2008年10月06日

東工大のスキー部OB会について

僕は東工大の体育会のスキー部のOBだけれど、OB会は自主的に退会している。退会しているのだけれど、その点は承認されていないようで、毎年のようにOB総会の案内がやってくる。でも、僕はもちろんOB総会に出る気はない。なぜ僕がOB会を退会したのか。

数年前まで、僕はOB会の運営の手伝いをやっていた。OB会は理事みたいなポジションを年寄りが占めていて、実務は比較的若手の人が対応していた。ここ数年は僕よりちょっとだけ上の年代の人が便利屋のように使われていた。ま、この辺はどこの体育会だって良くある風景で、何年経とうが先輩はいつまで経っても先輩。下手したら、同じ会社の部下であってもプライベートでは先輩だったりする。だから、ほとんど何もしない年寄りが上のほうにいても良いし、気の良いお人よしの先輩が彼らにあごで使われていたとしても、「けしからん」なんていうことを言う気はさらさらない。かように非常に体育会体質に対して理解を示す僕がなぜOB会を辞めたのか。僕の知る限り、OB会に対して公式に退会の意思を表明したのは長い歴史の中で僕だけだ。

きっかけは、OB会のメーリングリストである。「理科系の大学のOB会なんだし、連絡はメーリングリストでやろうぜ」みたいな話が持ち上がったのが数年前。うーーーん、6、7年前だろうか。僕がまだ理研あたりにいた頃だと思う。そのリストを作ったとき、なぜかそのMLに誰がいるのかが公開されなかったのである。閉鎖空間であるメーリングリストで、参加者が誰なのかわからない。なんだ、これは、と思って「なぜオープンにしないのですか?」と尋ねたら、「個人情報の兼ね合いで誰がいるかはオープンにできない」との答え。でも、MLの中で発言している人たちの所属などはバレバレなのである。もちろん、運営事務局も誰がいるのかは把握している。しかし、参加者には誰が参加しているのか教えてくれない。「誰が存在しているのかわからない」、そんな片手落ちのネット空間においてどんな発言をしろと言うのか。情報の発信者と受信者の立場の対等性が担保されないケースはインターネットでも多々あるが、OB会などという非常にプライベートな場においてなぜ一方的に受信者の権利だけが確保されるのかわからなかった。そこで、「こんなMLには所属していたくないので、リストから排除してくれ」と申し入れたのだが、今度はその申し入れを無視された。所属の自由すら与えられない不合理性に嫌気が差して、そんなMLを運営しているOB会そのものを辞したのである。

しかし、実は退会の理由はそれだけではない。いや、どちらかというと、それはあくまでもきっかけに過ぎない。なぜ僕がOB会の退会を決意したのか。それは、OB会の体質そのものに起因する。僕が現役のとき、OB会は非常に脆弱な組織で、僕たち現役選手はOB会から全く支援を受けていなかった。ところが、ある時期にOB会が、「OBらしく、現役部員を支援しよう」と言い出して、OB会費を徴収し、そして現役部員たちに現金を支給し始めたのである。僕はそのやり方に非常に違和感を覚えた。現役部員たちは乞食ではないのだ。「後輩である」という以外に何もない人間に対して無条件にお金を恵むことは、人間を堕落させる。そんな支援の方法しか思いつかないOB会はおかしいと思ったし、何らかのギブアンドテイクがある関係こそが望ましいと思った僕は、現役部員の合宿にときどき参加して、ポールセットを手伝ったり、ビデオを撮ってやったりといったことをした。僕はなんだかんだで現役部員の合宿に、卒業後7、8年ぐらい参加し続けた。これが僕なりの「現役部員の支援」だったわけだ。当然、僕にもメリットがある。合宿所に一緒に泊めてもらえるし(もちろんお金は払いますよ)、スキーの練習もできる。相互にメリットを持っているから、不公平感もない。おかげで僕はかなり下の代まで、スキー部員達に面識がある。しかし、お金をプレゼントするだけのOBはどうだろう。おそらく、一年に一度のOB総会ぐらいしか顔を合わせる機会はなく、もしお互いに社会人になったときに仕事で顔を合わせても、全く気がつかないだろう。僕はそんな支援をやりたくないと思った。

それで、僕はOB会の理事会みたいなもの(連絡会だったかな?とにかく役員だったので、学年代表として参加していた)で自分の意見を表明した。「現役部員を支援する方法は色々なものがあるはず。お金を出すというのもひとつの方法ではあるが、それはお互いの顔が見えない方法だ。せっかく同じ大学の先輩後輩としてスキーをやっているのだから、顔の見える支援だってあり得るはずだし、そちらの方が理想的ではないのか。ただ、そうした手段は誰にでもできることではない。だから、出来る人がやればいい。そういう、多様性を認めるようなことはできないのか。一律でお金を集めてそれを現役部員に渡すというのはあまりにも短絡過ぎるのではないか」というようなことを言ったのである。しかし、その会では特に議論もなく、そのままスルーされた。

僕は抗議の意味も含め、OB会が集めるOB会費は一切払わないことにした。また、きちんとした議論をしない会のあり方にも疑問を呈し、それ以降、会議には参加していない。

どうせ今後も「成績が良かった」と言っては喜んで寄付をするんだろうし、「成績が悪かった」と言えば「頑張れ」と口先だけで激励してお金を寄付するんだろう。そういう手段しかない人間がそういう手段でしか応援できないのは本当に気の毒な話である。

「じゃぁ、お前は具体的にどういう支援をするんだ?」

ごもっとも。僕はスキーを愛する人たちが気軽にスキーを楽しめるように、と思ってスキー屋を始めた。既存のやり方では価格に反映せざるを得なかった部分を別の形で担保して、それを消費者に負担させないように工夫した。それによって生じた利益はもちろん東工大の現役スキー部の部員に対しても同様に与えることが出来る。彼らは日本中のどのお店で購入するよりも安い価格でスキー、ブーツ、ワックスなどを購入することが出来る。もちろん、彼らが購入してくれることによって、僕にも利益がもたらされる。さらに、彼らがスキーの大会などで他大にうちのショップの宣伝をしてくれれば、売り上げも増えることになる。これは決して一方的な関係ではない。

「他に何も出来ないから金を出すだけ」のOBの存在はもちろん否定しないが、全てのOBが足並みを揃える必要はないはずだ。それなのに、無理やり低いレベルに合わせて、程度の低い支援をさせようとする。日本社会の駄目なところをそのまま引き継いでいるような組織である。こんな組織はこちらからゴメンである。

支援を通じても、先輩として後輩に何かを教えることができるはずだし、そういう機会として支援を捉えることが重要だと思う。何十人もOBがいて、誰一人としてそういう考えにならないところが東工大スキー部OB会の駄目なところだと思う。

この記事へのトラックバックURL