2011年08月31日

レバ刺し終了のお知らせ

牛の生肉「表面加熱を」=罰則付き衛生基準案示す−生レバーは当面禁止・厚労省
http://www.jiji.com/jc/zc?k=201107/2011070600353&g=soc

マジかよ。誰が悪いの?

1.厚生労働省
2.焼肉酒家えびす
3.消費者団体
4.全部

「肉類およびその加工品」による死者は、厚生労働省の統計が整備されている1996年以降、えびすの事件まで日本ではただのひとりも出ていなかったんだよ?やれやれだな。

ところで10月に出る「総統閣下はお怒りです」(仮)では、もちろん総統閣下が焼肉屋についてもお怒りになる予定です。

徐々に盛り上がりを見せるフェイスブックページにご参加ください。

フェイスブックページ「総統閣下はお怒りです」(仮)

高確率でサイン本があたるイベントもやってるよ!(現在のところ、当選確率100%(笑))誰かが参加した時点で50%まで下がるけど。  

Posted by buu2 at 21:20Comments(0)TrackBack(0)ニュース││編集

2011年08月30日

宮城県民の皆さんはこんな馬鹿が知事で良いの?

宮城県知事定例記者会見(平成23年8月22日)
http://www.pref.miyagi.jp/kohou/kaiken/h23/k230822.htm

◆Q
 検査証明書の表記には検出値も表記するのか、あるいは食品衛生法の基準を下回っていると、安全であるというざっくりとした表記になるのか。どのようになるのか。

■村井知事
 安全であるということだけでよろしいかと思っております。健康上全く問題のない数値であるわけですので、詳細な数値を出したところで消費者の皆さんは理解ができないわけでありますから、安全か安全でないかということだけはっきりと証明すれば十分だというふうに思っております。正式には、牛肉の放射性物質検査結果通知書といったような形で添付をしたいと考えております。(1キログラムあたり)500ベクレル以下であるということであります。その証明書がついていれば(1キログラムあたり)500ベクレル以下で、どれだけ食べても全く問題がないということであります。
  

2011年08月29日

モッさんが来る!

bf957f79.jpg誰?それ。
  

RED

RED/レッド [DVD]

退役したスパイ達が命を狙われて再集結して敵に立ち向かう、というコメディ映画。ストーリー的にはご都合主義でちょっと難あり、という感じなんだけれど、コメディだし、何しろ脚本が良いので笑いっぱなし。良い役者をたくさん使って、こういう贅沢なコメディを作れてしまうところが米国の凄いところ。主要登場人物の性格付けが上手だし、007のパロディとかもあって楽しい。テンポも良い。

最後に出てくる重要人物がちょっと影が薄すぎて、「あんた、誰?」みたいな感じだったのが惜しい。これでもうちょっと意外性のある展開だったら凄かった。

どうでも良いけど、アボカドの葉っぱはあれ、フェイクだよね?実際の葉っぱはあんなじゃないし、あんなふうにも生えてこない。うちには2つ、種から育てたアボカドがあるけれど。小さい頃の葉っぱの生え方はこんな感じ。

http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/51064411.html

やっぱり、映画って脚本が大事だよね。DVDじゃなくて映画館で観たかった。評価は☆3つ。  
Posted by buu2 at 09:07Comments(0)TrackBack(0)DVD││編集

円高なのか、円高じゃないのか

あわせて読みたいですね。

今は「円高」ではない(池田信夫blog part2)

今は「円高」である(日本経済をボロボロにする人々)  

2011年08月28日

京城

水道橋の京城で食べるようになったのっていつからだろう。今、焼肉で「あそこ」って思い浮かぶのはこの京城と、あとは凛、それからひゃら亭の3店。ひゃら亭はお酒が飲めないし、凛はちょっと不便なところにあるので、なかなか行きづらい。ということで、どうしても京城の頻度が高くなる。

今日残念だったのは、レバ刺しがなくなってしまったこと。昔は月曜日だけレバ刺しなしだったのに、今は常時ないようだ。美味しいレバ刺しはどこで食べることができるんだろう・・・・。

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ゼロの頂点

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コーヒー嫌いなんだけど(笑)、ネーミングのアホさ加減が僕のダジャレセンサーにビビっと来てしまったのでついつい買ってしまった。今飲んでるけれど、まぁ、普通に缶コーヒーだ。評価はもちろん☆ゼロ。でも、ネーミングは抜群。  
Posted by buu2 at 22:28Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

2011年08月27日

フェアリー博多恐るべし

現在、「悪人」の上巻を読んでいるのですが、78ページにこんな記述が。

増尾圭吾が、「フェアリー博多」の中でも、中の上くらいでしかない石橋佳乃と付き合っているという。


それで、石橋佳乃の写真がこれ(左)。

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これが中の上って、フェアリー博多すげぇ。  
Posted by buu2 at 16:53Comments(0)TrackBack(0)読書││編集

原爆168発分のセシウム137

原発事故の放出セシウム、原爆の168倍 保安院公表
http://www.asahi.com/national/update/0827/TKY201108260665.html

たくさんばらまいたことはわかった。

保安院は「原爆は熱線、爆風、中性子線による影響があり、原発事故とは性質が大きく違う。影響を放出量で単純に比較するのは合理的でない」としている。


要は、「熱線や爆風や中性子線によって人が死んだわけじゃないので、原爆の168発分の放射能をばらまいても別に構わないだろ?」という意味かなぁ?

広島や長崎は環境浄化にそれほど時間がかからなかったけれど、福島は時間がかかります、というのはわかりました。  

2011年08月26日

1Q84 BOOK 3

1Q84 BOOK 3

1、2が2冊で完結していたところに、強引に付け足された感のある3である。

BOOK 1、BOOK 2の感想はこちら

実際、「そんな、強引な!!」という感じで始まるので、僕にとってはこの本の3分の2ぐらいまでは、その強引さを払拭するために書かれているような小説だった。

だけど、残りの3分の1はさすがに村上春樹。一気に読んでしまった。

僕としては2巻で終了のほうが色々と読み手がイメージをふくらませることができて良かったと思うけれど、そういう拡張性ではなく、一つの方向に収束させて欲しいと思う読者が多いのであれば、これもありなんじゃないかな、と思う。

先日、太宰治の「人間失格」を読んで思ったのは、「あれ?前に読んだ時と随分印象が違うな」ということ。

この本が傑作なのは、多分、読者が100人いたら、100個の感想が出てくるところ、一つとして同じものが出てこない所なんじゃないかな。それぞれがみんな自分のそれまでの人生と照らし合わせて、そして何がしかの感想を持つところなんじゃないかと。物凄く丁寧に書き込んであって、展開される物語の自由度は低いのだけれど、読む人の感想の自由度が物凄く高いんじゃないかと思う。それは、ひとりの同じ人間であっても一緒で、だから人生のどの時期に読むかによって、それぞれ別の感想を持つんじゃないかなと思う。

「人間失格」の感想より抜粋

1Q84は、3によってちょっと自由度が落ちたと思う。それによって、1と2の自由度も落ちてしまったと思う。でも、10年ぐらいしたら、やっぱりまた読んでみるかも知れないな・・・。評価は☆1つ半。

僕の中では「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド>海辺のカフカ>1Q84」という順列に変化なし。  
Posted by buu2 at 17:12Comments(0)TrackBack(0)読書││編集

ライフ

onelife


試写会で鑑賞。

ほぼほぼドキュメンタリー。「こんな生物の不思議、知らなかったでしょ?」「こんな映像、観たことなかったでしょ?」という、生き物に関するびっくり映像をつないだもの。バランス的に言うとアフリカが多かった印象。

僕のような生物系のクラスターにはある意味おなじみの画像だったりするけれど、それでも「へぇー」という感じで飽きずに90分楽しむことができた。だけど、この映画はどちらかと言えば子供向き。小学校低学年ぐらいから十分に楽しめる内容になっていると思う。ちょっと難しいかな、と思ったのは「無精卵」のくだりぐらい。これは、ちょっと理解出来ない子供がいても不思議じゃない。だけど、あとは難しい言葉もなく、生命の不思議を垣間見ることができると思う。

知り合いに推薦して、7歳の子供と一緒に観てもらったのだけれど、「かなり夢中で観ていた」とのこと。大人にはちょっと説教臭いコメントがどうなのかな、と思うけれど、子供にはちょうど良いかも。もう夏休みは終わりだけど、親子で観に行くのには非常に良いのではないかと思う次第。

こういう映画は、誰でも楽しめるというわけではなく、生き物に興味があるかどうか。そういう意味では、観る人を物凄く選ぶ。生き物って、色々あって楽しいよね、という人なら誰でも楽しめるはず。

評価は☆2つ。  
Posted by buu2 at 16:48Comments(0)TrackBack(0)映画2011││編集

2011年08月25日

Twitter後のネット社会 番外編 その11 Twitter微分論について

まず、Twitter微分論と心理主義について、乱暴に3行でまとめます。詳細は資料をあたってください。

Twitter微分論のまとめ
ツイッターは単に人間の行動を切り取り続ける。ネットの向こうにいる生身の人間の、「メシを食っている」といった行動だけが伝わってくる。その人間の肩書やこれまでの行動といった付帯状況が排除され、全ての人間が平等化される。
参考資料:【第二版・PDF版】twitterとは何か(中級) ― 「タイムライン」とは何か(twitter=「タイムライン」は何が新しいのか)

心理主義のまとめ
人工知能に「Aさんは牡羊座のO型です。Aさんの性格を正確に述べなさい」と聞いても返答は得られない。このような、機械的な応答が期待できないことに対して応えるのが心理主義。音楽や美術に関する評論が典型例。心理主義的な主張は「私はそうは思わない」と反論されると再反論が難しい。
参考資料:近代主義と心理主義と

さて、芦田さんの主張するTwitter微分論について、今日の時点での僕の見解をまとめます。

微分論は、「ネットのメディアはことごとくストックタイプ(データベース型)だった。ツイッターははじめてのフロータイプ・メディアである。ここにツイッターの面白さがある」というものです。フロータイプのメディアの良さは、情報発信者に関する付帯情報がどんどん切り捨てられる点だと芦田さんは述べています。確かに、そういった付帯情報によって、人間の発言は多様に歪められます。刑務所にいるホリエモンが「トイレなう」とつぶやくのと、AKBの前田さんが同じ事をつぶやくのでは全く意味が異なります。前者を見れば「ええっ、ホリエモンって、長野の刑務所にいるんでしょ?刑務所って、ツイッターできるの?」と考えるかも知れませんし、後者であれば「そんなこと、アイドルがつぶやくんだ」と考えるかも知れません。なぜそう考えるかといえば、私たちにはホリエモンや刑務所や前田敦子さんやトップアイドルやトイレについてのぼんやりとした(=自分以外の他者とは絶対に共通でない)イメージがあって、「トイレなう」という情報にそのイメージが付加されるからです。刑務所やトップアイドルに対するイメージは人それぞれ(=心理主義的)なので、これらの情報を受け取った時の感想もバラバラになるはずです。だから、「そんなこと考えてどうする。そいつらは今トイレに行ってるんだ。それだけで十分だろ」というのが微分論的なスタンスなんだと思います。付帯情報がなければ、「あぁ、ホリエモンと前田っていうどこかの誰かがトイレに行ったんだな」でおしまいになるわけです。そして、そこから始まるコミュニケーションに、今までにないものを期待するのが微分論なんだと思います。

