2009年09月15日

視覚マーケティング実践講座(序章)

視覚マーケティング実践講座 ブログデザインで自分ブランドを魅せる

オールアバウトで記事を書いていたときのつながりで、今もときどきデザインについて相談させていただくことがあるウジパブリシティのウジさんから、「新刊が出ましたー」ということで本をいただいてしまった。

内容はもちろんデザインについて。

デザインと言うのは僕が最も苦手とするところで、「やべぇなぁ、何が書いてあるんだろうなぁ」とどきどきしながらページをめくったわけです。僕はこの手の本を読むときはラインマーカーを手にして、気になるところがあったらすぐにページを折っちゃうんですが(笑)、まず26ページ(って、本編ではこれが最初のページです)。

(初めての著書「視覚マーケティングのススメ」を)何人かのいわゆる「書評ブロガー」さんに献本をしました。


うまい(笑)。これ、参考になりますねー。でも、みんながこれを始めたら書評ブロガーも読みきれなくなる。今がチャンス?あ、手にとって読んでもらえるようなデザインにすれば良いのか!視覚マーケティング恐るべし。

で、29ページ。

アメリカのウェブサービスは、ベータ版の頃からものすごくデザインが良かったりするのですよ。


うはっ。駄目だこりゃ。これ以上、読み進めません(涙)。というのも、うちの会社はこの数日の間にこっそり新しいウェブサービスのテスト運用を始めようとしているのですが、そのデザインが全くのスケルトン(笑)。「ものすごくデザインが良い」状態は無理でも、もうちょっとなんとかしないと。本を読んでいる場合じゃない。

ということで、ちょっとロゴを考えます。レビューの続きはまた後日ということで、タイトルは「序章」にしておきます。だって、まだ4ページしか読んでないんだもの。

ウジさん、すいません!急いでデザインやって、それから読みます。


・・・・・・・・


あれ?でも、それなら先に読んだ方が良いのかな?そうかも知れないですね?まず読んで、デザインのこと勉強して、それから実地で。って、ここまでエントリーを書いちゃったから、もったいない。とりあえず、序章は公開しちゃいます。それで、まず、本を読もう。それから、デザインを考えよう。

あーーー、動揺しているなぁ。



ということで、続きを読みます。



あ、その前に、一応このブログの自己分析。というか、現状。もともとはナタリー・ポートマンのアミダラ女王をイメージしたデザインでした。テキストの背景とかは、彼女の生まれ故郷である惑星ナブーの自然をイメージして、ちょっとやわらかめの土の雰囲気。右のサイドバーは付箋をモチーフにしつつ、ナブーの空のイメージで水色。メインカラムの引用についてはタイトル下の点線と同じオレンジで設定。と、ここまではきちんとアミダラちゃんをテーマにしたデザインだったのですが、まぁ、スター・ウォーズもシリーズが完結し、いつまでもアミダラちゃんでもないだろう、と思いなおして、手元にあってマイブームだった堀北真希のイラストに変更してみました(笑)。すると、ちょっと背景に違和感があって、さて、どんな背景にしようかなーと思ったのですが、ちょうどそのときイラレによるイラスト描きの練習でミュシャの絵を描いていて、「じゃぁ、このお月様の絵を使っちゃえ、ということで、堀北の後ろに三日月を配置(笑)。で、それだと他の部分がどうも味気ないので、じゃぁ、星を描いちゃえ、ついでに天の川も描いちゃえ、でも、本当の天の川っぽく描くのは面倒くさいなー、ということで、なぜか土星の輪みたいな天の川になった、と。それが今のデザインです(笑)。すいません、いい加減な上に支離滅裂で。簡単に言うと、惑星ナブーと堀北とミュシャと星空を足して4で割ったのが今のこのブログのデザインテーマです。まぁ、100個もカテゴリがある雑多なブログのイメージは表しているかも知れませんね。

#今のところこのブログのデザインにはそれほど不満がないので、「よし!リニューアル!」というわけではないのですが、仕事柄、身の回りに山ほどブログベースのウェブサイトがあるので、色々検証してみたいと思います。  

Posted by buu2 at 10:26Comments(0)TrackBack(0)読書││編集

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僕と演劇と夢の遊眠社

僕と演劇と夢の遊眠社

今日は池袋で会議の後、昼ごはんまで少し時間があったので、久しぶりにジュンク堂を上から下まで冷やかしてみた。一番上の階でこの本を見つけて、そのまま買い物籠に入れた。

このブログでも何度も書いているけれど、僕の演劇鑑賞体験はほとんどが野田秀樹さんと一緒にある。大学3年生のときだったか、ぴあの特集記事で神奈川県青少年ホールでの「野獣降臨」のプレビュー公演についての記事を見つけ、何気なく会員優先予約の電話番号に電話したら、なぜか一発でつながり(当時は何時間もつながらないのが普通だった)、一列目のど真ん中で観たのが演劇鑑賞の最初。普通の理系大学生だった僕は今までに全く体験したことのないものをそこで目撃してしまい、以後の夢の遊眠社の公演は全て観ている。日本青年館での「桜の森の満開の下」は何度も観たし、その楽日の最前列で向井薫さんから雛あられをもらったことをきっかけに、劇団の役者さん数名とも連絡を取ったりしたし、今でもごく稀に一緒に飲みに行ったりさせてもらうこともある。最近でも野田秀樹さんの芝居は欠かさず観ているわけで、こと「演劇」という部分だけを切り出せば、僕の人生はほとんど野田秀樹さん一色であると言っても良い位だ。

そして、その演劇鑑賞体験の、ほぼ半分を占めているのが夢の遊眠社である。その劇団を制作という立場で見続けてきた高萩宏さんによる遊眠社の歴史本なのだから、面白くないはずがない。最初から最後まで一気に読んでしまった。僕が知らない頃の遊眠社、僕が観ていたころの遊眠社、その両方ともが非常に興味深かった。正直に言えば、僕は「役者から見た遊眠社」というものもいくつか断片的に聞いてきているので、そうした視点からの違いと言うか、故意に隠しているのかも知れない部分とかも感じてしまうのだけれど、まぁ、それはそれ。多少美化されていても、書かれていることの質が低下するわけではない。

印象に残った部分をいくつか抜き出してみる。

実力はあるものでなく、あると信じて努力すべきもの、結果は運に左右される


これはもう全く同意するところ。スキーをやっていると、スタートで「がんばっ」と声をかけるのが一般的。アルペンでも、ノルディックでも、である。でも、選手はたいていの場合、もうそれ以上頑張れないくらいに頑張っている。それでもさらに「頑張れ」と、精神的に鼓舞するのが日本人の気質なんだと思う。でも、こういう場面では、僕は欧米の人たちの考え方を真似するべきだと思う。Good luck!

(佐戸井けん太さんに)「開き直らずちゃんと売ってほしい」と強く言われたのを思い出す


僕は当時から佐戸井けん太さんのファンだったので、是非売り込んで欲しかった。でも、最近は色々な映画で見かけますね。つい先日見た「引き出しの中のラブレター」でも出ていたし、ハゲタカでも。同じくひいきにしていた段田さんに比較するとちょっと活躍度が低い感じだけれど、引き続き頑張って欲しいところ。

大勢の中でも自分の立場を見失ってはいけないということ。それぞれの人がたとえ良い人ではあっても、それぞれの事情があって動いている。そのそれぞれの事情に引っ張られていては、本当は自分が何をしたかったかも忘れてしまう。


これも全くその通りなんだよなぁ。いつも感じていることなんだけれど、時々こうやって文字として確認することって、重要。再確認した。同時に、こういうことをみんなにも理解して欲しいところ。それが出来ない奴が多すぎる。

すべてを一人で抱え込んではいけない。周りに情報を出すことでたくさんの人に助けてもらえる。


うんうん。

ビジネス書としても、いくつか良いことが書いてありました。よっぽどの演劇マニアじゃないと手に取らないと思うけれど、読めば色々と勉強になると思います。☆2つ半。  
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2009年09月14日

一蘭池袋で写真撮影会

a0ed5ee4.jpgまぁ、今さら一蘭でもないのだけれど、今日はまるきゅうが夏休みで、俺の空は先日食べたばかり。ど、こ、に、し、よ、う、か、な、ということで、一蘭にしてみた。

こうやって写真に撮ると、一蘭のラーメンって美味しそうだねぇ。写真写りの良いラーメンと言うのも新しい評価軸。と言いつつ、見た目と味は全然リンクしないのだが。ちなみに一蘭のラーメンは相変わらず、まぁまぁ。

ちなみに以前の評価はこれとかなんだけれど、

一蘭池袋

写真写りが全然違う(^^;  

左利きを堂々と差別するS&B

右利きの人間はこういうちょっとした差別には多分一生気がつかないと思うのだけれど、左利きの人間としては見逃せない。こういう差別を意図的にやってのけるS&Bという会社はお里が知れるというか、「ろくでもねぇ会社だな」と思うので、ちゃんと指摘しておいてあげたい。

問題となる商品は、最近パッケージの仕様が変更になったS&Bのピアット。

e59cf7b7.jpg 70ceb3e9.jpg

全体にはビニールでパッケージされているので、それをはがす必要がある。

開け口を手前にして、

877f8489.jpg

右側には穴が開いている。なぜなら、ここに親指か人差し指を突っ込むと、ビニールが破けて開封しやすいからだ。

df7a8f6e.jpg

ところが、左側にはこの穴がない。

f32d88c1.jpg

おかげで、左利きは一度180度ぐるりと回転させて商品を持ち直し、穴を開けて、ビニールを取り除いて、もう一度ぐるりと商品を回転させる必要がある。面倒くせーーーーーー、こんなのもう二度と食べたくないよ。

パッケージの面積は限られていて、でも、なるべく薀蓄を語りたいのはわからないでもない。しかし、意図的に「左利きの奴にはちょっと不便だけれど、日本においては左利きはどうせマイノリティなんだし、そもそも気がつかないんじゃないの?穴は、右側だけで良いよ」とやられると、腹が立つ。米国ならこりゃ裁判じゃないの?知らないけど。

そもそもこのニューパッケージ、前よりも大分不便になった。多分、前の形の時に「加熱後の商品でやけどをした事例があった」とかで変更になったんだと思うんだけれど。おそらくは「安全性」を重視した消費者対応で「利便性」を度外視して形状を変更させたということ。そして、同時に「左利き」も無視した。

嫌な会社だなー、S&Bって。ラ・ベットラの落合務シェフの自信作らしいけれど、ラ・ベットラにも行きたくなくなった。  
Posted by buu2 at 08:27Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

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人間はどうやら放って置くと自然に没個性的になる存在らしい

僕は子供もいないし、教育について特段の興味があるわけでもない。時々気が向いたときに科学技術館に行って、そこのインストラクター達にバイオを教えたり、あるいは大学の講師をやったりはしているけれど、それはあくまでも「税金を使って得た知識」を、きちんと社会にフィードバックすべきだという義務感からである。もちろん、別に手を抜いているわけではないし、ここで僕の授業については公開もしているわけだけど、

ブログでバイオ37回「大学と、大学の先生は、本当にちゃんとした教育をしているのか?」

本当のところを言えば教育は教育のプロに任せておきたいと思っているクチである。

そんな僕だけれど、この間、幼稚園児と向き合ってがっつり彼らに「どうぶつしょうぎ」を教える機会があった。その詳細はあとでまた報告するけれど、幼稚園児という、非常に人間の本能的な部分を前面に出している生物の一群に接してみて「あぁ、なるほど、人間と言うのはもともとこういう性質のものなんだな」と感じた。ここでいう「こういう」というのは色々あるのだけれど、その最大のものは、「個性を主張するのではなく、他と同一であることを望む」ということだ。これこそが「社会的動物」の第一歩であり、また、本能的な部分なんだろうなぁと思った。

みんなで何かをやっているときは、その仲間になりたい。みんなが○と言うことには自分も○という。

これは、是とか、非とかではなく、放っておくと自然とそうなる、ということなんだろう。あるいは、日本人の農耕民族としてのゲノムの中に念入りに刷り込まれているのかも知れない。とにかく、人間としてのスタートの非常に初期の段階で、すでにそういう性向が見て取れるわけである。三つ子の魂百までというから、きっとそれは彼らの「今」であると同時に、「未来」でもあるんだと思う。

幼稚園と言う場所は「家庭」という社会の最小単位から一歩外に出た場所である。そこで社会性を学ぶのだから、協調性を身につけるのがまず大事だし、自己と他者を比較して、自分と言う存在をきちんと認識し、その立ち位置を修正し、最適化していかなくてはならない。そこの子供達の行動にものすごい独自性があるわけがないし、それは当たり前のことだ。僕が言いたいのは、放っておけば、そのままそういう大人になる、ということ。つまり、個性を主張したり、他人に比較して能力の高いことをアピールしたりするのが苦手になるのではないか、と思うのである。実際、僕の周りにはそういう大人が多い。

僕などは子供の頃から常に通知表の「いつもみんなと仲良くできる」の欄に「がんばりましょう」と書かれていたし、通信欄には「協調性がない」と書かれていたので、ひがみもあるんだと思う。しかし、僕はやっぱり個性を主張することは大事だし、人と違うことには価値があると思っている。だから、人生のどこかで、そういう価値を教えてあげるべきだと思っている。確かにバブルぐらいまでは、どこを切っても金太郎タイプでも普通に暮らしていけた。でも、今は随分と違ってきていると思う。全員が全員、個性を発揮しろというわけではない。むしろ、今でも7割ぐらいの人は「みんなと一緒」タイプで良いんだと思う。でも、今の日本は9割ぐらいが没個性的に見える。何でだろうなぁ、とぼんやり思っていたのだけれど、幼稚園児を見て「なるほど」と思ったわけだ。人間は(日本人は、かも知れないけれど)、本能的に没個性的であることを求める生き物のようだ。だから、教育のどこかの段階で、個性を伸ばす教育を意図的に追加していく必要があると思う。それがどこなのかは良くわからないのだけれど。少なくとも、それは幼稚園の時代ではないと思う。幼稚園児が「こいつらは給食を食べているけれど、私は今、インスピレーションが沸いているから、絵を描きたい」などと言い出したら大混乱である。小学校高学年ぐらいからだろうか。

今、僕の周りには、数名、精神的に参ってしまっている人たちがいる。彼らの多くは、有名企業に就職している奴らだ。そして、そういう職場では、すでに「他人と違うこと」を求められるようになってきている。ところが、彼らのマインドは相変わらず「人と一緒でいたい」なのである。そして、その会社の要求と、個人の欲求との間に決定的な齟齬が生じて、結果的に心が不安定になってしまっている。彼らをどうやって救ってあげたら良いのか、という問題もあるのだが、同じような被害者を生み出さないような工夫も必要だ。実際の教育現場では、そういう対策は、きちんと練られているんだろうか?  
Posted by buu2 at 01:31Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

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2009年09月13日

馬鹿を超越した存在(福島みずほ)は一体何をやりたいんだろう?

