2008年07月29日

ブログでバイオ第47回(かな?)「今日の私の視点を読んで」

内容的にバイオ限定ではないので、ブログでバイオの47回にしてしまうのはどうかと思うのだけれど、ま、いっか(笑)。

今日の朝日新聞の私の視点に榎木英介氏の「就職難が招く科学技術の危機」というコラムが掲載された。

#以前、僕もコラムを載せたんだけれど、このコーナー、無料サイトでは全文閲覧ができない。「自主的に書き起こして載せちゃって良いですか?」と朝日新聞に問い合わせたこともあるのだけれど、あまり乗り気ではない返事だった記憶がある。ということで、僕もテキストベースでは掲載せず、GIFにして載せた記憶がある。しかし、こういう文章こそきちんとテキストデータで発信すべきだと思う。

閑話休題。

さて、この文章、ストレートに言ってしまうと「現状をそのまま書いただけ」なので、本当なら「そうだよね」でオシマイになってしまう性質の話。なのだが、それがわざわざ私の視点に掲載されるあたり、日本の科学技術政策がうまく行っていないことを象徴していると思う。そういう状況においては当たり前のことであってもそれをきちんと文章化することは非常に意義のあることだ。

この文章の中では、「そうだね」と言える部分と、「それは違うんじゃないの?」という部分が混在している。ざっと要約してみると、

1.理工系博士の就職が厳しい
2.博士号取得者の4人に1人は任期付き研究員で契約社員のように働く
3.任期付き契約を繰り返すものが増え、そのうち10%は40代
4.博士号取得者を毎年採用している企業は1%
5.公的機関の博士研究員は博士取得から5年以内になる
6.博士を取得しても役に立たないなら、博士になる人は減る
7.すでに東大では博士課程が定員割れ
8.高度人材が必要とされているはず
9.みんなで博士人材の活用法を考えるべき
10.せっかくの博士が活躍できないのはもったいない
11.博士は積極的に活躍の場を求め、状況に適応すべき

ぐらいの感じだろうか。この中で、まず5について著者は「それはないんじゃないの」というスタンスだが、僕もその通りだと思う。とにかくトップダウン方式による規制は極力排除すべきであって、この手の根拠の希薄な規制は役人と既得権者の権限を拡大するだけだ。公的研究機関であればこそ、実力のある人をいつでも誰でも採用できるようにすべきだ。

続いて、全体の論旨としてちょっと「?」と思うのが、「高度人材が必要とされている」のに、「実際には人が余っている」というところ。書いてあることは多分間違いではないのだけれど、ぱっと読むと整合性が取れない。必要なのに、なぜ余るの?と考えるのが普通だろう。実際に起こっていることは「博士を持っていても高度な人材じゃなければ採用されない」ということなのかも知れず(僕自身、そういう事例は色々と見てきている)、あるいは「高度な人材はあまりにもピーキーで、恒久的に使うには勝手が悪すぎる」と言うことなのかもしれない。何しろ、そのアタリのことが故意にか、あるいは無自覚にか、明確にされていないので、ちょっと突っ込みにくい。実際には文字数制限がかなりタイトな欄なので、書きたくても書けなかったのかもしれず、そのあたりはブログなどを通じて補填して貰えると嬉しかったりする。例えばこことか。

SciCom NEWS〜代表理事日誌「朝日新聞私の視点「博士研究員 就職難が招く科学技術の危機」

先日来、各地の弁護士会が「司法試験の合格者を制限せよ」といった頓珍漢な主張を繰り広げているわけだが、弁護士にしても、博士にしても、資格を持っていることが重要なのではなく、何ができるのかが重要であって、弁護士とか博士というのは最低限の目印に過ぎない。そこから先は市場原理に従うだけの話で、弁護士だってある程度過剰に供給された上でそれぞれが切磋琢磨することによってクオリティがアップするし、博士だって過剰に供給されることによってそれぞれが努力すべきだ。そして、その競争に耐えられないなら、弁護士にしても、博士にしても、目指すべきではないと思う。少なくとも「博士」は水戸黄門の印籠とは違うのである。

そのあたりを確認した上で、博士が減っているといっても、じゃぁ、優秀な博士は減っているんですか?ということになってくる。役に立たない博士が減っているだけと言うことなら、それはそれで市場原理が働いているだけである。もちろん、今、余っている博士がすべからく役に立たないとかそういうことを言いたいのではないのだが(役に立たないのにパーマネントの職についてしまった既得権者の影響もあるかもしれない。そもそも、この手の職は全てテンポラリーでも別に問題はないのではないか)、「博士の就職難」という話をするときに、その博士達が画一的にある程度の知識と技能と能力を持ち合わせているという前提で話をしているところがどうにも受け入れにくい部分なのである。何度も書くが、僕は「これで本当に博士なのか?」と疑問に感じざるを得ない人達をたくさん見てきている。

#ちなみに経歴見てもらえばわかるけど、僕は修士です(笑)

