2006年10月12日

コミュニティの引きこもり化

SNSの国内最大手、mixiの利用者が400万人を超え、ページビューではヤフー、楽天についで3番目になった。意外なほど、日本人のネットユーザーはコミュニケーションに飢えていたということだろう。

僕は10を超えるSNSに参加し、また自らも複数のSNSを設置、運用する会社を経営している。こうした立場からさまざまなSNS内のコミュニティに加入し、そこで展開されているコミュニケーションをみてきた。そして、SNS内でのコミュニケーションにある独特な傾向があることに気が付いた。それは「コミュニティの引きこもり化」と表現できる。

インターネット内に構築されるコミュニティには大きな特色がある。それは「簡単にネットワークが構築できる」ということだ。SNSはこの特性を顕著に持つために、多くのネット利用者に受け入れられ、市民権を得てきた。しかし、同時に「簡単にネットワークを抹消できる」という性格を併せ持つ。ネットワークを構築している相手との間に何か不都合が生じたとき、ボタン一つでその相手とのネットワークを切断してしまえるのである。結果として、SNSの中の人間関係は一言で言うと「ぬるい」関係になる。元々コミュニケーションを目当てに構築されているネットワークだから、ネットワークから切り離されることを最も恐れるのだろう。「相手に嫌われない」ことが大前提となり、そこでの会話は「なぁなぁ」になりがちだ。そして、こうした「衝突のない居心地の良い空間」は細分化され、純化していく。いつも自分の意見を肯定してくれる仲間とだけ会話し、異分子との交流を避けるようになる。WEB2.0の夢を語るとき、「大衆の意見は大抵の場合で正しい」ということが言われたが、SNSの中の大衆は多くの場合で一般大衆ではなく、「純化された大衆」となっている印象がある。そこで表明されたり導き出されたりする意見や結論が正しい保証はどこにもないし、実際に正しくないと思われるケースも散見される。

たとえばSNS内における本や映画に関するレビューなどは、ネガティブな評価が非常に少ない印象を受ける。Amazonやヤフーなどのレビューサイトでは賛否両論となっていても、SNS内ではポジティブな意見のみがフィルタリングされているような状態に感じられる。

ネット内のコミュニティのこうした性格は必然でもあり、また外力によって矯正できる性質のものでもない。思わぬ方向へと進んでいるのではなく、成熟してきたという表現が適切かもしれない。しかし、それを利用している我々は常に「臭いものにふたをする」危険性をはらんでいることを自覚している必要がある。

これまでも、ネット社会はとても困難に見えるような事象について着地点を見出してきた。たとえば2ちゃんねるなどがその顕著な例だし、最近問題視されてきつつあるYouTubeなども近いうちに何らかの着地点を見出すことになるだろう。そして、恐らくはコミュニティの引きこもり化についても、長期的な視点で見れば落ち着くところに落ち着くはずである。しかし、今現在、僕達はその成長期の真っ只中にいるのである。どこが落としどころになるのかはこの時点では明確ではない。落しどころに落ち着く前に、落とし穴にはまってしまうリスクも少なくないのである。

だから、居心地の良い空間にいることによって、耳障りの良い意見だけ聞くようになっていないか、自分の所属しているコミュニティそのものが社会から隔絶され、引きこもりになっていないか、常に自問自答する必要があると思う。

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この記事へのコメント
ものすごく共感できました。「ぬるい」という表現がとても的を得ています。「ぬるい」のは「あったかい」のと違うように思っています。
批判的なコメントが少ないだけでなく、その逆に、熱狂的な支持の表明も余りないような気がしています。他の人がなんと言おうと、私は好き、とか言う表明もないような。
衝突を避けたいためにぬるくなっているというより、あったかい関係を知らないから、ぬるくなっているように感じたりもしていますが、どうなんでしょうか。
最近の週刊新潮でmixiにはまる専業主婦について取り上げられていましたが、彼女達を虜にさせている要因は何なんでしょうかね。
Posted by ぷぅ at 2006年10月14日 23:56