派遣法改正、臨時国会で=福島社民党首が表明

派遣が禁止になるの?派遣社員、みんな失業しちゃうじゃん。

良くわからないなー、何をやりたいんだろう。

えっと、派遣を禁止する。困った製造業は、人件費の安い労働力を求めて海外に生産拠点を移すか、あるいは既存労働力の労働強化に向かう。国内は空洞化し、正社員達の労働環境は悪化する。派遣で働いていた数百万人の労働者は失業して困り果てる。今年も元派遣失業村が日比谷公園に出来る。そこに自民党政策秘書が合流する。ここまでは馬鹿でもわかるとして、馬鹿を超越した存在は、その後にどんな世界を夢見ているんだろう。うーーーーん、凡人の僕には全然わかりません。

ま、いっか。やりたいようにやらせてみるのも一案。

仕事がない人はいつでもうちの会社で雇いますよ。営業職ですが。

派遣社員がどうとか、正社員がどうとかじゃなくて、「ちゃんと仕事が出来る人」が、能力に見合った給料をもらえる職を見つけられる社会にして欲しいんだけどなぁ・・・・。

#そのためにはもちろんサボっていて仕事をしていない人たちには退場してもらう必要があるわけですが、それは当たり前ですよね?  
Posted by buu2 at 22:53Comments(3)TrackBack(0)ニュース││編集

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自己流親子丼

なんか、ブランド鶏のむね肉の細切れが安売りしていたので、買ってきた。最近卵の消費量が減っているので(昔は卵かけご飯とか、卵丼とか、安直な奴を良く作っていたので、卵が一番消費していた)、よーし、親子丼を作っちゃうぞー、ということに。

でも、作り方がわかんない。まぁ、何とかなるだろ。ということでレシピなしの自己流親子丼。

まず、テフロンのフライパンに醤油大匙2、水大匙1、日本酒大匙2を投入。

DSCN0779

で、鶏肉はこんな感じ。

DSCN0782

これを煮立てたダシに投入。

DSCN0785

色が変わるまでくるくる回して表面に火を通す。

DSCN0788

一通り表面の色が変わったところでフライパンにふたをして、ちょっと蒸す。

DSCN0791

で、生卵を二つ。一つはきちんと溶いて、もう一つは黄身が崩れないようにして、

DSCN0794

これをフライパンに投入。

DSCN0797

で、あとは卵と鶏肉を絡ませて、卵にあまり火が通らないうちに、ご飯に・・・・・と思ったら、結構火が通っちゃったよ(笑)

DSCN0800

で、食べてみましたが、うん、結構美味しいじゃん。ポイントは多分ダシに何を使うかだなぁ。どんなダシを使えば良いんだろう。醤油、お酒の他にダシの素とみりんあたりを混ぜたら良いのかな?  
Posted by buu2 at 13:43Comments(2)TrackBack(0)料理││編集

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G-mailの教育がほぼ完了した

僕が常時使っているメアドは全部で15個ぐらいあるのだけれど、そのうち、会社関連のオフィシャルなもの以外はとりあえずG-mailに転送して管理している。それで、2ヶ月ぐらい前の時点では何も管理していなかったので、未読迷惑メールがわんさと溜まっていて、本当に重要なメールを見分けるのがかなり面倒になっていた。これでは全然役に立たないな、と思い立ち、徐々にフィルター設定して、未読の迷惑メールを減らしてきている。

Gmailの整理

今のところ、残り8000通。まぁ、これは徐々に減っていくはずだからそれほど気にしていないのだけれど、問題は新規に累積していく迷惑メール。これについては新着で迷惑メールが来るたびに新しいフィルターを設定して、根絶を目指してきた。さすがにゼロにするのは無理なんだけれど、今のところ一日に1通か2通ぐらいになってきた。これはものすごい進歩で、おかげで僕のG-mail環境はThunderbirdよりもアウトルックよりも良い状態になってしまった。

それで、ふと、「おいらはどんだけフィルターを作ったんだろう」と思ってチェックしてみたら、その数なんと280(笑) こりゃ凄い。みなさん、僕にメールを送るときは「人気」とか、「当たる」とか、「号外」とか、「ご存知ですか」とか、「万円」とか、「キャンペーン」とか、「入荷」とか、「人妻」とか、「主婦」とか、「突然ごめんなさい」とか、「%OFF]とか、そういう文字は入れないでくださいね。全部迷惑メールになっちゃいますから。  

高谷秀司CDショップ オープン

eed6a32b.jpgこのエントリーは13%ぐらい広告です。

高谷秀司さんの公式サイトを作ったという話はこちらで紹介したけれど、

高谷秀司さんの公式サイト

サイトも公開されて、さて、どんな感じですか?と思って都内某所でディスカッションをしたわけですが、「ウェブサイトは出来たし、これから色々ライブ情報なんかもアップしていきましょうね。ところで、高谷さんのCDって、どこで買えるんですか?」と聞いたら、「どこでも買えない」って、衝撃的な話が(笑)。

え?だって、僕、高谷さんのCD、持ってますよ。この間、丸の内のケンウッドでやったライブで売ってたじゃないですか、と聞いたら、それが特別だったらしい(笑)「どこにあるんですか?」「家にある」「どうやって売ってるんですか?」「欲しいという人に手渡しで売ってる」だそうで(笑)なんじゃ、そりゃ。

ヨーロッパだか、米国だかでは何万枚も売れたらしいんだけれど、日本では全然売ってないとのこと。そりゃぁ、アマゾンでもiTunesでも、どこでも売ってなきゃ、売れるわけがない(笑)知り合いしか買えないじゃん。家に何百枚もCDが積んであるって、それはタダの不良在庫ですから(笑)

しかし、12月末にかけて、高谷さんはライブが目白押しである。僕が知っている限りで、

10月17日 千葉県立博物館大多喜城 コンサート
10月27日 白馬ウイング21 大吟醸コンサート
11月3日 フラワーアレンジメント コラボコンサート
11月14日、15日 鹿島槍 コンサート
12月23日 都内某所で崖っぷちライブ

という感じ。特に10月に白馬でやるコンサートは尺八の人間国宝山本邦山氏を迎えての異色ユニット「大吟醸」。ついこの間、NHKの教育テレビで「今年放送した人気演奏」みたいなので尺八と琴と三味線の曲があって、たまたまそれを見たんだけれど、そのとき尺八吹いていたのが山本邦山氏。っていうか、テレビで尺八を吹いている人がいたら大体山本邦山氏。いや、調べてもらえばわかるけれど、「山本邦山 NHK」でぐぐると、1万件も引っかかってくるんですよ。すげぇ。この凄い人間国宝とユニット組むって、ちょっと普通じゃないですよ。この時期じゃ絶対雪はないけれど、ちょっと白馬まで聴きに行こうかと思っているところ(マジ)。

それで、こんなに色々やっているのに、CDが手に入らないってあり得ない。ということで、これまで藤田優一さんのTシャツショップやライブログ・スキーのスキー販売で利用してきたライブログ・ショップで高谷さんのCDを扱うことにしました。

えー、冒頭にも書きましたが、ステルスマーケティングにならないように明記しておきます。このCDが売れるとうちの会社にも販売手数料が入ります。だから、皆さん、どんどんここでCDを買ってください。高谷さんの素晴らしい音楽を是非ご家庭でお楽しみください。しかも、CDショップ開設記念!この機会にまとめて3枚CDを買っていただいたお客様には、高谷さん本人から達筆サイン色紙が送付されます!!どんな文字になるのかは僕も知らされていませんので、到着をお楽しみに!

え?聴いたこともない音楽のCDを買えるかって?ごもっとも。そんなあなたのために、YouTubeに一曲アップしておきました。高谷さん自身のがさつでワイルドな個性が全く感じられない(笑)、非常に繊細な音をちょっと聴いてみてください。

  
Posted by buu2 at 00:27Comments(3)TrackBack(0)音楽││編集

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2009年09月12日

俺の空 池袋で写真撮影会

7a5bf225.jpgちょっと前まで池袋でラーメンを食べたいと言われると途方にくれたものだけれど、最近は全然困らない。なんでこの街はこんなにレベルが上がったんだろう。

今日はまるきゅうに行ったら「スープ不出来のためお休み」とのこと。じゃぁ、ということで、俺の空へ。ここもちゃんとしたラーメンを出している。店のレイアウトが悪く、かなりのデッドスペースがある。これだとお客さんをさばきにくいと思うけれど、それでもあまり行列が出来ないのが不思議。ありがたいけれど(笑)  

勝ち組が負けてようやく

雇用者が過剰に保護されているおかげで雇用が流動化しない、というのは散々書いてきていることだけれど、この間の選挙を見ていても、そのあたりについて抜本的な対策を提言した政党はどこにもない。相変わらず駄目な国だな、日本は、という感じなのだけれど、自民党が負けたおかげで多少は変化が生まれるのかも知れない。

【09衆院選】自民秘書ら2000人が失業!?

だそうで。素晴らしいことじゃないですか。


「家族がいるのに…」「雇用悪化の中、就職先が見つかればいいが」と一様に不安顔だ


そういう思いでプレッシャーを受けながら生きている人間がこの国にどれだけいると思ってるんだ。こいつら、想像力が足りないんだろうね。「負けたらどうなるんだろう」とか、「仕事がなくて困っている人は日々どういう思いで暮らしているんだろう」ということを考えたことがなかったってこと。でも、大丈夫。想像力がなくても、そういう立場に追い込まれれば嫌でも理解できるから。おめでとうございます。これで人間としての価値がひとつ上がりました。さて、そういう立場に追い込まれて、それでどうするか。そこでまた人間としての価値が問われるわけです。失業した秘書の皆さんが何を考えて、何をするのか。個人的には非常に楽しみでもあり、期待もしているわけで。

大学卒業後に私設秘書となって10年。ほかに職歴はない。「民間企業で使いものになるのか…」


はいはい、いつでも使いますよ。何人でもどうぞ。仕事は営業です。今までの人脈があるでしょうから、きっと大活躍できると思います。もちろん、次の選挙で自民党が勝ったら、辞めていただいても構いません。うちの会社は反終身雇用、反年功序列なので、何も問題ないです。本当に、誰か来ないなぁー。人が全然足りてないんですよ、うちの会社。

「落選すれば、中小企業が一つつぶれるぐらいの失業者が出る」


別に大騒ぎするようなことでもないと思うのですが、全部自業自得。失業したときに次の仕事が見つけやすいような社会はいつでも作れたはず。それをやらなかったのは自分達の責任ですよねぇ。「俺達は能力があるのに、どうして就職できないんだ」って、そりゃぁ、既得権を持っている正社員の人たちがいるからでしょう(笑)。同じような思いの人は、日本には掃いて捨てるほどいるわけで、議員秘書なんてまだマシな方。日本には、ただ生まれた時代が悪かっただけ、たまたま就職のときに社会が就職氷河期だっただけ、という理由で、一生不安定な生活を強いられている人がたくさんいるわけです。自分の意思とは別のところで決まってしまったことによって、本来平等に与えられるべきだった「機会」が与えられていない人がいるという事実をこの機会にしっかり体感していただきたいところです。

何しろ、失業した皆さんにはこれを機会に「失業者の思い」を嫌と言うほど味わっていただき、その上で「次の政策」を考えて欲しいところですね。  
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2009年09月11日

