2005年07月31日

2010年のバイオ市場規模の持つ意味(2年前に書いて忘れてた)

長いから、全部追記に書きます(笑)。あぁー、ただで公開しちゃった。原稿料損した(^^;
2010年のバイオ市場規模の持つ意味

バイオテクノロジー戦略大綱
現在、バイオテクノロジー産業の育成の教科書として利用されているものに「バイオテクノロジー戦略大綱」がある。これは平成14年12月にBT戦略会議がまとめたものである。BT戦略会議は小泉内閣総理大臣の名の下に、内閣官房長官、科学技術政策担当大臣、文部科学大臣、厚生労働大臣、農林水産大臣、経済産業大臣及び環境大臣並びに有識者で構成された。このバイオテクノロジー戦略大綱の第一部第四章第5項に「2010年において期待されるバイオ関連産業の市場規模の見通しと産業特性」という記載がある。ここでは2010年のバイオ関連産業の市場規模を分野ごとに積み上げ、総額25兆円と予測している。この数値の出典は、医薬品・医療機器、健康志向食品については産業構造審議会報告書、それ以外については経済産業省試算となっている。もちろんこれまで利用されてきた「バイオ関連産業の市場規模は2010年に25兆円」という数値と合致している。

#なお、バイオテクノロジー戦略大綱の第一部第一章第3項およびその注釈では
2010年においては、それ(BT関連産業の市場規模)が25兆円程度に成長することを展望して環境整備を目指すこととされており、
<我が国の市場規模 2010年で25兆円>
 「バイオテクノロジー産業の創造に向けた基本方針」(科学技術庁長官、文部大臣、厚生大臣、農林水産大臣、通商産業大臣(いずれも当時)の5大臣による「関係閣僚申し合わせ」(平成11年1月29日))による。
という記述がある。

市場予測の推移
2010年のバイオ関連産業の市場規模という数値が登場したのは「バイオテクノロジー戦略大綱」が初めてではない。では、最初に公式な報告書の中で2010年の市場規模予想値が登場したのはいつなのかというと、平成10年10月にまとめられた「21世紀のバイオ産業立国懇談会報告書」(21世紀のバイオ産業立国懇談会)である。この文書は経済産業省のウェブサイトから直接ダウンロードすることが可能である。その中で、
現在の関連市場約1兆円、・・・・・・2010年には約10兆円・・・・・・これは、過去のトレンド等を参考に現状ペース(年間成長率19%)を仮定して推測されたものである・・・・・・わが国政府及び産業界が従来に増して、その取組みを大幅に強化することでゲノム解析などの技術革新や特許戦略に的確に対応し、新規産業を創出することができれば、年間成長率を24%に増加することも可能であり、その結果、2010年の市場規模は約25兆円にまで増加する潜在的可能性があると見込まれる。

と記載されている。
つまり、この時点では「普通にいけば10兆円だが、産官が適切な策を講ずれば、25兆円にもなり得る」という数字だったことになる。なお、この数値は「21世紀のバイオ産業立国懇談会」として発表されているが、算出にあたって主導的な立場にあったのが経済産業省生物化学産業課であったことから、以後、「経済産業省の試算」という表現が多く使われることになった。

さて、次に公的な文書にこの数字が現れるのは冒頭で触れた平成11年1月発表の「バイオテクノロジー産業の創造に向けた基本方針」(科学技術庁長官、文部大臣、厚生大臣、農林水産大臣、通商産業大臣申し合わせ)である。この中では将来展望として、
平成22年(2010年)に、バイオテクノロジー関連市場の市場規模が25兆円程度、バイオテクノロジー関連の新規事業者の創業数が1,000社程度まで増大することを展望して環境整備を目指す

と記載されている。この時点では「25兆円程度になることを目標として環境を整備していく」という主旨だろう。

同年11月には日本バイオ産業人会議とバイオ産業技術戦略委員会の連名で「バイオ産業技術戦略」が発表されているが、この中では前述の「バイオテクノロジー産業の創造に向けた基本方針」を引用する形で2010年の市場規模を25兆円程度まで増大することを「展望」している。