微分論で述べられていることは確かにツイッターの可能性を述べているのですが、決して今のツイッターの特徴を述べていません。なぜかといえば、ツイッターにはプロフィールが記述できて、発言は3,000個までストックされ、データベース化されます。これらはツイッターの標準機能によってデータ検索が可能です。また、やろうと思えばTogetterのような外部システムを使って特別な意図を持ってストックすることも可能です。つまり、ツイッターは微分的な側面を持ちつつも、積分的な機能も提供しているわけです。微分論的に言えば、ソフトバンクの社長である孫さんを「50人以上の会社の社長をやってから偉そうなことを言え」と恫喝することも、オバマ大統領を「日本に住んでいるんだから、米国のことをとやかく言うな、バカ」と罵倒することもありうるわけですが、実際にそんなことをすれば「こいつはどこの馬鹿だ?」ということになります。ツイッターには微分論で述べられているような特性は確かにあるのですが、実際にはそういう使い方はされていない可能性が高いのではないでしょうか。

一方で、微分論的なスタンスが全く意味がないとも言い切れません。例えば、孫さんに対して、「ソフトバンクの経営方針はおかしいと思う」と、どこの誰だかわからない人間が直接発言し、コミュニケーションを取ることも可能です。そういった活動がツイッターによって簡易化されたことは事実でしょうし、意味もあることです。ところが、これが意味を持つのは、経営方針について意見を述べた人が、「孫さんはソフトバンクの社長である」という付帯情報を知っているからこそ意味があるわけで、どこの誰ともわからずに、手当たり次第に述べているだけでは、孫さんにはその言葉は届かないでしょう。

つまり、利用者がそぎ落としたいと考える付帯情報には、レベル差があることになります。「この情報は残しておきたい」「この情報は切り捨てたい」という、差異があるわけです。その差異は心理主義的ですから、人によって異なります。ある人は何も考えずに全てを無視するかも知れませんし、またある人は相手のプロフィール、過去の発言、さらにはリンク先などを徹底的に調べて利用するかも知れません。そして、その利用方法について、「こうやるべき」と主張することは意味がありません。ツイッターは他のネットメディアと同様、自由度が高く、その使い方は利用者に任されています。逆に言えば、ブログであっても微分論的に利用することは可能なのです。違いは、それぞれが持っている方向性だけ、つまりストック的になりやすいか、フロー的になりやすいか、というだけのことです。

たとえば、島田紳助さんのニュースについて、テレビはどの局もワイドショーで取り上げて、「写真があった」だの、「手紙が見つかった」だのと似たような放送を繰り返しています。一方でネットでは、Yahoo!のトップでも8個のニュースのうちの1つに過ぎず、他には岩手県知事選やら、マチャアキの新妻の話やら、一般の人にとっては比較的どうでも良い話と並列に述べられています。今、人工知能がテレビを見たら、恐らく紳助さんの話しか見ることができません。ネットでは、好き勝手に情報を選ぶことができます。これは一例ですが、そもそもネットメディアは利用に際しての自由度が高いのが一つの特徴で、その意味で非常に心理主義の影響を受け易いことになります。それは、ツイッターであっても同じです。

ですから、芦田さんが「ツイッターとは微分的なメディアである」と述べても、利用者がそれを望まないのであれば、全く微分的に利用されないことになります。実際のところ、正しく(笑)微分論的に使うなら、プロフィールも見ない、リスト機能も使わない、検索もしない、フォローする数は数百以上・・・といった、かなり特殊な(「特殊な」は、心理主義的な判断です)利用方法をしなくてはならない、ということになります。しかし、少なくとも私は、知らない人に何かを言われればプロフィールを読むし、タイムラインはノーマルはほとんど読まず、リスト化されたものを読みますし、必要に応じて検索もすればTogetterも使います。ほぼ、微分論的な利用法をとっていないことになります。では、それによってツイッターを使いこなせていないか、ツイッターの魅力を十分に満喫できていないか、と問われれば、別にそんなこともないと思っています。それ以前に、私にとってのツイッターは、ブログ、フェイスブック、Google+、スカイプといったネットメディアの一つに過ぎず、ツイッターに対してそれほど多くのものを期待してもいないのです。そして、これも非常に心理主義的な判断ですが、世の中の多くの人が、私と似たような感覚でツイッターに接しているのではないでしょうか。

微分的か積分的か、フロー的かストック的か(微積分を換言しただけ)というのは、ネットメディアについてはそれほど大きな問題ではない、というのが私の考えです。なぜ問題にならないかと言えば、テレビと違い、ネットメディアはその利用にあたって、格段に自由度が高いからです。

関連エントリー
その1「情報拡散は公式RTを利用しよう」

その2「自分ができることをやる」

その3「ポジティブ情報も生き残れないTwitter」

その4 ツイッターでの議論はソーシャルリンチにつながります(草稿)

その5 自分にとってのカリスマ

その6 芦田さんのツイッター微分論について その1

その6 芦田さんのツイッター微分論について その2

その7 来る前に終わった?フェイスブックの時代

その8 遅れて登場した「村の重鎮」

その9 自治体までFacebook

その10 芦田宏直氏の講義の事例


アゴラブックスより「Twitter後のネット社会」絶賛発売中!「ブログ・ビジネス」が今ではスタンダードになったのと同様、Twitterの今とこれからを知る上で必読の書です(多分(笑))。

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ゴル麺横浜三号店

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名称:ゴル麺
種類:横浜
場所:横浜
評価:1/BCC
2011.8.24
コメント:以前は熊本とかソッチの方の九州系のラーメンだったような気がするのだけれど、居抜きで店が変わったのかも知れない。

ラーメンは簡単に言うと横浜系のスープに二郎系の麺とトッピングを載せたもの。

スープはとんこつベース、鶏がらブレンドの醤油味で、ほぼ家系。ただし、物凄くしょっぱい。ここまで味を濃くする必要があるのだろうか。いや、ない。スープを飲んでいると猛烈に喉が乾いてくる。

麺はやや太めでぼそぼそしたタイプ。加水率がやや低めなのかも知れない。噛みごたえが悪く、あまり好きなタイプではない。腰はそこそこだが、スープの絡みは今一歩。

チャーシューは別にまずくはないけれど、美味しいまではいかない。

大量のもやしとキャベツが邪魔。

一風堂、吉村家がすぐそばにあるので、このラーメンだと辛いんじゃないだろうか。

店名 ゴル麺 横浜3号店 (ゴルメン)
TEL 045-548-8323
住所 神奈川県横浜市西区南幸2-18-1 1F
営業時間 11:00〜翌3:00
定休日 無休(臨時休業有)  

Jリーグ第23節セレッソ戦 @ニッパツ

横浜で用事があったので、終わってから天気予報をチェック。降水確率30%。その時点での天気、薄曇り。これなら大丈夫かな、と思い、サークルKへ。チケット、まだある。よーし、じゃぁ、行っちゃおう、ということでニッパツへ。

横浜駅西口に着いたのが1830頃。まだ天気は曇。雲行きもそれほど怪しくない。ダイヤモンド地下街への入り口左側で越後の物産展をやっている。蛇の目傘がなかなか可愛い。雨がふると桜の模様が浮かび出てくる傘も良い感じ。価格もそれほど高くない。買っちゃおうかなー、と思ったけれど、スタジアムで邪魔になっても嫌だし、ということで、スルー。浅間下のあたりでラーメンを一杯。まずい。

店を出たら、1900。キックオフは1930。三ツ沢への坂を登り始めたら、あろうことか、雨。もう戻っても間に合わない。このまま登るしかない。三ツ沢についたら結構本降り。やれやれ。

とりあえずスタジアムへ。と、キックオフ直前に雨が上がった。ラッキー。

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さて、キックオフ。俊輔をトップ下に置いての小野、アーリアのツートップ。これが結構機能する。小野の運動量がかなりあって、しかもキレが良い。小野はこのところ本当に調子が良い。俊輔はときどきちょっと下がりすぎて、おいおい、お前のいるべき場所はそこじゃないだろ、と思うこともあったけれど、小野とのコンビネーションが良い。前半の早い時間に俊輔、小野のコンビネーションからゴール前の兵藤へ。なんでそんなところで兵藤がどフリーなんだよ、とキーパーが怒り出しそうな状態から落ち着いてボレーで先取点。このあともサイドバックの効果的な攻撃参加もあって、ずっとマリノスペース。前半終了間際には俊輔が倒れ込みながらのシュートで追加点。ただし、このプレーで俊輔は左膝を痛めた様子。ベンチにバツ印が出されて、ちょっと不安な状態で前半終了。

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ハーフタイムの間に俊輔の治療ができたかな、と思ったのだけれど、ダメ。俊輔は千真に交代。さて、今日の試合の見どころはここからだった。つまり、俊輔がいなくなった状態での攻撃陣の機能具合。これを観たかったのだ。なんてラッキー。さて、後半開始直後からは、小野、千真のツートップでトップ下がアーリア。これが意外なほどに機能しない。小野、千真のツートップって良さそうなのに。アーリアにボールが収まらないので、サイドバックが上がってくる時間がない。さらに千真の運動量が低く、チャンスメークにつながらない。小野もちょっと孤立してしまった感じで、効果的な崩しが見えない。あぁ、これは駄目だな、と思ったところでアーリアに替えてクナン投入。小野をトップ下に下げて、クナンと千真のツートップ。そうそう、これも見てみたかったんだよ、と思ったのもつかの間。これまた機能しない。クナンのプレイが雑だったこともあるのだけれど、クナンと千真は相性があまり良くないようだ。動きの悪い2枚のフォワードを小野はさばききれない。おかげで、一層セレッソにつけこまれてしまった。

不思議なのは、この状態でも狩野を使わないこと。木村監督が狩野を干しているのはわかるけれど、ここで使わないんじゃ、使う機会がない。俊輔の代わりは小野でいけるかな、と僕も思っていたけれど、意外とフィットしないのだ。となれば、定石はトップ下に狩野、ツートップは小野&千真が妥当なところだと思う。よっぽど木村監督は狩野の能力を評価していないんだろう。

ちょっとヒヤヒヤする場面もあったけれど、後半40分ぐらいからはセレッソを上手にいなして、プレイを切って、淡々と時計を進めた感じ。超はつかないものの、余裕をもった試合運びだった。

俊輔抜きの状態でのテストとして格好の機会だったわけだけれど、小野、アーリアのトップ下はイマイチってことがわかった。それでも狩野を使わないとしたら、次節、トップ下は誰がやるんだろう???  
Posted by buu2 at 02:08Comments(0)TrackBack(0)サッカー││編集

フェイスブックアプリを実地で勉強しよう!!