引き出しの中のラブレター

3bd2484a.jpgよみうりホールでの試写会で観てきた。

一見無関係な複数のストーリーが実は・・・・という比較的ありがちな構成の群像劇。その中心に配置されるのがラジオのDJ、というか、J-WAVEのDJ。こういう、企業を前面に出した映画としてはハッピーフライトがすぐに思い出されるのだけれど、ジングルをそのまま使ったりしているあたり、ちょっとなんだかなぁ、と感じてしまう。こういう感じだと、実際のラジオでも連動した番組をやりかねないなぁ、と思ったら、やっぱりやっていてちょっと笑った(J-WAVEだと月金の2140−2150)。普通に一般化した映画として作って、「でも、使っている場所は知っている人は知っているけやき坂スタジオ」みたいな感じだともうちょっとコマーシャル色が薄くなって良かったのになぁ、と思う。それなら他局でも「ラジオって良いでしょう?」という感じになったのだろうに、これでは他局の人間からは「J-WAVEが自局の宣伝映画を作って、番組連動で事業展開している」としらけられてしまう。別にJ-WAVEは嫌いじゃないし、逆に良い番組も多いと思うのだけれど、ここまで広告に利用されてしまうと映画ファンとしてはちょっと残念に感じてしまう。

実際に複数のラジオDJと仕事をしている関係上、局の内部で打ち合わせなども時々あるのだけれど、自分が見てきたものと比較すると「しっかし、J-WAVEは金があるなー」とも思う。何しろ、会社のスペースがめちゃくちゃ広い。こんなにゆったりしている会社は見たことがない。それでいて、六本木の一等地である。こいつは凄い。それから、週に一回の番組(多分1時間程度?)のDJが、それだけで凄い良い生活をしているのにも驚き。加えて頻繁に北海道まで旅行しちゃう。「そりゃぁ、やめられまへんなぁ」という感じだけれど、実際のDJ達はそこまで良い暮らしはしていないと思う。朝に帯で3時間ぐらいの番組を持っていたとしても(J-WAVEで言えばクリス智子さんとか)どうかなぁ、と思う。詳細に給料とかを聞いたことはないけれど、みんなそれほど裕福ではない。編成によっていつ番組が打ち切られてしまうかもしれず、将来の保証がない中で休みもとらず頑張っているのを見ているので、「ちょっと美化しすぎ」という印象もどうしても受けてしまう。美化しすぎ、というのはこの映画の中に出てくるほかの職業も一緒で、漁師なんかも本当にあんな感じなのかなぁと不思議に思ってしまうのだけれど。基本的に生活感のない映画だった。

あとさ、最近の投稿はあんなに手紙やはがきは送ってこないと思う。ベースは電子メール。

と、設定上の不思議なところ、腑に落ちないところは色々あるのだけれど、ストーリー展開としてはなかなか上手にできていたと思う。途中に「あれ?」と期待を裏切る展開も配置されていて、きちんと起伏がある。もう最初から見るからに赤ん坊のパパはあいつなんだけれど、どこでそれがつながるのかなぁと思っていたら「えーーーーーー!!」みたいな展開はなかなか上手だったと思う。

難点を言えば前半の立ち上がり部分が平坦なためにちょっと飽きてきちゃうところがあるのだけれど、そこさえ我慢すれば、という感じ。あと、ラストもちょっと冗長だったので、そこもどうかなぁと思わないではない。ただ、「おいおい、まさか、そこまで見せる気?」と思ったところはさすがにブチっと切れてちょっと安心した。説明が少ないほうがイメージが広がる部分も間違いなくあるわけで、日本の映画は得てして説明過多。この映画もちょっとそのきらいがあったのだけれど、土俵際で踏みとどまった。あれで最後までやっちゃっていたらそれで間違いなく☆がひとつ減ってしまったところ。危ない、危ない。

それから、東京のDJが北海道のリスナーからの手紙をもとにわざわざ函館まで行ったり来たりというのはあまりにも現実感がないかなぁ、とも思った。これまた実際に仕事をしていると、リスナーとのコンタクトというのにはかなりナーバスになる。それは、特定のリスナーに対して特別な配慮をしたときに、他のリスナーからどう思われるか、というのをかなり気にしているから。マスコミ関係者はそういう公平性を非常に大事にしている部分があって、「これはない」と思わないでもないし、この調子であちらこちらに顔を出していたら、それこそ毎日のようにあっちに行ったりこっちに来たり、スーパーマンのような神出鬼没ぶりになってしまうはず。

しかしまぁ、高校生の彼女(水沢奈子さん?)が可愛かったから許す。

あれ?それで、結局香港は・・・・・ということ?

色々と不備はあったものの、広げた風呂敷をきちんとたたんでいたと思う。メインの話も決して悪い話ではなかった。そんなこんなで☆を出し入れして、トータルで☆2つ。それにしてもオフィシャルサイトのURL、これじゃぁ引きこもりのラブレターって感じでどうなの(笑)?  
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2009年09月10日

福島みずほさんのポストを余計なお世話で考えてみる

内閣総理大臣
もちろんない。

総務大臣
郵政関連政策が混乱するので無理。

文部科学大臣
科学技術に興味があると思えない。教育は教育で混乱しそうなので無理。

厚生労働大臣 可能性3%
ものすごい勢いで福祉を充実させようとしそう。政権の方針と整合性が取れなくなりそう。
 
農林水産大臣 可能性1%
自民党の支持基盤である農村とどうやっていくのか、第三者的には興味深いが、現実的にはハードルが高すぎる。ただ、これに任命してすぐに×印をつけてスピード解任、という考え方もあり。  

経済産業大臣
検討する価値すらない。
 
国土交通大臣 1%
道路も河川も建物も住宅も何もかもが後退しそう。多分無理。
 
環境大臣 可能性5%
これは意外とありかも。25%削減に向けて大鉈を振るう。しかしまぁ、これから人口も減少することだし、環境負荷の小さい社会は意外と実現可能かも知れない。不便にはなるだろうけれど。
 
防衛大臣
どこかからすぐにミサイルが飛んできそうだ。
 
内閣官房長官
ない。
 
国家公安委員会委員長 可能性1%
警察の政治的中立性を確保するという意味ではありかも?でも、警官が拳銃携帯できなくなったら大変だろうなぁ。

法務大臣
死刑執行がストップして死刑囚がどんどん蓄積される。
 
外務大臣
あはは。

財務大臣
あはは。

内閣府特命担当大臣(地方分権改革) 可能性1%
地方の首長の顰蹙を買いそうなのでやめておいた方が吉。

内閣府特命担当大臣(金融)
この大事なときにありえない。

内閣府特命担当大臣(沖縄及び北方対策)
基地だけじゃなくて社民党議員まで沖縄に押し付けるのか、と怒られそう。

内閣府特命担当大臣(防災) 可能性5%
なくはないか?

内閣府特命担当大臣(経済財政政策)
無理。
 
内閣府特命担当大臣(規制改革)
無理。

内閣府特命担当大臣(科学技術政策) 可能性1%
多分無理。

内閣府特命担当大臣(消費者) 可能性15%
悪くない。比較的民主党と政策上の相違がない。もっと適正な人は他にいるだろうけれど。

内閣府特命担当大臣(食品安全) 可能性25%
結構いけそうか?

内閣府特命担当大臣(少子化対策) 可能性30%
無難だ。

内閣府特命担当大臣(男女共同参画) 可能性10%
悪くない。

行政改革担当
無理。

公務員制度改革担当
無理。

拉致問題担当 可能性1%
まぁ、基本的にはないでしょう。

その他を新設 可能性1%
こういう手もある。  
Posted by buu2 at 16:03Comments(2)TrackBack(0)日記││編集

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ライブドアのチャリティ企画

「子供の頃の夢は何ですか?」というお題でブログに記事を書くと、ひとつの記事あたり10本のワクチンを寄付するらしい。ワクチンと言っても色々あるわけで、ポリオなのか、MMRなのか、BCGなのか、はしかなのか、DPTなのかわからないけれど、まぁとりあえずポリオなのかなぁ。記事を書くことと、寄付することが僕の頭の中ではなかなかつながらないのだけれど、ま、書いたら寄付するということなので、書いておく(笑)。

でもまぁ、子供の頃の夢なんて、もう忘れた(笑)今の夢があれば十分だからねぇ。

ということで、10本。  

抜群に視力が良いとこんなものも見えてくる

Posted by buu2 at 11:45Comments(1)TrackBack(0)ニュース││編集

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2009年09月09日

ばら撒くのが悪いのではない。ばら撒き先の決め方が悪いのだ。

池田信夫さんが

科学技術という名のバラマキ

という記事をエントリーしている。僕は大分前にこの手の予算の決まり方についてブログに書いたのだけれど、

今日の朝日新聞朝刊の中村桂子さんの「私の視点」について

以下、僕が思うこと。

自分が今ベンチャーに身をおいているから、というのももちろんあるのだけれど、ばら撒きは決して全てが悪だとは思わない。ある程度のばら撒きというのは必要だと思う。ここで言うばら撒きというのは、要は成功のための必要経費だ。百発百中で全てのプロジェクトが当たりになるわけじゃない。逆に、当たらないプロジェクトの方が多い。うちの会社だって、これまでに色々な事業をやってきたけれど、大成功を収めたものはまだ一つもない。ベンチャーはそういう「数撃つ」のが役割なので、そのリスクマネーを誰かが負担する必要がある。うちの会社などは今のところ100%自己資金だけれど、それじゃぁやりきれないところもあるはずで、社会にとって有益なアイデアをきちんと産業化へつなげていく工夫は必要だ。もちろん民間にもそういう機能は存在するけれど、国がサポートする部分ももちろん存在して良いはずである。以前から時々言及しているけれど、僕が役人だったときに僕がばら撒いたお金によって、リバネスという会社はきちんとその土台を築くことに成功した。こうしたばら撒きを批判する人はあまりいないと思う。小さい会社が国のお金で成功し、雇用を生み出し、産業を作っていくことは、何の問題もない。

日本における問題は、ほとんどのばら撒きが有効に作用していないことだ。

ばら撒きは本来、良い技術、新しいビジネスモデルをインキュベートするための資金であり、投資であるはずなのだが、日本の場合は既得権者に対する資金供給だったり、官僚と大企業や天下り財団との癒着醸成資金だったりする。これではイノベーションにつながらない。これまた大分前にこのあたりの実情を書いたけれど、

補足しておきます

役所が取って来たお金はなかなか中小企業に回らず、護送船団を標榜する大企業や財団法人に持っていかれてしまうのである。

突き詰めれば「ばら撒く先をどうやって決めるか」というところに全ての問題は収束する。このスキームさえきちんと構築できれば、ばら撒きはきちんと機能する。では、どうしたらばら撒き先を適切に決めることができるのか。当然のことながら、「誰が決めるのか」ということになる。

今の決め方はいくつかあるのだが、僕が知っている代表的なものは委員会方式だ。有識者を数名集めて構成した委員会で話し合って決める。たとえば僕が取って来たバイオ人材育成のお金(5億円ぐらいだったかなぁ?)の場合、三菱総研が事務局となり、産総研の研究者やバイオ課の課長など、5名ぐらいで構成される委員会でばら撒き先を決めた。僕は担当課長補佐だったけれど、投票などはせず、応募機関についての参考資料を作成して、それを課長に渡す、ぐらいの影響力だった。

ちなみにこのときのばら撒き先決定に当たってはちょっと面白いことがあった。課長はかなりの影響力を持っていて、ばら撒き先の決め方を提案し、その「ばら撒き先を決定する方法の案」を通した(反対意見がなかった)のだが、その決め方というのは「まず委員それぞれが一つ、「これを推薦する」というのを出しましょう。そして、それはその場で決定ということにしましょう。予算の残りについては、採用されなかった各組織の中で、どこにするかを皆で話し合いましょう」というものだった。へぇ、なんか、変わった決め方をするなぁ、と思いつつ、みんながどこを推薦するのか、興味深く見守ったのだけれど、僕が渡した資料しか参考材料のないはずの課長は、僕を含め複数の人間で評価・作成したその資料では全く評価されていない組織を推薦し、椅子から転げ落ちそうになったのを覚えている。あとから考えてみれば、このやり方によって課長は「自分の裁量で絶対に採用できる枠」を一つ確保したことになるのだが、これ以上についてはきちんと事実を把握していないので、今のところ言及しないでおく。

ま、そういう不透明な部分が介在する余地がたっぷりある委員会方式なのだけれど、決定手法としては比較的まともとも言える。では、比較的まともな方法なのになぜきちんと機能しないのか。この手法の最大の問題は、誰一人として最終的な成果について責任を負わないという点にある。これも前にどこかで書いたと思うのだけれど、役人の仕事は基本的に予算を取って来たところで終了する。まともな役人の場合、それをきちんと執行する、というところまでやるのだが、それが生み出した成果について検証するというところになるとあまり聞いたことがないし、その責任を取るというところになるとほとんど聞いたことがない。最終的な責任を誰も取らないのだから、今の委員会方式が機能しないのは当たり前だ。

してみると、「ばら撒き先をきちんと決める」には、「決めた責任を明確にする」ということが必要なのかも知れない。ただ、現実問題として、罰金制にするとか、あるいは成功報酬にするというのは難しいだろう。では、どういう方法があるのか。海外ではどうしているのか知らないが、たとえば、ある案件についてばら撒き先を決めた場合、その決定方法と採択理由については完全に情報を公開し、誰がどういう理由でどの組織を推薦したのか、それを誰でもアクセスできるようにしたらどうなんだろう。

