2008年08月03日

ブログでバイオ 第49回「ラベル考」

前にもこんな話を書いたと思うけれど、もう一度確認の意味も含めて書いてみる。

一ヶ月ほど前に、「四万十鰻の偽装から見えてくるもの」というエントリーを書いた。

これまた今北産業で説明すると、

「お前ら、鰻食べてないで、ラベル見て喜んでるんだろ。でもまぁ、そんな社会でラベルを偽装するのは罪が重いよな」

ということ。ラベルの意味は日本では凄く大きいわけだけど、別にそれを肯定しているわけじゃない。で、そんなラベル重視の社会だからこそ発生するのがポスドク問題だったりもする。

世の中、人間につけるラベルは色々あるのだけれど、それはあくまでも最低限のレベルを保証するもので、「優れている」ことを保証するケースと言うのは実はあんまりなかったりする。ラベルというのは多くの場合、「資格」と翻訳して間違いがないのだけれど、国家資格にしても、民間資格にしても、ある程度の知識、技能を持っていることを認めるようなもの。わかりやすいところで言えば医者とか弁護士とかがこのラベルの一種だけれど、じゃぁ、そのラベルがあるからって良い医者なのか、良い弁護士なのか、ということになれば話は別。「まぁ迷惑かけない程度にできるはずです」ぐらいの意味しかないわけだ。大体、医者なんて医学部に行けば普通になれるものだし、じゃぁ医学部は難しいんですか?って、これまたそんなことはない。国立大学や一部の有名私立医学部に行くのはそれなりに大変だけど、三流私立大学経由で医者になることはお金さえあればそんなに難しくない。これに比べると弁護士はある程度ハードルが高いと思うのだけれど、弁護士の知り合いと言うのがあまりいないので、弁護士のクオリティがどの程度コントロールされているのかはさっぱりわからない。ただ、司法試験の合格者を増やすということに対してあちこちの弁護士会が反対意見を表明しているのを見ると「大したことねぇなぁ」と思ってしまう。ま、幸いにして僕は医者にしても弁護士にしても信用がおける人を見つけているので全然困ることはないのだけれど、少なくとも医者だから、とか、弁護士だから、とか、ラベルだけで人を評価することは危険なんじゃないの?と思っている。

で、医者とか弁護士とかは、そういうラベルの中では実は比較的筋が良い部類のもので、アタリの頻度はわりと高いものだと思っている。

さて、そこで博士ですよ。博士って、なるの難しいと思いますか?全然難しくないですよ。博士になるためにはまず大学に受かる必要があります。大学は、難しい大学に受かるのはそこそこ大変なんだと思います。でも、難しくない大学だって山ほどあります。大学入学のハードルをクリアしたら次は大学院ですが、こちらも別にそれほど難しくないです。僕は修士課程に進学するとき、試験を受けました。でも、勉強らしい勉強は全然しませんでした。普通に実験して、普通に輪講出て、普通に遊んでいるだけで問題なく合格です。大体、研究室に配属されるのが大学4年。それで、その年の夏休み明けに大学院の試験があるんだから、大した勉強ができるわけがない。うちの大学の場合、理科大とかから大量に大学院受験生が来ていて、彼らはかなりまじめに勉強していたようですが、少なくとも東工大の人間が東工大の大学院を受験するのに、そんなにまじめに勉強しているのをみたことがないです。まぁ、確かに落ちた奴もいましたけど、それはレアケース。で、修士課程の途中で今度は博士課程に進む試験・・・・って、試験なんかあるの?記憶にありません。研究室の先生に気に入られていて、修士論文が普通に認められて修士課程を修了していれば、誰でもいけるんじゃないのかなぁ。まぁ、博士課程に進学するための試験みたいなのがあっても不思議じゃないけれど、博士課程に行けなくて浪人、なんて話は聞いたことがありません。それで、博士課程ですが、これはもう教授の手下として実験に励むわけですが、僕が自分の研究室の先輩達を思い返してみると、彼らは別に決して悲惨な状況ではありませんでした。だって、ちょこっとお金を払って、あとは教授や助手の言いなりになっていれば、好きなときに人のお金で実験して、暇なときはテニスや水泳、あとは麻雀。研究室に外研に来た女子大の女の子と遊びに行ったりもするし、まぁ僕が学生のときはインターネットなんかなかったからネットサーフしている人は皆無だったけれど、マックでお絵かきして遊んだりというのは良く見かけたし、それで本を書いてバイトしている人もいました。基本的にほとんど好き勝手。好きな実験をやって、それなりに結果が出ていればもう何も問題はないわけです。こりゃ楽しいですよね。修士課程修了後に僕は普通に就職しましたけど、そのあとにやってきた色々な仕事の中で、博士課程の学生よりも楽だったのは9ヶ月ほどやった無職(って、これは仕事じゃないけど(笑))のときぐらいですよ。もちろん、博士については横で見ていただけですけどね。基本的に修士課程と何ら変わりはないというのが僕の認識。ま、それが全てではないでしょうけど。

