2017年07月31日

竹下亘国対委員長がどんな奴か

自民党が閉会中審査への稲田朋美の参考人招致に応じないというニュースを読んだら、

自民 稲田前防衛相の閉会中審査への出席 応じない考え
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170731/k10011081721000.html

竹下亘がこんなことを言っていた。

竹下氏は記者団に対し「稲田氏は辞任という、いちばん重い責任の取り方をしており、辞任した大臣を国会に呼び出すことは、やってはいけない」と述べました。


なんだ、この馬鹿は。これが本当なら、大臣在任中に何をやっても、辞任さえすればオッケーじゃねぇか。国会に呼び出すということは、国民にきちんと説明するということだぞ。ということで、ウィキペディアでこの馬鹿についてちょっと調べてみた。

https://ja.wikipedia.org/wiki/竹下亘

●日本国憲法の改正、集団的自衛権の行使を禁じる内閣法制局の憲法解釈の見直しに賛成。

●ヘイトスピーチの法規制に反対。

●女性宮家の創設に反対。

●選択的夫婦別姓制度の導入に反対。

●2017年3月7日の会見で厚生労働省が今国会に提出を目指す受動喫煙防止策を強化する法案について「たばこ大好き人間としては、全エリアで禁煙にすると言われたら、どうやって生きていけばいいのかという思いだ。できれば法案が出てきてほしくない」と語った(竹下は1日約60本を吸うヘビースモーカー)。


あぁ、こりゃダメだ。最初から最後まで、何一つ同意できるところがない。島根県民って、こんな奴を選ぶ人たちなんだね。  

Posted by buu2 at 21:54Comments(0)ニュース││編集

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自分の選挙区の自民党議員のFacebookに書いてやった

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Posted by buu2 at 13:38Comments(0)ニュース││編集

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2017年07月30日

河鍋暁斎「按摩の図」

米国のイステート・セールでは時々日本の美術品が出てくるので、探しているととても楽しめる。個人的に特に嬉しいのが河鍋暁斎の作品を見つけた時だ。これまでにも版画を数点入手していたのだが、今回は掛け軸である。






















箱には色々書いてある。













読み取れるのは日本語で「河鍋暁斎筆 按摩乃図」と、あとは英語で「Gyosai Daikoku Chasing Blind Man」「Gyosai "Daikoku Chasing Blindman in Rain"」「CHRISTIE'S」といったところ。

雨が降ってきて、按摩と大黒様が慌てて雨宿り先を探しているところだろうか。以前の持ち主はChristie'sのオークションで買ったのかな?僕が購入するものとしてはちょっと高額な部類だけれど、版画ではなく掛け軸ということで、思いきって買ってみた。  

2017年07月29日

オムライスを作ってみた




真ん中で割ると半熟卵がぷっくり現れるタイプを作りたかったんだけど、全然無理だった。ちょっと特殊なフライパンが必要っぽい。どこかで調達しないとだな。

味の方はとても良かった。いや、でも、見た目も重要。  
Posted by buu2 at 23:47Comments(4)料理││編集

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2017年07月28日

DMM英会話で200人と会話してみた感想

あっさり200人を超えたので、以前のレポートをリバイスというか、付け加えておく。

何より肝心な講師の選び方である。僕の中には、一応の基準というか、手法が確立された。

まず、点数は最低でも4.8。これより少なければ絶対に選ばないし、できれば4.9以上が望ましい。

その中でも優劣はあるので、候補を絞ったら、次はネガティブなコメントをチェックしてみる必要がある。一番注意しなくてはならないのが「回線が不安定」とか、「雑音が大きい」といったコメント。耳に頼るレッスンなので、聞き取りにくいのは一番よくない。なので、評価が4.9以上であっても、コメントの中に回線状態に関する指摘がある場合はやめたほうが良い。それにプラスして、僕の場合は「愛想が悪い」とか、「事務的」とか、「マニュアル通り」といったコメントがある場合にはやめておくことが多い。

評価数が50以下程度だと、今度は経験不足が気になる。経験は間違いなくスキルアップにつながるので、できれば評価数の多い講師を選んだほうが良い。

次に、英会話の学習についてだが、英会話力は主として、リスニング力、スピーキング力、文法、語彙数の4ファクターで構成されていると思う。

このうち、日本人が比較的強いのが文法と語彙である。なので、普通に高校を卒業した学力があるなら、当面は文法と語彙は勉強しなくて良いだろう。まずは、聞いて、喋る必要がある。スピーキングは一番判断に迷うところで、「ネイティブが聞き取ってくれるならなまっていようが、ゆっくりだろうが、なんでも良い」なら、これはカタカナ英語に毛が生えたぐらいでも何とかなる(これがいわゆるジャパニーズ・イングリッシュ)。だけど、特にネイティブから「こいつはそこそこやるな」と思われたいなら、スピーキングにも注力したほうが良い。ちなみに日本人の英語で一番まずいのはアクセントの強調の仕方である。ただ強くいうのではなく、伸ばす意識が重要だ。これで喋りにリズム、抑揚が生まれる。これこそが英語っぽさなのだ。この視点がないと、ただ早口だけの英語になる。そういえば、そんな英語をシン・ゴジラか何かで耳にした記憶がある。

僕にとって最大の難関はリスニング力で、これはまだ身についていない。とはいえ、簡単な単語だけで構成されていれば、ほとんどの場合で意味はわかる。ここへきて、リスニングと語彙力が関連してくる。自分で使う単語を選べないぶん、語彙数が豊富なことはとても大切になってくる。知らない単語が含まれている時点で会話は困難になる。

文法はリスニングにおいてはそれほど重要ではないし、これもジャパニーズ・イングリッシュと同様、無知でもなんとかなる。しかし、文法がめちゃくちゃだと、それはすぐに相手に伝わるので、「あぁ、こいつは馬鹿なんだ」と思われるのは必定である。それが嫌なら、文法はきちんと身につけておいたほうが良い。実際にやってみれば、英文法はそこそこ規則正しいので、それほど手間はかからないと思う。

ということで、DMM英会話を利用するときは、まずはともかく喋ってみて、英語になれることが必要だ。そうして、平易な文章なら聞き取れる、という状態になったら、今度は語彙数を増やす。同時に、仮定法などのちょっとややこしい文法についてはあらためて確認したほうが良い。

以上、DMM英会話を利用する際のTIPSである。

(8月7日 追記) 今、DMM英会話に登録すると、無料チケットが5回分もらえる。このチケット、多分一ヶ月の期限付きだけど、なかなか便利なので、試しに使ってみたいという人には今がチャンス。紹介コードは

310482953

です。キャンペーンは8月31日まで。

参考:DMM英会話で100人と会話してみた感想とか、分析とか
http://buu.blog.jp/archives/51541630.html  
Posted by buu2 at 00:55Comments(0)英語学習││編集

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2017年07月27日

ケンタロスくん

今更ポケ・ゴーでもないと思うのだが、日本にいるポケ・ゴー・プレイヤーから「お前のところにはケンタロスがいるんじゃないか?」と聞かれたので、7ヶ月ぶりに起動したらすぐにケンタロスくんが現れた。







興味がない僕には何の価値もないのだが。捕獲代行業とか始めたら儲かりそうだけど、すぐにアカウントがバンされちゃうんだろうな(苦笑)。  
Posted by buu2 at 23:50Comments(0)ゲーム││編集

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2017年07月26日

吉田博「文之助茶屋」




清水寺から八坂神社へ行く途中にあったらしい文之助茶屋。昭和8年の作品。どういうわけか、驚くほど安価で入手できた。これで我が家には2枚目の吉田博である。  
Posted by buu2 at 21:58Comments(0)吉田博││編集

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2017年07月25日

すき焼きパーティ

食い道楽の知人宅ですき焼きパーティ開催。



















やはり、肉料理は良い。

ちなみに、今日は航空自衛隊の大佐と一緒だった。大佐というと、ファーストガンダム終盤のシャアと同格なので、相当偉い。それで、F-15の乗り心地について聞いていたら、話だけで気持ち悪くなってきた。どんなジェットコースターでも全く平気な僕でも、あれは無理っぽい。

散々食い散らかして退散しようとしたら、大雨。まさに土砂降り。でも、大丈夫だ。Uberがある。日本って、Uberがないだけで行きたくなくなる。それほど便利。  
Posted by buu2 at 23:30Comments(0)合コン・飲み会││編集

