2008年05月07日

ブログでバイオ 第40回「生活保護を受けている人にジェネリックって、全然普通の話では?」

このシリーズ、決してポスドク問題だけを話し合う場ではないので、ちょっと全然違ったところを取り上げてみます。今回気になったのはこのニュース。

ジェネリック医薬品:生活保護受給者は使用を…厚労省通知

ここで前提になるのは、ジェネリック医薬品(後発医薬品)に関する知識なのだけれど、ジェネリックとは特許が切れた先発医薬品を、特許に記載された製法をもとに製造した薬品のこと。ジェネリックは「安定性試験」と「生物学的同等性試験」の実施が義務付けられていて、これをクリアすれば製造が可能になります。先発医薬品に比較して開発コストが格段に低廉なため、先発医薬品よりも安い価格で供給されます。

厚生労働省の審査に対して全幅の信頼を寄せるのであれば、先発医薬品とジェネリックの間には効果効能の面で一切の差異はない、つまり、機能的にはどちらを選んでも同じ効果が期待できる、ということになります。ここではかなり念を入れて「厚生労働省に対して全幅の信頼を」と書きましたが、もし厚生労働省の薬事を信頼しないのであれば、そもそも先発医薬品ですら信用がおけない、ということになります。よって、ここでは「ジェネリックは基本的に先発医薬品と全く同じ効果効能が期待できる」ということを前提とします。

このように、「どちらを選んでも同じ」という状況にあるにも関わらず、何故か日本でのジェネリックの普及率は欧米諸国と比較して低いレベルで推移しています。その理由は患者サイド、医者サイド、薬局サイドの3つの視点から考えられます。それらを簡単にまとめると、以下のようになると思います。

1.患者サイド
ジェネリックを使うことが不安。

2.医者サイド
ジェネリックを処方した結果何か問題が生じたとき、その責任を取りたくない。とりあえずいつも使っている先発医薬品を使っていれば間違いない。

3.薬局サイド
全てのジェネリックを揃えるのは大変。また、安定的に供給される保障がない。

まず一つ目。これは先発医薬品とジェネリックの間に機能面で差異がないことが理解されていないことが原因です。基本的には製法、成分、薬効などについて先発医薬品と異なるところは何もないことをきちんと周知することが必要でしょう。なぜこうしたことがきちんと為されないのか不思議なのですが、どこかの既得権者から圧力がかかっているのかも知れません。

二つ目は、単に医者が及び腰になっているだけです。もし本当にジェネリックを利用したことによって不都合(先発医薬品では発生しなかった副作用が出たり、あるいは先発医薬品では期待できた効果がジェネリックでは発揮できなかったりといった事態)が生じた場合、その責任は医者ではなく厚生労働省にあるはずです。もちろん、その結果目の前の患者さんが亡くなってしまった、などの事態になってしまえば「責任はない」という以前に、医者としての挫折感を味わうことにはなるでしょう。そういったことがないよう、きちんとした審査を厚生労働省はやっているはずです。

三つ目は単に流通部分での工夫の問題です。あちらの薬局では揃っているけれど、こちらの薬局では欠品です、ということなら、客は揃っている店に行くだけの話です。少なくとも、薬局側の事情によって客の行動が制約されてしまうのはおかしな話です。

さて、このように、三者三様の問題に起因して日本ではジェネリックがなかなか一般化してこないのですが、僕などは花粉症の薬を筆頭に、ほとんど全ての場面でジェネリックがあるならジェネリックを使うようにしています。花粉症の薬は最新のものなら一日一回の服用で済むけれども、古いタイプだと一日二回の服用が必要、といった違いもあるのですが、僕は古いタイプの薬のジェネリックを指定しています。何故かって、生活保護を受けているからではなく、理由は単純でその方が安いからです。

日本人はブランドが大好きですから、「コシヒカリにしようかな、あきたこまちにしようかな、どっちが美味しいかな」とか、「VUITTONのカバンが欲しいな」などと日常的にブランドを選びたがりますが、先発医薬品とジェネリックの間には、「コシヒカリとノーブランド米」どころか、「コシヒカリとあきたこまち」ほどの差異もないはずなのです。ただ、「先発」というブランドがついているだけで、価格が高くなっています。

さて、そこでこの記事です。「全額公費負担で医療を受けている生活保護受給者への投薬には、価格の安いジェネリック(後発)医薬品を使うよう本人に指導することを厚生労働省が都道府県や政令市などに通知している」とのことですが、果たしてこれは本当に悪いことでしょうか?上に挙げた例で言えば、「基本的人権を保障するためにカバンを買うお金を公費から出すのだが、ノーブランドではなくVUITTONのカバンを買えるお金を出さないのは不公平だ」と言っているようなものです。「カバン」という機能さえ満たしていれば、どんなカバンでも良いはずですし、逆にVITTONのカバンを公費から出すとなれば「それはおかしい」と考えるのではないでしょうか。

医事評論家の水野肇さんは

後発薬は先発薬と完全に同じものではなく、服用している薬を変えられれば不安を感じる患者もいるだろう。国が安全性や有効性を十分証明した上で、患者が自由に選べることが重要。生活保護受給者だからといって後発薬を事実上強制するのはおかしい。


と言っているそうですが、まず「先発薬と後発薬は効果効能の面で同等」というのが大前提にあるわけで、その部分は今回の件とは切り離して考える必要があります。もし「効果効能の面で同等ではない」のであればそれは厚生労働省の怠慢であって、その点をきちんと糾弾すべきです。そして、冒頭にも書いたように「先発医薬品とジェネリックが効果効能の面で同等」というスタンスに立つのであれば、生活保護者が後発薬を使うことを事実上強制されてもおかしくないと思います。価格の差は、あくまでも「ブランド」の差でしかないのですから。今、日本は医療費の増大に頭を悩ませています。今後、高齢化が進めばどんどん状況は悪化します。すでに医療費の自己負担も多くの人が3倍になっています。そうした中において、ブランド品を選ばせることにどの程度の正当性があるのか、個人的にはかなり疑問です。

ところで、この件に関してはすでにこんな報道もされています。

生活保護受給者への後発医薬品の使用通知、厚労省が撤回

もしこれが本当であれば、厚生労働省は自ら自分達のジェネリックの評価がいい加減であったと認めることになると思います。舛添厚労相はそのあたりのことをきちんと理解しているのでしょうか。

この話は、「貧乏人は効果の低い薬を使え」という話ではないはずです。ところが、こういう対応を厚生労働省がするのであれば、「やっぱりジェネリックは効果が低いのか」と思われても仕方がありません。厚生労働省は医療費削減の手段としてジェネリックに期待しているはずなのですが、その普及を自ら妨害しているように見えてなりません。「生活保護者にジェネリックを強制するのは人道的見地からいかがなものか」という批判に対してやるべきは、「ジェネリックは先発医薬と何ら違いがない」ということをきちんと説明することのはずです。

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この記事へのコメント
こんばんは。黒影です。
第41回のエントリを書きました。
どうもTBがうまくいかないようなので、コメント欄にURLを置かせてください。

幻影随想: ブログでバイオ 第41回「私が博士課程に進学しなかった理由」
http://blackshadow.seesaa.net/article/97414722.html
Posted by 黒影 at 2008年05月22日 01:35