2005年09月27日

ブログでバイオ リレーエッセイ 第1回 「余るポスドク」

バイオ系のポスドクが余っているという話を相変わらず良く聞く。ポスドクとは、ポストドクトラルフェローの略で、博士号を取得しているがパーマネントな研究職、教職についていない研究者のことである。

科学技術基本計画でポスドク1万人計画が打ち出されてからすでに10年近い。ちまたに大量のポスドクがいるのは当たり前だ。問題になるのは、これらが活発に流動して産業の活性化につながるのではなく、職がなくてうろうろしているという実態である。うろうろといっては語弊があるかもしれないが、数年単位の公的な研究費を取りつつ自転車操業をしている研究者が多いという。このあたり、自分できちんと見てきたわけではないのだが、もう理研のGSCを立ち上げたころから複数の場所で耳にしており、まぁ間違いないのだろう。

では、折角たくさんいるポスドクがなぜ余ってしまって働き場所がないのか。少なくともバイオベンチャーと言われる企業群においては慢性的な研究者不足で、ポストはいくらでもあるはずである。大企業からベンチャーに出て行く人間もそれなりにいるはずで、大企業にも全く空きポストがないということはないと予想する。どこに問題があるのか。

僕がバイオベンチャーの社長をやっていたとき、確かに毎週のように応募してくるポスドク達はほとんどが使い物にならなかった。能力が低いのではない。能力の方向が間違っているのである。彼らは、公式の使い方はうまくてもその論理的背景がわかっておらず適切な応用が利かなかったり、言われたことはきちんとできるが一方で自律的に研究計画を立案していくことはできなかったり、そもそも精神的に弱くてベンチャーの精神的負荷に耐えられなかったりと、ベンチャーで働いていくにあたって求められる基本的かつ必須な能力が欠如していた。

察するに彼らの多くは「考える暇があれば手を動かせ」と言われて実験、また実験を繰り返してきたのだろう。実験の方針を考えるのは教授だったり助教授だったり助手だったり。何か壁にぶつかったときの打開策は実験。分子生物学の世界は、僕が学生だった頃の1990年ごろはこれで問題がなかったと思う。皆が遺伝子配列の決定に明け暮れ、数100ぐらいのDNAや80程度のtRNAなどの配列を決めるだけでペーパーになった時代である。あぁでもない、こうでもない、と頭を悩ませている暇があれば、実験をやって生データを蓄積したほうがよっぽど有用だった。僕も何日もかけて酵母を培養し、それを数日かけてDNAやRNAサンプルに調整し、それをカーボン14でラベルし、大きなポリアクリルアミドゲルで電気泳動し、そのゲルをさらに一週間かけて冷凍庫の中に保存してオートラを取る(写真を撮る)なんていうことをやっていた。考えてみれば確かに暗室にこもり、写真を見て一喜一憂していたのは良い思い出ではあるが、わずか10数年の間に完全に時代遅れになってしまったことも間違いない。今となってはこんな経験は何の役にも立たないのである。

つまりは、今大学が量産しているポスドクと、バイオ系大企業、バイオベンチャーが必要としている人材のギャップが大きすぎるというのが最大の問題ではないか。

少なくともバイオベンチャーとのミスマッチは厳然として存在する。バイオベンチャーで必要とされる人材は、論理的な思考に慣れ、様々な応用ができ、人に言われなくても自律的に研究計画を立案・実行でき、多少の困難に直面しても折れてしまわないだけの強靭な精神力を持った人材であるが、残念ながらこうした人材はほとんど見当たらなかった。

また、2005年6月に経済産業省産業技術環境局大学連携推進課が発表した「産業界ニーズと大学教育カリキュラムのミスマッチ分析」という資料ではかなり面白い分析がなされているのだが、簡単にまとめるとすでに供給過多となっている有機合成や発酵工学などの分野で相変わらず大量の人材を養成しており、今後ニーズが大幅に拡大すると考えられているバイオインフォマティクス、ドラッグデザイン、ゲノム薬理学(ファーマコジェノミクス)、in silico 薬物動態解析、臨床統計学といった分野の人材はほとんど養成されてきていないといった結果になっている。つまり、大学の現在のカリキュラムはすでに不要になりつつある人材を養成し、これから必要になる人材の養成に対応できていないということである。

ここで整理すると問題は2つ。1つはすでに量産されてしまったポスドクをどうするのか。もう1つは今後、ニーズに適合したポスドクをどうやって育成していくのか、である。

ということで、奇しくも「文部科学省、ポスドク対策に本腰、7.5億円要求で大型プロ立ち上げへ」なんていう話がでてきているわけだが、現在現役の大学院博士課程に在籍中で、同時にバイオ教育のベンチャーで鋭意活躍中の丸さんの意見や如何に?

