2008年06月23日

プロ棋士の面白い記事

「なんか、将棋指しが変なことをブログで書いて、大騒ぎらしいね」などと言う話を小耳に挟んだ。ということでつらつら探してみたら、こんな感じの記事らしい(ただし、元ネタは削除済み。コメントでどういうやり取りがあったのかも面倒なので探してません)。元ネタは畠山成幸七段のブログです。

ネットの規制を望む

6月に入って最初、久しぶりのブログ更新。 
英会話サロンの方は、31日と7日、最近お馴染みのAndrw、彼は平日は小中学校へ英語を教えに行っているので、忙しい日々を過ごしている。
土曜日のChatting Roomの後は「難波へ行く」と嬉しそうなので、「デートか?」と私やYokoデザイナーが冷やかすのだが、「違う」と否定する。
彼はテレビゲームだ好きだから、日本語で「ゲームおたく」と言うぐらいだから、難波のネットカフェでオンラインゲームを楽しんでいるのか。
Otaku(おたく)が世界共通語のように、秋葉原も世界的都市で多くの外国人が良いイメージを持って日本に来るのに、その場所であんな悲惨な事件が起きるとは..亡くなられた方のご冥福をお祈りします。

今後、加害者の極刑は当然、ナイフもネットも規制も進めて欲しい。
テリー伊藤さんが「国の法律で1日のネット接続を1時間以内に規制すべし。」と述べられていたが、私も過去にブログで「一日に50分以上ネットをすると人間性がおかしくなる。」と書いているので賛成。 
ビルゲイツも娘に同じ時間、ネットを規制をしている。
現実的に法で時間規制が難しいのなら、ネットの掲示板には匿名で投稿できないようにすべきだ。

全ての人とは言わないが、ネットの掲示板に集まる多くは犯罪予備軍だと私は思っていた。 
この数年、大きな事件を起こす人は必ずネットの掲示板に書き込むからだが、今回の件でさらに強く確信した。
悪の空気が伝染するのが嫌なので、私がネット掲示板にアクセスする事はまずないので、どういったやり取りがなされているのか知らなかったが、ニュースで見たやり取りは異常としか言いようがない。
イギリスの心理学者の実験で「匿名性は人の攻撃性を増幅させる。」と結果が出ている。 
対人だけでなく、自身の不満も自分の字でノートに吐き出した場合は、後で見直して自分の心の揺れを冷静に見つめる事ができるが、キーボートでバーチャル空間に吐き出した場合はそれが出来ない。 
確信を持って書くが、インターネットで情緒面は育たない、絶対に。 

今後、マスコミ報道の揺れ戻しで「ネットは悪くない」と反論する有識者が出るだろうが、その大半はIT会社関連の仕事をしている人達、彼らは多くの人間がネットをすれば利益を得る立場なので、社会の為ではなく、自分達の既得権を守る為に意見を述べている事を忘れてはならない。
早急に法での規制を求めるが、こういった時に必ず出るのが「個人の表現の自由の侵害」を訴える馬鹿! 
この手の連中は自由と勝手をはきちがえているのだから話にならない。

この事件でのネット以外での気になる事の一つに、「加害者は頭の良い少年だった。」の記事。
「勉強が出来る、記憶力が良い、知識の多さ、利害にさとい、計算が速い、立ち回りが上手い。」 これらは昔なら価値があるかもしれないが、今はパソコンを使えば情報は全て引き出せるので、現代は無価値であると言っても良いかも。
イエローハット創業者の鍵山さんは、「真の頭が良い人とは、人の痛みがわかり、社会に良い事、人を喜ばせる事を考える事が出来る人の事。」と述べられているが、さすがに良い事を言われる。

誤解されないように書くが、私はネットを無くせと言っているのではない、今の無法地帯を規制する事を望んでいる。
システムや規則を作る時は人間性善説よりも人間性悪説に沿ってやる方が後々上手く行く事が多いので、一刻も早いネットの規制を望む。
情緒面を育てるのは、ネットでなく本を読み、多くの人と生身のコミュニュケーションしかない。 そして昔のように新聞を取って読みましょう!


