2005年09月26日

過去の遺物

今、このブログは「Return of the まにあな日記」というタイトルでやっているけど、もちろんその前に「まにあな日記」というサイトが存在していて、1999年から2004年まで、6年間にわたって日記を公開していた。ちょっとわけあってこの中から一つの文章を探さなくてはならないんだけど、ぐぐってもうまく引っかかってこないので、片っ端から再読しているところ。

しょうがねぇなぁ、という文章もたくさんあるんだけど、今見ても「なるほど」と自画自賛したくなるような文章も含まれていたりする。で、その中にはわざわざ伏字で書いてあって読みにくかったりするものもあるので、個人名を抜かしてオープンにしつつ、引っ張ってみる。ちなみに日本語がちょっと変なところも修正してありますが、まにあなポイントについては非対象です(^^;
理化学研究所(以下、理研)の事務職員と飲む機会があって、朝の3時まで議論。もともと喉の調子が悪かったのに、酒を飲みながら延々三時間以上やったものだから、喉がガラガラ。全然声が出なくなっちゃった(^^;

さて、その内容なんだけど、理研のY氏曰く、「理研は科学者の理想郷であるべきで、科学者がやりたい実験をやれる場所であるべきだ」。まぁ、理想としてこういう主義を持っているのは勝手なんだけど、同じような主義主張の人間でなければ理研で働く意義がない、とまで言うものだから、ちょっと自分の主義に客観性を欠いていると感じざるを得ないんだな(^^;。おかげで声が枯れた(;_;)

日本という国は民主主義の国で、資本主義の国である。その中の特殊法人として、税金を使って研究活動をやっている組織が、全く好き勝手に研究をやることが許されるのか。これを許す、許さない、と決めるのは国民であって、少なくとも理研の事務職員ではないはず。先日の東海村の臨界事故でも科技庁の監督責任が問われているけど、理研だって同様、科技庁(現在は文部科学省)の下で予算を付けてもらっている以上、科技庁が「うん」と言わなければお金はつかないわけだし、逆に科技庁がその内容やアウトプットに対して監督責任を持ってるんぢゃないだろうか。そしてアウトプットについては、現状では科技庁も理研も、国民に説明義務があるはずなんぢゃないかな。もちろん、国民が「理研は好き勝手に研究をやって、ノーベル賞の一つも取ってくれ」というコンセンサスを形成しているのなら話は別だけど、現状ではほぼ間違いなくそうではないんだな。この不景気の中、税金を何千、何百億も投入されている研究所が社会へ対して何の経済的効果も生じさせることができない、なんていうことは許されないと思うんだよなぁ(主観)。今、日本において、理研のような公的組織のアウトプットは、産業、特に国内産業への有用性が求められていて、そういったフィードバックが期待されない、「趣味」の研究が許される風土ぢゃないんだよ、多分。

もちろん、そういう風土が科学の発展にとって有用かと言えば「No」だろうし、改善の余地も当然あると思うんだけど、ぢゃぁ、どうしたら良いのか。これは凄く難しい問題だよ。

Y氏の主張はまぁ、細部にはあちこちに納得できない部分があるんだけど、その根元的なところは、「日本においても世界レベルの基礎研究を行えるような環境を整備したい」ということで、ここは全く僕も同じスタンスなんだよね。しかし、今の日本ではY氏の考えるような環境の実現はまず間違いなく不可能。これが10年前、バブル真っ盛りの時代なら話は別だったんだよね。お金が余ってて、「どこに無駄遣いしようか」とみんなが考えていた時代なら。でもさ、その時、日本人はそのお金を、絵画だとか、道路だとか、建物だとか、そんなものに費やしちゃったんだよね。おかげで今の道路って、凄く走りやすい(ただし、車がいなければ、だけど)し、都会の町並みもきれいになったし、レインボーブリッジもできたし、都庁も建ったし、色々と今でも恩恵を被ってるよね。で、基礎研究には、あんまりお金を落とさなかったんだよね。これはもう、今になってあーだこーだ言っても仕方ない(^^;

#今の日本の中で、こういった基礎科学の研究が出来る可能性が高い場所は、やっぱり大学なんだろうね。

ここまでをざっとまとめてみよう。理研も別に営利団体ではないから、利益を発生させる必要はないけど、税金を使っている以上、納税者を納得させる必要があるわけだ。納税者を納得させるのが科技庁の長官かもしれないし、総理大臣かもしれないけど、とにかくそういう政治家が「理研ではこういう研究をすべし」と言ってくれて、国民の同意を得ない限り、やっぱり駄目なんだよな。そこが民主主義社会の辛いところ。

アメリカにはハワード・ヒューズ・メディカル・インスティチュートっていう組織があるんだよね。ハワード・ヒューズさんって言うのはアメリカの大金持ちで昔で言うならダイナマイトを発明したノーベルさんみたいなもの。その巨大な資金の運用利益を利用して、研究所を作ってる。で、そこは金になるとかならないとかは全然関係なくて、ハワード・ヒューズ氏を納得させることさえ出来れば、好きなことが出来るらしいんだな。今、日本で可能だとしたら、このスタイルだろうね。大金持ちが出資した私的研究機関。しかし、日本の仕組みって言うのは、そういう「底抜けの金持ち」の発生も拒んでるんだよね。結局、日本の社会は、自由な発想の元に生まれることが期待される、「基礎科学上の発明」が出来ない構造なんだよな。

大学が独立行政法人になることがほぼ決まったけど、理研だって近いうちに独立行政法人にすべし、という議論が起きるはず。

#Y氏なんかは「そんなことにはならない」と言っていた(根拠は不明)けど、ま、僕は10年以内になる方に1万円ぐらい賭けてもいいね(弱々(^^;)根拠はあるんだけど、ちょっとここには書けないっす(^^;

この、独立行政法人に指定されるっていうのは、もしかしたら理研にとってのブレイクスルーに成り得るものなんぢゃないかな、と考えてるんだよね。もちろん、その時には、理研の将来をきちんと描いて、それに向けたポリシーを設定することが必要で、それを可能にする強力なリーダーが求められるんだけど。

理想を持っているのは大事なことだし、それを実現したいと考えるのも大事だけど、その時に、社会がどういう仕組みなのか、社会が何を欲しているのか、その中で目的達成のために何が出来るのか、ここら辺を個々人がきちんと客観的に考えないと駄目だと思うんだよね。

#いや、マジで理研の今後の発展には期待してるんですよ、僕は。一民間人として。
(1999/10 episode4)

なるほど。6年前に書いた文章としてはなかなかじゃないですか?理研、10年なんか待たずにあっというまに独法化されたわけですが、今の理事長の野依さんが「強力なリーダー」なのかどうかは良くわかりません。文科省の言いなりという噂も聞かないではないですが、まぁあくまでも噂ですし・・・。

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