2007年07月24日

経済鎖国と情報鎖国 経済編

19日、村上ファンド前代表の村上世彰(よしあき)被告に実刑判決が下された。この判断については取り立てて反論はないのだが、違和感があるのは裁判長の発言。東京地裁高麗邦彦裁判長は「ファンドなのだから、安ければ買うし、高ければ売るのは当たり前と被告は言うが、このような徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない」(出典:asahi.com)と発言したようだが、果たしてこの指摘が正当なのかといわれれば、明らかに不当だと思う。この発言で引用されている村上被告の『ファンドなのだから、安ければ買うし、高ければ売るのは当たり前』という発言はどこからどうみてもまっとうであり、自由経済諸国でこの発言を正面から否定しても特に批判がでない国は、先進諸国においてはほとんど見つけることができないのではないか。ここに日本市場の特殊性が見て取れる。

庶民感覚からすると投資行動で大きな利益を出していくことは理解不能かもしれないが、それは決してノーリスクでやっていることではない。ハイリスク・ハイリターンの世界で命を削ってやっていることであり、相応の精神的、金銭的負荷がある行動である。実際にお金を持っていなければこうしたことは出来ないが、だからと言ってお金のない人間(投資できない人間)がその行動を否定してしまったらどうなるのか。

この判決が全ての原因ではもちろんないが、米国を中心とした世界の投資家達は、「日本の市場は独自の、しかも暗黙のルールがあり、そして大衆はそれを支持している」と感じ、日本への投資を減らしていくと思う。「日本ルール」というローカルルールが存在する市場は投資家にとって魅力がないし、海外の投資意欲が低下すれば、円は安くなるし、経済は停滞する。これらが何を意味するかと言えば、日本の経済的鎖国である。

ちょっと前にスティール・パートナー・ジャパンの活動が活発化したとき、「ハゲタカファンドはけしからん」みたいな動きがあったけれども、彼らがやっていることと言えば基本的には「本来の価値よりも低く評価されている会社の株を買い、価値が正当に評価されることによって株価がアップした時点で売却する」ということのはずである。

たとえて言えば、古本屋を回って珍しい古書を発掘してきて、それをネットオークションで「これはこんなに価値がある本ですよ」と宣伝して高く売る、みたいなことである。価値があるのに安く売られている古書を見つけてくるためには高度に専門的な知識が要求されるし、また実際に古本屋を探して回るという労力も要求される。また、その価値を誰でも納得できるように説明し、購買意欲を喚起することも必要だ。誰にでもできることではない。

「本来の価値よりも低く評価されている会社」を見つけてくるのも同様で、それはその会社がどういう株を持っているのかとか、どの程度の土地を持っているのかとか、どういう新規事業展開を企図しているのかとか、もちろん経営者の手腕とか、様々な情報を収集した上で総合的に判断しなくてはならない。誰にでもできることではないことは確かだが、それなりに勉強すればできないことではない。では、なぜみんながこれをやらないかと言えば、一つには「そもそもそういうことができることを知らない」(=情報弱者)のかも知れないし、あるいは「知っているけれども面倒くさい」(=努力できない人)からかも知れないし、もしかしたら「やってみたけど失敗した」(=諦めてしまった人)のかも知れない。どれなのかは分からないが、あくまでも本人の問題である。

まぁ、こういうことをやって儲けている人は別にそれをみんなに言いふらす必要はないので、表面化しないだけで、こっそり儲けている人はたくさんいると思う。当然、生半可な知識で手を出して損をしている人は儲けている人よりもたくさんいるんじゃないかと思うけど。

何にしても、安いものを買って来て高く売る、という行動が悪いはずがない。本来の価値に気がつかなかった人は能力(運を含む)がなかったのだし、本来の価値に気がついた人は能力が高かったに過ぎない。そして、能力が高い人が儲けるのは資本主義社会では非常に普通の話である。

「徹底した利益至上主義には慄然とせざるを得ない」って、この発言に違和感がない人は資本主義があってないと思うし、それが容認される日本社会は世界の中で経済的鎖国に向かうことになると思う。以前にも書いたし後日またまとめるつもりだが、日本は情報的にも鎖国方向へと進んでいる。世界は経済と情報に支配されているが、この両輪において鎖国する方向に進むとすれば、日本には明るい将来はないと思う。

日本は2年ほど前から円安局面が続いているが、「格差」という言葉がはやりだした時とシンクロしているのは気のせいだろうか。
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 皆さん、こんにちは。木村剛です。「WEB2.0(っていうんですか?)ITベンチ
[ゴーログ]資本主義を否定する発言に慄然とする【週刊!木村剛 powered by ココログ】at 2007年08月03日 09:25
この記事へのコメント
僕個人は、村上さんの実刑自体も不当だと思います。
そもそも、これが違法に当たるならファンド会社は全て取り締まりを受けないといかなくなります。
しかし現実問題として、彼一人が裁かれ、みな当然のことのように受け入れている。
金持ち=悪なら、イチローも悪人では?
中国株が不安なのと、同じくらい日本株大丈夫かと諸外国は思ってるじゃないかなぁ。
それすら、感じ取れてないとすれば、孤立していくしかないのでしょう。
Posted by hiro at 2007年07月25日 12:38
良記事だと思います。村上世彰被告はインサイダーをしたので、有罪なのは当然としても、高麗邦彦裁判長の発言はあまりにピントがズレています。
そんなに、儲けるのが嫌いなら、「パチンコ」や「サラ金」などいくらでも、取り締まれるのがいただろうに・・・。
裁判長らの犯罪に対しての感性は、TV報道並だと思える発言です。
Posted by D・V at 2007年08月03日 10:59
もちろん発言にも違和感をおぼえるのですが、「徹底した」という語句を付けていてもそもそも利益至上主義という表現そのものにも違和感をおぼえます。
利益絶対主義とでも言い換えればよいのでしょうか?
それであればまあルール等を無視してでも・なにがなんでもという感じがする気がしてくるのですが、利益至上主義でひと括りされると利益出す事が全部ダメと言われているような気がして、商売人としては立つ瀬が無いように思います。
普通商売ならば利益至上主義といっても自分の利益だけ見て利益の極大化が出来るわけもなく、そんな殿様商売で利益が降ってくるなら苦労はしてないわけで・・・


あくまで利益至上主義という表現を使いたいのであれば、「徹底した」ではなく「行き過ぎた」であるべきではないかと思いました。
Posted by Faulenzer at 2007年08月03日 14:57
本コメントに対し全面的に賛意を示します。日本人は資本主義をもっときちんと理解すべきです。資本主義的利益至上主義はドラッカーも認めています。(少なくとも私の理解の範囲内では)無論目的が私腹を肥やすようなものは許されませんが、あくまで「動機善なりや?私心なかりしか?」という自問自答に「是ナリ」となればあらゆる艱難を乗り越えても追求すべきです。企業価値が上がることにより、株主も経営者も従業員もハッピーになるなら邁進すべきです。資本主義というしくみが発明され、人は少ない元手で大きなビジネスを営むことができるようになりました。株式は具体的に現金を持っていなくとも、信用や実績、ビジョンや計画で経営資源を調達できるすばらしい媒体です。その本質的構造を理解すべきです。そしてその過程でどんなリスクを調達者は背負い込むかを知るべきです。口先だけで人は投資してくれません。信用が第一です。
Posted by 近藤隆司 at 2007年08月03日 16:08