「じゃぁ、そんな楽しい博士をお前はなぜやらなかったんだ」ということになるわけですが、僕はそういう博士達を見ていて、「これは僕がやりたいことじゃないな」と思ったわけです。だって、教授、助手の言いなりになって、彼らのための成果をあげていくだけのポジションなんだもの。たまたま自分がやりたいことと、上司が要求している成果とが一致しているだけのこと。じゃぁ、その3年間が果たして自分にとって有意義なのかといえば、それはまた別問題。まぁ、じっと三年間我慢して、博士になって、そのあと成果を出して助手になって、運が良ければ准教授になって、というパスだってもちろんあるし、実際僕の高校の同級生は東大で准教授、大学のクラブの同期は東工大で准教授やってるし、研究室の後輩はやっぱり東大で准教授といった具合で事例もたくさんある。ただ、僕の場合は研究室で研究するよりも、社会に出た方が自分のスキルがアップすると思ったから、さっさと出て行った。

って、ちょっと話がそれましたね。とにかく、僕から見ると、博士って言うのはまず「大した生産もせずに(というか、どちらかというと研究費の消費をしている)好きな研究をやっている人たち」って感じなんですね。だから、博士だからなんなの?という感じになる。当然「博士」というラベルには特別な意味を見出せない。いや、厳密には、「3年間教授や助手の言いなりになっても我慢した偉い人たち」という切り口はある。でも、それだけ。なぜそんな博士が成立するかって、保有する側(大学研究室)からすれば貴重な労働力を確保できる。保有される側からすれば、比較的自由な環境で好きな研究を続けられるわけです。相互のメリットが成立しているんだから、誰もストップをかける理由はないですよね。

でも、考えてみてくださいよ。「○○さん、どうも優秀だと思ったら、博士らしいよ」なんてこと、実生活でないでしょ? つまり、「四万十産」とか、「医者」とか、「弁護士」とかのラベルにはそれなりの意味があるんだけれど、「博士」っていうラベルには全然意味がないわけです。そんな、全く意味のないものを掲げて、「博士が余っている」という話をされても、生活者レベルではまったくピンとこないわけです。だって、「博士」というラベルにそもそも何の意味もないんだもの。それをカテゴライズして論じることにも意味がない。「就職に困っている人」というクラスターにはもちろん含まれるわけですが、そのクラスターは今の日本では非常に大きいので、「だから何?」ってことになっちゃう。そういう状況においては、「博士」っていうラベルを強調することには意味がないのはもちろん、逆効果かもしれない。失業者が一杯いる中においては、優秀であるはずの博士は後回しで、みたいな。結局、「ポスドク余り問題」なんて、「ポスドク」を強調するから「はぁ?」ってことになっちゃうわけです。ときどき、「折角高度な教育を受けているのに」とか書かれていたりするけど、ホントに(笑)? 「優秀な人材を有効利用しないのは社会にとってマイナス」って、誰が「優秀」って評価したの(笑)? 優秀な人間を放っておくほど、今の日本は人材が余っていたりはしませんよ。優秀じゃないから余ってるんじゃん。