これを何度も自慢するのは恐縮だけれど、僕はたくさんあるバイオベンチャーの中からリバネスという会社を見つけ出したことを今でも自慢に思っている。僕が先の委員会で筆頭に推薦した会社がリバネスだった。でも、誰も褒めてくれない(笑)。

お金をばら撒いたのはもう5年以上前だし、ばら撒き先、ばら撒き額もわかっているし、当然のことながら三菱総研あたりがその成果についても追跡調査をしているはずだ。その中にはうまく行っているところもあれば、もう存在しない組織もあるかも知れない。そのあたりの情報がきちんと提供されるべきだし、どうしてそこに決定したのかもディスクローズされるべきだ。残念なのは委員会の議事録が公開されていないことで、それさえあれば、その予算の成果と、それが誰の手柄なのか(あるいは失策なのか)がわかったはずである。そうした評価実績の蓄積こそが、「評価者の評価」にもつながるはずで、重要予算のばら撒き先の決定者を選択するときにも役立つはずである。

折角政権が交代したことだし、僕が思うのは、ばら撒き先を決めるときの議事録をきちんと公開すること、ばら撒き先を決めた人(個人)の能力と責任を明確にすること、この二つを実現するべきだと思う。その点さえ透明性が確保できるなら、あとは市場が評価してくれるはずだ。こうした条件を提示することによって、委員も相応の負担を負うことになるが、それでも構わないと考える人はいるはずだと思う。たとえばバイオベンチャーにお金をばら撒くというのなら、僕はいつでも委員として協力する準備があるし、その委員会での発言は全てオープンにしてもらって構わない(まぁ、中にはそれぞれの会社の秘密事項などもあって、どうしてもオープンにできないところはあるだろうが)。

要は、委員会とか、役所とか、組織によって責任の所在をぼかすのではなく、あくまでも個人として発言し、個人として評価され、個人として責任を持つべきだ、ということ。そういう手法によってばら撒き先が決められるなら、今よりもかなり効果的なばら撒きになるのではないか。  

一生使い続けても上達しない英会話教材

e996c9be.gifライブドアで記事をアップしたら、こんな広告画像が出てきた。

一生使い続けなくちゃならないような教材は死んでも使いたくない。って、それは僕だけ?  

行ってみたいラーメン屋

ラーメン評論家なんてやっているとネットで見かけたラーメン屋で食べてみたいと思うことなんてほぼ100%ないんだけれど、今日は行ってみたい、それも猛烈に行ってみたいと思う店があった。記事はこちら。

超革命的なラーメン屋さん

楽食拉麺・菊や、すげぇ。そしてその魅力を余すところなく伝えたデリーポータルもすげぇ。  

渡辺竜王JT杯欠場の不思議

渡辺竜王の家族が新型インフルエンザになったそうで、公開対局で実施する予定だったJT杯の出場が取り消されてしまった。

JT杯(12日)の出場見合わせについて。

選択肢として出場取り消しと言うのが有力なものであることは疑いがないし、無難な判断だとも思うのだけれど、不思議なのはどうしてネット対局(渡辺竜王だけ)をしないのかということ。竜王が自宅にいる状態でネットを使って対局することは、技術的にはそれほど難しいことではないはず。ちょっとやそっとのケースでは使えないけれど、今回は仕方がない。ネットの技術と言うのはこういう非常事態にこそ有効活用されるべきで、大和証券杯(ネット棋戦)などはそのための予行練習と位置づけられても良い位なのになぁ、と思う。

まだ技術的に不安があるんですかね?確かに回線切断とかはありうるけれど、それは電話を使うとか、アナログな技術を併用することで回避できるはず。それでも駄目だったら、それはそれで仕方ない。でも、うまく行ったら、将棋ファンは将棋連盟を見直したと思うのだけれどなぁ。

渡辺竜王のファンである僕としては残念至極。でも、一番残念なのは竜王だろうし、一番申し訳ないと思っているのは家族だろうから、竜王には次の棋戦でJT杯の分も頑張ってもらうしかない。  
Posted by buu2 at 00:50Comments(4)TrackBack(0)将棋││編集

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2009年09月08日

ブログによる広告

どうする? ブログのやらせ問題--ライブドア、サイバーエージェントらが議論

アメブロ(サイバーエージェント)でときどき芸能人がこっそり広告記事をしのばせるのは有名な話だけれど、それについてサイバーは正々堂々とやっていると表明。ある意味潔い。曰く、

当社がお仕事としてタレントに頼む場合は、金品の提供はある。ただそのケースでは、まずはブロガーの意思を損なわない、指示もしない、我々が何か操作することは一切ない


だそうだけれど、だからなんなの?という感じ。

つまり、「○○について記事を書いてくれたらお金を支払います。内容はお任せします」ということ。サイバーは、「お金は払っているけれど、強制しているわけでもないし、勝手に書いているんだし、内容についてチェックもしていないから、良いじゃん」と言っている。実際のところ、芸能人が本当にそう思って書いているのか、あるいはお金が欲しいから褒めているのか、そのあたりはわからない。でもまぁ、テレビの広告だろうが何だろうが、本当にそう思っているのかはわからないからね。北島がコカ・コーラの宣伝に出ているからって、本当にコカ・コーラが大好きなのかどうかはわからない。でも、問題なのは、本気で書いているかどうかじゃない。書かれていることが広告であると閲覧者に対してディスクローズされていないということなんだよな。あるいは、書いていることによって何らかの経済行為が発生しているかどうか、ということがディスクローズされていないということ。テレビにしても雑誌にしても新聞にしても、基本的には「これは広告」というのは情報の受け手もそれとわかって見ている。でも、ブログの場合はそうじゃない。本当にそれで良いのかなぁ、と思う。

逆に言えば、広告ですよ、と明示されているなら、どんなことを書こうと勝手ということなんだけれど(法律に違反しない範囲で、だけれど)。

たとえば僕は一昨日、ウェンディーズについて書いたけれど、これは閲覧者からは広告なのか、広告じゃないのか、わからない。僕が僕の言葉で書いたのは確かだけれど、重要なのはこの記事を書いたインセンティブがお金なのか、物なのか、ただの自己顕示欲なのか、ということ。今回の場合はもちろん自己顕示欲で書いているわけだけれど、そんなことは外部の人間にはわからない。アメブロの芸能人ブログだって、一緒。でも、閲覧者にとってはそれって凄く重要なことで、自分の好きな芸能人が、本当に高く評価しているのか、それとも別に高く評価はしていないけれど、お金がもらえるからやっているのか、どちらなのかによって、受け取り方は全然変わって来るはずだ。そして、たくさんの記事がある中に、こっそりと「商売で書いた記事」が仕込まれているというのは、非常にアンフェアだと思うし、それは新聞や雑誌なら「これは広告です」と明示される部分である。アメブロの芸能人ブログではこのあたりが非常にあいまいというか、故意に隠しているわけで、その点をこの記事の質問者は問いただしたはずだ。記事ではなぜか炎上云々、筋違いの方向について書かれているが、問題はそこではない。プロがやろうが、芸能人がやろうが、あるいは素人のブロガーがやろうが、問題は、「それが広告かどうか」である。

アメブロが本気でやらせ対策をするのであれば、ブログ運用者が何らかの金品を受け取りつつ記事を書いている場合には「これは広告です」と明記させるべきだ。ライブドアの人は「基本的には読者をだまし討ちするようなことはないようにしている」と言っているが、アメブロはだましているというのが僕の判断。だまさないなら、「これは広告です」と付記すべきだ。まぁ、サイバーの人は「読者をだまし討ちするようなことはないようにしている」とは言っていないので、これについては嘘は言ってないのだけれど。

僕達が口コミとして知りたいのは、バイアスのかかっていないフラットな評価。でも、そんなのばかりじゃぁ、広告業が成り立たない(僕はそれを成り立たせたいと思っていて、その足がかりみたいなものをもうすぐ発表できるかなぁ、と思っているところだけれど)。だから、バイアスをかけるのは仕方がない。でも、バイアスをかけるなら、程度はともかくとして、「これはバイアスがかかっている可能性がありますよ」と明記することが必要なんじゃないかと思う次第。

ちなみに、最近の事例で言えば、一人一票実現国民会議というのがある。この団体、選挙の際に同時に実施される最高裁の裁判官の国民審査にあたり、「あなた達の一票はこんなに差があります。そして、それを認める判断をした裁判官はこの人です」という趣旨の全面広告をあちこちの新聞に連発していた。「凄いお金があるなぁ」と思うと同時に、大都市住民である僕は彼らの広告を参考に×をつけたんだけれど、それとは別に、この団体はブログにもステルス広告を打った。その条件を満たしていれば全てが広告である、というわけではないけれど、見分け方は簡単で、「一人一票実現国民会議」と「国民審査権」の二つのキーワードが含まれているかどうか、一人一票実現国民会議の黄色いバナーが掲載されているかどうか、外部関連サイトへのリンクがはられているかどうか、および2009年の7月29日から8月11日までに書かれているか、である。こんなのはグーグルで検索すればすぐに抽出可能だ。逆に言えば、そこでリストアップされたブログには他にもステルス広告が掲載されている可能性が高い。ま、それはそれとして、この国民会議が実現しようとしたことは、「僕は」支持するけれど、その立ち位置とは別に、こうしたやり方自体は評価しない。目的は手段を正当化しない。

何はともあれ、ステルス広告についてはsmashmediaの河野さんがこれまでに色々書いてきてくれているので、そちらを読むと勉強になると思う。以下、ぱっと目に付いた記事を参考としてリンク。興味がある人はそちらもどうぞ。

参考1:サイバーエージェントの記事マッチ(smashmedia)
参考2:ステルスマーケティング(MarketingPedia)

2009/9/14追記
ネットをふらふらしていたら田端さん自身がこのテーマについて書いていたのでリンク。
参考3:ペイパーポスト議論が見落としている点/戦争広告代理店とCM化するニッポン  

統計データを隠そうとする馬鹿

僕は前々から「学力調査の結果は統計的に処理した上で全て開示せよ」というスタンスだけれど、

鳥取県、学力調査の学校別結果開示 全国初

という記事の中で、

都道府県教委による調査結果の公表を禁じている文部科学省の岩本健吾・初等中等教育局参事官は「文科省の方針を理解いただけなかったのは残念だ。開示された結果が独り歩きして、地域や学校の序列化を招く恐れがある」と話している。


なんていうことが書いてあって、こいつ、馬鹿だな、と思う。

多分、「こういう情報は俺達じゃないと有効利用できない。俺達だけで保有しておけば十分だ」と思っているんだろう。アホかと。一般に公開できないような統計データなら最初から集めるなということ。逆に、もし一度集めたらなら、きちんとそのデータをディスクローズして、誰でも有効活用できるようにするのが当たり前。それに、「地域や学校の序列化を招く恐れがある」とかきれいごとを言っているけれど、地域や学校の序列化なんて、もうすでにやられているじゃん。そういう事実から目を逸らしたおかげで、「言われたことしかやれない」「競争になれていない」「負けることですぐに自信を失う」人間が量産されつつあるわけで。序列化されている中で、下にいる人たちはどうすれば良いかを考えるべきでしょ。それは上にいく方策かも知れないし、別の価値を目指すのかもしれないけれど。対策は事前の調査が必要。そして、対策を考えるのは役人だけじゃない。

今は情報のフィルタリングを発信元ではなく受け手がやる時代。馬鹿はこれがわからない。

事実を認識し評価することを避けている点と、自分達サイドの人間だけがデータを有効活用できると勘違いしている点で、馬鹿。唯一評価できるのは「岩本健吾」という実名でコメントしている点。ということで、折角だから「馬鹿に関する備忘録」のカテゴリに追加して覚えておいてあげようと思う。

  

TAJOMARU

64625c66.jpgアマルフィのあまりの珍作っぷりに感動したので、同じフジテレビ系製作のこの作品も個人的にはかなり盛り上がっていた。どんな珍作だろうか、と思っていたのだが、結論から言うとちょっと肩透かしで、普通にツマラナイ映画だった。

冒頭のシーンから想像するのは友情とか、慈しみの心なんだけれど、それはあっさりひっくり返る。こういう展開はまぁありだとは思うのだが、納得がいかないのは、そういう展開になった理由が全然述べられないこと。桜丸の暗躍は、三つ子の魂百まで、といわれればそうなのかも知れないが、あまりにも味気ない。血筋だけで最終的には大活躍するハリーポッターの暗黒版といえばそれまでなのだけれど。その「どうして?」という部分に何の回答も与えられないため、ストーリーをすんなり受け入れることができない。それに、そのおかげで悪役の作りこみが甘くなってしまい、憎たらしさも生まれてこない。悪役が悪役として機能していないのだ。なんだか良くわかんないけれど、悪い奴、みたいな。ただのチンピラ、みたいな。それから、兄弟の確執についてもしっかりと描かれておらず、なんだか意味もなく裏表のある登場人物という印象を受けてしまう。このあたり、脚本がかなりいけてない。