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2017年07月24日

今日の虹

DC界隈は良く夕立がある。ただ、夕方に降っても、サマータイムなので、太陽の位置はかなり高い。おかげで、虹は出るのだが、だいたいいつも地平線間際で、見上げるような虹はでない。ゴキブリみたいな平たい虹が出る。おまけに、でかいビルが多いので、空が狭い。朝霞の広い空が懐かしい。しかし、無い物ねだりをしても仕方がない。今日はいかにも虹が出そうなお天気雨だったので、アパートの屋上へ行ってみると、案の定、でかい虹が出ていた。




まぁ、悪くない。ちなみに現在17:45ぐらい。  
Posted by buu2 at 18:00Comments(0)││編集

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2017年07月23日

ジョブ・キャリアの分割と、高度プロフェッショナル制度

先日、「ジョブなのか、キャリアなのか、それが問題だ」というエントリーの中で、ジョブとキャリアを明確に分けないから、日本人はホワイトカラー・イグゼンプションを理解できないと書いたのだが、ちょうど今日、こんな記事を見かけた。

<労働時間実態調査>時間減らしたくても仕事が終わらず
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170722-00000086-mai-soci

これは、ジョブとキャリアを分けて考えていないから出てくるひどい考え方の典型である。日本で言われている「高度プロフェッショナル」(高プロ)というのは、キャリア職の中で、さらに自分の裁量で業務量を調節できる立場の人間である。そして、その高プロ制度の導入に対して、ジョブ職の人間たちが反対を唱えているのである。おかげで、高プロの待遇も、その他のキャリアの待遇も、もちろんジョブの待遇も、ほとんど変わらない。

終身雇用と年功序列ゆえ、日本ではジョブ職として入社して、ジョブ職を続けていても、給料はアップしていく。しかも、クビにもならない。コピーを取り続けるしかできない人材でも、定年まで働き続け、勤続年数に応じて高い給料をもらうことが可能だ。実際にはこんなことを全員がやっていては会社は倒産してしまうので、多くのジョブ人材は、徐々にキャリアカラーの濃い仕事を担当するようになっていく。そのためには長い残業が必要だったり、社内研修が必要になったりする。

日本ではキャリア人材とジョブ人材を十把一絡げにして扱う。終身雇用と年功序列の中で、少しずつその配分が変わっていくようなキャリア・パスを用意する。仕事の性格(ジョブなのか、キャリアなのか)と、それを担当する人間の権利をそれぞれに分けて考えないから、日本の労働環境は全く改善されない。

それでもなお、日本でキャリアとジョブをわけて考えないのはなぜか。それはおそらく労働者サイドの事情による。「あなたは、ジョブを続けている限り、収入は増えません」とされてしまっては、困るのは労働者だ。終身雇用と年功序列は会社にとってよりもむしろ労働者にメリットが大きい。能力が低くても、勤勉な姿勢であればそこそこの人生を送れることは、農耕民族として一億総中流社会を構築してきた日本人にはとても都合が良かったのである。日本が、国内だけで完結していられるならこれでも良かった。しかし、今の世界は鎖国が可能な状態ではない。そうして、年功序列と終身雇用、換言すればキャリアとジョブの明確な分離をしないことによって、さまざまな部分で軋轢を生みつつある。

その最大のものが、同一労働同一賃金が実現しないことだ。ここまで書いてきて初めてこの言葉が登場したのだが、今の日本が絶対に実現しなくてはならないのが、この同一労働同一賃金である。

しかし、同一労働同一賃金は、単独で実現できることではない。終身雇用の解消も、年功序列の解消も、キャリアとジョブの明確な分離も、労働力の流動化も、全てが協調して作用しなくては実現しない。これは非常に簡単な話で、たとえば同一労働同一賃金の会社では、コピーしか取ることのできない社員は、賃金がアップする理由がない。これは、同一労働同一賃金と年功序列が共存し得ないことを意味する。安倍晋三は政府の方針として同一労働同一賃金の実現を単独で掲げているようだが、これは彼が馬鹿であることの証左である。彼は、ことの困難さをさっぱり理解していない。特に、この問題を正規、非正規の問題に落としているところが馬鹿である。(正規、非正規という言葉も法律的にはかなり疑問がある表現で、無期雇用、有期雇用で考えるべきだが)両者は第一にでてくるのではなく、キャリアとジョブの権利を考えるフェイズで登場するべきである。

ここで話を戻すが、日本社会の労働環境は、多岐にわたり、かつ複雑に相関している問題を抱えている。この中でもっとも簡単に実現できそうなのが、ジョブとキャリアの分離である。これは、実は労働者にとってもメリットが大きいし、単独でも考えやすい。

まず、ジョブとキャリアを分離しないことの問題点をはっきりさせておきたいのだが、それは、労働者が、両者を一体化して、その権利を主張してしまうことに尽きる。キャリア人材とジョブ人材は置かれている立場が全く異なるので、求めるものも異なってくるはずだ。ところが、ジョブ人材が求めている権利を、キャリア人材までが享受してしまうから、おかしなことになってくる。

たとえば、ジョブ人材はそのままでは自身のスキルがアップしないので、給料は据え置きになる。その給与で一生を終える可能性もあるので、給与水準は一定の高さが要求されるし、雇用もなるべくたくさん確保される必要がある。つまり、最低賃金のアップや、雇用の維持が、もっとも大切になってくる。場合によってはキャリアアップにつながる勉強も必要になってくるが、それは業務外の時間を当てなくてはならないから、残業もほぼない状態にすべきだ。そもそも、ジョブ職は自身の時間を提供する職なので、残業は時間の不当な搾取となる。かように、ジョブ職は就業環境面で十分に配慮される必要がある。また、仕事の安定性も重要なので、無期雇用についても検討される必要がある。ジョブ職の人間が勉強して他の仕事にキャリア・アップすると、自主的に退職することになるから、ジョブ職に長い雇用期間が割り当てられたとしても、労働市場の硬直化にストレートにつながるわけではない。米国では最低賃金が15〜18ドル(約1650〜2000円程度)と、日本の倍程度だが、それでも労働力が流動的なのは、こういった事情がある。

一方で、キャリア職は、仕事を通じて自身のスキルがアップするので、スキルが低いうちは給料が低くて当たり前だ。勉強する時間もジョブ職ほど必要とされないので、残業があっても大きな問題とはならない。それ以前に、多くの場合、キャリア職は時間で仕事をしないので、時間給という考え方が適用困難で、能力給となる。ただし、初期のキャリア職は、自分の裁量で仕事を調節できることは稀なので、冒頭で紹介した高プロにはほとんどの場合で該当しない。初期のキャリア人材については、残業量などについてきちんと守られる必要はあるだろう。このように、高プロについては、その中で別途いくつかの詳しい条件設定が必要になってくるはずだ。

ともあれ、キャリアとジョブを分割してしまえば、キャリアの待遇を規定する「高度プロフェッショナル制度」について、ジョブ人材が口を出してくることはなくなるだろう。ジョブ人材は、高プロなどよりも最低賃金のアップに向けて権利主張した方が、ずっと生産的だ。

現在は、ジョブ職の人間が賃金アップや雇用の安定といった権利を主張し、その成果をキャリアまでもが享受している。結局、一番得をしているのがキャリア職なのだ。こうした背景から、日本では良い大学に行って、良い会社に入ることが最大のステータスとなっている。そして、そういう立場の人間が、職業の安定と、高賃金という、二兎を得ているのである。社会はハイリスク・ハイリターンとローリスク・ローリターンとなるべきところ、日本社会はローリスクハイリターンのキャリア職と、ハイリスク・ローリターンのジョブ職に分離している。これがいわゆる「格差拡大」や「格差の固定化」の実態である。

実数的にはおそらくキャリア職の方がジョブ職より少ないので、普通の民主主義なら、人数が多いジョブ職が自身の権利を主張し、社会が変わっていくはずだ。ところが、日本社会はそうならない。どういうカラクリがあるのか。狡猾なキャリアたちは、「頑張れば、あなたたちも勝ち組になれるかもしれませんよ」と、ジョブ人材に対してキャリア職の待遇というニンジンをちらつかせるのである。すなわち、「非正規社員の正規化」である。こうした、勝ち組が負け組に対してニンジンを見せるやり方は、ポスドクが大量に余った時にも顕在化した。

