注釈:本落語は
創作落語「鹿島槍」の続編です。まだの方は、まずは
創作落語「鹿島槍」を読んでからお楽しみください。
去年は大勢で鹿島槍に乗り込んだわけですが、思いのほか楽しかったので「よーし、おじさんは今年も鹿島槍にいっちゃうぞー」などと思ったわけです。ところが、今回は前回一緒にでかけた配管工が忙しいとか言うわけで、しかも木曜、金曜の平日に行こうなどということになってしまい、さらには
後輩「今年は八方のリフト券をゲットしたので、鹿島槍じゃなくて八方に行きましょう」
自分「えー、そうなの?鹿島槍に行きたいなぁ」
後輩「いやいやいや、今年は八方で、来年鹿島槍にしましょう」
ということで、後輩とデパガと私の3人でど平日に白馬に行くことになりました。デパガはサキちゃんという名前なのですが、まぁ、直子とか明美とかのありきたりな名前に比較するとちょっとだけ凝った名前なものですから、色々と不便がおきます。もちろん普通に会話しているときには何の不自由もないのですが、運転席に私、助手席に後輩、私の後ろにサキちゃんという配置だとこれはもういけません。何しろ顔を見ながらの会話ではもちろんないし、ともすると雑音にかき消されてしまいがちで良く聞こえなかったりします。
後輩「先輩、このCDと、こっちのCDと、どっちかけましょうか?」
自分「運転していて見えないよ。こっちじゃわかんない」
後輩「えっと、ビリー・ジョエルと清志郎です」
自分「じゃぁ、清志郎をサキにしよう」
サキ「え?なんですか?」
自分「いや、君のことじゃない」
なんて会話から始まって、
後輩「ちょっとトイレ行きたいので、どこかのサービスエリアに寄ってもらえますか?」
自分「すぐサキにあるから、そこで・・・」
サキ「呼びました?」
自分「いや、呼んでない」
とか、
自分「この間ツタヤで借りてきた「映画クロサギ」がさぁ・・・」
サキ「ん?なに?なに?」
自分「いや、なんでもない」
みたいな会話が何度も繰り返されるわけです。多分この子の親は日常会話に「サキ」という言葉が頻繁に出てくることなどは全然考えもせずに後先構わず名前をつけちゃったんだろうなぁ、などと思いつつ、でもまぁこういう特殊な状況下以外では別に不都合もないんだろうなぁ、などとも思い、まぁ何でも良いかと思った「矢『先』」の「サキ」あたりでまた名前にぶちあたるわけです。行くサキザキでこうやって自分の名前にぶつかるわけですから、それはそれでいつも呼ばれているような、難儀な名前という考え方もできるわけですね。で、今回は運転席と後部座席という声が聞こえそうでいて良く聞こえないような環境なものですから、サキが思いやられるわけです。
さて、何はともあれ新宿で集合して、白馬に向かって走り出したわけですが、いきなり
後輩「あーーーーー」
自分「なになに、いきなりどうしたの」
後輩「会社にリフト券を忘れた」
今回はリフト券がただだから、ということで白馬にしたというのに、肝心のリフト券を忘れてしまったのでは話になりません。
自分「どうするの?」
後輩「八方の知り合いのおじさんに頼み込んでみる」
自分「それで大丈夫なの?リフト代、持ってきてないよ?」
後輩「うん、多分大丈夫」
自分「まぁ、なんでも良いけどね。じゃぁ、会社に戻らなくてもいいね?」
後輩「全然問題ないです」
自分「全然って、ほんとかよ」
後輩「しかし、なんで忘れちゃったのかなぁ」
自分「あのね、30過ぎたら、メモしたほうがいいよ、何でも」
後輩「メモですか?」
自分「うん、忘れたら困るものから順番にメモしておけばオッケー」
後輩「うーーーーん、もうそんな年なのかなぁ」
自分「だってさ、41歳って言ったら、切り上げたら50歳だよ」
後輩「えーーーーーーー、ちょ、ちょっとちょっと、切り上げないでくださいよ」
自分「いや、実際に切りあがるわけじゃないんだから。でも、たまにはこうやって老後をシミュレーションするのも悪くないよ」
後輩「そういう問題かなぁ?」
自分「そういう問題だよ。それで、50って言ったら、10の位を四捨五入したら、もう100歳だよ」
後輩「やだなー、そういう四捨五入は」
自分「切り上げでも良いけどね」
後輩「切り上げても一緒じゃないですか」
自分「ま、何でもいいんだけれど、とにかく20過ぎたらメモが大事だってこと」
後輩「なんか、年齢前倒しになってませんか?」
自分「あれ?そうだったっけ?サッキはなんて言ったっけ」
サキ「ん?私は何も言ってませんよ」
自分「あー、そうだったっけ。勘違いだったかな」
もうこのあたりまでくると面倒なので話をあわせちゃったほうが話が早いわけです。
自分「ところでさ」
後輩「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自分「何黙ってるの?」