フェイスブックアプリって、色々できそうだけど、どう使っていいかわかんない。そういうときは、アプリを実際に使ってみるのが早いわけです。ということで、映画「白夜行」のときに「勝手に宣伝部」に入部した僕が「まぁ、ちょっと試しに使ってみようよ」と提案するのが、勝手に宣伝部の開催している「俺のコン・リーはお前だ」です。要は、美人コンテスト。

どんな仕組みかというと、僕がある女性Aを「俺のコン・リーだ!!」ってことで、推薦する。すると、僕の友人全員にそのお知らせが行く。友人たちは、「シャンハイ」という映画と、その映画に絡ませて実施されている「俺のコン・リーはお前だ」という美人コンテストの存在を知るわけです。それを見た僕の友達が、「じゃぁ、誰かに投票してみよう」と思って投票すると、その友達の友達全員に、同じようにシャンハイという映画と、美人コンテストの企画が告知されるわけです。なるほど、うまく回れば面白そうですね。映画以外にも色々使えそう。ただ、まだ野のものとも山のものとも知れないわけです。だから、まずはこのコンテストに参加してみるのはどうか、と思うわけですね。僕はちょっと参加してみました。さらに、せっかくなので、知り合いのゆいちゃんという女性を推薦してみました。

現場:http://www.facebook.com/movie.shanghai.gong.li?sk=app_254994834528722

ということで、みなさんも参加してみてはいかがでしょうか・・・・では、勝手に宣伝部っぽくないので、このイベントに便乗して僕も勝手に僕の本を宣伝することにします(笑)。

僕は友達の「Yui Sayaka」さんという女性を「俺のコン・リー」として推薦しました。彼女がコンテストで優勝すると、彼女には(たった)20万円がプレゼントされます。是非、彼女に20万円をもらっていただきたい。だって、今、1位はマネキンですよ。2位は馬ですよ(いや、馬の上に人が乗っていますが)。と、いうことで、みなさん、Yui Sayakaさんに投票してください。え?ただじゃ嫌だよ?そりゃぁそうですよね。そこで、彼女に投票していただいたい方の中から抽選で(たった)1名様に、10月に出る僕の新刊「総統閣下はお怒りです」を著者署名入り(サインではありません(汗)。あと、はんこになるかも?左利きで、字が下手なのです(涙))でプレゼントします!!!そして、もしYuiちゃんが1位になったら、抽選で(たった)3名様にプレゼント!!!すばっらしい。ただ、ですね、僕は、誰がYuiちゃんに投票したのか、モニタリングできないわけです。そこで!!!僕が作っているフェイスブックページの「総統閣下はお怒りです(仮)」に入っていただいて、そこの専用エントリーに、「推薦したよ!」と書き込んでいただくわけです。

なげぇな、おい。

ということで、

1.フェイスブックに参加する
http://www.facebook.com/

2.「俺のコン・リーはお前だ」に参加する
http://www.facebook.com/movie.shanghai.gong.li?sk=app_254994834528722

3.Yui Sayakaちゃんに投票する(他の子はダメ、ゼッタイ)
投票ページは、「投票する」か「ご投票ください」をクリック!

4.「総統閣下はお怒りです(仮)」にも参加する
http://www.facebook.com/sotokakka

5.専用エントリーに、「投票してあげたよ」と表明する
http://www.facebook.com/sotokakka/posts/205583529501211

たったこれだけ(こんなに?)!!!すると、フェイスブックアプリの使い方の一例がわかる上に、僕の本がもらえるかも知れない!!!あぁ、なんて素晴らしいのでしょう。

って、ここまでやって、誰も乗ってきてくれなかったら物凄く寂しいので、是非みなさん、よろしくお願い致します。え?僕のメリット?そりゃぁ、「総統閣下はお怒りです(仮)」の参加者が増えることでございます。ひとつ、よろしくお願いいたします。  

2011年08月24日

シャンハイ

gong


「勝手に宣伝部」の部員になって幾年月、どうなったのかなぁ、と思っていたら、勝手に宣伝部は実は正式には「勝手に宣伝部(仮)」であったことが判明!って、この(仮)って流行りですか?僕が10月に出す予定の本も「総統閣下はお怒りです(仮)」となっていますが(笑)。あ、関係ないですが、「総統閣下はお怒りです(仮)」のフェイスブックページはこちらです。ぜひ、「いいね」を押してください。本の発売開始まで、ここだけの話がてんこ盛り(になるはず)です。

「総統閣下はお怒りです(仮)」フェイスブックページ
http://www.facebook.com/sotokakka

さて、その勝手に宣伝部(仮)ですが、広告宣伝特殊部隊「宣伝グリーンベレー」として活動を再開したとのよし。詳細はこちら。

リリー・フランキー「宣伝グリーンベレー」プロデュース『シャンハイ』「俺のコン・リーはお前だ!」
http://eonet.jp/cinema/news/domestic/detail_670.html

部員の僕も知らなかった!っていうのはともかく、おお、コン・リー、可愛い。ということで、まずはシャンハイを観ておかなくちゃ、ということで、早速観てきました。

えっと、グリーンベレーの一員だからって、褒めなくても良いんですよね(笑)?ということで、正直に書きます。

まず何と言っても難しい!米国、ドイツ、中国、日本といった国々がシャンハイを舞台にスパイ合戦を繰り広げている、というのがバックグラウンド。しかも、第二次世界大戦の日米開戦前夜。なので、人の顔を覚えたり、固有名詞を覚えるのに必死。字幕もたっぷり。これは脳みそが疲れます。そこで!まずこのレビューを読んで、「よーし、観てこよう」と思った人は、公式サイトの人間相関図を観て、頭に入れておくこと。これ、必須。「ネタバレじゃーん?」とか思う心配なし。そりゃぁオフィシャルサイトなんだから心配ご無用。

直リンはれないので、次のURLから作品情報→人物相関図へ
http://shanghai.gaga.ne.jp/site/

それから、1941年12月のシャンハイの状況についても理解が必要。太平洋戦争の開戦直前、シャンハイは英国、フランス、米国、日本が「租界」という外国人居留地を作って睨み合っていた。そのあたりについてはウィキペディアで勉強。ただ、細かい知識は不要なので、ざーーーっと流し読みして、あぁ、そういう時代だったのね、と理解しておけば十分。

ウィキペディア「租界」

で、ようやく本編です。スパイが命をかけて暗躍しているのだけれど、どうにもその根っこの所が見えてこない。一体この人たちはなぜ?というのがメインストーリー。終わってみて、「ええっ!そんなことで良いの?」と思わないでもなく、しかし何しろコン・リーは可愛いよな、しかもいい感じで肉感的で、という映画(笑)。

役者さん達がみんな芸達者なので、映画としては楽しめる。ストーリーはハードボイルド。セットは凄く良くできていて、なぜか日本語にも日本語の字幕がつく(笑)親切っぷり。あと、英語と日本語の字幕が並行して出るので、両者をついつい見比べちゃうんだけれど、それをやっていると画面を忘れるから要注意。

一体どんな謎が!!ということでグイグイ引っ張っていって、その落とし所に満足するかどうかは見る人次第ですが、僕はイマイチでした。あーー、リリーさん、ごめんなさい。ということで、演技やらセットやら映像やらで☆1つ半。だけど、コン・リーが凄く可愛いので☆半分おまけして、☆2つ。

#いや、正直、観るのに疲れました。字幕が多くて。事前に勉強しておくともっと楽しめそう。

あ、あと、グリーンベレーのフェイスブックページはこちらです。

■映画『シャンハイ』「俺のコン・リーはお前だ」facebookページ  
Posted by buu2 at 13:08Comments(0)TrackBack(0)映画2011││編集

2011年08月23日

紳助引退

島田紳助の芸能界引退って、そんなに凄いニュースなんだ。

紳助といえば、最近僕が見るのは何でも鑑定団ぐらい。日曜の昼過ぎの再放送。でも、もうしばらく見てない。まだやってるのかな。ちょっと前は行列のできる法律相談所もジムで自転車を漕ぎながら見ていたけれど(閉館前の1時間にちょうど重なるので、クールダウンの時間に)、以前はケースごとの弁護士の判断が面白かったのに、最近はゲストを集めてのトーク番組になってしまってすっかり詰まらなくなって、全く見なくなっていた。

ネットでも、ツイッターとかで「緊急会見があるらしいよ」とか流れてはいたけれど、Yahoo!のトップに速報が流れるわけでもなく、ネット住民的にはふーーん(平板)ぐらいの受け止め方なんだと思う。

そんなことを思っていたら、知り合いのお姉さまから「ねぇ!紳助が引退だって!」とメール。「あぁ、そうらしいねぇ」と気のない返事をしたら、「どこから漏れたんだろうね!」って、「さぁ?知りません」、続いて「でもさ、もう何年も前のメールだって言うじゃん、不思議だよねぇ」って、興味ないからここで返事をするのをやめました。あぁ、あの年頃のご婦人にはヒットするネタなのかなぁ、と思っていたら、また別のお姉さまから「ねぇっ!」とメール(笑)。

いや、ネット住民的には紳助の引退よりも切込隊長の引退のほうがインパクトあるんですけど。って、民主党の支持率とイケメンパラダイスの視聴率ぐらいの差しかありませんが。  
Posted by buu2 at 23:54Comments(0)TrackBack(0)テレビ番組││編集

2011年08月22日

リバネスがリバネスなら、政府も政府



証拠を残さない、というのは明らかに責任逃れの姿勢。大人がこれをやるから、クソガキが真似をする。

リバネスが早速消去したお詫びの全文  
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2011年08月21日

僕が富士山登山について語っておくべきこと

「富士山」でこのブログを検索するとすごくたくさんのエントリーが引っかかってくる。でも、まだ書いてなくて、だけど語っておかなくちゃならない富士山ネタがひとつある。このブログは僕の人生のストックだから、やっぱり、書いておく必要があるはずだ。

僕は、富士山の山頂まで登ったことが一度ある。それは中学校2年生の夏休みだ。おじさん、おばさん、母、いとこなど大勢で、富士山に星を見に行った。流星群でも来ていたのだろう。ところが、当日は曇りで、星が見えなかった。

僕は、「これじゃぁ、何をしに来たのかわからない。せっかくだから、富士山に登ろう」と言い出した。三つ子の魂百までとは良く言ったもので、僕は子供の頃から言い出したらきかない人間だった。それで、いとこ三人や知り合いのおじさんと、夜中の富士山を登り始めた。ところが、6合目まで来たところで、他のみんなは「もう疲れたから戻ろう」と言い出した。僕は、絶対に頂上まで行きたかった。

「頂上まで登ろうよ」

すると、みんなは、「じゃぁ、一人で行きなよ」と言った。「本当に一人で登っちゃって良いの?」と僕は確認した。彼らは「いいよ」と言って、山を降り始めた。あたりまえだけど、彼らは「どうせ一人でなんか登れっこない。水も食べ物もお金もないんだから」と思ったに違いない。確かに、水も食べ物もなかった。なんの準備もしていなかったのだけれど、お金だけは、1000円札を一枚、持っていたのだ。これが彼らの計算違いだった。

僕は、一人で山を登り始めた。山頂で売っている、ガンバレ棒を買うために。途中、8合目あたりで明るくなってきたけれど、カメラも持っていないし、そもそも曇だ。ご来光をおがめるわけでもない。僕は一目散に山頂を目指した。9合目を過ぎ、喉も渇き、お腹も空いたけれど、ガンバレ棒の値段がわからないので、何も買うことができなかった。山頂まで行ったのに、お金がなくて棒を買えなかったら最悪だから。

そして、僕は小雨の降る山頂に立った。その間、一切、飲まず食わずだった。そして、山頂で売っていたガンバレ棒は、1000円だった。ぎりぎりセーフ。僕は、山頂まで登った証明を手に入れた。ただし、ふらふらだった。カメラもないし、一人ぼっちだし、天気は曇りで一面真っ白だ。ガンバレ棒を買ったら、もう他にやることがない。だから、山頂にいた時間はわずか5分ほど。すぐに下山を始めた。もう、お金もないのである。持ち物は、1000円札と引き換えに手に入れたガンバレ棒だけなのだ。

当時はちょうど8月に大きながけ崩れがあって、10人以上が亡くなっていた。それで、下りのルートは通常よりも長い道のりになっていた。そこを僕は一人で降りていった。途中、中学生の女の子を3人連れた中学校の先生に話しかけられた。彼はプロレスの大ファンだった。僕は、クラスメートで、今はNHKで解説員をやっている友井秀和君の影響で、結構プロレスを観ていた。そういうわけで、二人で「スタン・ハンセンの強さは異常だよな!」「ウェスタン・ラリアットは半端じゃない」などと話しながら山を降りていった。途中で先生は僕にアメをくれた。おかげで、エネルギーも補充できた。加えて、彼は僕にこっそりと耳打ちしたのだ。「三人の女の子のうち、どれが良い?一番気に入った子にキスさせてあげるよ」。今だったら大問題になりそうな発言だけど、おかげで僕はさらに元気になった。