しかし、ジョブ人材は、仕事内容が変化しないなら、スキルアップが難しい。単に有期雇用を無期雇用に変更しただけなら、よっぽどのことがない限り、描いた将来像はどこかで破綻する。今、高プロのような制度が社会から要請されていることからも、それは明らかだ。

#なお、高プロ制度とは、突き詰めれば「あなたの仕事は時間ではなく内容で評価するので、良い成果を出せるよう、自己の裁量で好き勝手にやってください。そのかわり、成果が出なければクビですよ」ということであるべきだ。

ここまで、高プロ制度とジョブ・キャリアの分離について、その関係について書いてきた。かなり長くなってしまったが、要すれば、「高プロ制度はキャリア人材のための制度なので、ジョブ人材が口出ししても何も良いことがない。まず、キャリアとジョブを明確に分割し、それぞれに必要な権利を主張しろ」ということである。この二つを分割して考えないということは、ラーメン屋と寿司屋で同じように経営を考えるような無理がある。やってできないことはないが、手間がかかるし、100点の回答も得られない。そして、この分割ができないなら、つまり、労働者の意識改革と、それに派生する労働市場の流動化を実現できないなら、日本はいつまで経っても再浮上のきっかけをつかめないだろう。これは、僕が当初からアベノミクスに対して否定的な理由である。  
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2017年07月22日

朝日新聞とNHKで、どちらの和訳が正しいのか要確認(メモ)

別にトランプも、安倍晋三も、どちらも全く支持していないというか両方とも超否定派なんだけれど、朝日新聞にこんなニュースが載ったので、ちょっと読んでみた。

トランプ氏「昭恵氏はハローも言えぬ」 米紙「誤り」
http://www.asahi.com/articles/ASK7P31MVK7PUHBI00R.html

さすがに、どんな馬鹿でも今時の日本人ならhelloぐらい言えるだろうと思ったのだが、トランプは

「私は安倍首相の夫人の隣に座った。素晴らしい女性だが、英語を話さない」
安倍晋三首相夫人の昭恵氏が英語を話せず、「ハローも言えない」


と語ったらしい。こういう場面に遭遇した場合は元ネタにアクセスするのが肝要なので、new york times trump akieでググってみて、Washington Postの記事を発見した。

Why Japan’s first lady was probably not snubbing President Trump at the G-20 dinner
https://www.washingtonpost.com/news/worldviews/wp/2017/07/20/why-japans-first-lady-was-probably-not-snubbing-president-trump/?utm_term=.1f8b4779cca9

中を読んでみると、こんな記述がある。

TRUMP: So, I was seated next to the wife of Prime Minister Abe, who I think is a terrific guy, and she’s a terrific woman but doesn’t speak English.

HABERMAN: Like, nothing, right? Like zero?

TRUMP: Like, not “hello.”

HABERMAN: That must make for an awkward seating.

TRUMP: Well, it’s hard, because you know, you’re sitting there for—

HABERMAN: Hours.

TRUMP: So the dinner was probably an hour and 45 minutes.


高校までに習った英語で覚えている限りでは、Trumpはcan’tではなく、doesn’tと言っているので、正確には「ハローも言えぬ」ではなく、「ハローも言わぬ」ではないかな、と思った。それか、こういう口語表現ではdoesでもcanの意味合いを持たせることがあるのかな、と思っていたら、NHKニュースでは「言わない」と訳していた。

記者から「全く話さないのか」と質問されると、「ハローも言わないくらいだ」と答えた

出典:「安倍首相夫人は英語話さない」 トランプ大統領発言に波紋
http://www3.nhk.or.jp/news/html/20170721/k10011067331000.html

「言えない」と「言わない」では随分とニュアンスが異なる。朝日新聞とNHKと、どちらが正しいのか、今度ネイティブに聞いてみようと思うので、忘れないようにメモとして記事を書いておく。  
Posted by buu2 at 02:11Comments(0)ニュース││編集

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2017年07月21日

Hill Country Barbecue Market

都庁から短期留学でDCに来ていた人たちが帰国するということで、彼らの希望でこの店へ。

座席を予約しておいて、食べるものは各人が奥のカウンターで注文するスタイル。肉を二種類(22ドル)と三種類(25ドル)から選ぶセットがおすすめらしい。無謀にも三種類注文して、食べきれなかった一つは友人に差し上げた。

なお、25ドルでも、税金とチップを合わせると32ドルになる。
















肉ばかりだから、無難に美味しい。やはり米国は肉を食べておけば安心である。ただ、肉ばかりって、すぐに飽きるんだよね。今月から酒の量を減らしているので、今日は水だけだったんだけど、一層飽きる(笑)。酒飲めば肉も食べられるんだけれど、飲んで、食ってはデブまっしぐら。やはり米国では酒を減らすのが重要。

みんなは二次会へ繰り出したようだけど、酒を飲まないので、今日は一次会で退散。

Hill Country Barbecue Market
410 7th St NW
Washington, DC 20004
(202) 556-2050  
Posted by buu2 at 23:00Comments(0) ││編集

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2017年07月20日

「i」と「e」の発音

唐突だけど、日本人は「i」を「い」、「e」を「え」と発音したがるけど、米国人は「i」は「あい」、「e」を「い」って発音することがほとんどのような気がする。motokiも、「もとかい」って呼ばれることが多い。  
Posted by buu2 at 01:12Comments(2)英語学習││編集

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2017年07月19日

Hanabi Ramen Clarendon(再訪)

5月に一度訪問していたHanabiが、スープを一新したということだったので、食べてきた。以前の評価はこれ。

Hanabi Ramen Clarendon
http://buu.blog.jp/archives/51546570.html

今回も注文は豚骨ラーメン。




スープは九州系のとんこつスープ。ダシは取れているのだが、濃厚というほどではなく、ちょっと塩気が薄い。普通、ラーメンのスープは色々なダシで味を出しつつ、香味野菜などでバランスを取ったり、臭みを消したりするものだが、この店のスープはバランスが悪く感じる。何か、素材の味同士が丼の中で喧嘩している感じなのだ。こういう場合、強烈に濃厚にするとか、塩味を濃いめにするといった対応が考えられるのだが、この店ではその調整がうまくいっていない印象を受ける。こちらの米国人にはこれが受けるのだろうか?

麺はコシが不足気味。この店がどこから麺を調達しているのかわからないが、製麺所を変更しないと根本的な解決は難しいだろう。

チャーシューはイマイチ。肉質だけは容易に確保できるのが米国のアドバンテージだと思うのだが、失敗しているようだ。

評価は1/BCC。

続いて、同行者が注文した担々麺を試してみた。




麺は北海道系の縮れ麺で、北海道系としてはやや細めである。なかなかの良品だが、コシがあるという感じではない。歯ごたえはあるけれど、コシ、噛んだ時の粘りがなく、プチッと切れてしまうような食感である。

スープは辛味は良いのだが、こちらも微妙にベーススープの弱さが感じられ、麺を食べさせるところまではいってない。ただ、辛いぶん、豚骨よりは美味しく食べることができる。

チャーシューはトッピングされていないので無評価だが、ひき肉はまぁまぁの味である。

担々麺の評価は4/BB-。

全体として、担々麺なら悪くはないのだが、Daikaya、トキ、陣屋、Haikanには及ばない感じである。「まずい!」と切り捨てるほどではないけれど、わざわざ食べに行くほどでもない。もちろん、日本からの観光客にもオススメしない。




Hanabi Ramen Clarendon
3024 Wilson Blvd
Arlington, VA 22201  

2017年07月18日

ジョブなのか、キャリアなのか、それが問題だ

僕は寡聞にしてAXIAという会社を知らないのだけれど、社長が書いているこのブログ記事を読んでなかなか大した会社だなと感じた。

エンジニアは業務時間外でも勉強するべきなのか
http://axia.co.jp/2017-07-18

要すれば、「エンジニアが業務時間内に勉強するとか馬鹿じゃねぇの?」という内容なのだが、予想通り、馬鹿なはてなブックマーカーどもが馬鹿なコメントをつけて、星を集めている。日本は本当にダメな国だ。こんな奴ばかりだから、ただでさえ積み荷の重い船が、どんどん沈んでいくのである。