データはこちらのサイトからコピペさせていただきました。
柔らかNEWS「棋士・畠山成幸七段『ネットは悪の空気が伝染し人間性がおかしくなる』

なるほど、これは炎上もやむなし。しかし、折角面白い主張を正直に展開したのに、それを安易に削除してしまうのは非常にもったいない。批判されたら削除すれば良い、ぐらいの覚悟で実名ブログを書いていたというのがなんとも残念ではある。折角だからいくつか引用してコメントしてみることにしよう。

ビルゲイツも娘に同じ時間、ネットを規制をしている。


親が子供にネットを規制することについては特に問題がない。僕は子供がいないけれど、もし子供がいたらネットを使う時間は制限するし、携帯電話も持たせないと思う。それらを使って時間を潰すくらいなら、本を読んだ方がずっと将来のためになると思うから。しかし、それはあくまでも家庭の中でやるべきこと。家庭のルールやしつけを社会全般に拡大する意味は皆無だ。ビル・ゲイツがネットを規制しているという情報は決して無駄な情報ではないが、それは単にビル・ゲイツ家がそういう家だということ。他の家庭がそれを真似しようが、真似しまいが、そんなことは勝手である。

ネットの掲示板には匿名で投稿できないようにすべきだ。


新聞にも匿名の投書は掲載される。テレビでも匿名の告発が報道される。なぜ匿名の掲示板が規制されなければならないのかが不明。ただし、僕は先日書いたように、掲示板に記述したハンドルと個人は、きちんと一対一で対応させておくべきだとは思っている。つまり、何か犯罪につながる記述があったとき、それが即座にどこの誰が書いたのかを特定できるような仕組みの整備である。実際には今のインターネットはこれにかなり近い状況があって、予告inなどを見ていると犯人が捕まったりしていることもわかる。単にそういう状況であるということを利用者が知らないだけのことなのだが、僕はもうちょっと厳密に管理しても良いと思っている。

ネットの掲示板に集まる多くは犯罪予備軍だと私は思っていた。


物凄い偏見だが、こういう人がいても不思議ではない。こういう主張を書くこと自体は、書いた人の評価につながるだけなので、どんどん書くべきだと思う。削除してしまったことがもったいない。僕達が考えるべきは、「こう考える人もいる」という事実である。この考えは決して特異なものではなく、ある一定の人が「思っているけれど口に出さないこと」だろう。勇気を出して(あるいは全く無自覚のうちに)折角ブログに書いて、それを顕在化してくれたというのに、それが消されてしまったことはとてももったいないことだと思う。ちなみに読む人がどう感じるか、ということへの配慮はもちろん必要で(そういう想像力の欠如こそが、最近の犯罪の背後に存在していると僕は思っている)、記事を書く側も当然「将棋を指す人間の多くは犯罪予備軍だと私は思っている」と書かれたときに自分がどう感じるのか、ぐらいは思考実験をしてあるはずである。

この数年、大きな事件を起こす人は必ずネットの掲示板に書き込むからだ


論理的であるはずの将棋の棋士がこういう論理を展開するというのはある意味非常に興味深い。そういえば、この数年、大きな事件を起こす人は必ずパンを食べたことがある人だったし、必ずセブンイレブンで買い物をしたことがある人だったし、必ずかぜをひいたことがある人だったし、必ず信号を無視したことがある人だったし、必ず将棋を指したことがある人だった気がする。

イギリスの心理学者の実験で「匿名性は人の攻撃性を増幅させる。」と結果が出ている。


経験的に言って、この内容はほぼ正しいと思う。そういう主旨のことを書いたこともあるし。それで、だから、何?