先生たちは駐車場が違うということで、5合目と6合目の間で別れた。そこからは一人だったけれど、距離はそれほどでもない。ガンバレ棒を持って駐車場まで辿り着くことができた。5合目まで戻ったときは、もう15時ぐらいだったと思う。親戚たちは心配しすぎて怒る気力もなかったようである。いとこがガンバレ棒に書いてある「富士山頂」という焼印を見て、「本当に登っちゃったんだ」とつぶやいたのを覚えている。

飲まず食わずでも富士山に登れることを僕は知っている。だけど、真似することはお勧めしない。今振り返ってもアホだなぁ、と思う。だけど、1000円を持っていたのに、食べ物も飲み物も買わなかった根性だけは、凄かったなと思う。

あの、キスの約束はどうなっちゃったんだろうなぁ。さすがにもう時効か・・・。  
Posted by buu2 at 23:34Comments(4)TrackBack(0)今日の富士山││編集

リーブ21がBIZREACHの会員を募集している件

城繁幸さん(@joshigeyuki)のブログのこのエントリーで、

社長を公募する事情

リーブ21が社長を求人していることを知った。あら、そうなの?知っている人は知っていると思うけれど、僕は10年ほど前につくばにあった「アドバンジェン」という育毛剤開発の産総研ベンチャーの社長をやっていた。そこでの僕の仕事は2代目社長として事業を軌道に乗せる事だったけれど、実際にやったのは会社を事実上終了させることだった。

詳細はこちら
僕がバイオベンチャーの社長を辞めたわけ

きちんと論理的に実験系を再構築してみたら、論文も特許も間違いで、「毛が生える」というのは全く根拠がないということを見つけ出してしまったわけだ。その経験からすれば、リーブ21もどうなのかなぁ、とは思う。しかし、一方で本当に生えるなら、それは素晴らしいと思う。僕はアドバンジェンの社長の時と何も変わっていないので、相変わらず馬鹿正直だ。その僕がきちんとチェックをして、これは大丈夫だ、ということならそれは結構行けるんじゃないかと思う。それに、専門は分子生物学で、育毛ベンチャーの社長も経験している。しかも、雇われの2代目社長として、だ。

そこで、よーし、じゃぁ、社長に応募しちゃおうかなー、と思ってサイトを探していたら、ここから応募するらしい。

リーブ21が次期社長を募集
http://www.bizreach.jp/reve21

え?会員登録が必要なの?こんな大事なことなのに、よそのサイトに登録させるのか。意味分からん。
  

お久しぶりのきばいやんせ

国立競技場でサッカーを観た帰りにはここに寄るのが定番だったけれど、最近は国際試合は埼玉、マリノス戦は新横浜で、ほとんど国立に来ることがない。おかげでちょっと足が遠のいていた。

女子の強化試合があったからというわけでもないのだけれど、久しぶりに来てみた。相変わらず、結構な混雑ぶり。予約をしていないと厳しいと思う。あと、予約してあっても、2時間で追い出されちゃう(;_;)

食べ物も、飲み物も美味しい。

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今日のいち川

朝霞のとんかつ「いち川」は、1,400円とは思えないヒレカツを食べさせる。しかし、この店の魅力は味だけじゃないんだよな。だから、豚組とかは何十年やっていたってこの領域には到達できない。彼此の差は絶望的なもの。ただ、その魅力は属人的なもので、もうすぐ失われちゃう。多分、あと10年も続かないだろう。

「昭和」の人ならではの愛情というか。僕はもう祖父も祖母も全部死んじゃったけれど、おばあちゃんがいるような気になる。この店があるから、僕はまだ朝霞から引っ越さないでいる。

長生きして欲しいなぁ。

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たかせ

神保町で一仕事終えて、軽く飲みますか、ということで立ち寄ってみたお店。割と良い雰囲気の蕎麦屋さん。酒肴をざーっと頼んで、しめには三色盛りを頼んでみた。

しめ鯖はあまり酢の風味がなくて美味しかった。他のおつまみもなかなか。ラストの蕎麦も、普通の蕎麦としそ切りは美味しかった。田舎そばだけは、ちょっとイマイチだったかな。

全体的にはまぁ満足。このあたりでデートしたら、また立ち寄っても良いかな、という感じ。ちなみに値段はちょぼちょぼ。このあたりなら標準的かな。

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店名 たかせ
TEL 03-3288-1370
住所 東京都千代田区神田神保町2-21-10 高野ビル 1F
営業時間 11:30〜15:00 17:30〜23:00
定休日 日曜・祝日  

2011年08月20日

悪人

悪人 スタンダード・エディション [DVD]

映画上映時から評判になっていたにも関わらず、映画館で観ずに、準新作になってからTSUTAYAで借りてきた。なぜ映画館で観なかったかって、深津絵里の濡れ場ばかりが取り上げられていたから。僕はそういうシーンを映画館で観るのがあまり好きじゃない。

さて、DVDで観てみたら、濡れ場なんて全然大したことがない。深津絵里の演技は体当たりといえば体当たりかも知れないけれど、海外の女優ならこの程度は当たり前。「空気人形」のペ・ドゥナの方が体当たりという意味ではよっぽど体当たりだったと思う。じゃぁ、深津絵里の演技が全然大したことがないのかといえばそんなことはなくて、孤独な女性、取り残された女性、その愛情を物凄く上手に見せていたと思う。こういう演技を、イロモノのように取り上げ、イメージを押し付けるマスコミは死ね、と思う。

ただ、深津絵里は深津絵里で良かったけれど、他の役者たちもみんな良い演技をしている。わがままで身勝手な保険外交員の満島ひかり、他にも余貴美子、樹木希林、柄本明・・・。さすがは「フラガール」の李相日監督だと思った。良い役者を、凄く上手に使う。その中でも一番良かったのは妻夫木聡だと思う。不幸な身の上と環境の中で、彼なりの優しさで生きてきた不器用な青年を好演していたと思う。正直、「南へ」などの舞台作品の彼は、僕はそれほど高く評価していない。彼の演技が細かいからだと思う。そして、細かい演技は映像作品では弱点にならない。堺雅人と同様、映画向きの俳優なんだと思う。この映画の中で、彼は最も存在感を出していたと思う。

脚本も、被害者とその周辺の人間模様をきちんと描いたことによって、単純な「善」と「悪」の対照とせず、人間の複雑さを表現していて良かった。ちょっと残念なところと言えば、主人公の実の母との関わりが今ひとつ丁寧に描かれていなかったこと。ただ、これは映画の長さを考えれば仕方のないところかも知れない。それと、事件の真相を見せていく順番。「実はこういうことでした」というのは、映画のラスト近くで明かされても良かったんじゃないかと思う。

ずっと国道の周辺を行ったり来たりしていただけの女と、目の前に海があってもうそこから先にはどこにも行けないと思ってきた男の、不器用な人間同士の切ない恋愛映画だったと思う。評価は☆3つ。原作も読んでみようと思う。

悪人(上) (朝日文庫)

悪人(下) (朝日文庫)  
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2011年08月19日

インシディアス

insidious


ホラー映画ってあんまり好きじゃないので滅多に見ないんだけれど、試写会のチケットを貰ったので観てきた。

ホラー映画って、音でグイグイ引っ張っちゃうものなんですね。いかにも不快になりそうな、不協和音がなりっぱなし。その上で、「じゃー――−−んっ!!!!」みたいな馬鹿でかい音がなる。画面が暗いから良く見えないんだけど、「えぇっ!!!」みたいな?一昔前のお化け屋敷みたいって言えば良いのかな。明度と彩度を落とした画像も雰囲気を出していたけれど、主役は音。

海外と日本のお化け映画の違い、みたいなのが良くわかる。日本だと、お化けは動かない(瞬間移動はする)けれど、あちらのはすばしっこい。日本は顔が蒼いけれど、あちらは赤い。こちらは恨めしそうだけど、あちらは笑顔。

ストーリーは「ポルターガイスト」みたいな感じ。引越しを契機に子供がおかしくなっちゃって、それを助けるために霊能者がやってきて・・・・と。

以前はお前がやったんだろ、今回もお前が行け、とか、戻ってくるのがそんなに大変なら、まずはこちらの世界で家まで行け、とか、ちょっと突っ込みたくなるところもあった。

なんか、頻繁にびっくりさせられるし、気持ち悪いし、ぞわぞわするし、「瞬きと効果音だけでこれだけ気持ち悪くできるんだ」と、製作サイドの手腕には驚かされる。色々と「なるほどねぇ」と感心させられる。ストーリーなんてないのと一緒ってくらいに何もないけれど、どうせならもっとなくても良かったと思う。後半はストーリーの部分でちょっとテンションが落ちた。

insidiousなんて単語は知らなかったけれど、「狡猾な」とか、「ずるい」みたいな意味らしい。

評価は☆1つ。でも、お化け屋敷でドキドキしたい人には結構良いと思う。  
Posted by buu2 at 10:01Comments(0)TrackBack(0)映画2011││編集

3.11以降の原発に関する個人的メモ

3.11でわかったことは、「原発は絶対に安全」というものではない、ということ。「絶対」はないとはわかっていても、「ほぼ絶対」はあるんじゃないかな?と思っていたのが覆ってしまった。絶対じゃなかった時のダメージもわかった。通常、リスクというものは“発生確率”ד被害”で考えれば良いと思うのだけれど、“被害”があまりにも大きいのであれば、発生確率がほぼ0であったとしても、そのリスクは踏むべきではない。選択の余地があるのなら。

今、原発の安全性について検討する際には、地震の揺れとか、津波とかを考えて安全か、安全ではないかを議論している。しかし、例えば原発に隕石が落ちてきたらどうするのか。その可能性は0ではない。「隕石が落ちてくるとは思いませんでした。おかげで首都圏は壊滅しました」では困る。あるいは、敵国からのミサイル攻撃も有りうるだろう。敵国から見れば格好のターゲットだ。今回の爆発で撒き散らされた放射性物質は原爆の20個分とも言われている。ご丁寧に最初から爆薬を抱えているわけである。日本を占領するのではなく、日本にダメージを与えようと思うなら、ここを攻撃しない手はない。

結局、それがどんなに困難な道であったとしても、日本のような狭い国土の国においては、脱原発を図らなくては仕方がないということだと思う。
「ゼロリスクなんて実現できないでしょ」という人もいるが、原発の場合、作らなければリスクはゼロである。  
Posted by buu2 at 09:36Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

2011年08月18日

ミクシィ、ツイッター、フェイスブック、Google+に関する雑感

ツイッターにしても、フェイスブックにしても、「まぁ、ちょぼちょぼ」というところで落ち着くのは見えている。ツイッターはもうピークを超えたでしょ。フェイスブックはだんだんとその実力が見えてきたけれど、僕の感覚ではミクシィの最盛期よりは落ちるだろうな、という感じ。そして、多分Google+(ぐぐるたす)も一緒。

ちょっと昔と違うよなぁ、と感じるのは、昔のSNSはインターフェイスこそ違っても、そこで展開されるコミュニケーションは大差ない、というのが特色だったけれど、今はプラットフォームごとにカラーがあるってこと。街中で見かける景色で言えば、ツイッターはぶつぶつ君。あの、電車の中とかにときどきいる、一人でぶつぶつつぶやいている人。一般社会で言えば変な人だけれど、ネットならこれが普通になっちゃうところが面白い。フェイスブックは井戸端会議。基本的に仲良し同士、もしくは仲良しの仲良しぐらいまでとのコミュニケーションが主体。日頃のネットワークの強化という色合いが濃くて、新しい出会いを作っていく場じゃない。ミクシィは共通のテーマを持つ友達を探す、という感じ。コミケに行って同好の士と交流を深めるとか。ぐぐるたすはまだちょっと見えてこないけれど、あと3ヶ月もすればわかってくると思う。

