2007年05月30日

和田さんのコメント

ネットでの話というのはネタの消費スピードが非常に早いというか、要はネタの使い捨てなので、あっという間に忘れ去られてしまう。まぁ、このネタもどうせ「喉元過ぎれば」のノリであっという間に忘れ去られてしまうんだろうけど、一応些細な抵抗ということで、ちょっと寝かせてみた(笑)

さて、中村桂子さんのオピニオンに対してすぐに和田昭允さんがコメントを寄せている。

2007年 5月18日  【 タンパク3000プロジェクトの基盤 】

和田さんとは、僕はなんだかんだで3年近く一緒に仕事をさせていただいたのだけれど、榊さん、横山さん、林崎さんという決して仲の良くない3人を上手にまとめ、ゲノム科学総合研究センター(GSC)を組織として成立させた、カリスマ性のある人である。GSC設立当時、プロジェクト・リーダー達は細かいところでそれぞれ不満はあっても、「和田さんが言っているんだから」というと話がまとまるという状況だったと思う。まぁ、会議では横山さんなどは「言うべきことはきちんと言わせていただきます」という姿勢を貫いていて、時々和田さんが目を白黒させるなどといった場面もあったのだけれど、それはそれで良い意味で緊張感があった。とにかく、組織のトップとしてきちんと役割を果たせる一流の人だった。

さて、その和田さんが寄せているコメントなのだが、彼は決して部下のはしごを外すような人物ではない。なので、きちんと理研の研究者達をフォローしている。まぁ個人的には「世界の三極の一極の地位を確保しました」というのがどうなのかな、とか、そういうこともあるのだけれど、基本的には特に反論するところがない内容である。

もちろん全面的に賛成というわけではないのだけれど、和田さんが「世界のイニシアティブをとってきました」とか、「次の時代を作るでしょう」とか、「欧米に遅れることなく広がったことは間違いありません」と書いていることについて正面から「それは違う」と議論をふっかけたところで結論は出ないのである。和田さんがこう思っている以上、それについて今の時点で○なのか×なのかを論じても意味がないと思う。そのあたりはまぁ良いとして、ポイントになるのはラストのフレーズである。

基礎科学は、確固とした理念に立っての長期戦であることは、科学の本質を考えたことがある人なら判っていることです。中村桂子さんの言われるように歴史が証明するでしょうが、中村さんとは違って私の意見は、必ずしも悪いものになるとは思っていません。ただ、日本の産業界が頑張ってくれないと、「基礎科学の産業応用」が日本以外の国の成果になることは、十分予想されることです。


和田さんは個人的な感触として「必ずしも悪いものになるとは思っていません」と書いているのだけれど、少なくとも僕はこういう明るい展望は持っていない。それは実際に日本のバイオベンチャーのアクティビティを非常に近いところで見て来た、その経験からの結論である。

和田さん自身も「産業界が頑張ってくれないと」と書いているが、まさにこの点が「日本の戦略が駄目なところ」である。個別の戦局でいくら戦果を挙げたとしても、トータルで勝利するシナリオが用意され、それに向けた戦略がなければ勝利にはつながらない。特に基礎科学はいわば地ならしである。そこにどんな構造物を構築するかが重要であって、少なくともその俯瞰図が描かれている必要があると思う。しっかりした地ならしが行われていて「何を作っても大丈夫ですよ」という状態であったとしても、問題になるのはそれをどうやって活用していくかという戦略である。そして、その戦略がないことによって日本のバイオは斜陽産業に向けてまっしぐらな感じを受ける。

中村さんの意見と和田さんの反論という形で取り上げられている今回の話だが、実は中村さんの問題提起に対して和田さんは真正面から球を打ち返していない。肝心な部分を「それは産業界の問題なので」とかわしている。

和田さんがさりげなくスルーした産業化という部分について、僕が「これではね」と思う理由をいくつか書いてみる。

かつて僕は産総研ベンチャーの社長をやっていたが、産総研のベンチャー支援組織のトップが産総研ベンチャーの関係者を集めてこんなことを言っていた。

「産総研という名前だけで商品の信頼度はアップします」

この発言からは産総研のベンチャー支援がいかに駄目か、ということがうかがい知れるのだけれど、大学発ベンチャー(公的研究機関も含め)などというのはプレイヤーも支援組織も、この程度のレベルだと思う。要は、「商品を売る」ということの本質を全く理解していない人たちがやっているわけだ。