さらにこのコラムを読んで思うのは、博士の境遇として「任期付きの研究員にならざるを得ない」というところを問題視しているところである。この考え方もいい加減古いと言わざるを得ない。任期付きで何が悪いのか。本来、博士などは専門性が極度に高く、その高い専門性が一つの組織で永続的に発揮できることなど稀だと思う。自分の高い専門性を売りにして活躍できる場を見つけ、どんどんキャリアアップしていくのが当然ではないのか。こうした就労環境は博士に限らず、日本社会の雇用全般で一般化されるべきで、そうした情勢において博士という人種が「本当に高度に教育された」優秀な人材であるというのなら、そのお手本になるべきである。「パーマネントの職に就くような奴らは落ちこぼれで、本当に能力がある人間は有期雇用で高く買われていくものだ」という状況こそが本来の姿であるはずだ。

ただ、もちろん、日本がまだそういう社会でないことは十分承知している。このブログでも何度もこの手のことは書いているが、今の日本はようやく社会システムが変革しはじめたところである。既得権者と新人類との綱引きが続いている状況においては、どうしようもなく時代の流れに轢かれてしまう被害者が発生する。その部分についてはとても気の毒だと思うが、こればっかりは運がなかったと諦めるしかないだろう。バブルがはじけたあとの就職活動のようなものだ。

榎木さんのような立場では実際にそこに存在する博士の能力を云々言うのははばかれるのかも知れないが、そういう評価は絶対に必要だと思う。その上で、「博士は積極的に活躍の場を求め、状況に適応すべき」という主張は全くその通りだと思う。46回でも次のように書いたが

「こんな状況では困る」と言っても事態は何も変わらないし、「国がなんとかすべきだ」と言ったって、そんな社会主義的思想がうまくワークしないことは現在に至るまでに世界各地で実証されてきている。「何とかなるに違いない」的な誤った希望を与えることは実際に困っている人間達を全く救済しないし、「何とかして貰えるように頼みましょう」という主張も実際には問題の先送りにしか過ぎない。


お上頼みで、博士自身が動かないのであれば、恐らくは何も変わらない。少なくとも企業は博士の活用の重要性などを一義的には考えない。企業が考えるのは当然のことながら企業の利益である。9の部分では具体的に「政府、大学、企業、教委、市民など様々な立場の人が博士研究員の活用を考えるべきだ」と書いているのだが、この部分については首を傾げざるを得ない。日本人はトップダウンでの解決を主張することが多いのだが、それはすなわち社会主義の手法である。もちろんトップダウンの解決策が必要とされるケースもあるが、このケースはそれに該当しないというのが僕の考えである。そもそも、今の博士余りは、そのトップダウン方式のミスリードにも少なからず原因はあるのだ。そろそろ、お上の判断にただただ従い、お上の手助けを待っているのではなく、自分で動くことを考えた方が良い。

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 本日(2008年7月29日)の朝日新聞のオピニオン欄「私の視点」に、NPO法人...
朝日新聞私の視点「博士研究員 就職難が招く科学技術の危機」【SciCom NEWS??代表理事日誌】at 2008年07月30日 00:52
buu2さんが,昨日新聞に載ったenokiさんのコラムについて言及している.
【閑話休題】腑に落ちるかどうか【Science and Communication】at 2008年07月30日 05:36
ブログでバイオに書こうと思っても,どうも敷居が高くて...という意見もあると 聞いたので,雑誌をネタに,ちょっと軽めの話を書いてみようと思う.
【ブログでバイオ】第48回「インキュビーをもらってきた」【Science and Communication】at 2008年07月31日 21:32
この記事へのコメント
「私の視点」へのコメントありがとうございます。

ご指摘感謝しています。

おっしゃることはおおむねごもっともで、「博士が動かないと変わらない」というのは、私がいろいろな場で訴えていることでもあります。

博士の質の問題も、ふだん博士に接している方ならごもっともな感覚だと思います。


NPO内部でも激しい議論になり、今回の文章に納得がいかない人もいます。

今回は、朝日の記者の方との激しい?せめぎあいのなかで、なんども全面書き直しを余儀なくされ、博士の質に言及したり、博士が変わろう、という趣旨で書いた文章は没になったりしています。

新聞ということもあり、博士に接したことがない人向けの内容になり、質云々の前にまずは問題を知ってもらおうという方向になりました。

「博士は積極的に活躍の場を求め、状況に適応すべき」
は、せめぎあいのなかでなんとかねじ込んだ一文です。

詳しい事はあらためてブログ等で書きますが、賛否両論こめて議論が広がることを希望しています。
Posted by 榎木英介 at 2008年07月30日 06:09
>朝日の記者の方との激しい?せめぎあいのなかで

わかります(笑)

>博士が変わろう、という趣旨で書いた文章は没になったりしています。

なんとも残念な話です。

>まずは問題を知ってもらおう

僕は多くの人が「知識として知ってはいる」か、あるいは「聞いたことはある」のだと思っています。しかし、気に留めていないし問題意識もないし少なくとも自分とは関係ない話だと思っているんだと思います。格差問題もほとんどの人は底辺にも該当しないしトップにも該当しないのですが、なぜか問題視されています。それは、多分「自分は生活が苦しいから、底辺に該当するんじゃないか」と誤解しているんですね。そのあたり、「博士」という資格のあるなしで閾がしっかり設定できる問題との差があるんだと思います。人間は自分に利がなければ真剣には考えません。

>詳しい事はあらためてブログ等で書きます

楽しみにしております(^^
Posted by buu* at 2008年07月30日 07:45