それで、今の状態って、どれか一つを選ぶって感じじゃないんだよね。ゆるく、それぞれを使いこなす感じ。それぞれに長所があるから、それぞれを適材適所で使っていく。例えば、合コンのあとのフォローにはフェイスブックが向いているし、試写会に一緒に行く友達を見つけたいならミクシィ、電車の中での暇つぶしとか、ちょっとした疑問を誰とはなしに聞いてみるならツイッター、とか。

こうした状況も流動的ではあるんだけど、今はこんな感じなんじゃないかなぁ、と。それで、多くの人が「ビジネスでも使えるの?」って考えるんだけど、これまたケースバイケース。ミクシィはちょっと厳しいと思うし、ツイッターは映画とか、イベントとか、その手のコンテンツが絶えず供給されているところにしかフィットしない。フェイスブックはまだちょっとわかんないけれど、利用者がもうちょっと増えないと厳しい感じがする。過度な期待はしないほうが良いだろうな、と思う次第。  

背後に米国の影がちらほら

米政府、在京米国人9万人の避難を一時検討
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110817-00000872-yom-int

尻切れトンボな感じ。

菅政権が対応を東電任せにしているとみて、「不信感は強烈」な状況だった


これはそうでしょうとも。

メア氏らは「日米同盟が大きく揺らぐ事態になる」と反論し、実行に移さなかった


反論しました、そうですか、でおしまいになるわけがない。どうしたんですか?って、官邸に強力な圧力をかけたんでしょう。

「私は原子力問題に詳しいので、余計に危機感を持って取り組んでいる」「本当に最悪の事態になった時には、東日本がつぶれるというようなことも想定しなければならない。(東電には)そういう危機感が非常に薄い」


といった発言は16日の夜。 米国人の避難が提起されたのは、3月16日未明(現地時間)の会議だそうで。うーむ。

浜岡原発だけが止まったのも、「厚木や横須賀がどうなる。ここだけは止めてくれ」と圧力がかかっていても不思議はないですよねぇ。沖縄には原発がないのも不自然といえば不自然。

「変だなぁ」と思うことの裏には当然何かあるわけで。  
Posted by buu2 at 07:57Comments(0)TrackBack(0)ニュース││編集

2011年08月17日

親愛なるパキ蔵君へ

こんにちは。

暑い日が続きますが、お元気そうで何よりです。さて、今日はパキ蔵君にひとこと言いたいことがあります。多分君には口で言っても伝わらないと思うので、ブログに書きます。

君が僕と一緒に暮らすようになって、かれこれ20年以上。一緒に暮らしている生き物としては、君との付き合いが一番長いです。これだけ一緒にいるのだから、君がこんなに大きくなってしまったのも道理といえば道理。

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でも、ちょっと待ってください。そこは、僕がご飯を食べたり、仕事をしたりする場所です。

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あ、ちょっと目を離すと、ちょっと、それ以上伸びちゃうと、天井につっかえてしまいます。

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君はなんだかんだいって、もう2畳分ぐらいの場所を占有しています。もうそろそろ、大きくなるのはやめてもらえないでしょうか。僕がいる場所がどんどん狭くなってきています。あと、これ以上大きくなると、引越しの時とかも大変だと思います。

是非一度、お考えいただければ幸いです。

君の友達より。  
Posted by buu2 at 16:28Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

放射線と偏食の健康被害は独立して考えるべき

色々と微妙なところのある記事。

記者の目:内部被ばくだけの数値明示を=小島正美
http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20110817k0000m070127000c.html

放射線の影響に詳しい中村仁信・大阪大名誉教授は「細胞の修復能力を考えると、生涯累計なら数百ミリシーベルト程度でも影響がないと見てよいはずだ」と述べる。


名前ではなく、根拠が必要。この名誉教授はこの内容の論文をどこかに発表しているのか。発表しているなら、その論文はどこで読むことができるのか。新聞はなぜそういうことを書かないのだろう。科学のスタンスに立つなら、個人の感想など必要ない。

「累積量ならインドの高線量地域に住む人で約500ミリシーベルトでがんの増加はなかったとのデータの方が信頼できる」との意見だ。


高線量地域の住民は生物学的に放射線に強い体になっている可能性もある。そのあたりの検討は恐らくされていない。

福島県の一部では、外部被ばくだけで年間10ミリシーベルトを超えることが予想され、何も食べられなくなりかねない。


「何も食べられなくなりかねない」というのは科学ではない。

平時と緊急時を分けるなど「経済社会的な状況に応じて規制していく、という従来の国際的な放射線管理の考え方に対する挑戦だ」と指摘する専門家もいる。


この手の主張もときどき耳にするのだが、では「緊急時」とはいつなのか、という議論が欠落している。3月25日頃は確かに緊急時だっただろう。では、今は緊急時なのか?いつまで緊急時なのか?僕の個人的な感覚からすれば、計画停電がなくなったあたり(最後の停電は3月28日、計画停電の不実施が明示されたのは4月8日)でもう日本は緊急時ではなくなっている。

規制値の設定いかんでは、野菜の摂取不足が起きて、逆に健康に悪影響が出るかもしれない。現実の国民の食品摂取の仕方まで踏み込んでリスクを評価するのが、委員会の役目ではないか。


つまり、「東日本にいる限り、容認しなくてはならない放射線被曝が存在します。それを容認しない場合、別の健康被害が発生する可能性があります」と認める必要がある、ということ。偏食による健康被害の有無は、放射線被曝による健康被害の評価とは無関係だ。つまり、「放射線による健康被害」と、「偏食による健康被害」は一義的には独立して評価されるべき、ということ。その上で、両者について東日本の住民がどこで折り合いをつけなくてはならない場合、その着地点はどこなのかを考えなくてはならない。あるいは、そういった検討の必要がない西日本に行くか。

この記事を書いた小島正美さんはちょっと頭が悪いと思う。記名記事なのは評価できるけれど。この程度でも最近の新聞は記事が書けてしまうのだなぁ。  
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総統閣下が本になって帰ってくる!

計画停電の夜、日本中を笑わせた総統閣下が、本になって帰ってきます。

こんにゃくゼリー、都知事選、ツイッター、風力発電、ユッケなどをテーマに大笑いしよう!

発売は2011年10月吉日。

それまでは、フェイスブックページで楽しみましょう。過去の名作動画へのリンク、作戦室をちょっとだけ覗き見もできたりします。

フェイスブックページ「総統閣下はお怒りです(仮)」  
Posted by buu2 at 00:24Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

2011年08月16日

細野大臣がクビになってほしい理由

産経新聞はバカなので(心理主義ですが)、こういう記事があっても別に驚かない。

山形ががれき受け入れの「放射能」独自基準に踏み切れたその理由(わけ)は−
http://sankei.jp.msn.com/affairs/news/110815/dst11081507170001-n1.htm

それで、この記事がバカな理由は色々あるのだけれど、例えばこちらのブログなどで「お前、バカだな」と指摘しているので、そのあたりは他人にお任せしておく。

◆8/15付の産経新聞:杉浦美香・山形支局長の記事に思う(あざらしサラダさん)

僕が思うのは、もっと根本的なところである。例えば、部屋にあるゴミ箱を間違って蹴っ飛ばしてしまったとする。ゴミがゴミ箱から飛び出してしまった。さて、どうするか。普通の人なら、倒れたゴミ箱を元に戻して、飛び散ったゴミをゴミ箱に戻すと思う。ところが、今、国がやろうとしているのは、ゴミを満遍なく全ての部屋にばらまいて、ゴミ箱の周辺にあったゴミを目立たなくすることである。ゴミの保管の基本は一箇所に集めておくことだ。わざわざ家中をゴミだらけにすることの意味が分からない。

細野大臣は、「最終処分は福島県外で」と述べたらしい。

細野大臣“最終処分は福島県外で”
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110813/k10014890031000.html

「その先、中間貯蔵や最終処分については、政府として考え方を整理しており、いましばらく時間がかかる。ただ、福島を廃棄物の最終処分場にすべきではないと考えており、少なくとも私が関わっているかぎり、政府が責任を持って処理を行いたい」


言っていることの意味は分かるが、背後にあることは全く不明である。この人は一体どういう根拠で、福島県外で処分したいと思っているのだろう。行動には理由が必要だが、それがさっぱり分からない。「福島はもう放射能で酷いことになっているから、少しでもそれを分散させて、福島の負担を軽くしよう」などと素っ頓狂なことを考えているとしたら、正真正銘のバカである。細野議員の選挙区に全部持って行ったら良い(静岡?)。

もう、福島第一の周辺は放射能でずぶずぶになっている。つまり、放射能のゴミため場になっているということだ。ならば、分散してしまった放射能はなるべくここに集めておくことが道理だろう。不幸にして福島第一の周辺は放射能ゴミため場になってしまったけれど、役に立つ方法はあるのだ。

原発からバラまかれてしまった放射能は、広く分散させるのではなく、一箇所に集めておくことが基本。だって、「福島県外で処分しましょう」などといってあちこちにばらまいたあとに「放射線被曝は低線量でも非常に危険」という科学的データが見つかってしまったら、もう全く取り返しがつかないことになるでしょ?こんな簡単なことがわからない政治家って、やっぱりバカだよね。

それで、この細野っていう人は、一体どんな圧力を受けてこんなことを言っているんだろうね。何しろ「私が関わっているかぎり」と言っているので、さっさとクビになって欲しい。  
Posted by buu2 at 10:46Comments(4)TrackBack(0)ニュース││編集

2011年08月15日

松田一敬さん(北海道ベンチャーキャピタル前社長)に絶縁された件

松田さんとは僕が経産省にいた頃からの仲で、経産省を辞めてからもいくつかのビジネスを一緒にやってきた。中には「WEBOSS」という会社の取締役のように、就任してすぐに経営陣との調整がつかなくなって退任したケースもあったけれど、これなどは松田さんと何か対立があったわけではなく、新行内さんという別の人との問題だった。

以後、HVC戦略研究所の研究員をやったり(僕が辞めたという話は聞かないので、まだ籍があるのかも知れず、そのあたりは良くわからないのだけれど)して、ゆるゆると関係が続いていた。

その関係にちょっとすきま風が吹いたのは、去年の年末だったか、今年の頭だったか、SMIPSという、隅藏康一さんという御用(?)学者が運営しているメーリングリストでのこと。SMIPSにはリバネスの関係者が多数関わっていること、隅藏さんとリバネスの丸社長とが親密な関係にあることなどから、僕はわざとSMIPSのML上でリバネスのネガティブキャンペーンを張った。その際に、松田さんはML上で

リバネスになにか問題があったらしいことがわかれば十分で、それ以上はこの場で書くには興味のない読者にとってはあまり気持ちいいものではありません。誹謗中傷のようにも見えます(本当は違うのでしょうが)
結果としてsmpisの価値を下げてしまうと思います。
あとは直接、興味のある方同士が連絡をとってもらえばいいと思います。松田も別途リバネスについて情報が必要な場合は直接元木さんに連絡します。


と書いてきた。別に松田さんが出てくるような場面でもなく、どうして突然出てきたんだろう、と不思議に思った。隅藏さんから松田さんに相談があったのかも知れない。このあたりの真相はわからないけれど、松田さんに僕が反論したところ、隅藏さんが突然管理人モードを発動させ、御用学者らしい仕切りをやったので、僕はそのMLをさっさと辞めてしまった。

その後、フェイスブック上で松田さんを見つけたので、特に他意もなくフレンド登録をしておいた。この時点では、先のML上での松田さんの行動を不思議には思っていたものの、隅藏さんに対して持つようなアイロニックな批判視点は持っていなかった。

そして、つい最近、松田さんは北海道ベンチャーキャピタルの社長を辞めた。表面上は引責辞任みたいな話だったけれど、普通に考えてクビだろう。何が起きたんだろうなぁ、とは思ったけれど、僕たちのいるベンチャー業界では別に珍しいことでもない。僕もアドバンジェンを辞めたのは実質的にはクビだった。再起のチャンスはあるんだし、10年ぐらい社長をやってきて、そろそろ潮時でもあったのかも知れない。これまた僕は、「まぁ、良くあること」とスルーしていた。