商売は、いい物だから売れる、いいサービスだから売れる、という性質のものではない。いい物、いいサービスなのに売れない、ということの方が多いわけで、そうした現実を前にして、ではどうしたら良いのかということを懸命に考え、考え抜かなくてはならない。このあたりのことが、役人とか、大学のセンセイとかには全く理解できない。むしろ、これは、「理解しろ」と言っても無理な話。自分が「これが売れないと明日から食べていけない」「来月までに売上が立たないと会社が潰れる」という、ぎりぎりの状態に追い込まれながら生きてきた経験がない人が、いくら本を読んだり、人から話を聞いても、理解できるものではない。

産総研のベンチャー支援の場合、こんなこともあった。僕が社長をやっていた会社は産総研の中にオフィスを構えていたのだけれど、その家賃、光熱水料金を年度末にまとめて支払う形になっていた。それで、そのお金を200万円だか、払おうとしたら、年度末になって350万円だと言う。なんだそりゃ、と思って問い合わせたら、「担当者の計算間違いでした」とのこと。契約書もある状態で「計算間違い」も何もあったもんじゃない。「ふざけんな。担当者の給料で払え」と言ってやった(もうちょっと丁寧だけど)のだけれど、彼らが何をしたかというと、組織のお偉方を利用して会社に圧力をかけたのである。最大株主から「元木君、今回は払ってやってくれ」と言われれば仕方がないので支払ったわけだが、そんなこんながあって2ヶ月で僕はその会社の社長を辞めた。

年度末のぎりぎりのところになって、支払う金額が100万円以上アップするということがベンチャー企業にとってどのくらいフェイタルなことかということを全く理解していないのである。ミスは認めるが金は払って貰わないと困る、の一点張りで、彼らは自分たちが怒られなければ、支援している会社がどうなろうと構わない、というスタンスだ。ちなみにこの顛末について、僕はちゃんと産総研の吉川弘之理事長にもメールで報告して抗議したが、理事長からは一切返答はなかった。まぁ、吉川さんも理研→東大とキャリアを積んだ人なので、このあたりのセンスを期待するのはちょっと無理があるのだろう。

世の中の大学発ベンチャー関連が全て産総研並みにお粗末であるとは思わないが、結局のところ、商売をやったことがない人間なんていうのはほとんどがこの程度のレベルだと思う。なので、そんな大学発ベンチャーがそう簡単に成功するわけはないのである。

かく言う僕自身も、経産省ではベンチャー支援をやっていたのだが、その時、実際にベンチャーをやっている人たちは表面上「経産省さん、よろしくお願いします」という感じだったのだが、腹を割って話せば「役人に俺たちの苦労がわかるものか。こう言われて悔しければお前もベンチャーに身を投じてみろ」などと言われ、「いや、僕もこの間まで民間にいた人間なので、ある程度はわかっているつもりですよ」と思っていた。しかし、その後「そんなに言うならベンチャーやってやるよ」とベンチャーの社長になってみて、初めて「あぁ、なるほど」と思ったのである。本当に、ベンチャーの支援というのは実際にベンチャーをやって苦労した人間でなければ絶対にできない。また、ベンチャーの支援は、自分が身銭を切って、その会社がうまくいくか、いかないかによって、自分の生活が大きく左右されるという状態でなければ、できないと思う。

僕は首都圏バイオ・ゲノムベンチャーネットワークという、首都圏のバイオベンチャーを支援する組織のサブクラスターマネージャーという仕事を二年ほどやったのだけれど、この組織も同じような性質の致命的な弱点を持っていた。役所が取ってきた税金を使い切るためにやっている支援なので、やっていることは似たようなことばかり。場所を変えたり、対象を変えたりはするのだけれど、そこで展開されるソフトは大同小異である。ウェブで情報を発信するといっても補助金情報などのくだらない話ばかりで、実際にベンチャーの役に立つようなことはほとんどない。トップページはフラッシュが使われていて、しかも筋悪なことにこのフラッシュコンテンツの中にリンクが張られていて、肝心なポータル機能も十分に発揮できていない(ちなみにこれらのことは全て半年以上前に指摘済みだが、今日現在改善されていない)。

組織がこんな感じだったので、僕はまず年寄りばかりの組織に新しい30代の人間を複数投入し、実施するイベントもそれまでのものとは大きく変え、ウェブサイトもベンチャーからの情報が発信しやすいものに変更することを提案し、さらにバイオ専門のSNSを立ち上げて、バイオ関係者の情報交換を密にしていこうとした。これらの活動は当初うまく回りかけたのだが、途中で事務局であるバイオインダストリー協会の経営が苦しくなり、SNSは廃止、若手中心に組み替えつつあったサブクラスターマネージャー制度も廃止になってしまった。