設定の面でもつめが甘く、たとえば折角の「地獄谷」が全然地獄っぽくない。落っこちても全然平気で、怪我もしない。最初はぼろぼろになっていたヒロインが見る見るうちに回復していき、体力だけじゃなく服やお化粧まですっかり元気そうになるのも不思議。仙豆でも飲んだのかと思ったけれど、そういうシーンは見当たらなかった。落ちた当初は凄いやばいところ、ヒロインもお岩さんですか?って感じなのに、すぐに普通になっちゃう。しかも、そこからの脱出も結構簡単。というか、あんな崖を上らなくちゃならないような場所は日本にはほとんどないはず。中で普通に生活している人たちもいるし。他にも、「ここは京都のそばなんだろうけれど、でもどこなんだろう?」とか、それ以前に「時代はいつなの?」とか、語られない設定が多すぎ。

結局、語られるべきところが全く語られておらず、じゃぁその代わりに何かあったっけ?というと、何も思い出せない。飲んで馬鹿騒ぎしているところを見せたかったわけじゃないですよね?うーーん、良くわからん。

主人公が気を失っていたときの出来事というのも、妙に長くて違和感ありまくり。「実は」みたいな部分を一々登場人物が説明するのもいかがなものかと思うし、それを説明するのも「なぜこの状況で」という感じ。その内容も、いつ目を覚ますかもわからない状態で良くそこまで念入りに打ち合わせをしたものだ。これでヒロインに演技力がなかったらどうするつもりだったのかとちょっと問い詰めたくなる。あげく、説明が終わったと思ったら「助さん、格さん、出番ですよ。懲らしめてやりなさい」みたいな感じで隠れていた助っ人達が現れる。もっと早く助けろよ。

そして、多襄丸があまりにも格好良すぎて、それでいてあまり強くなかったりするあたり、設定が微妙。

全体を通じての見せ場は一体どこだったのだろう。あぁ、あの、桜丸とのチャンバラかな?そこのシーンはわりと良い出来だったと思う。ただ、いかんせん、先日見たG.I.ジョーのチャンバラの方が少し上手のような気もする。

それでラスト。自由と女を手に入れたのは良いけれど、これからどうやって暮らすんだろう。やっぱり盗賊ですか?

ちなみに今日は厚生年金会館での試写会だったのだけれど、音響が最悪。ただでも、ここで見るのはちょっとなぁ、という感じ。してみると、新橋のスペースFS汐留ホールは凄く良いなぁ。

評価は☆1つ。  
Posted by buu2 at 00:42Comments(0)TrackBack(0)映画2009││編集

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博士課程についてブログを書くにあたり

ちょっとふらふら情報収集をしていたら、こんなページにたどり着いた。

菅野・鈴木研での大学院の考え方

さらに、私は、博士号を取っても、一概に、全員が、研究者になるべきだとは考えていません。
中国政府の最高幹部の大部分が工学系の博士号を持っていることは有名です。
アメリカでも、博士号をとった人の半数以上が、研究以外の職についています。
私の知っている人たちも、メディア、教育、金融、政府機関や会社のマネジメント、広報、営業、等々様々な分野で活躍しています。
社会の流動性が異なりますが、だんだん、日本もそのような社会に近づいていると思うのです。


あたりの柔軟性がなかなかイイね、と思い、そういえば東大の生物では大学の後輩が東大で教えているんだったなぁ、同じ鈴木だから、これは勉君かなぁ、と思って調べてみたら、違う人だった。

東京大学大学院新領域創成科学研究科
メディカルゲノム専攻ゲノム制御医科学分野
菅野・鈴木研究室

僕の知っている鈴木君はこちら。

鈴木研究室/RNA生命化学

あれ?君、いつの間に教授になったの?と思って、「前から教授だったっけ?」とメールしたら、去年の6月に教授になったらしい。「頑張って良い仕事をしてね」と返事をしておいた。しかし、もう教授かぁ。他に僕の知り合いで東大、東工大あたりで先生をやっている人をちょっと調べてみたら、山内啓太郎君は准教授だった。五十嵐 規矩夫君はどうかな、と思ったら、やっぱり准教授。ってことは、鈴木勉君は大出世じゃないか!

ちなみに彼の奥さんはカレーパンマン。  
Posted by buu2 at 00:24Comments(0)TrackBack(0) ││編集

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2009年09月07日

なおじ

目黒は権之助坂にある「なおじ」で一杯。以下評価。

名称:なおじ
種類:東京西部
場所:目黒
評価:5/BAC
2009.9.6
コメント:麺は太めのストレート。うどんのような感じの見た目だが、食べてみると腰があるというよりは硬い。硬い麺が好まれる傾向にあるのは間違いがないので、こういうのもありだとは思うのだけれど、ただただ硬いというのはどうなんだろう。ちょっと方向性に違和感あり。

スープはとんこつベースのしょうゆ味で魚系のダシが利いた東京西部タイプ。もう、最近はこの手のラーメンもすっかり珍しくなくなってしまい、逆に「またこれか」という感じになってしまう。魚のダシで工夫するのにも限界があるわけで、そろそろネタも出尽くした感じ。ただ、この店のスープはそんな中でも美味しい部類だと思う。

チャーシューは不もなく可もなく、というレベル。わざわざトッピングするほどのことはない。

僕は中華そばを食べて評価したけれど、同行者は焼あじ中華そばを注文。こちらは味がなかったらしい。一口食べてみたけれど、中華そばの方がお勧め。

DSCN0624 DSCN0623

店名 なおじ
ジャンル ラーメン、つけ麺
TEL 03-3779-9199
住所 東京都目黒区目黒1-6-15
営業時間 11:00〜スープなくなり次第終了
定休日 無休  

博士課程の定員削減に関する朝日新聞の記事について

朝日新聞はなぜかこの手のニュースをネットで配信しない。「お金を払って購読してください」ということかも知れないが、何しろ不便なのは、その記事を引用しての議論がやりにくいことだ。一々記事をべた打ちするのは馬鹿らしいし、著作権上からも疑問が残る。いまや、記事はネットで議論されてナンボのもの。専門家が一方的に自説を披露し、それを大衆が一方的に読まされるだけ、という社会ではなくなったのだから、それに対応できるやり方をなんとか考えて欲しいところである。

さて、本題。今日の朝日新聞21面(教育面)に、「博士課程の定員削減 必要?」というインタビュー記事が掲載された。文科省が全国の国立大学に博士課程の定員数削減に関する要望を通知したことについて、有識者3名にインタビューしたというもの。意見を載せたのは、石弘光放送大学長(大学スキー部の後輩のパパで、結構偉い人。今は放送大学なのね)、水月昭道立命館大研究員(「高学歴ワーキングプア」の人)、北森武彦東大大学院教授の3人。とりあえず、彼らの意見をざっとまとめるとこんな感じ。

石氏
博士課程の教育の質と就職先を確保するためには定員減が必要。定員が増えれば大学院生の学力レベルが分散する。教員の数が増えないこともあって、教育が不十分になり、結果として博士の質は明らかに低下した。大学教員の需要はそれほど増えていないし、日本における博士の社会的評価は低いので、就職も困難だ。教育も就職も保証できないことは日本にとって重大な人材損失である。だから、入り口をしぼるしかない。大学や学部ごとに就職率や博士号取得までの年数、定員充足率などを考慮しつつ、全体で2〜3割程度の削減をすべきだ。
(以上、勝手に要約)

水月氏
研究環境の底上げを目的に博士を増やしたのだから、就職難などを理由にした定員削減はすべきではない。博士を増やしたおかげで研究のすそ野が広がり、論文数も増えた。競争が激しくなって、博士の質も高まった。今定員削減をすれば、この20年で作られてきた研究構造が破壊されてしまう。また、定員を削減しても、今就職難の博士に対しては何の解決にもならない。就職がないから博士を減らすというのは奇異で、就職先を増やすべき。まずは大学教員のポストを増やせ。私立大学の非常勤講師を専任化し、私学助成金を増やせ。博士の専門知識をいかす仕事を増やし、国はそういう仕事を支援しろ。もし減らすなら、政策の誤りを検証し、長期的なビジョンを示せ。
(以上、勝手に要約)

北森氏
人口に対する博士数は、スウェーデンの1/4。日本にはもっと博士が必要だ。東大の工学系博士の場合、定員充足率は2/3で、就職率は95%。必要なのに入ってこない現状があり、入学者増のための努力をしている。定員減は「博士は必要ない」という誤ったメッセージを伝えることになる。日本は資源がないのだから、問題を見出して解決する博士が欠かせない。ただ、輩出すべき博士の数と質について十分な議論がなかったのは事実で、今後2、3年でそれをやるべきだ。
(以上、勝手に要約)

それぞれに「そうだよなぁ」と思うところもあり、「それは違うんじゃないかなぁ」と思うところもあるのだけれど、そういう「ぶれ」が生じる原因として、「博士の評価」についてのコンセンサスが形成されていないことがあげられる。3氏で比較すると、石氏は「明らかに低下した」としているし、水月氏は「高まった」としている。北森氏は言及がないので不明だが、本当のところ博士の質は高いのか低いのか、最近のトレンドはどうなのか、というところについてコンセンサスが形成されていない。

じゃぁ、実際のところはどうなんだろう、ということは現場にいない僕にはわからない。身のまわりの博士達を見ていて思うことは、

1.トップレベルの博士の質はそれほど変わらない。
2.トップレベルの博士の数は同じか、やや減少傾向にある。
3.博士全体で考えると、質の平均はやや低下している。
4.駄目な博士は増えている。

ぐらいなのだが、これはあくまでも感覚的なものなので、「根拠を示せ」といわれても困る。まぁ何にしろ、博士の数は増えているわけで、質がどうなっているのかについてはきちんと検証が必要だ。文科省は博士の質を向上させるために色々な政策を打ってきているはずで、その検証手段として色々なツールとデータを持っているはずだ。それをきちんと提示して欲しいところである。

ということで、議論のベースとなるべき「博士の質の現状」に関するデータが不足しているため、具体的なことは何も言えない。調べればあるのかもしれないけれど、残念ながら僕は大学院教育の専門家ではないので、自分で調べてくるほどの熱意はない。あー、そういえば知り合いが昔経産省の大学連携課にいたから、そこからデータをもらうという手はあるかなぁ。でも、面倒だからパス。ということで、各氏のコメントについてちょろちょろと思うところを書いてみる。

石氏
博士課程の教育の質と就職先を確保するためには定員減が必要。


就職先を確保する必要はあるんだろうか?大学院としてはあるのかもしれない。大学院は大学院生が欲しい立場であって、そのためには魅力的な大学院であることをアピールする必要がある。だから、大学院が就職先を確保する必要はあるのかもしれない。が、それは個別の大学院レベルの話。国としてどうこう、社会としてどうこう、という話ではない気がする。大体、役に立たない博士を強制的に押し付けられたら民間企業はたまったものではない。役に立たない博士の受け皿として公務員を用意するのも税金の無駄遣い。やはりどちらも不適切だと思う。就職先は「博士ありき」の話ではない。

定員が増えれば大学院生の学力レベルが分散する。


定員を増やして、全員を合格させればその通り。そうならないように選抜するんじゃないのだろうか。最近の博士課程って試験はないんだろうか?

教員の数が増えないこともあって、教育が不十分になり、結果として博士の質は明らかに低下した。


博士の質に関する指摘が事実で、かつそのレベルの低い博士の就職を社会が担保しなくてはいけないというのであれば、博士の定員削減もやむを得ないと思う。

水月氏
研究環境の底上げを目的に博士を増やしたのだから、就職難などを理由にした定員削減はすべきではない。


確かに。

論文数も増えた。


これはおそらく客観的な事実であって、正しいんだと思う。

博士の質も高まった。


これは簡単に同意できない。根拠は何なんだろう。

今定員削減をすれば、この20年で作られてきた研究構造が破壊されてしまう。


構築された研究構造が適切なものなのかの議論が必要不可欠。

定員を削減しても、今就職難の博士に対しては何の解決にもならない。


その通りだが、就職難なのは今の就職難な博士の側にも問題がありすぎて、なんとも言えず。

就職先を増やすべき。


単に増やすだけなら普通の雇用対策と一緒。普通の雇用対策が進めば自動的に博士の雇用も増える。実際は、「博士が気に入って、喜んで就職するような就職先」ということ。それで、役に立たない博士を欲しがるところなんて官民含めてどこにもない。このブログで何度も書いているけれど、たとえばうちの会社などは常時人材募集をしている。博士でももちろんオッケー。ただし、博士だからと言って優遇される部分は何もない。完全実力主義で、博士の看板は何の役にも立たない。「博士」という肩書きは「○○ができる」というものを何も保証しない、何の役にも立たない看板だというのが僕の認識。そして、こういうことをストレートに表明する人はあまりいないけれど、実際には多くの人事担当者が同じことを思っていると思う。ただ、日本社会においてそういうことを表明しても大した得がないから言わないだけ。それで、「博士なんて肩書きは何の役にも立たない」ということは日本社会においては暗黙知として存在するわけだけれど、おっちょこちょいな大学院生はそれを知らずに博士課程に進学してしまったりする。そして、その暗黙知に気がついたときには手遅れ、みたいな。これはちょっと気の毒なんだけれど、まぁ、仕方がないといえば仕方がない。「博士なんだから採用しろ」じゃなくて、「博士なんですが、採用してもらえませんか?」という立場になってしまっているわけで、就職できるかどうかは、その立場を実質的な部分で受け入れることができるかどうかなんだと思う。