松田さんは普通にフェイスブックを利用していたので、僕のニュースフィードにも彼の投稿が掲載される。それをつらつらと眺めていると、放射能関連でときどきおかしなことを書いてくるようになった。その内容はどうも首尾一貫しておらず、ときどき感覚的(つまり、非科学的)なものになることがあった。なので、僕はそれをコメントで指摘した。松田さんは元々山一證券にいた人なので、根っこの部分では科学者ではない。それは仕方のないことだし、どうしようもないことでもある。科学的なベースがないからと言って全否定されるべきでもなく、僕としては「せっかく身の回りに科学的な人がいるんだから、そういう人たちの意見をきちんと聞いたら良いんじゃないですか?」ぐらいの気持ちだった。

さて、一昨日だったか、松田さんが北海道電力について、「北海道電力は発電送電の分離によって風力や太陽光などの再生可能エネルギー産業の拡充を図るべき」という意見を書いていたので、僕は北海道における風力発電の現状、本気で発電しようと思う場合に必要な風車の数(定格出力3、設備利用率、実効出力などから、直径100メートルの風車で1000kWの発電が可能、ぐらいの想定)、および現在何も問題を起こしていない北海道電力という株式会社について、株主でもない立場からその経営方針について言及することの意義について質問した。と、同時に、松田さんの主張が「自分のグループには専門家がいる」などと、自己の責任ではなく、かつ実体の見えない存在によって、その正当性を担保しようとする傾向にあることを指摘した。

すると、松田さんからは次のようなメッセージが届いた。

論点がずれていますよ。今回の議論は北海道電力等の独占により自然エネルギーのビジネスチャンスが失われていると言う議論です。ちなみに専門家がいる等の話をこの議論でしましたか?北海道の事情を紹介しただけです。科学者ぶって2次情報だけでいろんなところで発言しない方がいいですよ。ちなみに松田は風力やバイオマスは投資先の経営に関与していたのである程度の経験はありますよ。元木さんからいえばみんな素人なのでしょうが。


そして、その直後にブロックされたらしく、松田さんとは連絡がとれなくなった。これはいわば絶縁状だったわけだ。

別に論点はずれていないし、「北海道電力『等』」ではなかったと思うし(ブロックされてしまったので確認できない)、専門家がいる(=当事者がいる)という話はあったと思うし(これも確認不能)、科学者ぶってもいないし(そもそも、僕は科学者ではない)、「2次情報だけでいろんなところで発言しない方がいい」(=お前は少し黙っていろ)などはへそがお茶を沸かすような話だ。僕からみたらみんな素人なのではなく、松田さんが主張しているだけで、その背後にいる人達は全く見えないだけのことである。何か主張するのなら正面に出てきて自分の責任で発言すべきだし、その機会はいくらでもある。だけど、彼らはそれをやらない。松田さんが、「俺の仲間にはこれこれこういう奴がいるんだ」と言い続けているだけなのである。例えば僕なら、「経産省時代の同僚で、僕が知る限り最も切れるやつ」は「宮本岩男」だとすぐに断言できる。松田さんにはそれができない。

この絶縁状を見て、あぁ、松田さんはもう僕の知っている松田さんではなくなってしまったんだな、と思って、ちょっと残念な気持ちになった。ましてや、ブロックというのは「もうお前の意見に貸す耳など持ち合わせていない」という宣言でもある。そういえば、知り合いの経産省官僚に、菅直人首相がそういう感じの人間だとつい最近聞いた。耳障りな言葉は聞きたくないという、裸の王様タイプの人ということだろう。

こんな時に必ず思い出す言葉がある。

「少年はいつも動かない。世界ばかりが沈んでいくんだ」
(野田秀樹「ゼンダ城の虜」)

自分が浮いたり沈んだりしているのかも知れず、そのあたりは常に自分できちんとチェックしないと、と思っている。  
Posted by buu2 at 16:23Comments(4)TrackBack(0)日記││編集

愛と哀しみの果て

愛と哀しみの果て 【ベスト・ライブラリー1500円:80年代特集】 [DVD]

なんか、例によって素っ頓狂な邦題だけど、原題は“Out of Africa”。

男爵に振られた女性がその弟と政略結婚して、アフリカでコーヒー農場を経営するのだが・・・という、1行で書くと元も子もないようなストーリーである。最近、色々なアフリカを描いた映画が上映されているので、「ええ?こんなにきれいなの?」と驚いてしまうような、素晴らしく綺麗なアフリカの自然の中で、メリル・ストリープとロバート・レッドフォードが演じるラブストーリーが展開される。

主人公の女性は最初から滅茶苦茶やり手で、役に立たない旦那をさておき、どんどん農場を育てて行く。男性社会の中できちんと仕事をこなし、最初はクラブでお酒も飲ませてもらえなかった「男爵夫人」は、ラストで「おごります」と言われる一人の人間、「カレン」になる。そういう、一人の女性の成長譚になっている。

その中で、横糸として語られるのがメリルとロバートの恋愛なのだけれど、自由を求めるロバートに対して、彼を束縛したいメリルの確執はすぐに表面化してしまう。その結末は、大方の予想通りとなるのだけれど、このあたりも静かに淡々と語られていく。一貫して表現されるのは女性の受け身の立場、ただただ待たされる立場である。特に梅毒によって子供が持てないとわかって以後のカレンは、ずっと「待つこと」に苛立っている。待たなくて良い立場を求め続けている。このあたりは現代社会にも通ずるところで、女性が社会進出を果たしつつあっても、変わらない部分はあるよなぁ、と思う。狩猟と放浪と自由を求める男と、土地と安定を求める女、という対比は今の時代でも普通に通用する。

映像はきれいなんだけれど、アフリカの雄大さを見せるというなら「アラビアのロレンス」の方が印象的だと思う。あと、ちょっと尺が長いかな。一方で、音楽は心地良かった。



以下、ネタバレ。

想定内の事象が淡々と続いていく中で、最後に「え?」っていう展開になる。それは「カレンは二度とアフリカに戻らなかった」というところ。良いこともあり、悪いこともあり、それが人生ではあるけれど、ある重要な時期を一緒に過ごした人たちとの再会って、嬉しいものなんじゃないのかなぁ、と思うのだけれど。それ以上のものがアフリカ以外にあったのか、あるいはデニスを埋葬した時点で、カレンにとってのアフリカも一緒に埋葬してしまったのか。現地の人達とは、病気の治療から戻ったときにはすでにきちんと心の交流ができていたのに。あるいは、もう一度行くまでもなく、きちんとどこかに仕舞われたのか?それとも、待たされ続けた人生に疲れ、待たせる立場に身をおくことにしたのか(でも、それは江戸の敵を長崎で討つような感じがしないでもない)。今度、時間があれば、そのあたりを確認しながらもう一度観てみようかな、と思う。評価は☆1つ半のところ、大好きなメリルにおまけして☆2つ。  
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Twitter後のネット社会 番外編 その10 芦田宏直氏の講義の事例

芦田宏直氏の「近代主義と心理主義と」という講義に参加したことにより、Twitterをやっているだけではわからない「フラッグマン」(=芦田氏)と「信者」を直に見てくることができました。その直後の感想はここに書いたとおりです。

「近代主義と心理主義と」

芦田氏は以前、私の「Twitter後のネット社会」について次のように述べました。

微分論を取り上げないで、信者論に徹するのはずるいなぁ。しかもこの「信者」論、間違ってるし(笑)。 そもそも1万人程度のフォロワーで信者も何もないよ。


では、私の信者論はどう間違っているのでしょうか。私が書いた「フラッグマン」と「信者」の定義は次のようになります。

フラッグマン
様々な意見を一次情報として発信する人。堀江貴文氏、勝間和代氏などの文化人が代表例。フォロワー数が多いのが特徴。時に批判的になることも特徴で、基本的に他者に迎合しない。Twitterを自己のブランディングに利用している人々で、数少ない「実利を得ている」人々。それに加えて最近は芸能人もフラッグマン色を濃くしている。

(131ページ)

信者
フラッグマンに追随する人。ほとんどのケースで妄信的にフラッグマンの意見をそのまま是とする。また複数のフラッグマンに追随することも珍しくない。フラッグマンに自己同化することによって満足を得る。自分が信仰するフラッグマン同士がコンフリクトを生じたときには大きなダメージを受けるが、自分からどちらかを選択することはできないことが多い。また、思想的な部分ではなく、ネットアイドルに群がるといった形の信者も相当数存在する。一時期眞鍋かをりさんや中川翔子さんのブログに集まっていた人たちがTwitterに入ってきている。
(131〜132ページ)

芦田氏のフォロワー数は1万人で、フラッグマンとしてはぎりぎりの数字かも知れません。しかし、他の部分ではほぼ定義に合致しており、「フラッグマン」の一人として認定して問題ないでしょう(こういうのを「心理主義」と言います)。

「信者」について今回検証できたのは「妄信的にフラッグマンの意見をそのまま是とする」という部分です。講義では質疑応答の時間もかなりありましたが、芦田氏のスタンスに疑問を呈する立場からの質問は私から以外は一切ありませんでした。芦田氏の発言の中にはいくつか芦田氏自身が忌み嫌う「心理主義」的な発言がありましたが、これらについても全く疑問を呈することはありませんでした。こうまとめると、これも「心理主義」と言われるでしょうが、参加者たちは絵に書いたような「信者」たちでした。

また、私は「Twitter後のネット社会」において、信者について次のようにも分析しました。

最近で面白かったのは芦田宏直氏のケースです。彼が独自の理論で展開するネットコミュニケーション(罵倒型コミュニケーション)に心酔したTwitter利用者が彼の取り巻きとなり、信者層を形成しています。芦田氏は多くの経験と非常に深い洞察力とを兼ね備えた人物ですが、当然のことながら、Twitterを利用することによって彼に同化できるわけではありません。ところが、信者たちはそのあたりが今ひとつ理解できていないようです。つまるところ、新興宗教にはまるのも、フラッグマンにはまるのも、現象としては大きな差異が存在しません。ですから、傍から見ていると気持ちの悪い部分もあるのですが、当人にとってそれが救いとなり、また外部に悪影響を及ぼさないのであれば、その存在は否定されるべきではありません。

(136ページ)

芦田氏は「若いうちにしっかりとインプット(勉強)しろ」と力説しますが、彼の信者たちは芦田氏を理解することには熱心であるものの、肝心のインプットについてはかなりおろそかな印象を受けます。信者たちは、芦田氏の取り巻きであることによって同化したつもりになっていますが、残念ながら、それは無理です。なぜなら、芦田氏は彼らでは到底及びもつかないだけのインプットを行って来ているからです。そして、そのインプットに並ぶためには、Twitterなど、やっている場合ではないはずなのです。彼らが誰かに迷惑をかけるわけでもないので、「現状のあなたたちは他でもない、芦田氏によって否定されているんだよ」と教えてあげる義理もないのですが、もし本当の意味で彼らが芦田氏に匹敵したい、あるいは芦田氏の弟子として認められたいと思うなら、まずやらなくてはならないことは勉強です。

講義を終えての私の感想は、「今日の参加者たちは、本で定義した「信者」像にぴったりの人たちだったな」というものでした。少人数による講義でしたが、そこに存在したのは一人のフラッグマンと、彼を妄信的に信頼し、同化することを望んでいる多くの信者たちでした。そして、信者論のどこが間違っていたのかはまだわかりません。