さて、この後、公的な文書ではしばらく2010年のバイオ関連産業の市場規模という数値は現れないことになる。そして、長いインターバルの後に現れるのが冒頭で触れた、「バイオテクノロジー戦略大綱」の中の数値なのである。なお、それに先立って、平成14年10月6日には経済産業省からは「バイオ産業の今後の展望」という資料が発表されており、この中ではバイオ市場の将来予測として、「2010年予測:25兆円(国家産業技術戦略)」と記載されている。つまり、この時点で「目標値」は「予測値」に変換されていることになる。また、このインターバルの間、民間報道等では「バイオ全体の市場規模は、経済産業省の試算によると2010年に25兆円の規模に達するとの予測」などとたびたび発表されている(たとえば2002年3月11日付けNTT DATAのプレスリリース)。

バイオ市場の定義とその試算に関する疑問
ところでそもそも論であるが、ここで言うところの「バイオ関連産業の市場」とはどの範囲なのかという問題がある。バイオ関連産業は大きく分けるとオールドバイオとニューバイオに分類される。オールドバイオとは、醸造、発酵といった、古くから生活に密着している生物利用技術である。ニューバイオについての定義は色々あるが、「遺伝子組換え以降のバイオテクノロジーを利用した技術」とするのが一般的であろう。現在、わが国のバイオ市場はニューバイオ1兆3,671億円、オールドバイオ5兆9,536億円となっており(平成14年度バイオ産業創造基礎調査報告書、平成13年度実績をもとに調査)、実は全バイオ産業の8割はオールドバイオ市場である。さて、ここで「21世紀のバイオ産業立国懇談会報告書」を振り返ってみると、「現在の関連市場約1兆円」という記述からも、その中で対象としているのがニューバイオであることは明白である。そこで、以後、「バイオ関連産業の市場」とはニューバイオに限定されると判断して論じていく。

平成10年に約1兆円だった市場は平成13年度実績で約1.3兆円になっているわけだが、ここで疑問になるのはまず、仮定となる当初市場規模1兆円という数字である。「21世紀のバイオ産業立国懇談会報告書」を調べてみても、この数値の根拠となる調査が一切記載されていない。いつの時点に誰が何を対象として実施した調査なのかが全くわからないのである。また、実際に計算してみれば簡単にわかることであるが、成長率19%で1兆円の市場が10兆円になるには14年間、成長率24%で25兆円になるには15年間を要する。多くの人が特に疑問も持たずに使っていた数値は、その前提となる数値の根拠が不明な上に、単純な計算間違いを含んでいる可能性すらあるのである。

以上をまとめると、2010年のバイオ市場予測値は

○根拠は不明だが、平成10年ごろのバイオ市場の規模を1兆円と算出
○当初の単純な市場予測値は10兆円(ただし計算方法は不明)
○条件付で(潜在能力としては)25兆円と予測(ただし計算方法は不明)
○条件付の予測値25兆円を目標と設定
○25兆円を予測値と設定
○全く異なる方法で市場規模を25兆円と予測(詳細な算出方法は非公開)

という変遷を遂げたことになる。

予測値ではなく、目標値
そもそもの起点となる数字の根拠が不明であり、そこから計算する方法も不明確なことから、「2010年に25兆円」という数字にどこまでの意味があるのか疑問が残らないわけではない。しかし、目標として掲げるのは構わないだろう。ここで強調したいことは、25兆円という数字はあくまで目標であって、今一般に認識されているような予測値、すなわち「放っておいてもこうなる」という数字では絶対にないということである。25兆円という数字は、それを明確に目標として位置づけ、どういう手段でそれに向けて努力していくのか、中間評価はどうするのか、といったことをきちんと実施することによって、初めて意味を持つはずである。その点、今バイオに携わっている人に対してもう一度確認しておきたい。

そして、25兆円という数字が目標値であることを確認した後に、もう一つ大きな問題が残っていることを指摘したい。それは、立国懇談会報告書におけるバイオ市場1兆円という数字が仮に平成10年実績と仮定したとき、以後3年間の成長が36.7%に留まっているということである。これは年平均に直すと約11%の成長になるが、立国懇談会報告書が目標とした年24%の成長率を大きく下回っているだけでなく、同報告書の中で「過去のトレンドを追った数値」として提示された年19%にも及んでいないということだ。つまり、バイオ産業の育成は加速するどころか、ブレーキがかかっているのである。現在の年11%の成長率を維持するのであれば、2010年の市場は約3兆5千億となる。また、2010年に25兆の市場を形成するためには年38.1%の成長が必要となっている。