まずは大学教員のポストを増やせ。


誰がそいつらの給料を払うんだ(笑)

私立大学の非常勤講師を専任化し、私学助成金を増やせ。


僕も私立大学の非常勤講師だけれど、専任化なんかまっぴらごめん。僕の本業はあくまでもライブログの社長です。それで、誰かが僕に代わってバイオベンチャーを教えるなら、それはそれで結構な話。ただ、僕の場合、経産省の課長補佐という肩書きを利用して日本全国のものすごい数のバイオベンチャーを訪問し、そこの幹部に直接話を聞き、さらには実際にバイオベンチャーの社長も経験し、あるいはベンチャーキャピタルにも籍を置き、加えてシンクタンクで調査をやったこともある。僕より優秀で知識もある人は確かに山ほど存在するけれど、就職がなくて困っているような人の中に僕と同レベルの人がいるとはなかなか思えない。就職難だから、レベルは低いけれど代わって下さい、というのは変な話。

博士の専門知識をいかす仕事を増やし


これは良い事だと思うけれど、政策的にやることじゃないと思う。あくまでも民間主導での話では。

国はそういう仕事を支援しろ。


そういうスタンスが族議員を増やし、政官の癒着を作り出していく。仕事は国が支援するものじゃない。国が支援しなくちゃ成立しないような仕事は支援がとまったところで終了する。

政策の誤りを検証し、長期的なビジョンを示せ。


途中は同意できない部分が多いけれど、ここは同意。

北森氏
日本にはもっと博士が必要だ。


スウェーデンとの比較など不要。日本には役に立つ博士がもっと必要です。

東大の工学系博士の場合、定員充足率は2/3で、就職率は95%。


東大はそうなんでしょうね。その調子で頑張ってください。

定員減は「博士は必要ない」という誤ったメッセージを伝えることになる。


このあたりがどうなのかなぁ。東大の立場からの発言だから仕方ないのだけれど。必要なのは「役に立つ博士」なわけで。東大の事例を取り上げて「博士は必要だ」という不正確なメッセージを発信するのは間違っていると思う。「東大で通用するレベルの博士は就職率が95%です。だから、東大で通用するレベルの博士をもっと増やすべきです」と、正確に表現しないと。そして、この内容なら「そうかもしれないですね」と同意もできる。ただし、今回の記事は文科省が各国立大学に博士定員の削減を求める通知を出したことに対するインタビューなので、そのあたりをきちんと切り分けて欲しいところ。

問題を見出して解決する博士が欠かせない。


それはそうかも知れない。問題を見出して解決する能力がない博士の存在が問題なわけで。

輩出すべき博士の数と質について十分な議論がなかったのは事実で、今後2、3年でそれをやるべきだ。


これまたその通り。  
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ミクシィはプライベートカンパニーでいれば良かったのかも知れない

ミクシィにもすっかり飽きた。すぐに思いつくのは、中のコミュニケーションのレベルが低いこと。それは僕の個人的評価軸においてだけれど。これはfjの時代から約20年間、何度も何度も繰り返されている。このブログにも何度か似たようなことを書いたけれど、参加者が大衆化すれば、どうしてもそこで展開されるコミュニケーションのレベルは低くなる。

ここで言う「レベルの低さ」というのは2ちゃんとかとはまた別のベクトルで、全部で3つある。それは一つにはコミュニケーション能力、一つには情報収集能力、一つには評価能力。その結果、ミクシィの内部のコミュニティーはカラーで二分化されてきている。一つはオタク、もう一つは衆愚。この二つは専門性を評価軸とすれば両極に配置されるのだけれど、ミクシィの中のコミュニティはその両極に分かれつつある。

オタクのコミュニティというのは参加者はそれほど多くなく、そしてその種類は多い。そこでは非常に濃い会話が交わされ、純化し、ついていけない人は淘汰されていく。

衆愚のコミュニティは「ここではそんな会話はふさわしくない」「そんな表現は不愉快だから管理人さん削除してください」「これ以上続くなら、私はここを抜けます(と、言いつつ、抜ける気はさらさらない)」といった会話が登場するのですぐにわかる。こうしたコミュニティは参加者が大勢、場合によっては1万人を超えている場合もある。そこで繰り返されるのは、荒らし行為とそれに過敏に反応するコミュニケーション・リテラシーの低い人たちのいたちごっこである。

僕はたとえばラーメンやら、映画やら、中島みゆきやら、野田秀樹やらについてはそれなりに詳しいわけで、僕のことをラーメンオタク、映画オタクだと思っている人も少なくないのだけれど、実際には僕はそれほど詳しいわけでもないし、いつもそのことを考えているわけでもない。たとえばラーメンのことを考えるのはせいぜい一週間に2、3回である。「あぁ、今日はラーメンを食べたいな」と思う頻度は実はもっと低い。今日も目黒でラーメンを食べたけれど、それはラーメンが食べたかったからではない。別に何でも良いけど、折角食べたことがない店があるから食べておくか、程度のもの。そんな「薄い」人間にとっては「濃い」人間達が自説を振り回しているミクシィのラーメン関係コミュニティは近寄りがたい。

同時に、衆愚のコミュニティも居心地が良くない。「クソ映画」という表現があると、あっという間に袋叩き。あげく、ちょっとした管理人の意思表示があったのちにばっさりその掲示板は削除されてしまった。そして、その行為自体に対してほとんどの人間が違和感を持たないのである。多くの人は、「目障りな掲示板がなくなってせいせいした」と思っているのだろう。このことが非常に気持ちが悪い。言論を統制する、言論を封鎖する、内容を検閲し、場合によってはそれを全て削除する。こうした行動はインターネットの情報のあるべき姿の対極にあると僕は思っている。だから、僕が所属しているコミュニティでそういった行為が発生すると、「なんだかなぁ」と感じて、そこを出て行くことになる。16万人もいるコミュニティなら、一人ぐらい人がいなくなっても誰も気がつかない。衆愚なのは勝手だが、そこの一員と思われるのはどうにも不愉快だ。

SNSというメディア、いや、ミクシィというメディアは明確に衰退期に入ったのだろう。これは僕が個人的に「飽きた」からではない。参加者がかなりの人数に達してしまい、結果としてネットをやっている日本人はほぼ全員が参加していると言っても過言ではない状態だ。正確には、「やりたいと思っている人なら誰でも参加できる」という状態である。こうした状況においては、ミクシィというのはもはやコミュニティですらなく、ただの手段である。数年前のミクシィは会員制というハードルの元、ある程度のリテラシーとセンスを持った人間を母集団とし、それなりの特徴を保持していた。大衆化によってそれが失われてしまった。

もちろん、ミクシィに意味がないわけではない。たとえば、僕が「どこかに夢の遊眠社が好きだった人はいないかな?誰かいたら、情報交換したいな」と思ったときには威力を発揮する。つまりは上で書いた「オタク」の部分にアクセスすればいい。また、それがない場合は自分で作ってしまえば良いだけだ。実際、僕が作った「夢の遊眠社」というコミュニティには現在76人が所属している。ミクシィというメディアは、そういうコミュニティ作りには非常に強い。

結局のところ、ミクシィはソーシャルネットワークというパーツから、ソーシャルネットワークを形成するためのインフラへと成長したということなんだと思う。そういうインフラを一民間企業が掌握したというのはある意味凄いことだと思うのだけれど、その内容がインターネットそのものに近づけば近づくほど、その中身は希薄になってくるはずだ。具体的に言えば、そこで日記を書く人の人数は減り、コミュニティで記事を書く人の数は減り、そしてそれらを閲覧する頻度も減ってくるだろう。僕が「ミクシィは衰退期に入った」と感じる最大の理由は、そこで生産されている情報の量が明らかに減少していると感じることだ。その理由がどこにあるのかは正確にはわからない。けれど、この感覚はおそらく多くの人が感じていることだと思う。「なんか、最近のミクシィはつまらないな」という感覚。そして、「ちょっと飽きちゃったかも?」という感覚。

こうした変化によって、今まで「アクセスしていると面白いことがあるかもしれない」場所だったのが、「ある目的があるときだけアクセスすれば良い場所」へと変わりつつあるのだ。そして、「何か明確な目的があるわけではないけれど、なんとなく」というクラスターはたとえばTwitterなどのそれに適したメディアに流れてしまい、また、何か特別な目的を持って情報収集したい人は、昔からそこに存在するウェブサイトやブログへ流れてしまう。

ここまで書いてきて、ちょっと僕の頭も整理されてきた気がする。昔はミクシィの中で、2ちゃんねるやTwitterのような活発なやり取りが行われていた。そういう場所では、上に挙げたような衆愚が展開されることがない。「こういう表現は不愉快だ」などと表明しているそばからそのネタは消費され、過去のものになっていた。だから、誰もそんなことには気を配らなかったのだろう。今のミクシィは情報の生産頻度が下がってきてしまって、結果として、一部の物好きによる、あまりたくさんではない、そして提供スピードが遅い情報の集積場となってきてしまったのではないか。こうした情報はフィルタリングの餌食になりやすく、そして、得てして価値が低い特徴がある。要するに、ミクシィの中に存在する情報の価値が下がってきているということだ。

巨大化と衰退を繰り返すのが普通のネットサービス。ヤフオクのように例外もいくつかあるのだけれど、ミクシィの場合は衰退の可能性が高いと思う。ただ、ミクシィが一つの社会インフラであることは間違いがない。ソーシャルネットワークという部分から、別の部分、たとえばゲームを提供するプラットフォームへと変わるとか、あるいはより小さなネットワークへのハブに変わるなどの方法によって生き残っていくのかも知れない。

大衆化によってなぜミクシィが衰退に向かってしまったのか(あくまでも僕の個人的感覚であって、そう思わない人の方が多いのかも知れないけれど)。Twitterのようなサービスもミクシィで展開できたはずだ。それができなかったのはなぜか。もしかしたらそれは、「公開企業」としての立ち位置での展開が難しかったということなのかもしれない。そういえば、ミクシィが株式公開してからは、ミクシィ内のアダルトコミュニティなどが激減したようだ。厳密に言えば株式公開の影響ではなく、未成年者でも利用できるようにしたためにアダルトコミュニティを検閲することになったのだが。アダルトに限らず、公開して以後、ミクシィは非常にお行儀の良い空間、言葉を換えればつまらない空間になったと思う。

公開企業になったことによって実現可能になったことも少なくないはず。しかし、同時に失ったものもあるようだ。ミクシィはプライベートカンパニーでいれば、もっと面白い会社でいられたのかも知れない。  

2009年09月06日

ウェンディーズのねぎ焼肉バーガー

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今日は午後一で池袋で仕事。そのあと、夜18時に目黒で待ち合わせ。仕事が意外と早く終わったので、16時に池袋を出て、待ち合わせ場所である目黒へ移動。あたりが煙で凄いので、その原因のさんま祭りをちょこっと冷やかす。それから、「どこかで仕事ができるところはないかなぁ」と探してみたらウェンディーズ発見。いや、マクドも見つけたんだけれど、マクドは食べるものが何もないからパス。たとえ電源があってもここはパス。

ということで、ウェンディーズへ。何でも良かったんだけれど、1時間も長居させていただくことになるだろうから、ハンバーガーを注文。売り出し中らしい「ねぎ焼肉バーガー」。

オージービーフ100%は評価できるウェンディーズだけれど、「パティのおいしいウェンディーズだから」はどうなのか?少なくとも、この肉は美味しくはない。でも、一枚あたり100円(ダブルにすると100円アップ)の肉だから、こんなものだろう。これが驚くほど美味しかったら逆にびっくりする。そうしてみると、表現と言うのは難しい。「抜群のコストパフォーマンスを誇るウェンディーズのパティだから」じゃぁ、ちょっと長い(笑)。

ただね、ウェンディーズのハンバーガーが見た目で評価できるのは、この写真を見てもわかるけれど、結構広告の写真に近いってこと。これは、マクドには絶対に真似ができない。マクドは最初から商品をそのまま見せようっていう気がなくて、いかに美味しそうに見せるかを考えているからね。その点、ウェンディーズは評価が高いし、信用もできる。別に美味しくはないけれど、パソコンを使っていても怒られないし、また食べてみようかな、と思う。

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目黒のさんま

2e06c590.jpg無料のさんまに物凄い行列。みんなどのくらい並んでるんだろう?


