2008年02月12日

結局は個人に帰着するネット情報

大勢の意見は正しくないこともままある。

「「みんなの意見」は案外正しい」とは最近良く言われることだが、割と身近なところで正しくなさそうな事例を見つけたので、まずはこれを紹介してみる。

ミクシィの横浜関連コミュニティ「I love yokohama」は現在5万人を超える巨大コミュニティである。この中に「横浜の ラーメン屋さん情報」というトピックがあるのだが、ここで書かれていることを読んでみると、「あぁ、みんなの意見と言うのは全然正しくないんだな」というのがわかる。

ラーメンの評価などというのは多分に好みの部分があって、正解といえるものなどないなんていうことは10年も前から語りつくされている。このコラムではそのコミュニティで語られている店の良し悪しに言及したいのではない。ポイントは、そこで語っている人たちのほとんどが、「評価」という行動に対して経験が不足しているということである。この点で、素人(といってしまうと過敏に反応する人が出てきそうだが)には超えられない絶対的な壁があって、結果的に「ろくでもない情報のオンパレード」になってしまっている。もちろん、その中には「たまたま」信頼に足る情報を発信しているケースもあるのだけれど、ほとんどは何の情報性もない。そういう情報性のない情報が集まってしまうと、単なるごみ情報となってしまう。

では、ちゃんとした情報になるためにはどういう条件が必要なのか。

まず最も大きなところで確認しておくべきは、「ラーメンを大して食べていない人の情報は役に立たない」ということではない。「食」というものにこだわりを持っている人であれば、一年に一杯しかラーメンを食べない人だとしても、そのラーメンが食事として美味しいかどうかは論じることができる。そういう、「評価」を念頭に入れた食事をどの程度しているのか、というのがまず第一の大きな問題である。例えば、年がら年中吉野家やら、カップラーメンやら、レトルト食品やら、ほか弁やらを食べてそれなりに満足している人には、ある基準以上の食べ物はなんでも美味しい可能性がある。そうした人たちは、「美味しい」と「まずい」の間の分水嶺がどの程度のところにあるのか、という点で、かなり下よりにある可能性が高い。つまり、食べ物の良し悪しについての情報を発信する人は、もしそれが「食にこだわる人のための情報」であるならば、当然日ごろから食にある程度のこだわりを持っている必要がある。

次に、「美味しい」ことに対する質の違いがあげられる。友達と話をしていて、「あそこの店が美味しいから食べてみてくれ」などと言われることが良くあるのだが、そういう時に「へぇ、どういうところが美味しいの?」と突っ込んでみると、「量が多いんだよ」とか、「コストパフォーマンスが良いんだよ」という返事が返ってくることが少なくない。そういうときははっきり、「量が多いとか、値段の安い、とか、そういうのは美味しい、まずいとは無関係じゃん」と言ってあげるのだけれど、「いや、そんなことはないでしょう。量が多いとかって、食べ物では凄く重要だと思うよ」と不満そうに応える人は決して少なくない。量とか、低コストであることとかによって満足が得られる人は意外に多いし、それが美味しい、まずいといった評価と混在しているケースも少なくないのである。僕自身は量とか、値段とかは「美味しい」「まずい」とは全く別のファクターだと思っているのだが、これもまた僕個人の主観であって、どちらが正しいということではない。ただ、情報の中に両方(純粋に食べ物の美味しさだけを評価する情報と、量や値段といった要素を含んだ評価情報)が含まれているというのは間違いなく情報の質を劣化させるのである。情報の質を担保するためにはどちらの立ち位置に立つのかの定義が必要だ。

そして、上に書いたこととはやや反する内容ではあるのだけれど、やはり「ある程度色々なラーメンを食べた経験がある」ということもやはりはずせないファクターではある。例えば花月と大勝軒ととん太と一風堂しか食べたことのない人間が「一風堂が横浜で一番ウマイ」とか言っても全然説得力がないわけだ。ところが、件の横浜コミュなどを見ているとこれに類する意見が山ほど見つけられる。結局、「横浜で一番ウマイ」なんてことは全然なくて、せいぜい10軒ぐらいの経験の中から比較的美味しいと思える店を挙げているに過ぎないわけだ。結果としてどういう事態になるのかといえば、その人の生活圏である半径1キロぐらいのお店か、マスコミでよく取り上げられるような有名店の中からの情報ばかりになる。なぜなら、食べ歩きが趣味という人を除いたほとんどの人は、その程度のラインナップの中からしかラーメンを食べていないからである。