後輩「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
自分「ひょっとしてさ、CD忘れたんじゃない?」
後輩「えーーーーー、なんでわかるんですか?」
自分「いや、だって、そこで固まる理由って、それぐらいしかなくない?今回はCD持ってきてっていうお願いしかしなかったのに」
後輩「あーーーーー、何やってんだろう、私」
自分「だーかーらー」
後輩「メモですね、はいはい、わかりましたよ、次からメモしますよ」
自分「人生の先輩として言えるけれど、ま、10歳過ぎたら何でもかんでも真っサキにメモだね」
サキ「え?何をメモすれば良いんですか?」
自分「いや、頼んでない」
ということで東京を出たのがもうすでに22時なわけです。調布あたりで夜ご飯を調達して、中央道から長野を目指していると、須玉あたりから雪が降ってきて、「この調子で白馬までスノードライブは大変だなぁ」などと思っていたのですが、助手席の後輩は「ちょっと寝ます」とか言って寝ちゃった。後ろのサキちゃんはサキちゃんで起きているのか寝ているのか、気配がない。こうやって暇になると、ついついつまらないことを考え出すわけです。考えたことは、後ろから「呼びました?」と呼ばれるようなネタは何かないかなぁ、ということ。サキ、サッキあたりが言葉の中に含まれていることが何かないかなぁ、自然にこういう言葉が含まれないかなぁ、などと考えているわけですが、いざ考え始めるとなかなか見当たらない。いや、言葉自体はあるのだけれど、自然な展開で出てこない。
「いやー、今日は一日営業だったんだけれど、営業サキのお姉ちゃんがさぁ・・・・」ってこれはこれで流れが良すぎてわかりにくい。かといって、「今日のNHKニュースでは青山アナがサッキに満ちていてさぁ」って、これだと今度は不自然になりまくり。こちらで意図しなければ「なんですかぁ?」とか「呼びましたぁ?」とか後ろから声がかかって楽しいんだけれど、いざネタとして考えようと思っているとなかなか思いつかないわけで、だんだん目がさえてきます。そんなことを考えているとは多分誰も気づいていないわけで、しばらくして助手席の後輩も目を覚ましたのだけれど、何か話しかけられても完全に上の空です。
後輩「先輩、諏訪を過ぎたから、そろそろ高速降りますよね?」
自分「サッキ高速降りちゃったよ」
後輩「え?まだ高速走ってますよ」
自分「あれ?そうだね。っていうか、サキちゃんは寝てるの?」
後輩「寝てますよ」
自分「せっかく考えているのに」
後輩「何を考えているんですか?」
自分「いや、駄洒落エンジンをフル活動させてるんだよ、サッキから」
後輩「どのあたりが駄洒落なんですか?」
自分「口サキからでまかせだよ」
って、またどこかにサキを入れようとしているのだけれど、そもそも後部座席のサキちゃんは寝ているから全然意味がないわけです。末期的になってくると、もうあ行からはじめて片っ端から言葉を捜すわけで、あさき、いさき、うさき、えさき、おさき、かさき、きさき、くさき、けさき、こさき、ささき、しさき、すさき、せさき、そさき、たさき、ちさき、つさき、てさき、とさき、なさき、にさき、ぬさき、ねさき、のさきとサキが頭の中を行ったりきたりします。
自分「釣ったイサキをササキが食べたいっていうからタサキのおじさんに調理を頼んだらノサキがやってきてオオサキに行こうっていう。オオサキに行くならカワサキでウサキを捕まえてうちのオキサキにプレゼントしたらどうだろうと思ったヤサキ、敵のテサキがテバサキを持って攻めてきてヘサキが折れてしまった・・・・・」
後輩「先輩、なんの早口言葉ですか?」
って、しまった、声に出していた。
しかしまぁ、会話は上の空でも車の運転はそれなりに集中してできるもので、なんとか無事に白馬の町まで到着したわけです。
後輩「先輩、今年はどんな落語ができるんですかね?」
自分「何か、ネタを提供してよ」
後輩「いやですよ、そのあたりは他の皆さんにお任せしますから」
自分「そうなんだ。まぁ、何しろ今日はまだ来たばかりだからね、このタイミングで何かやらかしちゃうと、いきなり落ちになっちゃって困っちゃうよ」
後輩「そういうものですか?」
自分「そりゃそうさ、落語はじめていきなり落ちじゃぁ、そこで終わっちゃうジャン」
後輩「ふむふむ、でも、いきなり落ちの落語も斬新じゃないですか?」
自分「斬新かもしれないけれど、みんな『どういう落ちなんだろう』って楽しみにしているんだから、最初から落としちゃ反則でしょ」
後輩「なるほどねぇ。落語も奥が深いですね」
などと話をしながら宿に荷物を運んでいたら、後輩がいきなり立ち止まったわけです。
自分「なんだなんだ、いきなり落ちを提供?」
後輩「えーーーーーー、どうしよう。私、何やってるんだろう!!」
自分「え?どうしたの???」
後輩「いや、あの・・・・・・・・・ブーツを忘れました」