2008年11月27日

ブログでバイオ 第59回「そろそろ食について考えてみようか」

先日、バイオインダストリー協会の塚本専務と話す機会があった。というか、こちらから挨拶に行ったんだけど。塚本専務は僕が経産省にいたときの上司で、当時生物化学産業課の課長。その後四国の経済産業局長などを経て、去年の秋ぐらいからバイオインダストリー協会の専務である。去年から就任しているんだから去年のうちに挨拶に行けよ、という感じだが(笑)、まぁ、色々ごたごたしていることもあるだろうし、僕はバイオインダストリー協会の下っ端(だけではなく、上層部とも(笑))とは仲が悪いので、「そのうち」と思っているうちに一年経ってしまった。

塚本さんとかも、世の中で言う「天下り」になるわけだけれど、こういう事例を見ていると天下りというのも必要な場面は間違いなく存在するよなぁ、と思う。塚本さんの前任の地崎専務も天下りだったわけだけど、このバイオインダストリー協会という組織は以前は地崎さんひとりでもっているような組織だった。地崎さんは地崎さんで精力的に動く人だったけれど、いかんせん、在位期間が長すぎたようで、また地崎さん自身体調を崩していたこともあり、ここ数年は協会もかなり怪しい状態になってきてしまっていたようだ。折からの財団法人改革もあり、組織としてはかなり地盤が緩んでしまっていた印象が強い。そんな中、天下ってきた塚本さんだけれど、協会の財務状況は非常に悪く、それをどうやって再構築していくのかという重い課題をいきなり突きつけられたはずである。でも一年経って、まだ特にこれといった不協和音は聞こえてこない。

塚本さんは役人時代、どちらかというと風呂敷をたたむ側の人で、役人としては珍しいタイプだった。世の中の役人と言うのは基本的に風呂敷を広げる側である。それで、風呂敷をたたむ側の人というのは役所ではあまり評価されない。役人には3タイプいて、それは風呂敷を広げて成功する人、風呂敷を広げすぎて失敗する人、広げすぎた風呂敷をたたむ人である。それで、塚本さんは三番目。そんな塚本さんが、広げすぎた風呂敷をたたみつつ、必要な場面では風呂敷を広げなくてはならない立場になったわけで、今後の活躍を楽しみにするとともに、色々と情報交換をしていきたいと思っている。

さて、そんな塚本さんとポスドクの話をしてみたのだけれど、塚本さんの見解はあまり芳しいものではなかった。塚本さんの了解を得ずにここに色々書いてしまうのはまずいと思うので、ごくごく簡単に書いてしまうと、「折角機会を与えても、ポスドクの側からの踏み出しが全くないので、やりようがない」というもの。この意見には基本的に僕も同感だ。たとえば僕の周りにはポスドクが活躍できそうなバイオ関係の採用案件がいくつもある。しかし、僕のところにアプローチがあった件数と言うのはほとんどゼロである。たまに何かあったと思うと全責任を放り出して逃げ出してしまったりする(笑)。その話も塚本さんとしたのだけれど、「基本的に社会人経験をしていないポスドクは使い物にならないケースが多い」というところで意見が一致してしまった。ま、そんなこんなで色々話はしたのだけれど、無許可で書くわけにもいかないので詳細はスルー。何しろ、「ポスドク問題に対して我々ができることは「仕事」を提供すること。それをやりたくないというのなら、こちらとしては手助けのしようがない」というのが結論である。

ということで、このブログでも長い間色々書いてきたけれど、ポスドク問題についてはこの辺で一区切りつけたらどうかな、と思う次第。では次のテーマは、ということになるのだけれど、個人的に関心があるのは「食」である。最終的には「GMOにどう取り組んでいくのか」という話になると思うのだけれど、GMO問題も含め、バイオと食の関係領域は非常に多岐にわたる。たとえばさっき、こんな記事を見つけた。

寒さ本番でコンビニの“コラーゲンめし”が人気

大分前に「コラーゲン食って肌がぷりぷりになるわけねーだろ(笑)」というエントリーを書いたけれど、まーだこんな記事が出たりするところがこの日本と言う国の教育レベルの低さを示している。たんぱく質とは何か、アミノ酸とは何か、人間は食べ物をどうやって吸収しているのか、このあたりの基本的な知識があれば、みのもんたがどう言おうが、またそこに出てきている良くわからん大学教授が何と言おうが、「そんなのカンケーねー」ということになるはずなのだけれど、そうならない。国民が馬鹿だというのではない。国民にきちんとした知識が与えられていないのである。これは文科省の責任でもあるのだが、ちゃんとした知識を国が教育で与えないのであれば、民間できちんとした情報提供をしていく必要がある。

