2008年05月27日

会社は社員のもの(オールアバウトから引き上げ)

先日、大学時代の友達と飲んだんですが、久しぶりに「会社は社員のもの」という熱弁を聞きました(笑)。

彼女は大手電機メーカーに就職して、そこで広報の仕事を続けていた人です。友人としてとても貴重な存在ですが、考え方は僕とは全く異なるようです。

彼女がなぜ「会社は社員のもの」という考え方をしているのかまでは突っ込んで聞きませんでした。ただ、なぜ社員のものじゃなくては困るのかは、ちょっと聞いてみました。いわく、「会社が社員を大事にするのは当たり前だから」とのことでした。

さて、ここでちょっと不思議に思うのは、「会社が株主のものであったとしても、それは社員(ここでは従業員の意味)を大事にしない」ということではないということです。以前、僕は「創業から3年で企業価値を600倍にする12の方法」という記事の中で、

株主としての権利がないからこそ、従業員を大事にしなくてはならない。従業員の意見には常に気を配り、良いアイデアがあれば積極的に採用し、そしてその手柄は全て発案者、実務者のものとしろ。


ということを書いています。従業員には「株主としての権利」がないということを経営サイド、従業員サイドの双方が理解した上で、良好な労使関係を築いていくことこそが重要なことだと、僕は考えています。

恐らく、件の彼女は、「経営サイドが、従業員を奴隷のようにこき使う会社」を沢山見てきたのでしょう。そして、彼女が所属している会社は、そういう会社ではないんだと思います。さらに、会社の中には「会社は社員のもの」という雰囲気があるんだと思います。だから、「会社は従業員のものという考え方の会社が理想的だ」と考えているのでしょう。かくいう僕自身も、従業員を尊重しない会社に所属していたことがあります。その会社は、「辞めてきた人と、辞めたがっている人しかいない」と揶揄される会社でした。そして、それは決してマイノリティではなく、どちらかというと日本に良くあるタイプの会社なんだと思います。

しかし、それでもなお、「会社は従業員のもの」という考え方は資本主義社会を否定していると僕は思います。世の中にある会社が従業員を大事にしない会社ばかりだとしても、「会社は従業員のもの」と考えて社会を構築するのではなく、「会社は株主のもの」という大前提の下に理想的な会社を作り上げていくことこそが重要だと思います。

少なくとも、僕の会社はそういう会社にしていきたいと考えています(僕は社長であると同時に株主と言う権利も持っています。だから、逆に従業員としての権利を弱めに設定してあります。具体的には、給与の条件などは全て従業員と全く同じ基準にしてありますし、会社の利益が確保できないときは、自分の給料を削っています。もちろん、会社の利益を理由に従業員の給料をカットするなどはしていません)。なぜなら、会社が従業員のものだったら、株主は一体何なんだということになります。

「会社は従業員のもの」という人は、株主になったことがないから株主の視点でものを考えられないのかも知れません。物事を複数の視点から見ること、特に自分が立ったことのない視点から見ることというのは非常に難しいことですが、常にそのことを意識していないと、ついつい自分にとって都合の良い考え方に走ってしまいがちです。そして、それはビジネスをやっていく上で致命的なことです。

会社は従業員のもの、という主張を通すことによって、従業員である自分の権利は主張できるかもしれません。しかし、それでは資本主義社会を否定することになります。特殊な環境下であるムラ社会ニッポンの中ではそれで通用するかもしれませんが、今は日本自体が世界の中で凋落傾向にあります。日本型社会主義が有効に機能した時代も確かにありましたが、それが通用しない時代になってきていることをそろそろ真剣に考えなくてはならないと思います。

(オールアバウトを辞めたため、記事が閲覧できなくなりました。こちらに記事を引き上げます)

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