#あとで聞いたら、2時間待ちだって(笑)

100円のさんま、しかも取り立てて珍しいものでも、入手困難なものでもないさんまをタダで食べるために2時間並ぶ。ある意味凄い。日本は相変わらず豊かだ。  
Posted by buu2 at 17:00Comments(2)TrackBack(0)日記││編集

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これはもたない

僕はこのブログがあるから、別にTwitterとかやる必要は実際のところ、ない。でも、お客さんには色々な人がいて、特に音楽、マスコミ関係のお客さんから「Twitterって、どうなんですかね?」と聞かれることが多くなってきた。ちょっと前には、「いやぁ、どうなんですかね?あんまり役に立たないと思いますよ」みたいに応えておけば間違いなかったんだけれど、今はそうもいかない。もうちょっと具体的に「あーだから、だめ」「こーだから、役に立たない」と言い返す必要がある。ということで、ちょっと前からまじめにTwitterを始めた。いや、アカウントだけはもう随分と前に取ってあって、当時はサイドバーにも載せてあったんだけれど、すぐに飽きちゃって、それをはずした。で、わざわざサイドバーからはずしたものを、また元に戻した。ということで、今、ちょこっとTwitterを使っているわけです。

さて、どうやって使おうかなぁ、と思って色々よそをみていたら、結構な頻度の人がネット名刺みたいな感じでiddyを使っているので、僕もちょっと使ってみた。

元木さんのiddy

でも、折角設定しても、ブログのURLだけじゃつまんないわけで、自己紹介を何か書こうかな、と思ったんだけれど、面倒くさいのでウィキにリンクを張っておいた。次に「好きな映画」とかあるので、何を書こうかなぁ、と思ったんだけれど、面倒くさいのでYahoo!ムービーの僕のサイトにリンクを張っておいた。Yahoo!とスカイプとHotmailのアカウントも登録してみた。あ、間違ってもYahoo!のアドレスを使ってメールを送らないでくださいね。Yahoo!に送られてきたメールは全部スパムメールとして処理しているし、そのスパムメールデータを他のメーラーにも転用しているので。Yahoo!経由で僕にメールしちゃうと、よっぽど運が良くない限り、以後、スパム扱いされてそのままゴミ箱に直行することになります。

それで、ブログは一番最初に登録したから良しとして、他に何かないかなぁと思ったら、みんな画像があるのに僕だけない。これは寂しい。ということで、Picasaに登録して、ウェブアルバムを公開することにした。実はこれも前に一度やったんだけれど、どうもインターフェイスが好きになれずに辞めていた。今度はそういうわけにもいかないので、ちゃんと色々試行錯誤したら、30分ぐらいで大体使い方がわかってきた。しかし、それにしても、Googleのサービスっていうのはわかりにくいもの、直感的じゃないものが多い。もうちょっとなんとかならないのかなー、と思うのだけれど、そういう風に思っていても、だんだん慣れてきて、気がついたら「使い方を理解しないほうが悪い。慣れればそんなに難しくないぞ」とか思っちゃうんだろうなぁ。

ということで、Picasaにラーメンと料理のアルバムを作ってみた。今、自分の撮った写真を見てみると、本当に食べ物ばかり。ちょっと反省して、今度はワシントンの街並みでも撮影してくるかなぁ。

ということで、Twitterをやろうと思っただけなのに、他のサービスにも色々手を出してしまい、気がつくとこんな時間だ。さぁ、もう寝よう。  

一風堂横浜西口店

他店舗展開するとほとんどのケースでクオリティコントロールに失敗するのだけれど、一風堂はあまりそういう感じがしない珍しいお店。もちろん完璧ではなくて、「うひゃー、これが一風堂かよ」という店も存在するのだけれど、横浜東口店みたいにそこそこちゃんとしている店もある。ということで、一風堂についてはそう馬鹿にしたものでもないかな、と思っているので、今日は横浜で会議があったあと、ちょっと遠回りしてこちらまでやってきて食べてみた。何にしようかなー、と思ったのだけれど、今さら元味もどうかと思うし、重ね味は博多で食べた(っていうかさ、これは「博多のここでしか食べられません」っていうのが売りだったんだから、こんなところで出している場合じゃないと思うのだけれど、ま、いっか)ので、勇気を出してつけめんにしてみた。つけめんで評価するのはいまひとつ釈然としないのだけれど、自分で注文しちゃったんだから仕方ない。ということで、以下、評価です。

名称:一風堂横浜駅西口店
種類:博多
場所:横浜
評価:6/ABB
2009.9.5
コメント:麺は非常に太いうどんライクなもの。これがラーメンで出てきたらびっくりだけれど、つけ麺だから普通。歯ごたえとか、スープの絡みは非常に良い。残念なのは「博多」っぽさが皆無なこと。一風堂で普通に美味しいつけめん用の麺を食べることができてもあまり嬉しくない。

つけ汁はとんこつベースで魚系の和風ダシを強めに利かせたもの。これも全然珍しくない。というか、つけ麺の王道である。麺の水分がかなり多めで、きちんと水切りができていないため(わざとかも知れないけれど、お皿にかなりの量の水が残っていた)、汁はどんどん薄くなる。ただ、最初の状態がそこそこ濃い目に調整されているので、「台無し」という感じではない。ちょっとなぁー、ぐらい。ま、悪くないけれど、それより何より、一風堂っぽさが全く感じられないことに驚いた。これなら頑者とかで食べたほうが嬉しい。

チャーシューは細切れがちょこっと入っていたけれど、まぁ普通に美味しかった。

どうしてこれが一風堂?という感じ。まとまりは良いし、つけ麺としてはかなり上出来だと思うけれど、一風堂ブランドでこれを出すことの意味がわからない。今回の評価は暫定版としておく。もしまたこのあたりで何か食べることになったら、きちんと普通のラーメンを食べておこうと思う。

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夢の遊眠社のポスターたち

昔のは当然ながら観てないものも多い。

野獣降臨のプレビュー公演を横浜でやったことがあって、そのとき、なぜか最前列のど真ん中で観た。それ以後は、全部観たなぁ。観ないわけにはいかなくなったから。

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Posted by buu2 at 01:33Comments(0)TrackBack(0)演劇││編集

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2009年09月05日

びるまの竪琴で写真撮り直し

美味しい料理がカメラのせいであまり美味しそうに見えないのは申し訳ない。ということで、前回食べたとき、あまり美味しそうに写真が取れなかったびるまの竪琴で写真撮影会を実施。

前回の写真

駄目でしょ?

ということで、今回の写真です。

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うん、このチャーハンとか、満足。ちなみにこのチャーハンは「目一杯辛くしてください」と無理を言った一品(笑)。さぁ、この写真を見て「美味しそう」と思った人はびるまの竪琴へゴー!

#ちなみに、そんなに辛くないです(^^ お客さんは女性の方が多いみたい。  

2009年09月04日

きばいやんせで撮影会

デジカメが良いおかげで飲みに行くたびに撮影会である。今日はきばいやんせで撮影会。

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食べて美味しい、見て楽しい。  

野田秀樹 芸術監督就任記念 プログラム 『ザ・ダイバー』二度目

大体野田秀樹さんの演劇は二度観ることにしているわけで、ダイバーももう一度観てきた。前回の感想はこちら。

野田秀樹 芸術監督就任記念 プログラム 『ザ・ダイバー』

今回は前から二列目の中央ということで、前回とは違った観方ができると思っていたのだけれど、予想どおり。冒頭の野田秀樹の動きからして、前回とは全く違う。体が上に吊り上げられるような細かい動きは、前のほうに陣取らないとわからない。でも、前から二列目だといきなり「凄い」という感じ。全編を通して、大竹しのぶさんが実はものすごく細かい表情を使い分けていたのも印象的だった。渡辺いっけいさんの力技が舞台後ろまで満遍なく届く一方で細かい出し入れ感覚がないのと対照的に、大竹さんの演技は前じゃないと満喫できない。もちろん、後方の座席でもそれなりに楽しめるけれど、これはやっぱり前のほうじゃないと。

英語版も含めればこれで都合4回目の鑑賞なので、さすがに色々と細かいところにも気づかされるし、その一方で「ここはあんまりこだわらずにスルーで」というところもあって、おかげで上映時間中たっぷり野田ワールドを満喫できた。

事前の劇評では「死刑制度がどうのこうの」などという話があったけれど、死刑制度の是非とか、この舞台では全然焦点が当たってないと思う。そんなことはないのかなぁ。この舞台で表現されているのは、ただただ、男に振り回された女の怨念と、その結果子供二人(四人)を殺すことになってしまった苦悩、そしてそれに対するほんのちょっとの救済じゃないのかなぁ。

冒頭、山中が精神科医に「あなたは私の子供」というところで始まり、そしてラストでは佐々木の妻にとりつくことが出来なかった怨念が精神科医に行き着く。怨念によって精神科医は山中の母体に回帰し、そして不倫相手が指示するままに堕胎せざるを得なかった悲しみを精神科医に見せ付けるところで幕になる。

その間、4人しかいないとは思えないような舞台が多重的に繰り広げられる。センス、椅子、赤と白の薄布にこれまた多重的な意味を持たせ、観る人の想像力を刺激するのもいつもの野田風味。ただ椅子を重ねているだけなのにちゃんとテレビに見えてくるし、センスを口にしているのにピザに見える。このあたりがロンドンから帰ってきたあとの野田秀樹の真骨頂であり、また、野田秀樹色でもある。それを満喫できる素晴らしい舞台だった。前回見たときは初日ということもあってややばらけた部分もあったのだけれど、今回は全体の調和を図ろうとする野田さん、本能的な演技で感情をこれでもかと表現する大竹さんのメイン二人がとにかく素晴らしかった。常にハイテンションで走り回る渡辺さんは近くで見ていると本当に暑苦しいだけなのだけれど、そういう演出で、観る側にそういう感じをちゃんと与えるところがまた良い。それと対を成すようにして配置された北村さんも公家のようなクールな演技で見事に成果を出している。観る側にあまりぶれを起こさせず、見せる側が思ったとおりに観客をコントロールする、そんな舞台だった。

ストーリーだけを追っていくと救いのない悲しい話ではあるのだけれど、その中に「面向不背の玉」のエピソードを救いとして配置し、さらに「能」という古典芸能の様式美を上手に取り入れ、源氏物語と現代の事件を結びつけた、見事な舞台だったと思う。4回見て、ようやく「あぁ、そうだったのか」という感じ。もちろん、誤解かも知れないのだけれど、とにかく自分の中では一つの結論に行き着いた感じがする。

何にしても、大竹しのぶは化け物だ(笑)(良い意味で)。☆3つ。  
Posted by buu2 at 01:24Comments(0)TrackBack(0)演劇││編集

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またまたおまた

芸術劇場で演劇を観るときはまず間違いなくおまたかヤンで飲み会になる。ということで、今日もおまた。最近、おまた頻度が高い。

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メニューはそれほど大きく変わることはないんだけれど、美味しいから飽きない。でも、あんまりここに来ているのも能がないから、そろそろ別のお店を開拓しようかな。  

2009年09月03日

コスモ直火焼カレー・ルー 中辛

コスモ直火焼のカレー・ルーを使って二回カレーを作ったのだけれど、どうも今一歩。味が悪いんじゃなくて、僕の好みじゃない。

でも、これを紹介してくれた人の味覚を僕は結構信用しているので、「おかしいなー」と思っていた。そこでふと思ったのが、「辛口だから駄目なんじゃないか」ということ。好みに合わないというのは、どうも食べ終わった後に上あごのところにスースーするような食後感が残ることで、これは多分ガラムマサラとかなんじゃないか、とあたりをつけたのが前回まで。それで、スーパーでコスモのルーの中辛をチェックしてみたら、こちらにはマサラが入ってない。これは期待できる、ということで、早速購入して作ってみました。今回はじゃがいもは投入せず、にんじんとたまねぎとにんにくと鷹の爪と鶏の胸肉というラインナップ。で、食べてみたのですが、うん、これは美味しい。問題ナッシング。これだ!これですよ!ということで、非常に満足。評価は☆3つ。

カレーは卒業だな。

DSCN0458  
Posted by buu2 at 01:38Comments(0)TrackBack(0)料理││編集

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鼎で写真撮影会パート2

あるぺんクラブで良く一緒になる友達たちと一緒に新宿三丁目の「鼎」で飲み会。僕はいつの間にかこの店にかなりの回数来ているので、頼むものはいつも一緒になってきている。でも、今日はこのお店が始めての人が結構いたので、彼らに注文を任せていたら食べたことがないものを色々食べることができた。もちろん、写真も撮影。このお店のライティングはあまり癖がないので、ホワイトバランスが比較的取りやすい。

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参考までにそーせいも

f4740ea2.gifこんな感じ。  
Posted by buu2 at 00:27Comments(0)TrackBack(0)バイオ││編集

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トランスジェニックがストップ高ですが

05b5fc1f.gif何かあったんですかね?PTSでもまだ上げている様子ですが。

ちょっと前にそーせいもぐいぐいっと上げて驚いたんですが。この会社には正直頑張って欲しいと思っているので、株価が上がっているのは大変喜ばしいことなんですが、何か好材料ってあったのかなぁ?  
Posted by buu2 at 00:24Comments(0)TrackBack(0)バイオ││編集

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2009年09月02日

さんまめし

先日、鯛めしが結構馬鹿に出来なかったので、今度はさんまめしを作ってみることに。っていっても、別に何か違うわけではなく、作り方はほとんど一緒。鯛がさんまになっただけ。

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あぁ、なるほど。これだと、僕はさんまめしより鯛めしの方が好きだな。なんか、さんまめしはさんまの缶詰めみたいな味がする。って、当たり前かも知れないけれど。こうなるんだったら、たとえばさんまとかさばとかの缶詰めを買ってきて、同じようにして炊き込みご飯を作っても同じ結果になるような気がする。もしそれで同じような味が出来ちゃうなら、断然缶詰めの方が安いってことになる。それはどうなのよ、ということで。

うーーーーん、別にまずいわけじゃないけれど、さんまの缶詰めを思い出しちゃう味なので、もういいかな、これは。  
Posted by buu2 at 22:32Comments(0)TrackBack(0)料理││編集

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単年度予算でなぜ?