多くの場合、この手の情報は疑似科学という分野になるんだろうけれど、特に食周辺についてはこうした情報が凄く多いと思う。中には検証が非常に難しい情報もあって、「これは嘘」と断定するのが難しいものも含まれるわけだけど、コラーゲンネタなどは大分初歩的なところに分類されるものだと思う。こうした問題が山積みなのが今の日本の食関連の情報事情なので、そのあたり、ブログでバイオで色々と検証していけないかなぁ、と思っている。

ということで、軸足をポスドクから食に移そうかなーと思っている第59回でした。


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この記事へのコメント
>たんぱく質とは何か、アミノ酸とは何か、人間は食べ物をどうやって吸収しているのか、このあたりの基本的な知識があれば、みのもんたがどう言おうが、またそこに出てきている良くわからん大学教授が何と言おうが、「そんなのカンケーねー」ということになるはずなのだけれど、そうならない。


そうでしょうか。
彼女達も、その程度は知っているのではないかと思います。

それなりの大学の理科にいた人々が、20年ほどまえ、大真面目で空中浮遊とかを信じてしまったことを、反省したいです。

Posted by YY at 2008年11月27日 21:05
> 彼女達も、その程度は知っているのではないかと思います。

実際にフィールド調査をしたのでわかりますが、「知らない人がいる」と
断言できます。
Posted by buu* at 2008年11月28日 00:57
>基本的に社会人経験をしていないポスドクは使い物にならないケースが多い

これはポスドク問題でよく言われることなのですが、本当に“多い”のでしょうか?博士に対する過剰な期待感や偏見、バイオ・生命系特有の問題(理系博士の中でもこのジャンルはやや特殊な傾向があるようです)が影響しているのではないかと思えてならないのですが。
Posted by JDr at 2009年01月08日 23:45
> これはポスドク問題でよく言われることなのですが、本当に“多い”のでしょうか?

僕の数少ない経験においては使えない頻度は非常に高いですね。僕はバイオベンチャーの社長、コンサルティング会社の社員、ITベンチャーの社長として博士取得者を使ってきた経験がありますが、東大博士×2、東工大博士×2、筑波大博士、早稲田博士、東大博士予備軍×2を使って、全員役に立ちませんでした。

ただ、これを以って「多い」かどうかはわかりません。あくまでも経験に基づいた推測です。たまたま運が悪く、駄目な博士ばかりを使った可能性ももちろんあります。
Posted by buu* at 2009年01月09日 00:19
6(8)人が全てハズレとなると偶然とは考えにくいですね。ただ、色々とbuuさんの文章を読んでみて思ったのですが、使えない博士にしか出会わなかった最大の理由は、buuさんが“使える”と判断する基準が高すぎて世間一般から見れば結構優秀な部類に入るレベルでも使えないという判定が下されているからではないかと。buuさんが使えると思うのは千人に一人ぐらいのレベルで、博士というのは百人に一人ぐらいのレベルが基準値で大抵は“使えなく”て、十人の博士を集めれば確率的に一人ぐらいは使えるのが混じるはず、というようなイメージです。

考える能力を具備していない博士が居るというエピソードはちょっとよくわかりません。私の関わったことのある博士はそんな酷い人は一人も居ない、というか自分と同等以上の能力のある人ばかりで、最も無能な博士は自分なので・・・。
Posted by JDr at 2009年01月10日 03:04
> buuさんが“使える”と判断する基準が高すぎて世間一般から見れば結構優秀な部類に入るレベルでも使えないという判定が下されているからではないかと。

使えなさっぷりについては下記のエントリーに実例を書いてあります。

http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50363925.html

これを以って「世間一般では結構優秀」なのであれば、僕の基準は高すぎるのでしょう。僕の周りには学部卒や修士修了レベルでこの基準をクリアしている人間を山ほど知っています。たとえば三菱総研にしても、経済産業省にしても、博士を持っている人はほとんどいませんでしたが、同僚のほとんど全員がこのレベルをクリアしていました。

博士がこの程度のレベルをクリアできていないのであれば、それこそ博士などというラベルは何の役にも立ちません。それが役に立つと思って、そのラベルだけで就職したいと考えていたら仕事が見つからないのも当たり前です。

少なくとも、このレベルで「大学で9年もトレーニングしたんだから年収500万円ぐらいはもらえないと不公平だ」というだけの人たちとは僕は仕事を一緒にする気はありません。大事なのはこれまで何をしてきたかではなく、これから何ができるか、です。
Posted by buu* at 2009年01月10日 09:08
件のエントリーに挙げられた使えない例は、ご自身でも書かれている通り博士の一例でしかなく、しかも極端に悪い例ではないでしょうか。普通なら旧帝大クラスだと遅くとも学部の卒論を書く頃にはそのレベルは超えているはずですから。もしそのレベルの博士に容易に遭遇してしまうようであれば、やはりバイオ系は何かおかしいと言う私の偏見を助長する話でもありますね。

