◯コップの中の嵐
ラーメンオタクの間で、ちょっとした嵐が起きている。簡単にいえば、ラーメンは体に悪いか、そうでないか。発端は先月末に亡くなった北島秀一さんが友達に語ったとされる言葉である。曰く、『これで僕が死んだら、北島はラーメンのせいで死んだと言われてしまうだろうけれど、僕の病気とラーメンはまったく関係無いということを、僕が死んだ後に必ず伝えて欲しい。』とのこと。この内容について、北島さんに近い人たちはラーメン愛の象徴として美談のようにとりあげているのだが、一方で、北島さんと古くから付き合いのあった人の一人は、「病気と食生活の関係を認めた上で愛を貫いたのなら潔いし、自らを食生活の乱れに対する警鐘とするならそれはそれで有益なのに、そうでないことが残念でならない」と嘆いている。
僕のスタンスは後者とほぼ同じである。先に肝臓の疾患で亡くなった武内伸さんもラーメンの食べ過ぎ(と、酒の飲み過ぎ、要は食生活の乱れ)で体を悪くしたと思っているし、今回の北島さんも、ラーメンの食べ過ぎが原因で胆管がんになってしまったと考えている。
◯胆管がんと肥満の相関
胆管がんと肥満、脂肪摂取の相関についてはいくつかの科学的データが存在する。例えば、やや古いものだと「癌の臨床」に発表された「胆管・胆のうがんと食生活との関連」(癌の臨床2003; 49: 665-670.)という論文があり、新しいものだと「胆石症、肥満指数と胆道がんとの関連について」がある。
胆石症、肥満指数と胆道がんとの関連について
(独)国立がん研究センターがん予防・検診研究センター
http://epi.ncc.go.jp/jphc/outcome/311.html
論文:Risk factors of biliary tract cancer in a large-scale population-based cohort study in Japan (JPHC study); with special focus on cholelithiasis, body mass index, and their effect modification.
概要(一部):肝外胆管がんでは、肥満指数の高いグループ(BMIが27以上)でリスクが高くなる(1.8倍)という関連が見られた。胆石の既往の影響は特に見られなかったことから、肥満はそれだけで肝外胆管がんのリスクとなることがわかった。
どちらの論文も、肥満や脂肪の摂取量と胆道がんの相関を述べた内容で、要すれば「脂肪の取り過ぎは胆道がんリスクを大きく上昇させると予想される」というものである。
◯胆管がんの発症年齢
もうひとつ興味深いデータがあって、それは胆管がんの発症年齢である。国立がん研究センターのがん情報サービスによれば、もともと発症例の少ない胆管がんではあるものの、50歳程度の比較的若い男性では、胆管がんの発症はかなり珍しい。
年齢階級別がん罹患部位内訳(2008年)
http://ganjoho.jp/data/professional/statistics/backnumber/2013/fig05.pdf
そのせいもあってか、今回の件を東大医学部に勤務する医者に話したところ、「珍しいねぇ」というのが第一声だった。
◯胆管がんの予後
全てのがんの中において、胆管がんは膵がんと並んで予後の悪いがんとして知られており、5年相対生存率では膵がんの次に予後が悪い。症状が出にくいこともあって発見時には患部が拡大していることが多く、異常が見つかって診断がついた時には、ほとんどが手遅れである。
客観的なデータから言えることは、1.高脂肪食の継続や、肥満は胆道がんの発症リスクを1.8倍にアップさせる、2.50歳前後の一般人における胆管がんの発症は稀である、3.胆管がんになった場合、5年生存率は20%程度、の3つである。
北島さんが胆管がんになった理由はラーメンの食べ過ぎだったのか、そうではなかったのかは確かめようがないのだが、数字的には関連があっても何の不思議もないし、もし北島さんがやっていたような、年間600杯というラーメンの過剰摂取を真似るなら、同じような最後を迎える覚悟が必要だ。北島さんがラーメンの食べ歩きを始めたのが大学生だとすると、年齢はほぼ20歳。享年51歳。平均的な寿命が75歳だとすれば、あと55年生きられたところ、約30年しか生きることができなかった計算で、余命を4割以上も削ってしまったことになる。
