書き込む」「政治家のTwitterアカウントに書き込む」といった手法もありうる。


(2)政治家とは
日本人は、選挙で投票することの大切さすら理解していない人が多いのだが、投票以外の行動を起こす人はもっと少ないのではないか。投票に行く人であっても、選挙の後で政治家にダイレクトに意見を言う人は少ないと想像する。しかし、たとえ自分が支持していた政治家が選挙で落選したとしても、選挙が終われば、当選した政治家は自分たちの代表として行政にあたる人物なのだ。

安倍晋三氏が秋葉原で「こんな人」と国民を二分して顰蹙を買ったのは記憶に新しいところだが、安倍晋三氏が馬鹿なところは、自分は「こんな人」たちの代表でもあることを忘れている点だ。ひとたび総理大臣になったからには、すべての国民の代表でなくてはならない。一年ほど前、彼は「私は立法府の長ですよ」と発言して馬鹿っぷりを全世界に披露したのだが、その程度のおつむなので、自分が国民の代表という認識は持ち合わせていないのだろう。しかし、総理大臣は国民の代表だし、各選挙区の議員はその選挙区の有権者の代表のはずだ。

#僕は、日本の政府が国連の核兵器禁止条約に対して反対票を投じたことについては全く同意できない。国民の過半数が反対票に同意するなら仕方ないと思うのだが、果たして本当に国民の過半数が核兵器禁止条約に対して反対のスタンスなのだろうか。

話をもとに戻すが、投票が終われば国民の政治参加は終了ということではない。むしろ、選挙のあとの方がずっと大事なのである。政治家は、中央官僚たちに対して「俺は住民の代表だ」という立場で役人に対応し、指示を出す。その人間に対しては、選挙後も一貫して、意見を言う権利を私たちは保有しているのである。それは、与党の支持者だけではなく、野党の支持者でも同じである。

僕は日の出テレビという政治家が運営しているテレビ局の運営に参画したことがあって、その際に、現在の神奈川県選出の衆院議員および当時から現職だった数名の市会議員と一緒に仕事をしていたことがある。おかげで、それらの政治家の質というものを間近で見て来た。正直に評価するなら、飛び抜けて優秀な頭脳の持ち主はひとりもいなかった。知識も、思考力も、僕がこれまで三菱総研や経済産業省で見てきた人たちと比較すると、かなり劣っていたと思う。頑張っても、彼らの半分ぐらいがまぁまともかな、というレベルだった。もちろん、日本中を見渡せば、優秀な政治家もいるのだろうが、少なくとも、日の出テレビ界隈では、イマイチに感じた。しかし、頭脳明晰ではないし、知識も足りないけれど、性格の悪い人はいなかったと思う。普通に真剣に政治を考えていたし、普通に「良い人たち」だった。

#一部の主義主張で全く相容れない部分もあったのだが。

日本人にとっての政治家像は「非常に頭脳明晰で知識、経験ともに豊富な人材で、全てを任せておけば安心」というものかもしれないのだが、実際は全くそんなことはない。個人的には、そんな政治家は後にも先にも、後藤田正晴ぐらいしか知らない。あとは、元芸能人だったり、スポーツ選手だったりする人を代表例として、あらゆることに秀でた人などいないのだ。その背後にいる支持者の方がよっぽど優秀なことだって当然ある。だからこそ、選挙が終わったらそれでおしまい、ではないのである。ところが日本人は選挙の結果に一喜一憂して、自分の支持者が当選したらそれで終了、あとは政治家にお任せ、落選したらがっかりして、やっぱりそれで終了である。つまり、無関心というやつだ。中には自分の活動領域で政権批判を繰り広げるといった情報発信をする人もいるだろうが、そうして不特定多数に意見を投げかけても、同じ考えの有権者以外には、その声は届かないものだ。結局、そういう活動は自己満足の域を出ない。


(3)選挙後に有権者がやるべきこと
大事なことは、自分の選挙区の代表である政治家に働きかけることだ。もともと情報を持ち合わせていないのが政治家なのだから、自分が持っている情報を提供するのでも良い。知恵が足りないと感じたら知恵袋を買って出ても良い。もちろん、活動は肯定(=応援)である必要はなく、批判だって構わない。その政治家が各種SNSを運用しているなら、ダイレクトに書き込むのでも良い。僕はFacebookというシステムはあまり評価していないのだが、そこでの書き込みを他の大勢の有権者が見ることができるという点で、有権者が政治家に意見を述べるツールとしてはとても有効だと感じている。そして、その政治家がまともな感覚を持ち合わせているなら、たとえどんなことを書かれたとしても、その内容が法的に問題がない限り、有権者の書き込みを削除したり、ブロックしたりすることはできないのである。それが政治家の宿命でもある。