僕が日本を脱出して米国に来てから1年以上が経つのだが、日本にいるときには漠然としか感じていなかったことで、こちらに来て、米国移住者に対してのメリーランド州が実施している授業を受けたことによって明確化されたことが二つある。一つは、先日書いた民主主義の手法についてである。もうひとつが、キャリアとジョブの違いだ。その違いを日本人は理解していないので、冒頭で紹介したブログを批判する、とんちんかんな考え方が横行するのである。

では、キャリアとは何で、ジョブとは何か。キャリアは、その仕事を通じて個人のスキルが明確にアップする仕事(職業)である。たとえば、美術館のキュレーターなら、仕事を通じて、同時に自身の美術に関する知識や経験が積み重なって、スキルがアップする。ジョブはこの逆で、単に時間を提供することによって雇用主に労働力を与える仕事(職業)である。ジョブの例としては、コンビニのレジやファミレスの店員などが挙げられる。内容的にはキャリアとジョブにはこういう違いがあるのだが、別の軸で考えると、キャリアは労働者のスキルアップになり、これは待遇のアップにつながる。転職するたびに給料はアップしていく。一方でジョブはいくらやってもスキルアップがないので、転職しても給料は変わらない。だから、ジョブをやっている人が待遇のアップを欲するなら、自分で勉強する必要が出てくる。

加えて、ここにひとつ大きな問題があって、冒頭のブログで扱っているようなITエンジニアなどの場合、ジョブをやっているだけでは持っているスキルが陳腐化し、使い物にならなくなる可能性があるのだ。炭鉱が閉山した炭鉱夫のようなもので、スキルが未来永劫必要とされるとは限らない。コンビニの店員だって、レジのセルフ化が進めば不要になるだろう。ファミレスの店員もロボットに置き換えられるかもしれない。だから、今あるジョブが10年後もそこに存在し続けるとは限らないと知っておく必要がある。

キャリアとジョブは完全に二分することができるわけではなく、キャリア色の濃い仕事と、ジョブ色の濃い仕事という切り分けになる。コンビニの店員であっても、接客を続けているうちに接客のスキルがアップする可能性はあって、キャリア色が全くないわけではない。しかし、業務外でたとえば英語の勉強をしたなら、「外人客の接客が可能な店員」として、ワンランクアップの待遇を得ることができるかもしれない。でも、その英語の勉強は当然業務時間外にやるべきことだ。

冒頭で紹介したブログの会社の社長は、ITエンジニアはジョブであると考えているのだろう。日本人は、このキャリアとジョブの違いを明確に把握していないのが大きな問題なのだ。大企業や役所の年功序列はキャリアとジョブを混合してしまう慣習なので、そういう社会にどっぷり浸かってしまうと、そこから脱出できなくなるのだろう。日本語にするとキャリアもジョブも「仕事」(職業)になってしまうのも不幸なことだ。だから、日本人の多くは、キャリアとジョブの違いを意識できないし、肌感覚として同一労働同一賃金も理解できないし、ホワイトカラー・イグゼンプションも理解できないのだ。

僕は、大学院を出てすぐに三菱総研に就職したけれど、そこの仕事内容が全くの「ジョブ」だったので、6、7年でやめてしまった。在職時、副社長や人事部長に直接述べたのは、「自分の能力を切り売りしているだけで、全くスキルアップにつながらない。この会社にいたら、三菱総研の仕事の処理は上手になるだろうが、社会的には全く無能な人間になる」ということだった。つまり、「俺にジョブなんかやらせてんじゃねぇよ」ということだ。その後、僕は理研で3年、経産省で2年働いて、以後はベンチャー界隈を歩き回っているのだが、理研も、経産省も、キャリア・アップにつながった。30代半ばで年収1300万円ぐらいになっていたのだが、それは常に自分のキャリア・アップを意識して、そうなるような職場を選んできたからである。

本来、全ての労働者は、自分がやっている仕事がキャリアなのか、ジョブなのか、意識する必要がある。その上で、自分のキャリア・パスを考えて生きていかなくてはならない。その必要性をなくしてきたのが終身雇用や年功序列といった日本型雇用習慣だが、そのやり方に限界がきていることは、ほぼ全ての日本人が認識していると思う。今、多くの労働者が考えているのは、「自分は逃げ切れるか、逃げ切れないか」である。僕の私見で言えば、公務員は、50代以上は逃げ切れるだろう。大企業になると業種によって差が出てきて、たとえば東芝やシャープなどの電機関連は厳しそうだ。とはいえ、50代以上は、多くのケースで、逃げ切ろうと思えば逃げ切れるような気がする。ただし、そういう社員が多ければ多いほど、そのツケは後進に及ぶことになる。それらの会社が30年後に生き残っている可能性はかなり低いのではないか。

冒頭の記事に対して異論を唱えている人間は、遅かれ早かれ、日本の荷物になる。キャリアが偉い、ジョブがだめ、という話ではない。今、自分がやっている仕事はキャリアなのか、ジョブなのか、そこを明確に把握するのが第一段階。その上で、人生にどういうキャリア・パスを描くのか考えるのが第二段階。これができて当たり前で、ふたつをごっちゃにして権利だけを主張している奴らは、ただの迷惑でしかないということだ。そして、そういう奴らが山ほどいるから、日本は再浮上できない船なのだ。

僕が冒頭の会社の社長に感心するのは、そういう絶望的な状況にあっても、何とか打開していこう、日本を海外と対等に渡り合える国に育てていこうという強い意志を感じるからだ。僕は、すっかり嫌になって、面倒臭くなって日本を逃げ出して米国で楽しくやっているクチなので、せめて応援だけでもしておきたいと思い、このエントリーを書いた。

#先日も、国連関係のパーマネント職やこっちで起業した人たち(日本人)と飲みながら話したけど、日本は一年に数回ちょっと遊びにいって美味しいものを食べてくるのがちょうど良い国ということで意見が一致した。ずっといるのは疲れるし面倒臭い。だいぶ前に桃井かおりが「世の中バカが多くて疲れません?」って言ってたけど、まさにそんな感じである。

##続きも書いたよ
ジョブ・キャリアの分割と、高度プロフェッショナル制度
http://buu.blog.jp/archives/51550477.html  
Posted by buu2 at 23:00Comments(0)日記││編集

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2017年07月17日

Despicable Me 3(怪盗グルーのミニオン大脱走)

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ミニオンは脇役なのになぜか主役のような扱いの日本では、旧作も含めまるで主役のような邦題がついているのだが、もちろんこの映画の主役はミニオンではなくグルーである。

映画自体は他愛もない内容だが、普通に大人から子供まで楽しめるようにできている。音楽も懐メロを上手に取り入れていて、子供にせがまれて映画館を訪れた中・高年への配慮も怠りない。

とはいえ、いろいろな伏線が回収されないままに90分の上映時間が終了してしまったのはとても残念。「あれはどうなっちゃったの??」という話がいくつもある。

それにしても、米国人はマイケル・ジャクソンが大好きなんだね。あと、子供の目がものすごくキラキラしている。

「この程度の英語は完璧に理解できるようにならないと」と思った。  
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2017年07月16日

政治家を育てるのは有権者である

(1)民主主義に参加する手法
突然だが、「民主主義において、市民が政治に参加する手法としてどんなものがあるか?」と聞かれたら、なんと答えるだろうか。できるだけ多く考えて欲しい。








多くの日本人がすぐに思いつくのが「選挙で投票する」だろう。もちろん、正解だ。だが、正解はひとつではない。投票は一番普通で、ある意味行儀が良いやり方だ。そして、ここで終了して、「他にもあるの?」と考え込んでしまう人が少なくないかもしれない。では、他にどんなことがあるのか。

まず、「知り合いと話し合う」といった、他の住民たちとの意見交換が考えられる。

次に、「デモに参加する」などの、意思表示が考えられる。

ここまでで、「あぁ、そんなのも民主主義の手法なんだ」とわかれば、他にも色々思いつくかもしれない。「ブログやSNSで自分の意見を表明する」も、立派な民主主義の手法のひとつである。要は意思表示の手法なので、「誰に表明するのか」と考えていくと、さらにいくつかの手法を思いつく。

役所に意思表示するなら、「役人に意見を言いに行く」のもひとつだし、「パブリック・コメントに投書する」のもひとつだ。上に書いた「デモ」は不特定多数に意思表示する手法だが、不特定多数に対して意思表示するならマスコミを利用するのも有効な手段である。たとえば「新聞に投書する」などである。