第2回はこちら→ブログでバイオ リレーエッセイ 第二回「余るポスドク」
「ブログでバイオ」はバイオベンチャーの代表取締役をやりながら大学院博士課程でバイオテクノロジーを専攻しているmaruと、元バイオベンチャー社長で現ITベンチャーCEOの魔人ブウ*が不定期に連載するリレーエッセイです。


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第一回「余るポスドク」に続きます! どうも!丸です。 投稿しようと思っていたらブウさんのブログにすでにレスがあって なかなか書きにくかったりしますが、気を取り直して「余るポスドク」。 「博士課程をでたらどうするの?」 これは現在博士課程の3年に在籍する私....
ブログでバイオ リレーエッセイ 第二回「余るポスドク」【学生社長の会社経営奮闘記】at 2005年09月30日 01:34
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buuさん、丸さんから始まったブログでバイオも50回を迎えました。 ここまで参加されたメンバーをリストアップしますと、 22回から五号館のつぶやきさんの参加に始まり、 24回は科学
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この記事へのコメント
はじめまして、mixiから辿ってきました。
ポスドクの話読んで少しコワくなりました。
大学に入学した時はポスドク1万人計画などは全く知らずに博士に憧れをもっていました。

私はサイエンスコミュニケーション等に興味を持っているのですが、
そのような分野で「すでに量産されてしまったポスドクをどうするのか。」
という問題等が解消されればよいですね。
Posted by mihha at 2005年09月27日 17:03
はじめまして.

人材ギャップについてのご意見を読んで笑ってしまいました.

そのレベルの人材をご要望でしたら,学校を出たてのいわゆるポスドクではなく,
現に千万単位の研究費を取っている研究者をハントすべきでしょう.企業での研
究経験も必要でしょうね.そこまで社内の人材が不足しているのでしたら,大手
の研究部門内の切れるグループを丸ごと引き抜くことを考えた方がいいのでは.

まずは採用側のニーズをはっきりさせ,採用前後に十分なすりあわせを行うなど
しないとお互い不幸な結果になるだけだと思います.
Posted by shinya at 2005年09月27日 23:00
>mihhaさま

すでに大学と民間とのミスマッチは公知の事実です。それは今度の予算要求で文科省、経済省が同時に対策予算を要求していることからも明らかです。しかし、東大、京大といった大学は「別にニーズになんか合わせなくてもちゃんと就職できる」と聞く耳を持っていません。まぁ、彼らはその通りでしょうから勝手にやればいいでしょう。問題はそれに続く大学です。また、この問題は大学の問題であると同時に余ってしまっているポスドク自身の問題でもあります。自分がどういう場面で役に立てるのか、客観的に判断できるかどうかにかかっています。

何はともあれ、現場にいるmaru氏の意見を見てみましょう。
Posted by buu* at 2005年09月28日 00:50
>shinyaさま

何か勘違いされているようですね。バイオベンチャーが要求している程度の人材は大学院卒業レベルでも十分存在するんですよ。数は少ないですが。僕の周りでも数人存在します。

では、何故数が少ないのか。それは大学の方針が間違っているし、またその方針を決めている、教授会中心の大学運営が間違っているというのが僕の考えです。

現状を良しとする考え方からは改善は生まれません。もちろんそれで良いという人もいるでしょうが、厳然たる事実として大量の「余っているポスドク」が存在しているのです。
Posted by buu* at 2005年09月28日 01:11
勘違いされているといわれてもねー。元の文章ではバイオベンチャーが何を要求してるんだか分かりませんでしたからね.それでかなり一方的な話だなと思ったわけです。その手の話はよく聞くし、ポスドクというかやめてった連中の話も聞くと、双方で話が違うって感じのことが多い気がしたので。レベルをどうこうといっても、技術かその上のマネージメントかさらにその上までいってるのかよくわからない。
 それから、数は少ないけどいますってのはふつういることにはならないです。天才はいますっていうのと同じでね。企業としては一定の仕事のできる連中を常に一定数確保できるようにしなければならないわけで、それで苦労しているわけです。
Posted by shinya at 2005年09月28日 15:58
イマイチ何が言いたいのか良くわからないのですが(^^;

>企業としては一定の仕事のできる連中を常に一定数確
>保できるようにしなければならない

でも、あなたは僕が良く知っている独立行政法人から書き込んでますよね?一般企業のことをご存知なんですか?

ま、繰り返しですが、ニーズに合わないポスドクが大量生産され、その後始末を社会に任されても困るわけです。現実に存在する余剰ポスドクをどうするのか、また、今後そういう事態にならないようにするにはどうするのか、ということです。

あなたはどうすれば良いと思うんですか?
Posted by buu* at 2005年09月28日 16:21