博士っていうラベルには価値も意味もない、ということになれば、そこに存在するのは「後期博士課程で3年間好きな研究をやっただけ」の人ってことになる。一般企業が「その3年をうちでトレーニングしていればねぇ」って思っても全然不思議じゃない。結局そこに存在している人間が何ができるのかが問題なのであって、もし片方が24歳で、もう片方が27歳で、能力的に大した差がないなら、そりゃほとんどの企業が24歳を採用しますよね。

「博士をもっと採用してください」とか言っている人には逆に質問したい。「博士になるために何をしたんですか。何を身に付けたんですか。修士とは具体的に何が違うんですか。それは会社の3年間では身に付けられないものなんですか。博士であるというだけで何か会社の役に立つんですか。」

僕の考えでは、「博士」になるのは全然大変じゃない。「博士」だからって優秀とは限らない。「博士」なんていうラベルには全然意味がない。この考え方は、世間の考え方とそれほどずれてないと思う。だから、まずはこのあたりを共通認識として持たなくちゃいけないんじゃないだろうか。これができないなら、いつまで経っても博士と社会との間の溝は埋まらないと思う。もしポスドク問題を考えている人が、「博士の有用性を社会に理解してもらう必要がある」なんて考えているとしたら、未来永劫解決しないんじゃないだろうか(笑)。博士が余っているのは社会のせいじゃない。「博士」というラベルを使って社会から離れたところに立ってしまっている博士自身のせいだと思う。以前、「修士」という肩書きを書いた名刺をよこした公認会計士がいて大笑いしたけれど、それと一緒。「博士」なんて肩書きを忘れた方がずっと解決に近づけると思う。

#いやね、もちろん、「博士になれば将来はばら色ですよ。就職は引く手あまた。売り手市場で困っちゃいます。だから是非博士後期課程へ進学してください。将来は保証します」みたいなことを大学から説明されていたんなら話は別ですよ。責任者出て来い、という話です。でも、そんな話はあんまり聞いたことがないんですが、どうなんでしょうね?

##博士の中にはもちろん優秀な人がたくさんいますよ。でも、そういう人のほとんどは博士というラベルがあることに意味があるんじゃない。そういう人たちは、ラベルがなくても優秀なんです。

###優秀な人がプラスアルファの価値を求めて博士というラベルを手にするのは決して筋悪じゃないです。

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ブログでバイオ 第49回「ラベル考」がアップされました! ブログでバイオ過去ログのリンクも更新しておきます.
【ブログでバイオ】第49回「ラベル考」がアップされた【Science and Communication】at 2008年08月03日 07:26
結局,研究者の典型的な思考パターンって「お上にお願いして、トップダウ ンで制度変え」てもらってオシマイなのかな.
【研究ねた】研究者の思考パターン?【Science and Communication】at 2008年08月03日 20:42
buuさん、丸さんから始まったブログでバイオも50回を迎えました。 ここまで参加されたメンバーをリストアップしますと、 22回から五号館のつぶやきさんの参加に始まり、 24回は科学
ブログでバイオ第50回「オフ会開催」【株式会社バイオクオリ】at 2008年08月04日 07:25
この記事へのコメント
貴重な御意見ありがとうございました。

もっともだと思うのですが、一点だけ。

ラベルなど関係ない、というのなら、すくなくともラベルで門前払いだけはやめてほしいと思うのです。

年齢と博士というラベルですね。

IT業界は年齢や肩書など関係ないと思いますが、本当に自由競争をすべきというのなら、肩書で門戸を閉ざすのはおかしいわけです。
Posted by 榎木英介 at 2008年08月03日 08:02
>やめてほしいと思うのです。