とりあえず、極端な(バイオでは普通なのかも知れませんが)例を出して博士の格を下げにかかられたら、私としてはbuuさんを「博士の敵」認定したくなります。
Posted by JDr at 2009年01月10日 22:12
> しかも極端に悪い例ではないでしょうか。

さぁ、ちゃんと調べてないからわかりませんね。

> 例を出して博士の格を下げにかかられたら、私としてはbuuさんを「博士の敵」認定したくなります。

どうぞどうぞ。全然困りません。で、博士の味方のJDrさんは何をやってどれだけの博士を助けたんですか?
Posted by buu* at 2009年01月10日 22:21
無駄に反発しあっても仕方ないので「博士の敵」という意味を説明しておきます。

博士がアカデミック以外で適切に扱われない大きな理由に、肩書きについて過大または過小評価されているという面があると見ています。buuさんの場合は過小の方にあたります。そして個人でそう考えるだけなら構わないですし仕方もないのですが、それなりに影響力がある立場や場所で吹聴されるとますます博士に対する偏見が強くなるので、そんな迷惑をもって博士の敵と言っています。

博士というのはスーパーマンでもなければ視野狭窄な専門バカでもなくて、標準よりちょっと賢いとか専門的だという程度のものだという認識が一般的になることが、博士が社会に受け入れられやすくなる第一歩だと思いますので、事ある毎に“こいつら使えねえ”的発言をされるのは止めて欲しいなあと。せめて、博士にも色んな人が居るので、偏見を持たずに接してみて各自で判断してください程度に留めるわけにはいきませんでしょうか?buuさん自身の考えも恐らくその辺だとは思うのですが、発言をざっと眺めるだけだとどうしても「使えない」という印象を残しがちなものが多いように思います。

>博士の味方のJDrさんは何をやってどれだけの博士を助けたんですか?

助けるどころか助けて欲しい側だったので、博士課程に進もうとする学生に余程の覚悟がない限り止めておけと助言をしたり、ポスドク問題に取り組んでいる人に協力したりという程度です。
Posted by JDr at 2009年01月11日 00:25
例のトピではROMっていたのですが、

http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50363925.html

>僕の数少ない経験においては使えない頻度は非常に高いですね。
>僕はバイオベンチャーの社長、コンサルティング会社の社員、ITベンチャーの社長・・・

buu*さんが使われてきた博士の方々に関し、以下の内、どのような認識をお持ちなのでしょうか。
おわかりにならないのかもしれませんが、印象で結構です。

(i) 彼らが博士の平均である
(ii) 博士としては高水準に分類される
(iii) 博士としては底辺に分類される


日本は依然として親方日の丸主義や大企業主義の色が強いですから、零細企業に「ポテンシャルの高い人員を集める機能が働いていない」という可能性は残りませんか。

博士もピンキリであることは認めますし、一部に全く無能な学位取得者が存在することも認めますが、箸にも棒にも掛からない博士を複数人集めてきて、それをもって全体を語るのも少しどうかな、と。

個人的には、平均的なポスドクは概ね中程度に優秀であると認識しております。

ちなみに小生、旧帝のバイオで学位を取りましたが、、
http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/50363925.html
ここで語られるようなレベルの学生に出会った事がございません。もちろん、今までの職場においても。
Posted by たこ at 2009年01月11日 01:22
> そして個人でそう考えるだけなら構わないですし仕方もないのですが、それなりに影響力がある立場や場所で吹聴されるとますます博士に対する偏見が強くなるので、そんな迷惑をもって博士の敵と言っています。

どんな発言にしろやめる気はさらさらないので敵で結構です。発言の内容は僕自身が決めますし、よそから口出しされるようなことではありません。

> 発言をざっと眺めるだけだとどうしても「使えない」という印象を残しがちなものが多いように思います。

「企業に就職する」という視点から見れば使えない博士のほうが多いというのが僕の認識です。ただし、きちんとしたトレーニングをすれば使えるようになります。要は大学院での教育がおかしいわけですが。もちろん、現状のままでもものすごく使える博士も存在しますが、彼らは博士課程に進まなくても使えた可能性が高いです。結局、使える、使えないという判断に博士であることとはほとんど独立である、というのが僕の考えです。