行政への期待
さて、ここまで「2010年のバイオ市場25兆円」という数字がどのようにして作られ、その意味合いがどのように変わりながら現在に至っているかを論じてきた。そして、その数字を実現することは非常に困難になりつつあることを指摘した。ここからはその困難をブレイクするために、行政に期待することを述べてみたい。

まず一つ目は、規制の緩和である。バイオテクノロジーの出口産業の中心は医薬、食品、環境である。これらはいうまでも無く規制産業である。バイオテクノロジー戦略大綱においてはこれに加えてツール・情報産業を記載しているが、これらのサポート産業の成長は市場が拡大し産業が成熟していくことが前提となる。したがって、バイオテクノロジー産業の振興には、規制産業としてコントロールされている市場をいかにして拡大していくかを考える必要がある。つまり、バイオテクノロジー産業の育成にあたっては、規制を持っている厚生労働省、農林水産省、そして環境省の規制緩和にむけた協力が強く求められる。多岐にわたるバイオテクノロジーの分野の中では、日本が現在世界的に競争力を持つといわれている分野も存在する。これらの強みを活かすことは最低限必要なことと考えられる。こうしたアドバンテージのある分野を武器に産業振興を進めようと思っても、規制でがんじがらめになっている間に追いつかれ、そして追い越されてしまっては話にならない。

次にあげられるのは「国民理解の増進を目的とした情報提供(教育を含む)」である。バイオテクノロジー戦略大綱では3つの大きな戦略の一つとしてこの国民理解の増進を掲げている。しかし、残念なのは具体的な数値目標がないことである。国がバイオテクノロジーに投入する予算のうち、何%を国民理解の増進を目的として投入するのかを明確にしておきたかった。この数字がどの程度であれば妥当なのかについては様々な意見があるところなのでここでは私見を明示することはしないが、その性質については明確に主張しておきたい。それは、ここで払われるべき努力はいわゆる「パブリック・アクセプタンス」の形成の目的ではなく、「パブリック・アンダースタンディング」を目的としたものだ、ということである。換言すれば、国民に提供されるべきは「受け入れてもらう」ための情報ではなく、「自分で判断することを可能にする」ための情報である。農薬耐性のある遺伝子を導入され、強力ではあるが散布される回数の少ない農薬によって栽培された野菜と、遺伝子は組換えられていないが、効果の長続きしない農薬を高頻度で散布された野菜のどちらを選ぶのか、この「判断」はあくまでも国民にゆだねられるべきである。この「判断」のための情報提供は民間企業の自主的な努力では困難である事が予想される(なぜならば、「消費者に受け入れてもらう」というベクトルが含まれた「PR」になってしまうことが容易に想像できるからである)ので、かなりの部分を行政的な手法に頼る必要があるだろう。

最後に、日本の国民性においては最もハードルが高いと考えられることであるが、「平等性の排除」である。わが国の産業育成は、仮に10億円の予算があった場合、100社に1000万円という手法で行われる。しかし、このやり方でバイオテクノロジー産業を短期間に拡大するのは非常に難しいのではないか。10億円の予算があれば、1社に10億円、あるいは2社に5億円を投入するといった、かなり思い切った支援が必要だと考える。当初は不平等な支援かもしれないが、その結果、わが国のバイオ産業の柱が形成され、その周辺に関連産業が育ち、結果としてバイオクラスターを形成することに成功すれば、多くの雇用が発生し、国際競争力も向上するはずだ。その際、「どこの会社を支援対象とするか」は非常に難しい選択となるだろう。こういった作業は日本の国民が最も苦手とするところではある。しかし、あえてこうした劇薬を投与しなければ、日本のバイオ産業は欧米と競争していくだけの体力を持ち得ないのではないか。

「バイオは、日本では駄目だ」と諦めてしまうという選択肢ももちろん存在する。その場合、「生きる」「食べる」「暮らす」という人間生活の基本となる部分を海外の産業に依存することになる。その危険性を理解したうえであれば、ITやナノテクに国家競争力を求めることも可能だろう。今危惧されるのは、知らず知らずのうちに「国家の選択肢がなくなる」ことである。

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/buu2/50013604
この記事へのコメント
はじめまして!
スワン大谷と申します。
んー難しい問題ですね。
でも世界に挑戦して欲しいです。