バイオインダストリー協会の考え方は、「まず自分たちの給料ありき」であり、実際の支援は二の次である。まぁ、組織自体がこんな感じなのだから、業界団体としての信頼も低下しているのだろう。業界の支援があって成り立つ組織なのだから経営が苦しくなるのも当たり前だが、そのあたりのことが財団法人なんていうところにいる人たちにはさっぱり理解できない。なので、神谷町の駅から虎ノ門パストラルまでタクシーを使うとか、笑っちゃうようなことを本当にやっちゃうわけである。

#距離的には200メートルぐらいですかね?

SNSをどうするか、という議論は参加者、バイオインダストリー協会担当者、経産省関東局バイオ課長を含めて実施したのだけれど、それまでにSNSの廃止を決めていたバイオインダストリー協会の関係者は四面楚歌状態で「バイオ業界が求めていることを廃止して、意味のないことばかりやってどうする」と集中砲火を浴び、その後に実施された懇親会に顔を出すこともできずに逃げ帰る有様(後日「何で帰ったんですか?」と聞いたら、「気まずくてとても出席できる状態ではなかった」との返答)だった。世の中の考え方と自分たちの考え方がずれているという現実を目の前にして、出来ることは逃亡することだけだったわけである。

ま、僕は思ったことはどんどん情報発信する人間なので、バイオインダストリー協会についての不満もSNSを通じて色々書いたわけだけど、その後、協会の常務理事が僕を呼び出して、「記事を削除してくれ。こんな感じで批判されてはパートナーとして一緒に仕事ができない」と言ってきた。もちろん僕は断ったけれども、要はそういうなぁなぁ体質、ムラ社会体質、駄目なものを駄目と言われるとそれを隠そうとする体質なわけだ。自分の給与をまず確保し、その上で体裁を整える、なんていう組織にベンチャーの支援ができるわけがない。

僕の今の考えは、「大学発のベンチャーのほとんどは失敗する。それは、それらの関係者のほとんどがベンチャーに身を置いた経験がなく、またベンチャーがどうなろうが自分の生活には何の影響もないからだ」というものだ。そして、出口がそういったところに偏らざるを得ない今のナショプロも、トータルで観るとお先が真っ暗だと思う。

話が拡散しつつあるので、ちょっと戻って整理するが、本来、この手のプロジェクトは研究段階から産業化まで、トータルで戦略を練るべき話だと思う。和田さんのスタンスは「研究はやりましたよ。あとは産業界の仕事ですから、よろしくね」というものである。もちろん日本ではこれが常識なので、特に非難すべき発言でもない。一方で、中村桂子さんの指摘は「もうちょっと先まで考えてプロジェクトを立案し、そのシナリオに沿って研究が実施できないようなら見直しを検討するという体制も必要だろう」ということだと思う。僕はこの点について中村さんの考えに100%同意する。しかし、そのあたりから話はだんだんぼんやりしてきて、先が見えなくなってくる。

では、どこに問題があるのか。

駄目な原因は一つではない。研究を立案する人たちにも問題がある。それを予算化する人たちにも問題がある。予算を配分する人たちにも問題がある。それを使う人たちにも問題がある。実際に研究をする人たちにも問題がある。その成果を産業化に向けてブラッシュアップする人たちにも問題がある。それを支援する人たちにも問題がある。それを製品化する人たちにも問題がある。それを購入する生活者にも問題がある。

要は、全てのフェイズに小さくない問題があるのである。どこか一つを直せば大丈夫、という話ではない。そして、そうした状態であることによって、それぞれの問題を抱えている当事者達からは当事者意識が失われている。こうやって書いている僕自身も、「まぁ、これは駄目だろうね」と思って評論家的なスタンスにいるわけだ。これを読んでいるほとんどの人も「まぁ僕にはあんまり関係ないけどね」って思っているでしょう?

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 中村桂子さんは、ちょっと前のことになりますが、自分も大型プロジェクトを推進する側の研究者だった方です。中村さんが朝日新聞に投稿した「私の視点」におけるタンパク3000への批判は、当然のことながら中村さんの経歴および今の立場に拘束された意見になっていたと...
過去から見たタンパク3000、横から見たタンパク3000【5号館のつぶやき】at 2007年06月04日 22:39