「やめて欲しい」と思うのは自由ですが、思っているだけなら何も変わりません。榎木さんがトップダウン派なのかボトムアップ派なのか知りませんが、トップダウン派は大抵「思う」、「評論する」、「お上にお願いする」、ここでオシマイです。お上にお願いして、トップダウンで制度を変えても実際は何も変わりません。企業の意思決定はそれとは別のメカニズムで為されます。

僕はそんな会社システムが嫌だから、自分でそういうシステムじゃない会社を作りました。そこで好き勝手にやって、それに賛同する人を集めています。日本と言うムラ社会でそれをやるのはそれなりに大変ですが。

「社会が変わってくれないのは社会のせいだ」では何もないというのが僕の考えです。今のシステムが嫌なら、肩書きで門戸を閉ざさない会社をつくれば良いだけの話。少なくとも僕が役員をやっているバイオクオリ社については、肩書きで門戸を閉ざすようなことはしないと思いますよ。ただし、その分能力については物凄く精査するし、能力がなければ遠慮なくクビにしますけど。
Posted by buu* at 2008年08月03日 10:57
それから、

>年齢と博士というラベル

僕の会社では履歴書を取ってませんから、年齢でももちろん差別はしていません。実際、今、うちの会社で働いている人間の正確な年齢を僕は知らないです。

ただし、年齢で差別しなくてはならない業界も存在はすると思います。下のエントリーに書いたように僕自身年齢制限の被害者であると同時に、その考え方に理解もあります。

http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/27386086.html

あくまでも、年齢制限がきちんと公表されていれば、ですが。

あと、終身雇用前提の会社であれば、これまた、同じ能力であれば若い人間を採るのも当たり前です。
Posted by buu* at 2008年08月03日 11:03
ポスドク問題って、社会的セーフティネットをどのように構築するかという問題とほぼ等しいと思うんですが、buu*さんのそれってそのセーフティネットでしか拾えない人をどうにかしたい、という話ですよね....

うちの会社はわりと採用は能力主義な会社だと思うけど、英語力と技術力という点で評価するなら中国人とったほうがいいからなぁ....
Posted by e- at 2008年08月03日 19:56
コメントありがとうございます。

私がトップダウン派かボトムアップ派かは、私の行動を見ていただけたら分かると思います。

やれることはやっています。

うちのNPOでは大学と組んで、キャリアセミナーのようなこともやっていますし(これは私が直接タッチはしていませんが)。

思っているだけじゃないから、新聞を含めいろいろなところに投書したりもします。もちろんこれが「誰か頼みます」モードだというのなら、その通りですが、あらゆる手段を使ってやるわけです。


トップダウンもボトムアップもこれは「ラベル張り」なんじゃないでしょうか?


それはともかく、buuさんの会社が博士などを問わないというのはよく理解しています。
Posted by 榎木 at 2008年08月04日 09:53
>英語力と技術力という点で評価するなら中国人とったほうがいい

でも、英語力と技術力だけ評価して中国人に就労ビザを出すのは結構難しくないですか?中国語力なら話は別だけど。日本って、労働に関しても物凄く閉鎖的なので、日本人労働者というのは凄く優遇されていると思うんだけど、違うかなぁ。

で、それはそれとして、英語力という点で評価するなら中国人、というのは全く同意します。技術力については僕はあんまり比べたことがないので良くわからないです。
Posted by buu* at 2008年08月04日 11:29
>私の行動を見ていただけたら分かる

正直、今のところわかりません。興味もありませんが。

>これが「誰か頼みます」モードだというのなら

まったくその通りだと思います。

NPOを作って、そこに雇用を発生させ、ポスドクをたくさん雇っている、というのであれば、それは決して評論活動ではありませんが、新聞に書いているとかは典型的な評論です。もちろんそれを否定するわけじゃないですが、実質的な効果はほとんど期待できないと思います。

>これは「ラベル張り」なんじゃないでしょうか?