さて、意思表示する先として、知人、不特定多数、役所と挙げてきたのだが、大事なところが抜けている。それが何だかわかるだろうか。

「政治家」である。その手法としては、古くからあるものなら「政治家の事務所に電話する」「政治家の選挙事務所に行く」などが挙げられるし、今なら「政治家のFacebookに書き込む」「政治家のTwitterアカウントに書き込む」といった手法もありうる。


(2)政治家とは
日本人は、選挙で投票することの大切さすら理解していない人が多いのだが、投票以外の行動を起こす人はもっと少ないのではないか。投票に行く人であっても、選挙の後で政治家にダイレクトに意見を言う人は少ないと想像する。しかし、たとえ自分が支持していた政治家が選挙で落選したとしても、選挙が終われば、当選した政治家は自分たちの代表として行政にあたる人物なのだ。

安倍晋三氏が秋葉原で「こんな人」と国民を二分して顰蹙を買ったのは記憶に新しいところだが、安倍晋三氏が馬鹿なところは、自分は「こんな人」たちの代表でもあることを忘れている点だ。ひとたび総理大臣になったからには、すべての国民の代表でなくてはならない。一年ほど前、彼は「私は立法府の長ですよ」と発言して馬鹿っぷりを全世界に披露したのだが、その程度のおつむなので、自分が国民の代表という認識は持ち合わせていないのだろう。しかし、総理大臣は国民の代表だし、各選挙区の議員はその選挙区の有権者の代表のはずだ。

#僕は、日本の政府が国連の核兵器禁止条約に対して反対票を投じたことについては全く同意できない。国民の過半数が反対票に同意するなら仕方ないと思うのだが、果たして本当に国民の過半数が核兵器禁止条約に対して反対のスタンスなのだろうか。

話をもとに戻すが、投票が終われば国民の政治参加は終了ということではない。むしろ、選挙のあとの方がずっと大事なのである。政治家は、中央官僚たちに対して「俺は住民の代表だ」という立場で役人に対応し、指示を出す。その人間に対しては、選挙後も一貫して、意見を言う権利を私たちは保有しているのである。それは、与党の支持者だけではなく、野党の支持者でも同じである。

僕は日の出テレビという政治家が運営しているテレビ局の運営に参画したことがあって、その際に、現在の神奈川県選出の衆院議員および当時から現職だった数名の市会議員と一緒に仕事をしていたことがある。おかげで、それらの政治家の質というものを間近で見て来た。正直に評価するなら、飛び抜けて優秀な頭脳の持ち主はひとりもいなかった。知識も、思考力も、僕がこれまで三菱総研や経済産業省で見てきた人たちと比較すると、かなり劣っていたと思う。頑張っても、彼らの半分ぐらいがまぁまともかな、というレベルだった。もちろん、日本中を見渡せば、優秀な政治家もいるのだろうが、少なくとも、日の出テレビ界隈では、イマイチに感じた。しかし、頭脳明晰ではないし、知識も足りないけれど、性格の悪い人はいなかったと思う。普通に真剣に政治を考えていたし、普通に「良い人たち」だった。

#一部の主義主張で全く相容れない部分もあったのだが。

日本人にとっての政治家像は「非常に頭脳明晰で知識、経験ともに豊富な人材で、全てを任せておけば安心」というものかもしれないのだが、実際は全くそんなことはない。個人的には、そんな政治家は後にも先にも、後藤田正晴ぐらいしか知らない。あとは、元芸能人だったり、スポーツ選手だったりする人を代表例として、あらゆることに秀でた人などいないのだ。その背後にいる支持者の方がよっぽど優秀なことだって当然ある。だからこそ、選挙が終わったらそれでおしまい、ではないのである。ところが日本人は選挙の結果に一喜一憂して、自分の支持者が当選したらそれで終了、あとは政治家にお任せ、落選したらがっかりして、やっぱりそれで終了である。つまり、無関心というやつだ。中には自分の活動領域で政権批判を繰り広げるといった情報発信をする人もいるだろうが、そうして不特定多数に意見を投げかけても、同じ考えの有権者以外には、その声は届かないものだ。結局、そういう活動は自己満足の域を出ない。


(3)選挙後に有権者がやるべきこと
大事なことは、自分の選挙区の代表である政治家に働きかけることだ。もともと情報を持ち合わせていないのが政治家なのだから、自分が持っている情報を提供するのでも良い。知恵が足りないと感じたら知恵袋を買って出ても良い。もちろん、活動は肯定(=応援)である必要はなく、批判だって構わない。その政治家が各種SNSを運用しているなら、ダイレクトに書き込むのでも良い。僕はFacebookというシステムはあまり評価していないのだが、そこでの書き込みを他の大勢の有権者が見ることができるという点で、有権者が政治家に意見を述べるツールとしてはとても有効だと感じている。そして、その政治家がまともな感覚を持ち合わせているなら、たとえどんなことを書かれたとしても、その内容が法的に問題がない限り、有権者の書き込みを削除したり、ブロックしたりすることはできないのである。それが政治家の宿命でもある。

日本の民主主義、特に都市部の民主主義は、有権者は選挙で投票したら終了だし、政治家は時々駅でマイクを持って演説したり、支持者の集会に出たりする以外は特に目立った活動をしない。ほとんどの国民が、選挙と、いわゆる「街頭演説」や「辻立ち」以外で政治家を見かけることはないのではないか。少なくとも、僕の周りの人に聞いてみた限りでは、政治家と個人的に知り合いという人以外は、政治家との接触はほとんどなかった。ごくわずかにあったとしても、飲み会に参加者の一人の知り合いとして顔を出したとか、結婚式でスピーチしていたという程度である。自分から政治家の選挙事務所に行ったり、電話したりしたことがある人は誰もいなかった。多分、そういう行動が民主主義の手段だと知らないのだと思う。

しかし、相手は驚くほど有能ということではないし、万能でもない。どこにでもいる普通の人間にすぎないのである。有権者は、上から目線で「教育してやる」「情報提供してやる」でも構わないのだ。政治家は、公務員に対しては大きく出ることができても、有権者に対してはそれができない。有権者からしてみれば、相手は、有権者の代表を買って出て、たまたま当選しただけの人間である。そして選挙のあと、立派に役目を果たすかどうかは、選挙後の有権者の行動次第でもある。

もちろん、様々な働きかけをしても、一向に反応がないかもしれない。しかし、それでも、何もしないよりは良いし、ブログやFacebookで意見を書くよりもずっとマシだ。日本人はおとなしすぎるし、直接ものを言うのは行儀が悪いと考えている節がある。でも、米国の民主主義を見ていると、政治家にものをいうのは全く行儀の悪いことではないとわかる。反トランプ政策のデモには大人から子供まで参加するし、デモの終着地は議会で、シュプレヒコールは「お前ら、ちゃんと仕事しろ」である。小学生のテキストには、民主主義への参加の手段として、「政治家の事務所に電話する」と書かれている。むしろ、不満に感じて何もしないことの方が悪なのだ。

少なくない反安倍内閣の人たちは、東京新聞社会部の望月衣塑子記者がしつこく菅官房長官に食い下がっているのを見て「よくやっている」と評価していると思うのだが、結局、そこまでで他人任せにしているのではないか。記者ではなくても、一般の有権者でも、政治家に対して直接働きかけることができるにも関わらず。


(4)民主主義に対するプライド
最近、米国人と議論していて強く感じるのは、彼らの民主主義に対するプライドの高さである。米国人は、大きな内戦や公民権運動を通じて、血を流しながら自由と平等を獲得してきた。だから、自分たちの理想としている民主主義が機能不全を起こしそうになると、やっきになって抵抗する。戦争に負けて棚ぼた式に民主主義が落ちてきた日本とは大きく違うのだろう。

日本はといえば、安倍晋三氏が圧倒的多数の議席を背景にやりたい放題好き勝手にやっても、飲み屋でクダを巻くか、せいぜいデモに参加したり、ブログに記事を書いたりする程度である。これらが全く無意味だとは思わないし、こうやって書いている僕もブログで安倍晋三氏の批判を続けている一人だが、やはり、もっとダイレクトに政治家に働きかけるべきだと思う。

