2008年07月14日

ラーメン研究家の訃報

ラーメンと言えばすぐに名前が浮かぶのが武内伸さんの名前だったわけだけれど、その武内さんが亡くなった。

表と裏を使い分けるのはラーメン評論家の常ではあるものの、そのバランスが非常に良いのが武内さんだったと思う。それゆえに、「評論家」という言葉が最もフィットしないのが武内さんだったとも思う。やはり、彼には「研究家」と言う言葉がフィットした。

彼に面と向かって「武内さんはあの店を褒めていますけれど、僕は全然駄目だと思いますよ」と議論をふっかけたことも数回あるのだけれど、そのたびに「まぁ、そうだねぇ」と口を曲げながら苦笑いし、でも自分のスタンスは決して変えようとしない、ラーメンに対する愛情、ラーメン店に対する愛情、ラーメンオタクに対する愛情が非常に強い人だったと思う。

何事においても、道のないところに道をつくる人間が一番偉い。武内さんは間違いなくラーメン研究家のパイオニアであり、それに続く人たちは全て彼のバリエーションでしかなかった。

石神氏、佐野氏、北島氏、大崎氏、渡辺氏と、さまざまな個性がこの分野に登場してきたことは確かだけれども、では、もし武内さんがいなかったらこうした人たちが出てくることがあったのかどうか。少なくとも、僕が「インターネットラーメン四天王」という企画書を作り、北島氏、大崎氏、大村氏に声をかけたのは、武内さんという存在があったからに間違いない。四天王結成の打ち合わせの場は、テレビチャンピオンの決戦大会が行われたラーメン博物館においてだったし、そのときに武内さんもブレストに参加していたのだから。

「もし武内さんがいなかったら」などという仮定の話をしても意味がない。「武内さんがいたからこそ」だったと思う。

ラーメン評論というのはあくまでも隙間産業であり、これから先、石神氏や北島氏が果たして安定して食っていけるのか、というところについてはなんとも言えないのだけれど、武内さんが耕した土地に撒かれた種が、今はきちんと根を張っている。永遠に続くものなどないから、そうした根もいつかは枯れてしまうだろうけれど、当分は根絶してしまうこともないだろう。そうした草達が残っている限り、耕した武内さんは語り継がれることになるんだと思う。

ラーメン研究家が一人この世からいなくなっても、新聞に載るわけでもないし、Yahoo!のニュースで取り上げられることもない。しかし、多くの生活者に対して、目に見えないところで多くの影響を与えていたことも間違いないがない。「どこそこの店がうまい」といったレベルでの影響ではなかったのだ。いまや誰もが国民食という表現を受け入れる「ラーメン」そのものを、多くの生活者に、さまざまな形で植え付けた。

武内さんは間違いなく、地上の星のひとつだったと思う。

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