インターネットで情緒面は育たない、絶対に。


インターネットだけでは、情緒面に偏りがある人間が作られる可能性が高いと思うけれど、情緒面が絶対に育たないという主張に対してはかなり疑問がある。しかし、そういう考えの人がいても全然困らないので、これも個人の主義主張として削除すべきではなかった内容だと思う。

「ネットは悪くない」と反論する有識者が出るだろうが、その大半はIT会社関連の仕事をしている人達、彼らは多くの人間がネットをすれば利益を得る立場なので、社会の為ではなく、自分達の既得権を守る為に意見を述べている事を忘れてはならない。


うーーーん、僕はITで仕事をしている人間ですから、多くの人間がネットをすれば利益を得る立場です。でも、社会性と既得権をバーターにかけてなんかいないですよ。「ネットは全然悪くない」とも書いてない。大体、自分の利害と世の中の仕組みが全くリンクしないことなんていうことは皆無で、例えば棋士は新聞社やマスコミからのお金で暮らしているようなものだから、彼らの悪口は基本的に書けないですよね。主義主張に何らかのバイアスがかかっていることはその通りだと思うけれど、有識者がどういうスタンスを取るのかはそれぞれの考え方の違い。まぁ、それはそれとして、「有識者なんてどうせ利害関係者なんだから、発言に意味はない」と全部その情報を遮断するのであれば、それは単に「視野の狭い人」ということになると思う。

こういった時に必ず出るのが「個人の表現の自由の侵害」を訴える馬鹿! 
この手の連中は自由と勝手をはきちがえているのだから話にならない。


素晴らしい。実名ブログでのこういう発言こそ、大事にされるべきです。これも削除されてしまったことが惜しまれます。

この事件でのネット以外での気になる事の一つに、「加害者は頭の良い少年だった。」の記事。
「勉強が出来る、記憶力が良い、知識の多さ、利害にさとい、計算が速い、立ち回りが上手い。」 これらは昔なら価値があるかもしれないが、今はパソコンを使えば情報は全て引き出せるので、現代は無価値であると言っても良いかも。


うーーーん、最初の段落と次の段落との関係性がいまひとつ明確ではないですね。「加害者の頭が良かったこと」を肯定しつつ、頭が良くても犯罪は犯す、という論理展開になるのかと思えばさにあらず。「頭が良かったというが、実際は別にそんなことはない」という論理展開。これ自体は「僕ならやらない」論理展開だけど、まぁ、それはそれ。それよりも、これらのことを「パソコンを使えば誰でもできるから無価値」と評価しているところが特徴的。たくさんある情報の中から必要なものだけを適切にフィルタリングする能力というのは、誰にでもあるわけじゃないです。僕なんか、その能力だけで食べているようなもの。勉強ができる、記憶力が良い、知識が多い、利害にさとい、計算が速い、立ち回りが上手い、の中で、パソコンを使うことによって無価値化できるものはせいぜい記憶力、知識、計算ぐらいじゃない?しかも、記憶するためにはいつもPCを持ち歩いていなくちゃならないし、知識を取り出すためには情報端末を持ってなくちゃだし、計算も計算機が必要。どれもこれも、まだ現代では無価値とは言えないですよ。大体、そういうのを無価値というなら、将棋の終盤の解説って、ほとんど無価値ですよね。コンピューターソフトにやらせれば良いんだから。定跡の説明も無価値。棋士って、ほとんど無価値じゃない?ということで、こういう論理展開を棋士が行ったという点がなかなか興味深いです。

情緒面を育てるのは、ネットでなく本を読み、多くの人と生身のコミュニュケーションしかない。 そして昔のように新聞を取って読みましょう!


本を読んで、多くの人との生身のコミュニケーションを取ることは確かに必要ですね。あれ?「昔のように新聞を取って読みましょう」?あぁ、あなたの給料、新聞社からもらったお金から出てるんでしたね(笑)。なるほど、社会のためではなく、自分達の既得権を守るためにブログを書いたんですか。それは恥ずかしくて削除したくなるかもしれません。

どうでも良いけど、今は将棋はネット中継が普通。当然50分じゃ終わりません。多くの将棋ファンが長時間インターネットに釘付けになっている可能性もあるし、最近ではご丁寧にネット棋戦なんていうのもあります。そういうのを見ている人って、やっぱ、人間性がおかしい人ばかりなんですかね?っていうか、畠山成幸七段はそう思ってるんでしょうね。「こいつら、人間性がおかしい」って。もちろん僕もその一人ですが(笑)。ま、それはそれ。

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