日本の民主主義、特に都市部の民主主義は、有権者は選挙で投票したら終了だし、政治家は時々駅でマイクを持って演説したり、支持者の集会に出たりする以外は特に目立った活動をしない。ほとんどの国民が、選挙と、いわゆる「街頭演説」や「辻立ち」以外で政治家を見かけることはないのではないか。少なくとも、僕の周りの人に聞いてみた限りでは、政治家と個人的に知り合いという人以外は、政治家との接触はほとんどなかった。ごくわずかにあったとしても、飲み会に参加者の一人の知り合いとして顔を出したとか、結婚式でスピーチしていたという程度である。自分から政治家の選挙事務所に行ったり、電話したりしたことがある人は誰もいなかった。多分、そういう行動が民主主義の手段だと知らないのだと思う。

しかし、相手は驚くほど有能ということではないし、万能でもない。どこにでもいる普通の人間にすぎないのである。有権者は、上から目線で「教育してやる」「情報提供してやる」でも構わないのだ。政治家は、公務員に対しては大きく出ることができても、有権者に対してはそれができない。有権者からしてみれば、相手は、有権者の代表を買って出て、たまたま当選しただけの人間である。そして選挙のあと、立派に役目を果たすかどうかは、選挙後の有権者の行動次第でもある。

もちろん、様々な働きかけをしても、一向に反応がないかもしれない。しかし、それでも、何もしないよりは良いし、ブログやFacebookで意見を書くよりもずっとマシだ。日本人はおとなしすぎるし、直接ものを言うのは行儀が悪いと考えている節がある。でも、米国の民主主義を見ていると、政治家にものをいうのは全く行儀の悪いことではないとわかる。反トランプ政策のデモには大人から子供まで参加するし、デモの終着地は議会で、シュプレヒコールは「お前ら、ちゃんと仕事しろ」である。小学生のテキストには、民主主義への参加の手段として、「政治家の事務所に電話する」と書かれている。むしろ、不満に感じて何もしないことの方が悪なのだ。

少なくない反安倍内閣の人たちは、東京新聞社会部の望月衣塑子記者がしつこく菅官房長官に食い下がっているのを見て「よくやっている」と評価していると思うのだが、結局、そこまでで他人任せにしているのではないか。記者ではなくても、一般の有権者でも、政治家に対して直接働きかけることができるにも関わらず。


(4)民主主義に対するプライド
最近、米国人と議論していて強く感じるのは、彼らの民主主義に対するプライドの高さである。米国人は、大きな内戦や公民権運動を通じて、血を流しながら自由と平等を獲得してきた。だから、自分たちの理想としている民主主義が機能不全を起こしそうになると、やっきになって抵抗する。戦争に負けて棚ぼた式に民主主義が落ちてきた日本とは大きく違うのだろう。

日本はといえば、安倍晋三氏が圧倒的多数の議席を背景にやりたい放題好き勝手にやっても、飲み屋でクダを巻くか、せいぜいデモに参加したり、ブログに記事を書いたりする程度である。これらが全く無意味だとは思わないし、こうやって書いている僕もブログで安倍晋三氏の批判を続けている一人だが、やはり、もっとダイレクトに政治家に働きかけるべきだと思う。

日本の政治家の質が低いのは、彼らを選ぶ国民の質が低いからだ。馬鹿の代表は、馬鹿にしかなりえない。「でも、立候補するのが馬鹿ばかりで、投票する先がないんだからどうしようもない」という意見が聞こえてきそうだが、実際には、まだ手段が残されている。選挙で馬鹿な政治家が選ばれてしまったとしても、有権者には、まだ彼らを教育することができる。きちんとした情報提供や議論を通じて、ちゃんとした政治家へと成長させれば良い。いくら意見を述べても政治家が全く聞く耳を持たず、かつ、その意見が正しいなら、遅かれ早かれ、その政治家は選挙で落選するだろう。