ラベル張りでしょう。別に僕はラベルを貼ること自体は否定していません。

現実問題として「トップダウン派≒社会主義」「ボトムアップ派≒資本主義」というざっくりしたきりわけがあるわけで、ラベルを貼る事によって立ち位置がわかりやすくなるメリットもあります。役に立つラベルと役に立たないラベルがあって、「博士」なんていうのは役に立たないものの典型だ、と考えています。

そもそものスタートはこちらのエントリーに書いたことで、僕たちはどっちでも構わないんですよ。

http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50706238.html

構うのはトップダウン派の一部(?)の人たち。「あいつらは金儲けしているから距離をとったほうが良い」とか考える人たちですね(笑)。僕たちは間違いなく金儲けを考えている人たちですから。

ところで榎木さんのブログにもTB、コメントしているのですが、受信できていませんか?
Posted by buu* at 2008年08月04日 11:54
ありがとうございます。興味のない私なんぞにお付き合いいただき光栄です。

まあ、新聞に出すというのはその通りですね。

ただ、新聞に書くのはともかく、例えば(ものすごく極端な例だし、ポスドクに当てはめるのはちょっと、と思いますが)、薬害肝炎訴訟やがん基本法において患者団体が政治を動かしたというのは、あれもトップダウンになるのでしょうか?

あれしろ、これしろという「陳情」ばかりというのは問題だと思うのですが…

TBですがちょっと調べてみます。スパムトラックバックが嵐のようにくるので、はじかれたのか…
Posted by 榎木 at 2008年08月04日 12:58
>興味のない私なんぞにお付き合いいただき

あぁ、すいません、引用のやり方がまずかったですね。榎木さん自身に興味があるのかないのかではなく、榎木さんがトップダウン派なのか、ボトムアップ派なのかに興味がないんです。ついでに書けば、興味があるのは、ボトムアップの立場として何かをやっているのか、ボトムアップ派に対してはどういうスタンスなのか、というところです。

>薬害肝炎訴訟やがん基本法

やっていることはトップダウンだと思いますが、別にトップダウンをすべからく否定しているわけでもありません。例えば安全とか、環境とか、市場ベースのボトムアップでは解決できない問題もいろいろあって、それは政府の介入があってしかるべきです。しかし、一方で政府の介入を避けるべき事象もたくさんあって、今あるものの中で僕が主張しているのは最低賃金とか、解雇条件といった労働関係のものなどがその代表例です。ポスドク問題とかも後者に含まれるというのが僕の考えです。民間の自主的な取り組みを最重視すべきだ、ということですね。政府に一度権利を与えてしまったら、それを取り戻すのは物凄く大変です。

例えばリバネスがサイエンスカフェで儲けているなら、じゃんじゃん儲けさせれば良いじゃないですか。その結果、雇用が創出されるならこんな良い話はありません。また、リバネスが不当に儲けている、というなら、似たような会社を作って競争すれば良いだけの話です。

トップダウン派のスタイルを見聞きしていると、「ポスドクは可哀想だから救ってあげたいけど、それをネタに誰かが儲けるのは腹が立つ」という、社会主義思想特有の平等意識がちらつくんですよね。ま、そういう思想も僕は別に否定しませんが、一緒にやるのは難しいな、と思います(笑)。
Posted by buu* at 2008年08月04日 13:37
中国にオフィス作るだけです(^^;;;

技術力についてはね、やっぱり13億人いるというのはすごいですよ。その上位5%というのは、特に揉まれてるし、また若い人ははっきりとは言わないけれど、あわよくば脱出したいという気持ちもあるようだし(これは党員のほうが強いみたい。所詮半径20mの話なんで一般化されませんようお願いします)能力の出し惜しみをしません。