日本の政治家の質が低いのは、彼らを選ぶ国民の質が低いからだ。馬鹿の代表は、馬鹿にしかなりえない。「でも、立候補するのが馬鹿ばかりで、投票する先がないんだからどうしようもない」という意見が聞こえてきそうだが、実際には、まだ手段が残されている。選挙で馬鹿な政治家が選ばれてしまったとしても、有権者には、まだ彼らを教育することができる。きちんとした情報提供や議論を通じて、ちゃんとした政治家へと成長させれば良い。いくら意見を述べても政治家が全く聞く耳を持たず、かつ、その意見が正しいなら、遅かれ早かれ、その政治家は選挙で落選するだろう。

#その意味で、「こんな人」として国民を二分して、その片方に対して聞く耳を持たない安倍晋三氏は総理大臣である前に政治家としても相応しくない。より多くの人の意見に耳を傾ける謙虚さがない。こういう人物は「無知の知」という言葉を知らず、未来永劫馬鹿であり続ける。なぜ多くの日本人が彼を支持しているのか不思議でならない。

選挙で投票したかどうかに関わらず、政治家にものをいう権利を僕たちは保有している。そして、そういう行動によって、政治家をランクアップさせることができるかもしれない。

安倍内閣に河野太郎氏が入閣する際、それまで反原発など、自民党の党議拘束からは外れているようなことまで書いていたブログを閉鎖してしまった。この時、僕はかなり腹が立ったし、失望もした。どんな政党から出馬しようとも盤石の基盤を持つ河野太郎氏が、自身のブログを閉鎖してまで入閣した姿を見て、「あれだけの支持者の支援をもってしても、細田派の意向には歯向かえないのか」と驚いた。そして同時に、神奈川15区の有権者たちが「安倍晋三にそっぽを向いても、俺たちが支援し続けるから大丈夫だ」とアピールできなかったことにも失望した。僕にとっては、河野太郎氏がブログを閉鎖したのは、河野太郎という政治家個人の話ではなく、河野太郎と、神奈川15区の有権者が安倍晋三氏の軍門に下った瞬間でもあった。

僕は神奈川15区の人間ではないので、河野太郎氏のブログ閉鎖の一件については所詮傍観者の一人に過ぎないのだが、自分が住んでいる選挙区から選出されている政治家に同じ行動を取って欲しくないと強く感じた。そのためには、有権者ひとりひとりが、もっと政治家に対してダイレクトに働きかけていくべきなのだ。幸いにして、インターネット時代になって、政治家への働きかけは容易になってきた。年齢も、性別も、肩書きも、コネもカネも関係ない。日本人はインターネット時代の民主主義へと踏み出すべきなのだ。それは、投票以外の手段、具体的には、政治家への直接的な働きかけである。

投票したい政治家がいないのは、誰でもない、投票したい政治家を作ってこなかった自分たちの責任なのだ。

(5)事例紹介
僕が最後に日本にいたのは横浜市緑区なので、神奈川8区選出に該当する。そこで、今は8区選出で日の出テレビでも関係のあった福田峰之氏に働きかけている。画面をキャプチャーしてあるので、どういうコメントを書いているのか紹介しておく。日本人の感覚としては行儀が悪くうつるかもしれないが、これらによって僕は政治家を育てているつもりだし、民主主義を実践してもいるつもりだ。

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もちろん、不幸にして、住んでいる選挙区の政治家がFacebookなどのSNSを運用していないケースも少なくないだろう。その場合は、電話や手紙、ファックスなど、手段は限られてくるし、その主張を多くの人に知ってもらうためには一工夫必要になってくる。だからこそ、運良く自分の選挙区の政治家がFacebookなり、Twitterなりをやっているのなら、もっと直接働きかけていくべきなのだ。そうすれば、政治家も成長するし、世の中は「今時SNSもやらないなんで、遅れている」と考えるようになる。広く聞く耳を持ち合わせている政治家を増やすためにも、どんどん行動を起こしていかなくてはならない。

一人でも多くの有権者が、同じように、何らかの形で政治家に働きかけるようになってほしい。そうした、個々人の行動が、日本の民主主義の成熟にはとても大切なのだ。「政治家が馬鹿だから」とか、「投票しても何も変わらないから」と諦めていたり、評論しているだけでは、いつまで経っても日本の民主主義は他人から譲り受けただけのものである。  
Posted by buu2 at 22:10Comments(0)日記││編集

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2017年07月15日

相変わらず東工大の知名度が低いのだが、別に困ったことはない



  
Posted by buu2 at 23:59Comments(0)ネットウォッチ││編集

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2017年07月14日

森友問題は徐々に証拠が整ってきたようだ



  
Posted by buu2 at 14:00Comments(0)ニュース││編集

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2017年07月13日

今日のつぶやき

本日のつぶやき。いや、ちょっと長文書いていてなかなかブログを更新する時間が取れないので、しばらく手抜きさせてください。





































  
Posted by buu2 at 23:00Comments(0)ニュース││編集

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2017年07月12日

加計学園問題に関する八田達夫氏執筆の記事について

加計学園問題について、内閣府国家戦略特区諮問会議の民間議員、八田達夫・公益財団法人アジア成長研究所所長の記事がDIAMOND onlineに掲載された。「安倍晋三氏の圧力はなかった」とする内容だったので、ちょっと読んでコメントしてみる。

「加計学園の優遇はなかった」内部から見た獣医学部新設の一部始終
http://diamond.jp/articles/-/134825

前半は僕も規制緩和派だから何の文句もない。ただ、一点、ここの記述は簡単に首肯することはできない。

現在、日本にとって獣医学部をつくることは重要な成長戦略だ。現代科学の中心の1つである生命科学の研究や、鳥インフルエンザやエボラ出血熱などの人畜共通病の研究のためにも、また、近年盛んになった獣医学の医学への貢献を増やすためにも、獣医学研究者を大量に育てる必要がある。新設しようとする学部に質の審査さえ受けさせないという獣医学部の新設規制は、国の成長を阻害している。


現在、日本の生命科学振興が進んでいないのは、獣医師が不足していることが原因ではないのではないか。これまで20年以上、三菱総研、理研、経産省、産総研ベンチャー、そして自分の会社で、日本と米国の生命科学について当事者として携わってきたが、いつの時代も、どこでも、一度も獣医師が不足しているせいで生命科学の研究が阻害されていると感じたことはない。「獣医師がいなくて困っている」という話すら聞いたことがない。たくさんある原因の中のひとつとして挙げられる可能性はあるものの、大きな要因ではないし、根拠はないのだが、日本全国でせいぜい10名程度もいれば十分なのではないかと想像する。少なくとも、毎年100人、150人というレベルで育成されても、吸収できるとは思えない。とはいえ、現場レベルで「毎年1000万円程度の費用負担(年収で600万円程度)をしてでも、獣医師が欲しい」という声が多数あるなら、「なるほど」と思うのだが。

さて、ここはやや本質と異なるので先に進む。この記事の前半ほぼ4ページは、本質とは異なる部分で消費されてしまったが、4ページ末尾あたりからいよいよ空気が怪しくなってくる。

しかし新潟市からはその後、WGへの具体的な追加提案がなかった。


2014年から頑張って来た新潟市がなぜ2015年で手を下ろしたのか。そこに安倍晋三の圧力がなかったのかは、八田氏は知らないのではないか(もちろん知っていて、知らないふりはできるし、その可能性も否定できない)。それなら「加計学園優遇はなかった」とは言えないはずである。ちなみに第二次安倍内閣成立は2012年。

そして、次のページの冒頭でいきなりこれである。

その状況で、愛媛県と今治市が、2015年6月5日に、提案公募に応じて獣医学部新設を提案してきた。それを受け、2015年12月の諮問会議で、今治市が特区に指定された。指定目的の1つには、獣医学部新設が含まれていた。


圧力とは、「ここを採用しろ」だけではない。むしろ、役人や政治家がよくやるのは、ライバルが手をあげることを阻害して、競争入札を実質的に随意契約に落とすことである。加えて、ダミーの入札を同業他社に頼んだりもする。今回の場合、加計学園を積極的に推したことではなく、加計学園以外が手を挙げられなくなったことにまず疑いの目を向けるべきだ。しかし、このことは、諮問会議やWGの視点からは見ることができない。つまり、八田氏にはわからないことである。