Posted by スワン大谷 at 2005年07月31日 21:06
こんにちは〜

バイオはかなり深刻な問題です。この文章は2年前のもので、後半部分は今となってはやや手遅れという部分もあります。
Posted by buu* at 2005年08月01日 10:31
MLでの告知、ありがとうございます。大変興味深く読ませていただきました。

バイオ市場25兆円の算出経緯などは確かに資料をあさっていけば一般市民でも調査可能ですが、そのためには膨大な資料を片っ端から調べる必要があります。元木さんは確か、経済産業省の事業化支援担当の課長補佐で、バイオ統計も主担当として活躍されていたと記憶しています。この手の情報のポイントを熟知しているからこそ、この文章を書けたのだと思いますが、他の人ではほとんど執筆不可能であると同時に、非常に有用なものだと思います。このような文章はブログにとどめず、新聞等に投書すべきだと思います。あらゆるバイオ産業関係者が知っておくべき内容です。
Posted by smips会員 at 2005年08月01日 11:23
これはだめかもわからんね
Posted by バイオ乗員 at 2005年08月01日 16:59
>smips会員さま

コメント、ありがとうございます(^^ 結構な数の会員がいるはずですが、あんまり反応がわからなくて寂しい(^^; さすがに新聞はもう初出じゃないので厳しいんじゃないかなぁ。っていうか、ブログは新聞を殺すらしいですから、ブログで情報発信するのも悪くないですね(^^

>バイオ乗員さま

確かにダメかも知れません。ちなみに25兆円の予測をしたときのバイオ課の課長は堅尾氏ですが、すでに経済産業省にはいません。また、バイオテクノロジー戦略大綱をまとめたときの課長は濱田氏でしたが、これまた既に経済産業省を退職しています。
Posted by buu* at 2005年08月02日 00:27
Mixiのコミュからきました。

バイオ分野はこれから大変革の時代を迎えると思います。
日経バイオビジネスの記事によると、
半数以上のバイオベンチャーが株式上場の意向を持っているとの事。
米国ではすでに頻繁に行われている、
バイオベンチャーのM&A等による業界地図塗り替え等が、
日本で起きる日は間近では無いでしょうか?

お書きになられている通り、わが国のバイオ産業の柱を早く形成し、
日本の持つ技術や知識で世界のバイオをリードする。
そういう日を夢見て僕は今知的財産の勉強しています。
Posted by yama at 2005年08月10日 23:34
バイオベンチャーの多くが公開指向であることは間違いがありません。M&Aが一般化するのも間違いないでしょう。

しかし、多くのベンチャーが公開までは行き付かないでしょう。また、「日本にはシーズはある」という台詞はこれまで散々言われてきたものですが、実際のところ、日本にはほとんどシーズなんてないというのが僕の個人的な見解です。

そうした中で、数少ない玉をどうやって産業化につなげるかが重要課題だと思っています。
Posted by buu* at 2005年08月11日 02:00
バイオって農水、経産、厚生、文科省と絡んできて(農産物、産業利用、医薬、研究・大学、と分野が違うのも分かるんですが)動きにくい面があると思うのです
でも、お金の無いところから産業なんて生まれませんぜ、社長さま。
見込みのある人間達、分野に、お金を突っ込んで、最終的に誰か成功して、ペイすれば良い、と考えないと。ハタで見ているとダメな分野のダメな人間にお金を出しているようにしか見えませんでした。口先だけの詐欺師みたいな研究者がお金を持っていってます。
Posted by とおりすがり at 2005年08月13日 18:17
多比良さんでこのブログにたどり着きました。
バイオベンチャーは、今はまだ現場の要望に応える試薬、機器を作製している会社が多いわけで、2010年はその機器を使ってバイオ業界で何かのブレークスルーがおこった、ぐらいではないでしょうか。
そう考えるとバイオ市場はまだ第一段階であり、一般市民がその恩恵を受ける割合は低いし、またもう少し時間がかかるかと思います。
そうなればそこに流れるお金は2010年の段階でも科研費等国の振興費がまだまだ多いように感じます。
ということは目標達成のためには2010年には総計25兆円の助成金を国が出せばなんとかorz
Posted by komyaaan at 2005年09月14日 02:01
>komyaaanさま

あ、僕の個人的な試算によると2010年にはバイオ市場は2兆5千億ぐらいになるので、助成金は22兆5千億円ぐらいで大丈夫なんじゃないかと・・・・・・・orz
Posted by buu* at 2005年09月14日 02:05