日本人は、日本でモノを作っている企業にモノを納める企業で仕事をするという条件でのみ特権的な立場を持っていると思いますが、そういう仕事はたいして多くはないし、さらには仕様を英語で作る場合も結構あるので、それほど大きなアドバンテージとはおもいません。ま、これは業界によるのでしょうね。

ただ、中国人の人件費は異様なほどに高騰しています。向こうが勝手に日本人レベルの人件費まであがってくると思いますので、3−4年後には意味がないかもしれません。
Posted by e- at 2008年08月04日 22:18
社長さんに聞きたい

たとえば1万人のポスドクを束ねて、それぞれの分野の研究をやらせて成果を出させていく、というのはそんなに難しいことだろうか?
つまり平均以上の頭脳を持ち、それぞれ大学の研究室にコネクションも持ってる1万人を使って。

それぐらいのことをこなせる社長は日本に幾らでもいるんじゃないだろうか。
ポスドクの側より旗ふる側のが能力なさ過ぎ、とは思いません?
そっちの無能な奴をリストラして、俺が旗振ってやるぜ、と。


Posted by むせんんたまご at 2008年08月05日 01:21
>中国にオフィス作るだけです(^^;;;

ああ、そゆことね。ま、そういう手はあるけど、論点がずれてるからパス。
Posted by buu* at 2008年08月05日 07:49
>そんなに難しいことだろうか?

凄い難しいことなんじゃないですか?研究をやらせるということは研究費を確保するということ。人件費だけでも、少なく見積もっても500億円は必要ということです。そんな金、どこから持ってくるんだ、ということになります。

>ポスドクの側より旗ふる側のが能力なさ過ぎ、とは思いません?

全然思いません。
Posted by buu* at 2008年08月05日 08:46
buuさんがどこかのエントリで、〜最低「ブログでバイオ」というシリーズを全部読んでから〜と書かれておられたので読んでいる最中です。このエントリにたくさんコメントがついていたのでついつい目を通してしまいました。遅ればせながら少しコメント。

正規雇用者(期限を定めない契約による従業員)に対する解雇要件の緩和はこれから日本が再生するために欠くべからざる必要条件だと思うのですが、これはトップダウンでないと実現できないのではないでしょうか?最高裁まで争った多数の判決が厳しい解雇要件を事実上規定していますから、解雇要件の大幅緩和を法制化してもらわないと経営者はおいそれと人を雇えないように思います。

ポスドク問題についても、人材の流動化は大事なことのように思います。既得権を廃して人材の流動化を図ることで「ポスドク問題が喧伝されるが故にかえって埋もれてしまっている優秀な研究者」をアカデミアに入れて教員の新陳代謝をよくすることができるのではないでしょうか。
Posted by 非平衡 at 2009年01月25日 00:53
> 最高裁まで争った多数の判決が厳しい解雇要件を事実上規定していますから、解雇要件の大幅緩和を法制化してもらわないと経営者はおいそれと人を雇えないように思います。

確かにトップダウンが理想ですが、それを待っていてもいつまで経っても実現しそうにありません。そんなことを待っていたら僕の一生は終わってしまうので、僕は勝手に自分の会社で解雇要件を緩和しています。ただまぁ、外資系やベンチャー、中小企業などでは実質的に緩和しているわけで、ネックになるのは大企業と公務員ぐらいなんじゃないでしょうか。能力の低い人はそういうところで終身雇用で雇ってもらえば良いんじゃないかと思います。すべて緩和する必要はないし、選択することができて当たり前です。

> ポスドク問題についても、人材の流動化は大事なことのように思います。既得権を廃して人材の流動化を図ることで「ポスドク問題が喧伝されるが故にかえって埋もれてしまっている優秀な研究者」をアカデミアに入れて教員の新陳代謝をよくすることができるのではないでしょうか。

全くその通りだと思いますが、実現するのを待っていると僕は老衰で死んじゃうと思うので、そのあたりは偉い人に任せて、僕は僕でやりたいようにやっている次第です。
Posted by buu* at 2009年01月25日 18:30