2005年01月12日

遺伝子組換え作物

日本では相変わらず遺伝子組換え作物への理解が進まない。本来、どんどん導入すべき北海道で、その旗頭になるべき道知事が組換え作物に対してそっぽを向いている。現在、北海道独自の規制条例を制定すべく、着々と作業を進めている。彼女が農水省出身というならまだ理解可能だが、これが経済省出身というのだから始末に終えない。この条例は遺伝子組換え作物の商業栽培を原則禁止するもので、狙いは「北海道ブランド」の質的向上である。

遺伝子組換え作物とは、品種改良の一種である。品種改良を効率的に行ったものに過ぎない。もちろんこれまで食べていたものとは異なる遺伝情報を持つものだから、そこに含まれているタンパク質等も既存のものとは異なる可能性もある。しかし、これらについては検証が可能である。そして、栽培が認められているものは基本的に「安全」とお墨付きを貰ったものだけである。

そもそも、高橋はるみ道知事がなぜ遺伝子組換え作物の規制に積極的なのか。もちろん、再選するためには規制したほうが良いからだ。では、なぜ規制すると票につながるのか。生活者が遺伝子組換え作物を理解していないからだ。まず必要なのはこうした事態を改善するための啓蒙作業のはず。

なぜ、日本で組換え作物の栽培を推進しなくてはならないか。このことに頭をめぐらせたことがあるのだろうか。ほとんどの日本人は考えたことがないに違いない。

全地球で考えたとき、エネルギー源は大きく考えて2つしかない。今あるものと、太陽から供給されるものだ。今あるものはもちろん化石燃料を主としたものになる。理論的には質量のあるものは全てエネルギーに転換できるはずだが、実際にはそこまで効率的にエネルギー生産はできない。となると、化石燃料に乏しい日本は、化石燃料を海外から得るか、あるいは太陽からのエネルギーを利用するしかない。海外に過剰に依存せず、国家として独立性を保持しようとすれば、太陽のエネルギーをうまく活用していく必要がある。

太陽エネルギーの活用にも手法は複数あるが、そのうちの一つが農業である。ところが、日本の国土は農業には適していない。では、どうしたら良いか。ひとつには農業を効率化すること。もうひとつは農業を諦めることである。

日本の産業としての農業に求められるものは、安定して必要量の農作物を供給して行くことである。決してグルメの舌を満足させることではない。もちろん品質が高いに越したことはないし、高品質の米を東アジアに輸出することも視野に入れて行くべきではあるが、それはオプションに過ぎない。日本の国力を増強するために、農業の効率化は必要であり、その切り札が遺伝子組換え作物なのである。

こうした理解があれば、国家のやるべきことは明らかである。啓蒙が必要であれば、啓蒙を担当すべき人間達が率先して組換え作物を食べれば良いではないか。公務員に対して組換え作物を安く供給するのでも良い。組換え作物を税制で優遇するのでも良い。何らかの方法で組換え作物が安全であることを提示して行く必要がある。道知事はこうした作業を放棄し、無知な道民を無知なままにしながら人気取りをしているとしか思えない。

「未知の食べ物はアレルギーの原因になる可能性がある」という主張もある。正論ではある。しかし、アレルギーの原因になったのであれば、その人は食べなければ良いだけの話だ。今でも蕎麦でアレルギーになる人もいれば、牛乳でアレルギーになる人もいる。

大体、今食べているものだってすでに多くのものが組換え作物によって作られている。食べている人間が知らされていないだけの話である。おそらく、ここ数年でそれらは明らかにされる。「実は、あなた方の食べていたものには組換え作物が含まれていました」ということになる。そして、事後承諾の形で「でもまぁ、今までトラブルがなかったんだから、良いですよね」ということになる。これは日本の政府が意図しているのではない。世界の農業がそういう方向に進んでいるのである。

現在の農業行政の行き先には何があるのか。このままでは我が国の農業は世界から大きく遅れをとる。そのときになって慌てて対応しても手遅れである。

昨日の青色発光ダイオードの和解を見て、日本人はどう感じたのか。「8億ももらえば十分」と考えているようでは、日本を技術で立国するのは無理だ。なぜなら、正当に評価してくれる国が海外に存在するからだ。能力のある人間、正当に評価して欲しい実力者はどんどん海外に流出して行く。これまでは海外にそういう場があることすら知らなかったのかもしれない。しかし、今は違う。インターネットでちょっと調べれば、技術者にとっての天国が海外にあることを簡単に知ることが出来る。そうした頭脳流出はもうとっくの昔に始まっていて、その分野で日本は手遅れになりつつある。日本の科学者を評価する尺度はネイチャーやサイエンスといった海外の雑誌に掲載されることや、海外での研究実績だ。

農業に関しても、同じ事態、いや、場合によってはもっと深刻な事態になるかもしれない。今の日本は江戸時代末期の日本と全く変わりがない。

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