2008年07月18日

野茂とFirefox

つい先日、「何事においても、道のないところに道をつくる人間が一番偉い」と書いたばかりだけれど、そういう先駆者のひとり、野茂選手が引退するそうで。

それで、彼の去り際のセリフが格好良い。いわく、「引退する時に悔いのない野球人生だったという人もいるが、僕の場合は悔いが残る」。

僕がいるベンチャー業界というのは、要は「失敗しても良いから動き続ける」業界。大きな会社で失敗するとしゃれにならないから、小さいところで頑張って、うまく行ったら万歳、駄目だったら次があるさ、というところ。そんなところのはずなのに、特にバイオベンチャー界隈では石橋を叩くだけ叩いて何もしない奴がいるから笑っちゃう。そんなにフィージビリティスタディばっかやっていたいなら役所でも、大企業でも、別に一発当てなくても継続していることに意味がある会社に行っておけ、と思うのだけれど、凄く不思議なことに、この業界にいる人間には石橋を叩くのが大好きで、石橋をどうやって叩くのかを一所懸命考えている人たちが山ほどいる。まぁ、バイオベンチャーなんていうのは基本的に売上が立たず、そこで働いている人たちの給料は基本的にベンチャーキャピタルが出資したリスクマネー。自分達が作った商品がお客様に売れたわけではなく、社長がかき集めてきたお金だから、別に石橋を叩いて暮らしていることの対価としてもらっていても大したことはない。そのあたりがその日暮らしのITベンチャーと大きく違うところでもあるのだけれど、正直「なんだかなー」と思う。

もちろん、役所や大企業に就職したバイオ人材がチャレンジし続けているのかといえばそんなこともなく、結局日本人はほとんどみんなチャレンジなんかしてないわけだけだ。そんな中で、野茂選手ほどがんばった人が「悔いが残る」というのだから、これが格好良くなくて誰が格好良いものか。

しかしね、こういう生きたお手本が格好良いセリフを残してくれても、日本人のマインドはこれっぽちも変わりはしない。「まぁ、野茂は野茂、オレはオレ。野茂は格好良いけれど、オレは石橋を叩く。お前も叩け、叩け、叩け〜」みたいな。

今日もある公開企業の役員(かなり短期間で一部上場まで持っていった人)と色々と打ち合わせをしてきたんだけど、「そういう人材は本当に限られているよね」というところで落ち着いた。「なんか知らないけどさ、会社辞めて会計士の試験を受けるとか、多いよね。でも、じゃぁ会計士の資格を取ってどうするのって、どうにもならない。せいぜい、「会計士の資格を持っている人が仕事に困らないようにすべきだ」って活動をするくらいだよね」みたいな。

ま、日本人のほとんどがチャレンジしないでいてくれるおかげで、ライバルがいなくて、僕たちは楽に仕事ができているのでありがたい限りだし、皆さん、その調子で石橋を叩き続けていてくださいね、という感じでもあるのだけれど、ただ、常にチャレンジしていることが正解とは限らないこともある。それが、Firefoxのバージョンアップ。いや、僕もバージョンアップするときには、「おいおい、本当に良いのか?」と自問自答はしたんだけれど、「ま、いっか」と思ってバージョンアップしてしまった。これを日本語では「魔が差す」という。

もう、そのあと、頻繁にあーでもない、こーでもない、と言ってくるし、今日なんか、とうとうある重要なプラグインが使えなくなってしまった。正直勘弁してくれよ、という感じなんだけれど、もうどうしようもない。

あ、そうか、ダウングレードすれば良いのかな?

何しろ、常にチャレンジし続ければ良いというわけではない。少なくとも、Firefoxはまだ当分バージョン2がお勧めである。

それで、明日はどっちだ?

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