乱暴にまとめてしまえば、

1.そもそも食に対してあまりこだわりのない人間達が
2.「美味しい」ということについての定義もあいまいなままに
3.少ない経験をもとに語っている

のだから、この情報が役に立つわけがない。これは、人数がどんなに増えても一緒である。

さて、ここまでラーメンを取り上げていかに「みんなの意見は全然正しくないか」を説明してみたわけだが、もちろんこれは「テーマがラーメンだから」である。しかし、これに類することは実は山ほどあって、逆に「みんなの意見が案外正しいテーマ」を探す方が難しい気もしてくる。上に書いたまとめを一般化すれば、

1.問題意識が希薄な人間が
2.定義もあいまいなままに
3.少ない経験をもとにかたる

ことが多いのだから、みんなの意見は全然正しくない、ということになる。

さて、最近はこれに輪をかけて「みんなの意見が全然正しくなくなってしまう」仕組みが存在する。例えばこれなんかがそれに該当するわけだけど、

プレスブログ

どういう仕組みかといえば、情報をもらったブロガーがブログの記事を書いてお金をもらう、というシステムである。単にコメントをブログに掲載するだけならバイアスはかからないのだけれど、このシステムには、「先着○○名様に△△ポイント、特に優秀な記事を書いていただいた方には□□ポイント」みたいな優遇措置がある。つまり、おみこしを担いでくれた人にはもっとお金を出しますよ、という、情報操作の仕組みがあるわけである。どの程度の人がこういったシステムに魂を売っているのかは簡単に調べることができる。こうした仕組みは普通は内緒でやりそうなものだが、このサイトは正々堂々と内容について記述しているから面白い。例えばこの例で見てみる。

iPodを使って新しいライフスタイル、始めませんか?「音ヨガ」


リリースによると、「音ヨガ」「オーディオブック大賞」の2つを絶対にブログの記事の中に入れなくてはならないとなっているのだから、この2つのキーワードをテクノラティで調べてみれば良いのである。

検索結果
キーワードを掲載しているブログの数の推移

もう、腐るほどに掲載ブログが引っかかってくる(笑)。おまけにグラフの推移を見れば良くわかるとおり、突然ブレイクしているのである(さらに笑)。もちろんこれらのサイトが全部みこしを担いでいる保証はないのだが、そのあたりは内容をいくつか読んでみれば見当がつく。まぁ、具体的に「これを読んで」みたいにするのはどうかと思うので、上の検索結果から適当に選んで読んでみてもらえばと思う。ちなみに掲載料は

200円/1ブログ(先着500名様+抽選500名様)


で、さらに「内容が素晴らしい」場合は最高で1万円がもらえるのである(笑)。もちろん、「この商品は全然ダメですね」などと書けば常識的に言って1万円はもらえない。

こうなってしまうと、もうネット情報というのは全く信用できない、ということになってくる。

正確な情報をスクリーニングするためには、ブログに書かれている情報はどういうモチベーションで書かれているのか、このあたりを考えるのが重要ということになってくるのだけれど、普通の人にそこまでを要求するのははっきり言って無理だろう。一般のブロガーには報道倫理のようなものは当然持ち合わせていないから、「ちょっとお小遣いを稼ぎたいなぁ」ということでちょろちょろっと記事を書くわけである。先の事例でも、あっというまに1000件近いブログが引っかかってくるのだ。そういう、情報操作社会の中に自分達は生きている、ということを認識することが重要である。

ここではブログの例を挙げたけれど、Yahoo!の映画評なども首を傾げたくなるようなレビューが大量に投じられているケースがあったりする。ミクシィの食べ物評価だってどんなものなのか知れたものではないし、食べログだって同様である。最終的には、情報の信頼性というのは「誰がその情報を発信しているのか」ということに帰属することになり、結局は「大勢の意見」ではなく、「特定の個人が発信する情報」に帰着するのではないかと思うのだ。

「こいつの情報は信頼できる」と考えられる人間を見つけてくること。これこそが情報操作社会の中で上手に生きていくための最短ルートだろう。結局は、安易に操作される大衆ではなく、本当に優秀な個人を信頼すべきなのだ。問題は、その個人を見つけてくることが難しい、ということなのだが。

この記事へのトラックバックURL