次に疑問になるのは、諮問会議、およびWG側からも十分にわかることだが、

2015年12月の時点では、特区のなかで今治市だけが、明確な計画を持つ提案者であった。したがって、2016年9月16日の特区WGヒアリングを含め、9月から10月前半にかけての文科省督促でも、我々関係者は今治市での新設を念頭に置いていた。


という状況になるまでに、いわゆる石破4条件に合致するか検討した形跡が見当たらないことである。この原稿で言及していないだけで、実際には検討があったのかも知れないが、もしそうなら、4条件に対してどういう検討があって、結論が出たのか、その経緯を提示することが最も重要なはずだ。なぜなら、その4条件は実質的に「足切り」として機能し、上に書いた「ライバルの参入を阻害する」ものに他ならないからである。

八田氏は疑惑の要因として次の3つを挙げているが、

(1)正規の手続きを踏まずに、首相が特定の大学を選考するように仕向けた。
(2)国家戦略特区制度では、1つの特区で認められた改革は、自動的に他の特区でも適用される原則であるにもかかわらず、首相が当該特区以外には適用できないように1校限りとする圧力をかけ、親友が設立する学部以外の新設を妨げた。
(3)新設の申請をこれまでしたこともなかった学校法人が、理事長の親友が首相になったから学部の新設を申請した。


(1)や(3)はどうでも良いことで、問題は(2)である。また、(2)でも、1校限りとしたことはどうでも良い。問題は、加計学園が採用されやすい状況が作られたかどうか、あるいは加計学園以外が挙手できない状況にあったかどうかで、それは「他者が挙手できないような圧力があったか」で判断できる。加えて、「加計学園が石破4条件に合致していたか」を調べる必要がある。とんちんかんな3要素を出してきて、そこに適合しないから「セーフ」とする姿勢には首を傾げるばかりである。

最後にはまた正論のお題目が蛇足として追加されている。前半4ページと最後の半ページは、まことに正しい。しかし、それは残念ながら、今回の疑惑のポイントではない。そして、それ以外の部分も、知りたい真相ではない。人を騙す時の常套手段は、多くの正しい記述の中に、嘘をひとつ、ふたつ、混ぜることである。最初から最後まで嘘で塗り固めれば警戒するが、ほとんど正しいからこそ騙される。この記事はそういう体裁になっている。

今回の疑惑の焦点は次の2点に絞られる。

(1)加計学園以外が挙手できなくなるような圧力はなかったか
(2)加計学園は石破4原則に合致していたか

しかし、この記事は、わざとなのか、無意識なのか、言及すらない。的外れなことを書いて、その前後を正論でお化粧する、目くらましのような内容である。八田氏が騙そうとしている側なのか、騙されている側なのかは現時点では不明だが、我々は騙されてはいけない。何が本質なのか、何を検証すれば良いのかは、きちんと理解しておく必要がある。

なお、蛇足ながら、現在本件を追求している民進党福島のぶゆき議員は僕の経産省時代の同僚で、彼は途中で経産省から内閣官房構造改革特区推進室へ異動した。現在のスタンスは不明だが、当時は特区の推進派だった。比較的獣医師に近い東大農学部出身でもあり、本件の追求には適材だと感じる。また、日の出テレビの運営を手伝っていた時に一緒だった山際大志郎衆院議員は山口大学農学部獣医学科卒業の獣医師である。日の出テレビ関係者の中では一番まともな人だったので、本件については一言あっても良いと思うのだが、これといったコメントがないのは残念である。  
Posted by buu2 at 23:32Comments(0)ニュース││編集

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たまには役に立つ産経新聞 「閉会中審査議事録」

ほとんどの場面で何の役にも立たない産経新聞だけど、今回の閉会中審査の議事録を掲載してくれたのは高く評価できる。僕はこの会議の中継を朝の4時までネット中継で見ていたのだけれど、クライマックスはここ。

「加計ありきではない。加計学園がたまたま、愛媛県会議員の今治選出の議員と加計学園の事務局長がお友達だったからこの話がつながってきて、飛びついた。これも駄目なんでしょうか。お友達だと全て駄目なのか」

出展:加戸守行氏「国家戦略特区でゆがめられた行政が正されたというのが正しい発言だ」
http://www.sankei.com/politics/news/170711/plt1707110009-n6.html

加計ありきではないと言いながら、その直後に自分で加計ありきだったと白状している。

このあたりの経緯については別のもっと古い記事で丁寧に告白している。

今治市の構想は2地区あった。そのうち1地区は都市学園構想で高等教育機関を引っ張ってきて学生の街にしようというものだった。地元の松山大学が手を挙げて進めたが、経営学部の設置構想もできた段階で学内の左翼グループ教官の猛反対にあい、潰されてしまった。
 構想が宙に浮いたところで、今治市選出の本宮勇県議が「加計学園が大学を進出してもいいというが、今の天下の状況をみていたら獣医学なんかはどうでしょうか」という話を持ってきたから、飛びついたんだ。

出展:加戸守行前愛媛県知事「安倍さんが友達だと知ってたら10年前に獣医学部つくってた」
http://www.sankei.com/politics/news/170615/plt1706150006-n1.html

それで、この記事の最後にはこんなコメントまで残している。

安倍晋三首相と加計学園の理事長が友達だと知ってたら、直訴してでも10年前に獣医学部を作ってますよ。安倍首相に「あんた、加計学園の友達でしょ。やってくださいよ」って。


加戸守行前愛媛県知事は元文部官僚だけど、こういうのがダメという感覚が欠落しているんだろうね。悪いと思ってなくて、正々堂々ぶちまけている。

ちなみに獣医大学・学部の特区における新設については「石破4条件」という閣議決定があって、それはこんな感じになっている。

獣医師養成系大学・学部の新設に関する検討
1. 現在の提案主体による既存獣医師養成でない構想が具体化し、
2. ライフサイエンスなどの獣医師が新たに対応すべき具体的需要が明らかになり、かつ、
3. 既存の大学・学部では対応困難な場合には、
4. 近年の獣医師需要動向も考慮しつつ、全国的見地から本年度内に検討を行う。


この条件に合うか、議論すれば良いだけなのだが、そういった形跡は今の所見当たらない。単に、加計学園以外を対象外にするために機能している。加えて、今、加計学園が今治市に新設しようとしている獣医学部ですら、この条件をクリアしていない可能性が高い。じゃぁ、なぜ?となるのが普通だが、それに対する答えが「政治家の友達だから」というのでは、何じゃそりゃ、という話である。

友達だからできる、他人だからできない、というのは縁故主義で、簡単に言えば「不公平」である。今や、安倍晋三の代名詞はアベノミクスではなく「オトモダチ」になりつつあるのではないか。  
Posted by buu2 at 07:52Comments(0)ニュース││編集

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2017年07月11日

ホームパーティ3連戦 最終戦

今日はホワイト・フリントに住んでいるハーさん(韓国人)の家でホームパーティ。こちらから持参したのはケララ・カレーとカステラ。今日も好評で良かった。これで無事、三連戦を終えたのだが、ちょっと胃もたれ気味である。しばらく、胃腸に優しい食事を心がけたい。  
Posted by buu2 at 00:30Comments(0)日記││編集

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2017年07月10日

ホームパーティ3連戦 2戦目

シリーズ2戦目は豚の生姜焼き、ケララカレー、カステラ、コットンキャンディグレープ、ラー油ピザ、デザートのあとのローストビーフなど。

連日好評である。  
Posted by buu2 at 00:30Comments(0)日記││編集

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2017年07月09日

ホームパーティ3連戦 1戦目

土曜から月曜にかけてホームパーティ3連戦。初日は先日劇辛麻婆豆腐を提供したメンバーによるお好み焼き&ケララカレー。

わざわざお好み焼き用のホットプレートまで持って来てもらい、米国とは思えない質のお好み焼きを食べることができた。紅生姜と山芋がポイントのようだが、車がないと買いに行けないんだよね。

なお、先週の麻婆豆腐は、数名お腹を壊したらしい。そりゃそうだ。すげぇ辛くしたんだもん。  
Posted by buu2 at 00:30Comments(0)日記││編集

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2017年07月08日

CITI OPENに錦織が帰って来るらしい

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http://www.citiopentennis.com

ウィンブルドンで早々に負けたので、緊急参戦を決めたのかも?