政権が交代するともう色々出てきて大変だね。ニュースを見ているだけで一日が終わる勢いだ。

産総研:独法の電子申請、無駄 特許関連、8754万円かけ使用ゼロ−−検査院指摘

使用実績ゼロで4年間も継続利用できたことが謎なんだけれど、まぁ、それはそれとして、産総研は当然お金を返すんだろうな?そうじゃなければ、誰が責任を取るんだ?そのあたりも民主党には全部突っ込んで欲しいなぁ。  
Posted by buu2 at 20:05Comments(0)TrackBack(0)ニュース││編集

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社民党と連立なんかしなくて良いんだよ

個人的には社民党が連立とか、ありえないと思うのだけれど。ということで、不偏不党を社是とする(笑)産経新聞からの引用ですが。

福島社民党首 憲法審査会凍結を 連立条件、民主は反発

学生時代にどんなに成績が良くてもアホはアホであって、その点不破さんとかは主義主張には同意できなくても成績が良くて、頭も良かったと思うのだが。

ちなみに参議院の状況(総数242議席)を見るとこんな感じ。

自民党 84議席
公明党 21議席

民主党 110議席
共産党 7議席
社民党 5議席
国民新党 4議席
新党日本 1議席

無所属 10議席

参議院では民主党単独で過半数が取れない。衆議院でも320持っているわけじゃないから、安定して国会をコントロールしようと思えば確かに社民党や国民新党との連携を図らざるを得ない。でもさ、憲法改正について言えば、自民党が賛成するんじゃないの?「連立ありき」でとにかく仲良くしましょう、というのが大前提になっちゃうと、民意と全然別のところにある主義主張が通ってしまうことになりかねない。福島さんなんかにどんなポストを用意するのか知らないけれど(個人的にはどんなに頑張っても少子化担当相ぐらいが相応だと思うけれど)、そもそも連立なんかやめれば良いのに。社民党が「連立について民主党にそっぽ向かれちゃったから、へそを曲げて自民につきます」とか始めたら、あっという間に社民党自体が崩壊するでしょ。

とりあえず憲法をどうするかについて議論する(改正する、じゃないですよ?)ということについてはほぼ国民的コンセンサスが形成されていると思う。それについて、最初から「凍結」という結論ありきを強要するのはちょっと考えられない。大事なのは結論ではなく、それを導き出すための手順が正当かどうかだ。最初から結論を決めているのはもちろん正当な手順ではない。  
Posted by buu2 at 15:07Comments(0)TrackBack(0)ニュース││編集

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産経新聞って面白いなぁ

産経社会部、総選挙めぐり不適切書き込み 自社ページに

「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」というの「はあー、そうですか」という感じだし、マスコミは与党に対しての監視機関と言うか、ちゃんとやっているのかどうかを正確に報道するのが仕事だと思うから、まぁ良いのかも知れず、正直なんともいえない、というのが直感的な感想。いや、これまでの産経新聞のことを考慮に入れれば、やっぱり「うへー」って感じではあるのだけれど。

一番面白いのは、「不偏不党を社是としており、特定の政党を支持しているわけではありません」という広報部のコメント。個々のジャーナリズムって、現実問題として不偏不党は難しいんじゃないのかなぁ。

goo辞書によると不偏不党とは

いずれの主義や党派にも加わらないこと。偏ることなく、公正・中立な立場をとること。▽「偏」はかたよる意。「不偏」は偏らないこと。公正であること。「不党」は仲間や党派に加わらないこと。


という意味だけれど、主義のないジャーナリズムというのは存在し得ないというか、もし存在するとしたら、それは均一のものが一つあれば十分、もっと言ってしまえばNHKがあれば十分ということになってしまう。もちろんこれは厳密な意味での「必要条件」とか、「十分条件」ではないし、実際にはこれまたほぼ100%不可能なんだけれど。NHKだって政府から圧力をかけられちゃうからね。実際のところ、求められているのは「個々のジャーナリズム」が不偏不党であることではなく、それぞれ主張を持ったジャーナリズムが存在していて、総体としてのジャーナリズムが不偏不党であることなんじゃないかと思うのだが。だって、産経新聞にしても、読売新聞にしても、朝日新聞にしても、実際のところ全然不偏不党じゃないじゃない。

そうした中で「民主党さんの思うとおりにはさせないぜ」という発言は、「まぁ、そう思っているだろうね」という部分もあるし、その野望を実現するツールとして媒体を使うという部分に対しては気味悪さも感じるし、でも、そういう姿勢であることを知っているからこそ対策が簡単であるとも言えるわけで、よく考えてみると「本音をきちんと情報公開してくれてありがとう。産経新聞って、思ったよりも面白い会社ですね」ということだったりする。換言すれば「ガードが甘い」という意味でもあるけれど。  
Posted by buu2 at 12:07Comments(0)TrackBack(0)ニュース││編集

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セントアンナの奇跡

3a72b435.jpg人種差別、戦争、宗教といった重いテーマを詰め込んだ重厚な作品。非常に面白いのだけれど、島国の無宗教人間にはちょっと難しい部分もあった。

まず、黒人の見分けがつかなくなるところがある。ちょっと不思議ちゃん的なデカイ奴と金歯はすぐにわかるのだけれど、残りの二人がちょっとわかりにくい。それから言葉。イタリア語、ドイツ語、英語が登場しているんだろうけれど、イタリア語とドイツ語の聞き分けが難しかった。というか、わからなかった。普通に聞いていれば多分イタリア語とドイツ語の聞き分けはできると思うのだけれど、映画の中でころころと変わるので、あれ?あれ?みたいな感じ。字幕で「(独)どうてらこてら」「(伊)あーたらこーたら」などと書いてくれれば親切だったのになぁと思わないでもない。それから、キリスト教徒ならこういうのって重い意味があるんだろうなぁ、というところが少なくなかったんだけれど、そのあたりもちょっとわかりにくかった部分。それから、冒頭の1980年代のシーン。ここでのやり取りが非常に重要なのはもちろんなのだけれど、そこから過去に飛んでからがものすごく長いため、正直、すっかり忘れていた。そういえばああいうシーンもあったなぁ、あ、あれって、あの人かぁ、みたいな。それとは別に本編とは全然関係ない部分もあって、わかりにくさに拍車をかけている感じがする。劇中で「セントアンナ」を別の表記にしたのはわざとなんだろうが、それには何か意味があったんだろうか。そこもちょっと疑問点。サンタンナ(イタリア読み)とセントアンナ(英語読み)って、同じですよね?

と、こういったわかりにくさ、特に日本人にとってのわかりにくさによってどうしても☆をひとつぐらい減点せざるを得ないのだけれど、きっとイタリア人とかなら観ごたえのある作品なんだろうなぁ、と思う。

まず最初に挙げておくべきは戦争シーン。「シンドラーのリスト」「プライベート・ライアン」「ミュンヘン」でスピルバーグが戦争を生々しく描いた頃から、非エンターテイメント作品(という表現が正しいかどうかは正直微妙だけれど、要はインディ・ジョーンズとかとは違うカテゴリーという意味)において戦争の描き方に遠慮がなくなってしまったわけで、この映画も凄まじい。特にタイトルにもなっているセントアンナの大虐殺などは結果がわかっているだけにインパクトが大きなシーンになっている。観客である我々はそこで展開される悲劇を黙って観ているしかないわけで、戦争の悲惨さは嫌と言うほど伝わってくる。日本は原爆のあとの悲惨な映画は色々あるけれど、こういう大虐殺をストレートに描いたものはほとんど記憶にないわけで、そういう免疫がない分、観ていて辛い。川の戦闘シーンも十分に生々しく、ILMの特撮技術というのは星間戦争や宇宙船の馬鹿でかさよりもむしろ、こういうシーンにおいて威力を発揮していると思う。

それから、米国黒人兵、イタリアトスカーナの山村の住民、パルチザン、ドイツ兵の複雑な人間模様をしっかりと描いているのも見ごたえ十分。というか、十分すぎるくらい。おかげで上映時間は2時間40分ぐらいだったようだけれど、観ていた限りでは「長い」とは感じなかった。特に第二次世界大戦中の黒人兵が置かれていた境遇と言うのは、日本人ではなかなか知る機会がないわけで、社会勉強にもなる。ただ、ムッソリーニ後のイタリアの状況、その中におけるパルチザンの立ち位置などは事前にある程度知っておかないと、4者が入り乱れてのやり取りは複雑すぎてわけがわからなくなる可能性が高い。1940年代のヨーロッパを舞台にした映画というのはこのあたりがハードルを高くしてしまうのだけれど、それさえ乗り越えれば逆に見所が多いと思う。

冒頭でいきなりなぞを配置して、さらに伏線をはり、そこから謎解きの40年前へ、という展開はなかなか見事だったと思う。ただ、その過去パートが長すぎて、冒頭のシークエンスを思い出すのにちょっと時間がかかってしまった。そして、その上で、ラストに待ち受けている奇跡は何なのか、という期待を寄せることになるのだけれど、今回は奇跡の内容、予想ができなかった。もちろん予想ができちゃう人もいるんだろうけれど。だから、監督に一本取られたという感じ。

トータルで評価して☆2つ。もう一度観たらもうちょっと評価が高くなるかなぁ。でも、それはDVDで良いかなぁ。  
Posted by buu2 at 02:20Comments(0)TrackBack(0)映画2009││編集

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2009年09月01日

新聞斜め読み090901

○全裸で男性社員被害(現時点でウェブ未掲載)

IBC社員3人、同僚男性を暴行の疑いの続報。被害にあった男性社員は全裸だったと。気まぐれコンセプトを読みなれていると、テレビ関係者なら普通なんじゃないの?と思ってしまうのが怖いところ。でも、きっと普通なんだろうなぁ。それで、被害届を出されてびっくり、みたいな。

21歳なのに投票させず「子どもと思いこみ」 平塚市

一方で「11歳が有効投票 大阪市選管「大柄で有権者と思った」」というニュースもあり、さっさとネット投票にしろ、ということ。

○世界選手権「金」ゼロ 篠原監督続投へ(現時点でウェブ未掲載)

男子柔道金メダルゼロは確かに残念だけれど、まだ就任したばかりなんだからいきなり結果を求めるのは酷。続投は当たり前。今回の柔道を見た感想は、まず全体的に力負け。以前は「組ませてもらえない」「朽木倒しなどのタックル技、奇襲にやられる」といった意見があったけれど、今回はルール改正もあって、がっちり組んでの試合が多かった。そうした中で力負けしちゃったのは残念。棟田は怪我をしてしまったから仕方ないのかな。それまでは凄い強かったのに。穴井はちょっと運がなかった。こちらも実力を出し切れなかった感じ。でもまぁ、柔道にはああいうこともある。ちなみに女子はかなり健闘。塚田が残念だったけれど、早いところで世界最強トウ・ブンに当たってしまったのが運がなかった。


終盤15分スタミナ不足 サッカー日本代表、運動量分析


これは結構面白い分析。ブラジル、イタリアは後半の方が運動量が多い。日本はバテすぎ。後半伸びないまでも、ここまで落ちないようにしたらどうなんだろう。要は、前半飛ばしすぎってことだけれど。あるいは、選手交代の巧拙なのかなぁ。

○民主 そろわぬ視線(現時点でウェブ未掲載)

面白い記事なので、あとで言及しようかな。

○座談会 選択の意味(朝日新聞、これはウェブに載らないかな?)

別にどうということもないけれど、僕がいた当時の三菱総研の看板の一人だった浜矩子さんは今は同志社大学の教授でしたか。別に、それだけ。

来年度予算 概算要求締め切り 鳩山代表「根本的に変更」 景気、再び腰折れも

仕切りなおしは当たり前。そのための政権交代じゃん。

八ツ場ダム、入札凍結へ 国交省「新大臣に従う」

これも当たり前。え?本当にできるか?そんなの公約に掲げた民主党に聞いてみてください。自民党はようやくぶっ壊れたけれど、痛みを伴う改革はまだまだこれから、ということ。  
Posted by buu2 at 11:53Comments(1)TrackBack(0)ニュース││編集

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くるり

前回食べたときの評価はこんな感じ。

くるり

今回の印象もほぼ同じ。ただ、ちょっと味噌が弱めになって、とんこつの部分が前面に出た感じ。それから、スープの温度がちょっと低く感じた。おかげで、ちょっとこってり感が増した印象。今回のスープだと評価はBになるかも知れない。ぎりぎりのところ。でも行列もなくなって、普通に美味しいラーメンが食べられる点は評価したい。

次に食べても同じスープだったら、多分評価を落とすことになると思うけれど、でもまぁ、このあたりでは優良店。しかも味噌だからね。味噌ラーメンというカテゴリの中では相変わらずかなり上位。少なくともなんつッ亭ブランドの味噌よりは全然美味しい。

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