◯何が北島さんを殺したのか
北島さんの胆道がんが何に起因するか。これを正確に突き止める方法はない。しかし、食生活の乱れと胆道がんの相関は明らかになっていて、しかも、北島さんは長いこと、一年間に常人では到底及ぶことのできない数のラーメンを食べ、体重は(恐らく)3桁に届く巨漢だった人である。疫学的調査で「胆道がんの死亡率が平常人に比較して1.8倍」と証明されたクラスターの中でも、トップクラスに異常な食生活だったはずだ。これをもって、「北島さんの胆道がんはラーメンの食べ過ぎによる可能性が高い」と判断するのは妥当なところだろう。
僕たちは、生き残っている者の責任として、同じ世代や、あとに続く世代に対して、きちんと「ラーメンの食べ過ぎは体を壊す原因になり得る」ということを伝えていく必要があると思う。それは、武内伸さんがその活動のラスト近くで、雑誌上で書いた「ラーメンは完全食と言ってきたけれど、それは間違い。やはりバランスの良い食事が大切」という主旨の発言にも通じるところがある。
僕は経済産業省時代、トクホの調査に関連して世界各国の「健康的な食生活」に関する調査を行ったことがあるが、僕が知るかぎり、世界中の保健担当機関の見解は一致していて、それは「多種多様な食品からなるバランスの良い食生活」、すなわち必要にして充分なエネルギーと各種栄養素が摂取できて、健康的な体重を維持できる食生活である。以下に主要国のサイトへのリンクを提示しておく。
農水省「食事バランスガイド」
http://www.maff.go.jp/j/balance_guide/kakudaizu.html
米国USDA「Steps to a Healthier You!」
http://www.choosemyplate.gov/food-groups/downloads/resource/MyPyramidBrochurebyIFIC.pdf
カナダ保健省「Canada's Food Guide」
http://www.hc-sc.gc.ca/fn-an/food-guide-aliment/index-eng.php
英国NHS「The eatwell plate」
http://www.nhs.uk/Livewell/Goodfood/Documents/Eatwellplate.pdf
ラーメンが好きなのは勝手だし、いくら食べようとその人の自由である。しかし、事実として、ラーメンを食べ過ぎれば肝硬変、腎疾患、糖尿病、心筋梗塞、脳梗塞、胆管がん、痛風といった、決して軽くない疾病の原因となりかねないことを認識しておくことが必要である。もちろん、ラーメン“だけ”が悪いのではなく、肥満、塩分の過剰摂取、高血圧などを招くような食品に偏った食生活が悪いのだが。
北島さんの言葉を借りるなら、「北島は“ラーメン”のせいで死んだと言われてしまうだろうけれど、そうではない。北島は“ラーメンの食べ過ぎ”のせいで死んだ可能性がある」ということになる。
あくまでも、「可能性」ではある。でも、僕は個人的にその可能性はかなり高いと思っているし、他の人に同じ轍を踏んで欲しくない。少なくとも、「早死したくない」と考えているラーメンオタクは、北島さんの食生活と胆管がんの関連性から目を逸らすことなく直視し、北島さんの死をきっかけとして自らの食生活を今一度見直すべきだと思う。
追記:
9月5日に新横浜でお別れ会があるとのことで、なんとか顔を出すことができた。斎場には懐かしい写真が数枚。ちょっと痩せたように見えた大崎さんに挨拶をして、ラ博に行ってラーメンを一杯。考えてみれば、「ラーメン四天王」の結成打ち合わせを最初にやったのは、このラ博で行われたラーメン王決勝戦の控室でだった。あのときは、他に武内さん、大村さんがいたのは間違いないのだけれど、大崎さんもいたんだったっけ?もう20年も前のことだなぁ。
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ラーメンと健康(1997.9.21.の記事を再掲)
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