ともあれ、これは、毎日でも応援に行かなくちゃですな。  
Posted by buu2 at 10:36Comments(0)スポーツ││編集

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2017年07月07日

前川幸市さんの犬と猫

先日、日本へ行った時に見に行ったまつもとクラフトフェアで購入した前川幸市さんの犬と猫。






















素焼きの質感と、それに合わせた彩色で、とても上手に動物たちの表情を作り出している。僕が焼き物を買うか、買わないかの第一の判断基準は自分で真似ができるかどうかなんだけれど、前川さんの作品は絶対真似ができない。実は3月に恵比寿で一度見ていたのだけれど、抜群の個性ですぐに「あぁ、あの時の」と思い出すことができた。

このティストは大好きなので、今後も展示のスケジュールをチェックしておきたい。  
Posted by buu2 at 04:49Comments(0)前川幸市││編集

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2017年07月06日

川瀬巴水「 根津権現の雪 」


  
Posted by buu2 at 04:53Comments(0)川瀬巴水││編集

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2017年07月05日

独立記念日花火大会 2017 @Washington D.C.

去年も観に行った独立記念日のDCの花火だけど、今年も行ってみた。

そこそこの人出で、セキュリティ・チェックもあるけれど、日本みたいに死ぬほどの混雑とか、みんなで立って観るみたいなことはなくて、普通に座って楽しめる。







日本と違うのは、馬鹿でかいスピーカーが設置されていてBGM付きでガンガン打ち上げるのと、一発一発の間隔が狭くて、片っ端から打ち上げるところ。おかげで、20分ぐらいで終わってしまう。でもまぁ、こういうのもありだろう。

ちなみにBGMは去年はスター・ウォーズが流れていたけれど、今年はラ・ラ・ランドだった。











































花火大会終了後は今年も大混雑だったけれど、どのバス停からバスに乗れば良いのかとか把握していたので、道は混雑していたけれどバスに座って帰ることができた。  
Posted by buu2 at 00:30Comments(0)ワシントンDC││編集

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2017年07月04日

Chevy Chaseで独立記念日のお祝い

家の真ん前にある公園で独立記念のお祝いをやっていたので見に行ってみた。ホット・ドッグ、かき氷、レモネード、ポップコーンなどが無料で振る舞われていた。







なお、背後に写っているのがうちのアパートである。  
Posted by buu2 at 18:18Comments(0)日記││編集

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Wasabi

シカゴで一、二を争う有名ラーメン屋が、このWasabi。空港へ行く途中の駅にあるので、観光の最後に立ち寄るのに便利な立地である。ただし、駅から10分程度歩くので、トランクを引きずって訪問するのには適さない。




スープは基本的にとんこつがベース。しょうゆ味はダシがきちんと取りきれてなくて、味気ない。日本でも中華料理店などでこの手の味の足りないスープを良く見かけるが、もうちょっと味が濃くないと、麺を食べさせるだけの力がない。麺はコシがそこそこで、スープの絡みも悪くないのだが、かたまっている部分があって、調理方法がイマイチの様子。




チャーシューは美味しい。米国は肉が安いので、チャーシューが美味しいのは当たり前のようだが、実際はそうでもなく、よせば良いのに変な味付けにして、スープの味を乱したりするのだが、この店はそんなこともなく、バランスを考えたものになっていた。




辛味噌も食べてみたのだが、こちらの方が美味しい。米国では、多くの店でダシが薄いので、辛口で調味された辛味噌が一番美味しい可能性が高い。この店も、その定石が通用する。

Wasabi
2101 N Milwaukee Ave
Chicago, IL 60647
(773) 227-8180  

ルート66の起点

春にルート66上の街、セリグマンに行ったのだが、そのルート66はシカゴ美術館の真ん前から始まっている。







国道一号の起点が日本橋と同じだね。  
Posted by buu2 at 05:07Comments(0)米国 シカゴ││編集

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Museum Cafe

とにかく馬鹿でかくて一日かけてなんとか一通り見ることができるレベルなので、ランチで外に出ていくのは面倒臭い。そこで、シカゴ美術館の地階にあるMuseum Cafeでランチを食べることにした。







シカゴ風サンドイッチが売りらしいのだが、普通のハンバーガーの方がずっと美味しかった。米国では、とりあえずハンバーガーを食べておけば間違いない。

Museum Cafe
111 S Michigan Ave
Chicago, IL 60603
(312) 443-3600  

2017年07月03日

文書は基本どんなものも保存ということでどうか





今はテキストデータの保存なんか超楽勝なんだから、全部とっておけという話。さっさと法律変えようぜ。  
Posted by buu2 at 12:00Comments(0)ニュース││編集

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2017年07月02日

猫のいる家

ネイトさん家にお呼ばれしてホーム・パーティ。




















  
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2017年07月01日

日本人がいつまで経っても官僚と対等に議論できない理由

保育園への送迎において公用車を使用した国会議員についてこんな記事があったのだが、

保育園送迎に公用車を使うことは、「問題」なのか?
https://news.yahoo.co.jp/byline/komazakihiroki/20170701-00072787/

書いている奴(駒崎弘樹 認定NPOフローレンス代表理事/全国小規模保育協議会理事長)の頭の悪さばかりが目立つ。なぜかといえば、終始感情論で主観的主張を続けているからだ。

この件、一丁目一番地は、公用車の使用規程がどうなっているかである。この規程を読まずして、議論は成立しない。仮に市民感情的にどんなに正しくても、「でも、決まりですから」で終了である。これは先日のバニラ・エアの身体障害者対応でも同じなのだが、最終的には法律や規則に照らして考えるしかない。僕がバニラ・エアの件について「見て見ぬ振りができなかったものか」という主旨を書いたのは、規定を改定する時間がないからである。しかし、今回の公用車の使用についてはそういった時間的制約がない。ならば、一番大切なのは今どういう風に規定されているかである。

僕は官民交流法という法律を利用して、5年間の期限つきで経産省の課長補佐として勤務したことがある。このとき、一番優秀だと感じた同僚官僚の行動は今でも良く覚えているのだが、常に法律書や規定集をデスクサイドにおいておき、課内会議や外部との打ち合わせで何か疑問が生じると、「ちょっと待って。それは法律と整合しているの?」「今、規則って言ったけど、それはどこに書いてあるの?」と聞いていた。官僚にとっては立ち返る基本は法律で、何か迷ったらまずは法律に沿っているかどうかを考えるべきなのだ。しかし、これは官僚だけに限ったことではない。

この優秀な彼は、子供会の会長を押し付けられたことがあって、その会長の2年間で、様々な改革を実現した。その中では地方自治体との交渉も何度もあったようだが、なるべく現状を維持したがる地方公務員たちを「それは、どの法律で決まってるの?」と詰めまくって、なぎ倒していったそうだ。公務員の主張をひっくり返すにも、法律に立ち返る姿勢は極めて重要である。

特に、今回の件は衆院議員の公用車の使用方法についての話である。「これって、おかしいよね」と感情論で主張しても、なんにもならない。はたから見ていると、「こういう、みんなの味方っぽい無能って、一番社会の害悪だよね」と思うのだ。彼によれば

週刊新潮のような捏造系メディアは、それが国民にウケると思ってやっています。彼らに「ウケねえよ、バカ」と伝えてあげることが大事です。


とのことだが、「馬鹿はお前だ」と思う。

この文章を読んで最初に感じるのが「全部主観じゃねぇか」ということで、それは野球の試合で、「今日は優勝が決まる大事な試合で、今は2アウトながら9回裏の大チャンスだったのに、打者が三振しちゃった。ほとんど全ての観客も期待しているんだから、9回裏に限って5アウトまで認めることにしようよ」と主張しているようなものだ。大勢の感情論としては正しいかも知れないが、手続きとしては正しくない。「まずルールブックを読んでみましょう」となって、「どうやら、3アウトチェンジと決まっていて例外は認められていない。これが問題なら、ルールを変更しましょう」となるべきなのだ。

#もちろん、変更できるかどうかは別問題である。

憲法や法律で規定されていることに立ち返るのは、基本に立ち返ることである。何か問題が起きた時に、感情に立ち返ってばかりいては議論にならない。それは口喧嘩である。駒崎弘樹氏みたいな典型的な馬鹿を良い反面教師として、「規則に立ち返る議論」を身につけて欲しい。そうしないと、いつまで経っても官僚の言いなりである。  
Posted by buu2 at 23:22Comments(0)ニュース││編集

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