#その意味で、「こんな人」として国民を二分して、その片方に対して聞く耳を持たない安倍晋三氏は総理大臣である前に政治家としても相応しくない。より多くの人の意見に耳を傾ける謙虚さがない。こういう人物は「無知の知」という言葉を知らず、未来永劫馬鹿であり続ける。なぜ多くの日本人が彼を支持しているのか不思議でならない。

選挙で投票したかどうかに関わらず、政治家にものをいう権利を僕たちは保有している。そして、そういう行動によって、政治家をランクアップさせることができるかもしれない。

安倍内閣に河野太郎氏が入閣する際、それまで反原発など、自民党の党議拘束からは外れているようなことまで書いていたブログを閉鎖してしまった。この時、僕はかなり腹が立ったし、失望もした。どんな政党から出馬しようとも盤石の基盤を持つ河野太郎氏が、自身のブログを閉鎖してまで入閣した姿を見て、「あれだけの支持者の支援をもってしても、細田派の意向には歯向かえないのか」と驚いた。そして同時に、神奈川15区の有権者たちが「安倍晋三にそっぽを向いても、俺たちが支援し続けるから大丈夫だ」とアピールできなかったことにも失望した。僕にとっては、河野太郎氏がブログを閉鎖したのは、河野太郎という政治家個人の話ではなく、河野太郎と、神奈川15区の有権者が安倍晋三氏の軍門に下った瞬間でもあった。

僕は神奈川15区の人間ではないので、河野太郎氏のブログ閉鎖の一件については所詮傍観者の一人に過ぎないのだが、自分が住んでいる選挙区から選出されている政治家に同じ行動を取って欲しくないと強く感じた。そのためには、有権者ひとりひとりが、もっと政治家に対してダイレクトに働きかけていくべきなのだ。幸いにして、インターネット時代になって、政治家への働きかけは容易になってきた。年齢も、性別も、肩書きも、コネもカネも関係ない。日本人はインターネット時代の民主主義へと踏み出すべきなのだ。それは、投票以外の手段、具体的には、政治家への直接的な働きかけである。

投票したい政治家がいないのは、誰でもない、投票したい政治家を作ってこなかった自分たちの責任なのだ。

(5)事例紹介
僕が最後に日本にいたのは横浜市緑区なので、神奈川8区選出に該当する。そこで、今は8区選出で日の出テレビでも関係のあった福田峰之氏に働きかけている。画面をキャプチャーしてあるので、どういうコメントを書いているのか紹介しておく。日本人の感覚としては行儀が悪くうつるかもしれないが、これらによって僕は政治家を育てているつもりだし、民主主義を実践してもいるつもりだ。

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もちろん、不幸にして、住んでいる選挙区の政治家がFacebookなどのSNSを運用していないケースも少なくないだろう。その場合は、電話や手紙、ファックスなど、手段は限られてくるし、その主張を多くの人に知ってもらうためには一工夫必要になってくる。だからこそ、運良く自分の選挙区の政治家がFacebookなり、Twitterなりをやっているのなら、もっと直接働きかけていくべきなのだ。そうすれば、政治家も成長するし、世の中は「今時SNSもやらないなんで、遅れている」と考えるようになる。広く聞く耳を持ち合わせている政治家を増やすためにも、どんどん行動を起こしていかなくてはならない。

一人でも多くの有権者が、同じように、何らかの形で政治家に働きかけるようになってほしい。そうした、個々人の行動が、日本の民主主義の成熟にはとても大切なのだ。「政治家が馬鹿だから」とか、「投票しても何も変わらないから」と諦めていたり、評論しているだけでは、いつまで経っても日本の民主主義は他人から譲り受けただけのものである。  
Posted by buu2 at 22:10Comments(0)日記

2017年07月15日

相変わらず東工大の知名度が低いのだが、別に困ったことはない



  
Posted by buu2 at 23:59Comments(0)ネットウォッチ

2017年07月14日

森友問題は徐々に証拠が整ってきたようだ



  
Posted by buu2 at 14:00Comments(0)ニュース

2017年07月13日

今日のつぶやき

本日のつぶやき。いや、ちょっと長文書いていてなかなかブログを更新する時間が取れないので、しばらく手抜きさせてください。





































  
Posted by buu2 at 23:00Comments(0)ニュース