なお、本を買っていない信者の皆さんのために、「Twitter後のネット社会」で信者に向けて書いた処方箋を引用しておきます。

フラッグマンはいつでもあなたを助けてくれるわけではありません。きちんと自分で考えて、きちんと自分の意見が言えるようになったら良いですね。

(144ページ)

さて、残りの「微分論」については、次回、取り上げたいと思います。また、今回の講義で勉強させていただいた心理主義についても、機会を見て取り上げてみたいと思います。

関連エントリー
その1「情報拡散は公式RTを利用しよう」

その2「自分ができることをやる」

その3「ポジティブ情報も生き残れないTwitter」

その4 ツイッターでの議論はソーシャルリンチにつながります(草稿)

その5 自分にとってのカリスマ

その6 芦田さんのツイッター微分論について その1

その6 芦田さんのツイッター微分論について その2

その7 来る前に終わった?フェイスブックの時代

その8 遅れて登場した「村の重鎮」

その9 自治体までFacebook

アゴラブックスより「Twitter後のネット社会」絶賛発売中!「ブログ・ビジネス」が今ではスタンダードになったのと同様、Twitterの今とこれからを知る上で必読の書です(多分(笑))。

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aftertwitter
  

研究者を目指すなら学部から東大に行くべき

なんだこれ(笑)。

博士課程後期進学か、内定先就職か迷っています。私は理系修士2年(女)です。内定を...
http://detail.chiebukuro.yahoo.co.jp/qa/question_detail/q1068371575

中堅理系私大って、理科大ぐらいですかね?もう、即就職だよ、こんなの。悩む意味がない。この時節、中堅私大で一部上場の会社の内定が取れたんならラッキーじゃないの。私大卒の研究者が研究者として大成する可能性なんてほとんどゼロだ。理科大程度にしか受からないんじゃもうスタートの時点でお話にならない。研究者になりたいなら東大か京大に行っておけ、ということで。

もう、「我慢さえしていれば研究者になれる」時代は終了。税金を使って趣味の研究ができるなんて夢のような地位が、そんなに簡単に得られるわけがない。つい先日も、僕は研究室の先輩(東大卒、現在国立大学講師)にこんなメールを送ったところ。

ブログでは散々書いていますが、研究者という人たちは基本的に何も生産していないし、役に立つとしてもほとんどは遠い将来だし、そもそも社会のために何かをやっているのではなく、単に個人的な知的好奇心にドライブされているだけのことで、それを税金を使ってやらせてもらえるって物凄く幸せなことだと思います。

たとえばこんなのとか。
http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/51099611.html

それが駄目だとは言いませんが、自分たちがそういう存在だってことは常に意識しておくべきだと思っています。だって、プラモデル作って給料もらっているのと一緒なんだもん。


時々、生物系の駅弁国立大学の博士課程の奴とかが「就職がない」とか言っているけれど、そんなの当たり前だろ(笑)。学部や修士で就職にあぶれて、問題を先送りしただけなんだから。暇で仕方なくてはてブや2ちゃんでうろうろ時間を潰していて、それで就職があったらおめでたい以外の何ものでもない。

研究者としてやっていくためには、一つには超一流雑誌に載る論文を書くこと。もう一つには、東大、京大に学部から入ること。この二つしか、確実な道はない。前者は凄く難しい。それに比べれば後者は結構楽だ。

#後者には百歩譲って、阪大や東工大も入れてあげても良いかも知れないけれど、確率はぐんと下がるはず。だって、東工大にしても、僕がいたときですら教員、かなりの割合が東大卒だった。

理Iって今でも1,000人位の定員がいるんでしょ?僕たちの時代でも、「石を投げれば理Iにあたる」「理IIでも東大」って言われていた。研究者になりたいなら学部から東大。これ、間違いない。  

2011年08月14日

「負けたくない」と「負けるわけにはいかない」という気持ちが混ざった感じ

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気持ちはわかる。誤植だけど。  
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2011年08月13日

カルビとロース

我が家には2本のアボカドがあるのだが、両方ともにかなり太陽が大好きで、ちょっと油断していると窓の外がわにばかり葉っぱをつける。今、ふと気がつくと、部屋側には全く葉っぱがない。なんか、おしりを向けられている気分だ。そういうわけで、鉢の向きを変えてあげた。おかげで、部屋の側にばかり葉っぱがある。

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もちろん、この子は手も足も出せない。と書いていて、ふと気がついた。このアボカドたちに名前がないことに。

大きい方をカルビ、小さい方をロースと名付けてみる。忘れないと良いな。忘れそうだけど。  
Posted by buu2 at 10:32Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

「近代主義と心理主義と」

昨日、芦田さんの「近代主義と心理主義と」 というミニレクに行ってきた。これは僕が「心理主義がわからないので教えて欲しい」とお願いして実施していただいたもの。最初はマンツーマンのハズだったのに、なぜか20人以上を対象としたミニレクになってしまった。でも、これはウェルカム。僕は拙著「Twitter後のネット社会」において、芦田さんを「師」とする馴れ合い層が集まりつつある、という仮説を立てており(P70)、それを検証できる場を得たのである。そういうわけで、今回は「心理主義について理解するためのヒントを得る」ことと、「馴れ合い層が集まるかどうか」を検証することが目的だった。

さて、まず、面白かったフレーズ。

どんな馬鹿でも情報発信できるのが現代。
「どういう選択をするか」が個性になった。
色々な刺激を与えて、その反応を見て定義するのが帰納主義。
四六時中連絡が取れる環境はうまくいっていれば良いが、そうでなければストレス。
会社や学校で相手にされない奴もソーシャルメディアでは相手にされる。
ストックがない人間でも相手にしてもらえる。
ミクシィ、ブログは同調者と同時に敵も集める。
鬱陶しい奴が来たらインプットに時間のかかるコンテンツを与える。
専門家はインプットの時間が長い。
一般名詞を連ねていくと特定の場所に行けると考えるのが心理主義。
どんな風に言われても当てはまるのが心理主義。「あなたA型?じゃぁ、こうでしょ。え、違う?ひょっとして、牡羊座じゃない?」
大学は心理主義をつぶす場所。
心理主義であっても、それを感じさせない文体がある。


その上で、まずは心理主義である。僕の思考パターンは、いくつかの事例を想定して、それが心理主義なのか、心理主義ではないのかを考える。その延長として心理主義の理解を試みる、というもの。この手法、すなわち帰納主義で考えてみることにした。

僕が聞いたのは、まずはクラシック音楽について、評論家が評論するのは心理主義なのか、ということ。答えはイエス。ただし、心理主義っぽくない文体で表現できる人もいる、とのこと。次に聞いたのは、映画音楽を対象にした場合の評論はどうか、ということ。映画の音楽は映画とセットになっているので、その音楽が持つ意味をかなり限定できる。これについての芦田さんの返答は「むずかしい」というもの。次に聞いたのは、坂本龍一が自分の作曲した映画音楽をコンサートで演奏することはどう考えるのか、ということ。芦田さんは、「映画音楽は映画と一緒で初めて機能する。その作品から音楽だけを取り出したのなら、それはサブカルチャーに過ぎない」と回答。次に、「坂本龍一がコンサートで、「この曲はこういう映画のこういう場面での曲です」と説明してから演奏するのはどうなのか、と聞くと、「それは心理主義的だ。音楽家はあまり喋らないほうが良い」と回答。このやり取りを経て、僕にはある程度心理主義の形が見えてきた。

ここで、「ロボット(=人工知能)でも記述できる、理解できる」もの以外は心理主義である、という仮説を立てた。

例えば、ラーメン評論で考えてみる(芦田さんは僕が日本に6人しかラーメン評論家がいない時代からのラーメン評論家の一人だとは知らなかったと思うのだが、たまたまラーメン評論家に言及する場面があった)。僕が「池袋のまるきゅうは美味しい」と述べたとする。この「美味しい」は、ロボットには理解不能だ。ロボットには、「美味しい」という状態がどういう状態なのか、理解出来ない。僕たちは、ロボットに対して、「美味しいとは、温度はこの程度、カリウム濃度はこの範囲、ナトリウム濃度は・・・」と、様々な条件を設定してやる必要がある。ところが、そんなことは不可能だ。だから、「まるきゅうは美味しい」というのは心理主義ということになる。仮に、ロボットに対して「美味しいラーメン」を定義したところで、そもそも作り手はそんな定義とは無関係に、自分が感じる「美味しい」を丼の中に作り出しているので、定義自体にそれほど意味がないとも言える。ラーメンなんて、美味しいともマズイとも言えるんだ、ということになる。

こう考えると、評論なんて言うのはほとんど全部心理主義である。ヘッドフォンについて「これは音が良い」と言っている芦田さんも心理主義なのである。ゼンハイザーとビクターとソニーのヘッドフォンの優劣について、ロボットに教え込むことはできないし、次に出てくるであろう商品がそれらと比較して上なのか、下なのかもわからないはずだ。ただ、工業製品については、ある程度のところまで脱心理主義できる可能性もあるのかも知れない。

映画音楽を映画と分離して考えることが音楽のサブカル化というのなら、オペラの合間に演奏された交響曲は全てサブカル化していることになるし、それについて論じるのはもちろん心理主義だ。

と、ここまで考えてきて、芦田さんの罵倒の常套句、「アホか」について思い当たった。なぜ「アホ」ではなく、「アホか」なのか、である。「アホ」と断定した時点で、断定した人は心理主義なのだ。ロボットは、ある人間をアホとアホじゃない奴に分類することができない。さまざまな可能性を論じて、その上で判定する必要があるが、その可能性を全てチェックすることもできないし、仮に出来たとしても、それらの項目の優先順位とか、組み合わせとかをどう解釈したら良いのかわからないのだ。物理だけ抜群にできて、ノーベル賞科学者よりも成績が良く、その他のことは全くできない人がいたとして、それがアホなのか、アホじゃないのかは人工知能には判定できない。つまり、「アホ」も「アホじゃない」も、どちらも断定した時点で心理主義であって、だからこそ「アホか」なのだ。「アホか」を連発する芦田さんは、その裏で「俺は心理主義ではないぞ」と主張し続けているのである。

こうして考えてみると、帰納主義はいつまで経っても心理主義だ。例えば、水が全くないと言われている火星を考えてみる。明日の天気は晴れか、雨か。「明日は晴れです」と断定した時点で、これは心理主義になる。人工知能からすれば、火星には過去何千年も雨が降ってなかろうと、明日は雨が降るかも知れない。その可能性を完全に排除することはできない。

突き詰めていくと、エキスパートシステム以外の人間様(ライク)人工知能が作れない以上、最終​的には人間はどこまで行っても心理主義から逃れられない、ということになる。

ただ、心理主義には度合いがある。これも芦田さんから出されたひとつのヒントである。心理主義であっても、心理主義っぽくなく見せる文体がある、とのことだった。つまり、“いかにも心理主義”と、“あんまり心理主義っぽくない心理主義”があるのだ。

“いかにも心理主義”としてわかりやすいのが占いである。「あなた、A型なの?じゃぁ、几帳面でしょ?」「いえ、結構ずぼらだと思います」「あ、ひょっとして、射手座なんじゃない?」みたいな感じだ。そもそも性格なんてきっちり2つに分けられるものじゃないし、ケースバイケースで変わる。トイレについては潔癖だけど、ガスコンロは汚れていても平気、みたいな人が、几帳面なのか、ずぼらなのか、わかるわけがない。こういう、どうとでも取れるものの蓄積が占いで、だから占いは“いかにも心理主義”なのだ。一方で、“あんまり心理主義っぽくない心理主義”もある。例えば明日の火星の天気だ。「過去何千年と火星には雨が降っていません。そもそも、水も確認されていません。だから、火星は明日も晴れです」と言えば、全く心理主義っぽくない。こうやって、帰納主義のn数を増やすことによって、心理主義的ではないように見​せることが可能である。これは“心理主義っぽくない心理主義”の例だろう。

じゃぁ、もうちょっと身の回りの、例えば芦田さんの専門領域の“偏差値”はどうなんだろう。これは一見心理主義ではない。しかし、良く考えてみると、問題そのものが心理主義によって作られている。「この試験を実施すれば、確実に全ての人間の能力を評価できる」わけではない。教師ができることは、「なるべく心理主義っぽくない問題を作ること」であって、心理主義を脱することはできないはずだ。じゃぁ、それは絶対に無理か、といえばそんなこともないのかも知れない。例えば司法試験を考えてみる。問題として、「六法の全文を記述しろ」とすれば、これは心理主義ではないのではないか。ただ、裁判自体が心理主義なので、司法試験において脱心理主義を図っても意味はない。

心理主義の度合いがある以上、「なるべく心理主義から離れる努力」というものは有りうるのだが、「心理主義の度合い」と考えた時点で、それすらも心理主義ではある。ここで「定義の定義は不可能」「他人の価値観に干渉するのはダメ、というのは自己矛盾を内包している」といった、フレーム問題が出てきてしまう。

考えていると、「あぁ、なるほど、心理主義とはこういうものか」と決めた瞬間に、その定義は心理主義を記述していないことになってしまいそうだ。

ここまでが、昨日、芦田さんの話を聴いて、僕なりに「心理主義」を考えてみた結果である。昨日までは全くわからなかった心理主義だが、20%ぐらいはわかったような、とっかかりだけはつかんだような気がする。

#スター・ウォーズのC-3POやR2-D2は、ロボットのくせに心理主義的ではない、人間らしい挙動が面白かったんだなぁ、と思った。


次に、「馴れ合い層が集まるかどうか」である。結論から言えば、見事に馴れ合い層が集まっていたと言える(心理主義的なのは百も承知)。


以下、あんまり楽しくない記述だから追記に書きます。不愉快な文面でも大丈夫、という、覚悟のある人だけどうぞ。
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Posted by buu2 at 01:04Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

2011年08月12日

水曜日のエミリア

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離婚が普通になった時代、親権のありかが複雑になったおかげで、家族関係が一層ややこしくなってきているようだ。そんな米国の現状を切り取ったようなヒューマンドラマ。

出てくる人たちは弁護士だったり、お医者さんだったりと、社会的な地位は結構上の方の人たち。でも、彼らは不倫したり、ヒステリーを起こしたり、子供に当たったり、セックス依存症だったりと、あちこちに欠点を抱えている。そんな中に巻き込まれた子供は変に生意気で、巧妙に嫌がらせを仕組み、大人たちの神経をささくれ立たせる。お父さんに反発した娘が今度は継子に反発されて、という感じで、なんか人間って進歩がないよね、というのをゆったりと見せてくれる。

出てくるのがニューヨークだけ、カーチェイスもなし、という映画だけど、なんというか、医者が弁護士に、個人的な確執を超えて真相を話すあたりは迫力があって凄い。

ナタリーはこの映画で製作総指揮もやっているわけで、ブラック・スワンでのオスカー、結婚やら出産やらのプライベートと、充実しまくってますね。でも、この映画、いつ撮ったんだろうと思って調べたら、2009年だった。時間、かかりすぎ。

ビデオでも良いと思うけれど、映画館で観ても良いかな、と思う。評価は☆2つ。

余談ですが、僕が見てきたセントラルパークのスケートリンクはこんな感じでとても繁盛しておりました。

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Posted by buu2 at 17:00Comments(0)TrackBack(0)映画2011││編集

永久欠番

J1クラブ初!横浜、松田さん「3」永久欠番申請へ
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110812-00000024-spnannex-socc

マリノスがマツの3を永久欠番申請したそうで。当然といえば当然。

#この記事の見出しに「!」がついているのには物凄く違和感があるけれど。

我が家には、1着だけ、背番号3のマリノスゲームユニフォームがある。レプリカではなく、選手がゲームで着用した正真正銘のゲームユニである。実際にこれを着ていたのはマツではなくタケだし、サインはタケではなく能活のものだ。そもそも、このユニは多分1996シーズンぐらいのもので、当時はまだマツはマリノスでこの番号をつける選手ではなかった。

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マツの前にこのユニを着ることのできる選手はいたけれど、もう誰も着ることはできないよなぁ。永久欠番であろうと、なかろうと。

このユニはマツのものじゃなかったけれど、マツのものになったと思ってこれからも大事にしようと思う。
  
Posted by buu2 at 08:52Comments(0)TrackBack(0)サッカー││編集

2011年08月11日

I have a bad feeling about this.

外出している間に大雨になってしまい、嫌な予感がして慌てて帰宅。案の定、窓を開けっ放しにしていた室内はビショビショ。絨毯が、絨毯がぁ・・・。古新聞を見つけてきて、部屋中にばらまいた。

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Posted by buu2 at 17:57Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

2011年08月10日

東京国際フォーラムにて

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ニューヨーク帰りのほっしーはスキー界では僕が知るかぎり一番の美人。初めて会ったのは尾瀬あたりでやったシンクタンクのスキーの大会に大和総研枠で出てきた時だと思う。野村と三菱しか速い選手がいないと思っていたら、大和の女子が速くてびっくりした。多分、その中にほっしーがいたんだと思う。でも、5人ぐらいいた女子の中の、とびっきりの美人さん、ぐらいの認識だった。そのあと、僕が神奈川県のレースに出るようになって、いつも表彰台に乗っているほっしーといつの間にか友だちになって、うちでやるホームパーティにも来てくれるような仲良しさんになった。どこのスキーヤーと結婚するのかなー、と思っていたら、スキーなんか全然やらないゴルフ好きのお兄さんと結婚して、ニューヨークに行ってしまったのが10年ぐらい前。5年前には、ほっしーの家に泊めてもらってニューヨークで遊んだりもした。

http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50188992.html

そんなほっしーも7年間のニューヨーク生活を終えて、去年、日本に戻ってきた。可愛い双子のママになって。

ほっしーからのメールはいつも朝の5時頃に届く。まるでニューヨークにいるみたい。保育園を利用しながら日比谷で働くには、嫌でも早起きなんだろうな、と思う。近くにいるんだからいつでも会えるのに、なぜか今まで一度も会わずにいた。

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今日、ちょうど有楽町でいくつか用事があったので、ほっしーに連絡して、ちょこっとお茶をすることに。「じゃぁ、ゴジラの横で待ってます」と言ったら、「ゴジラって、どこ?」と返事をしてくるあたりが彼女らしい。すぐそばで働いているくせに。ほんの30分ぐらいスタバで喋っただけだけど、5年間会わなかったことはそれほど大きなタイムラグに感じられなかった。それはなぜって、多分ほっしーが相変わらずだったから。
「どこに行けば良いですか?」
「じゃぁ、ゴジラの前にいます」
「ゴジラって、どこですか?」
「ファーストキッチンのところです」
「あぁ、わかりました。じゃぁ、行きますね」
・・・・・
「こんにちは。久しぶり」
「あぁ、元木さん、すいません、携帯でメール打つの、遅くて」
「全然構いませんよ。スタバでも行きましょうか」
「はーい。ところで、ゴジラって、どこですか?」
それほど大きな声でしゃべっていたわけじゃないけれど、多分、横にいるゴジラにも聞こえていたはずだ。

彼女の顔の真ん中についているのは、多分2つのビー玉だ。だけど、その、日本人にはちょっとないタイプの色のビー玉が凄く綺麗。人妻になってしまった今となっては、無駄に綺麗だ。彼女の家にいけば、あと4つ、このビー玉があるんだろうか。それとも、だんなに似ちゃったのかな?いつか、確認しなくちゃな、と思う。双子は男の子なんだけれど、ね。彼らがもう少し大きくなったら、今日、ほっしーに紹介したように、彼らにもゴジラを紹介してあげようと思う。

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Posted by buu2 at 17:57Comments(0)TrackBack(0)日記││編集

2011年08月09日

今日の夕景

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子だくさんで大儲け

坂口良子、尾崎健夫と来春結婚!交際13年
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20110809-00000030-sanspo-ent

僕たちの世代は坂口良子とか、中田喜子とか、古手川祐子とかがアイドルだったわけですが、誤植です。

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ただ、どうなんですかね?正直、あんまり自信がありません。普通は子供は「儲ける」ものだと思いますが、設けたりすることもあるのかも???  
Posted by buu2 at 14:42Comments(2)TrackBack(0)誤植││編集

2011年08月08日

こんがりまろやかエビドリア

ピアットのシリーズは美味しい奴は美味しいけれど、ダメな奴はダメ。それで、この手のドリア系は大抵ダメ。それで食べてみたけれど、やっぱりダメ。

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264カロリーという数字は評価できるけれど、これを食べても全く幸せになれない。たとえ198円でも、だ。もう二度と買わないと思う。評価は☆ゼロ。  

取り返しの付かないこと

麻婆豆腐を作ろうと思って、肉と豆腐を買ってきた。ネギは家にあったので、よし、今日はネギはみじん切りにしよう、と思い、タンタンタン・・・と切った。えっと、それで、肉は・・・・と冷蔵庫の中を見て愕然とした。そこにあったのは、生姜焼き用の豚肉だった。そういえば、肉の売り場を見ていたら、生姜焼き用の肉が半額だったので、「よし、生姜焼きか、回鍋肉にしよう」と思っちゃったんだった。

仕方がないので、ピーマンを細切りにして、ネギと一緒に中華鍋で炒めた。そこに豚肉を入れて、韓国風に味付けしてみた。

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この食べ物は、何なんだろう?まぁ、決してまずくはないのだが・・・。  
Posted by buu2 at 21:46Comments(0)TrackBack(0)料理││編集

2011年08月07日

麻婆茄子

白馬で買ってきたナスを使って麻婆茄子を作ってみることにした。しかし、僕が持っている料理本には麻婆茄子が載っていない。仕方がないので、適当に作ってみることにした。

用意したのはナス、長ネギ、ピーマン、豚の挽肉。ナスはちょっと大きめに切って、軽く水に浸しておく。長ネギはやや太めに切り、ピーマンは5ミリ幅くらいに切る。

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ナスは油を吸ってしまうので、別枠で調理することに。テフロンのフライパンに少量のごま油・・・と思ったらごま油を切らしていたので、サラダ油で炒める。全体に油が回ったところで少量の水を加えてフタをし、弱火で蒸し焼きにしておく。

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この状態で別働隊の中華鍋の登場。軽く油を入れて、中火で長ネギとピーマンを炒める。

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火が通ってしんなりしたら肉を投入。

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肉にも火が通ったら、水を50ccくらい、ヤマムロの陳麻婆豆腐調味料を入れて、さらに炒める。

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よくかき混ぜて、馴染んだところで蒸し焼きにしていたフライパンに合流。

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中火でひと煮立ちさせたら完成。

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ほほう。美味しいじゃないか。

食べてみての改善点。ネギが主張しすぎなので、もうちょっと小さく切れば良かった。みじん切りでも良かったかも。ピーマンももうちょっと細くても良かったかも知れない。

評価は☆2つ半。人に食べさせても問題ないレベル。  
Posted by buu2 at 13:50Comments(6)TrackBack(0)料理││編集

2011年08月06日

今年の朝霞の花火

珍しく家にいたので写真を撮ってみた。

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今回もイマイチな写り具合。花火って、良い場所から、しっかり準備して撮影しないとダメだよね。今回は、ちょっと距離が遠すぎるんだよな。  
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2011年08月05日

これまでも、これからも

もう、全てを書いてくれているので、これだけで良いや。

もう土下座の機会は来ない
http://hsyf610muto.seesaa.net/article/218378633.html

スタンドにいても、いつもマツと一緒だった。これからも一緒だ。  
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