僕のスタンスは、博士という肩書きにはほとんど意味はないというものです。実際、うちの会社では博士であってもなくても、全く差別はありません。というか、そもそも履歴書を取らないので、博士かどうかなんか知らないのですが。ただ、現実問題として就職にあぶれている博士がたくさんいるので、彼らの中でその気がある人に対しては相談に乗っているに過ぎません。別に博士じゃなくても、仕事に困っていて、一所懸命努力する気がある人なら誰でも相談に乗ります。
Posted by buu* at 2009年01月11日 05:53
> おわかりにならないのかもしれませんが、印象で結構です。
>
> (i) 彼らが博士の平均である
> (ii) 博士としては高水準に分類される
> (iii) 博士としては底辺に分類される

上でないことは確かですが、どこまで下があるか想像もできません。なのでこの中にはありませんね。「博士として高水準ではない」でしょう。僕の知人の中にも優秀な博士は何人もいますから。

> 零細企業に「ポテンシャルの高い人員を集める機能が働いていない」という可能性は残りませんか。

これは当然あると思います。

> それをもって全体を語るのも少しどうかな、と。

全体を語ってなどいませんよ。こういう博士もいる、という話です。しかし、そういう博士が存在する以上、博士であることなどほとんど意味がないと思っています。博士だから有能だとも思っていないし、博士だから無能だとも思っていません。研究者として有能か無能かというのと、博士であることは無関係だという認識です。有能な研究者が博士課程に進めば有能な博士になるでしょうが、無能な研究者でも博士課程に進めるし、学位が取れてしまうという現実がある、という程度の認識です。ま、これも分野によって色々でしょうけれど。

重要なことは、「企業に就職する」という視点で考えたとき、企業は常に一番下をベースに考えるということです。一度採用してしまったら簡単に首を切れないのが日本ですから、最悪のケースを考えて採用を考えます。ポスドクの就職難は日本の雇用習慣と無縁ではありません。今、有期雇用制度の見直しの話がありますが、もし本当にそんなことをやれば、ポスドクだけじゃなくて普通の人もさらに就職難になります。

> ここで語られるようなレベルの学生に出会った事がございません。もちろん、今までの職場においても。

それは凄く幸せなことだと思います。良かったですね。
Posted by buu* at 2009年01月11日 06:07
>「企業に就職する」という視点から見れば使えない博士のほうが多いというのが僕の認識です。

厳しいですね。これが事実であれば、使えないものは使えないので、ポスドク問題は解決不能です。せいぜい数少ない使える方をうまく見分ける術を確立するぐらいでしょうか。私は、世間ではそう思われがちだが実際はそこそこ使えると思っているので、その点において大きく立ち位置が違うようです。

>現状のままでもものすごく使える博士も存在しますが、彼らは博士課程に進まなくても使えた可能性が高いです。結局、使える、使えないという判断に博士であることとはほとんど独立である、というのが僕の考えです。

博士課程によって優秀になるというほど優れた教育課程でもないと思いますが、優秀な者が博士課程に進むという面が多分にあるので、因果関係とは別に相関は強くありますよ。ただ、モラトリアムの再延長で進んでしまう学生も居て(極端な話、修士での就職に失敗して博士課程進学とか)、これがどうしようもない博士になったりするのは大きな問題です。

>それは凄く幸せなことだと思います。良かったですね。

つまるところ、これなのでしょう。使えない博士にばかり出会ってきたら誰でも否定的立場になります。私やたこさんの場合、使えない博士にほんど出会ったことがないので、博士はそこそこ使えるという見方になります。意見で経験を覆すことは至難なので、その点についてはいくら議論を交わしても平行線を辿るだけになりそうです。

buuさんの場合、博士へのプラスの期待が実体験によって完全に裏切られ、かといって期待が反転することはなく、属性としては完全に無視という結論に至ったようですね。博士無価値論はやや残念ではありますが、個人的に十分に許容できる範囲だと思います。私が最も問題視しているのは、履歴書に「博士」とあるだけで不採用箱に入れてしまう姿勢ですので。
Posted by JDr at 2009年01月11日 22:55
> その点において大きく立ち位置が違うようです。

そうですか。別に困りません。

> 優秀な者が博士課程に進むという面が多分にある

このような認識はありません。僕の大学の同期を見てみても、本当に優秀な奴はほとんどが修士で就職しました。もちろん、その中には博士に進んだ奴もいましたが。優秀だから博士過程に進んだということもないし、優秀だから就職したということもなく、進学するかどうかは優秀かどうかとは全く独立した事象だと判断しています。

> 博士へのプラスの期待が実体験によって完全に裏切られ、かといって期待が反転することはなく、属性としては完全に無視という結論に至ったようですね。

違います。

博士課程に進学するかどうかというのは基本的に優秀かどうかとはまったく別のファクター、例えば「教授との相性が良いかどうか」とか、「お金を稼がなくても大丈夫なくらいに家庭環境が恵まれているかどうか」とか、「修士のときに就職活動がうまくいったかどうか」といったところに左右され、一方で研究室サイドからはその学生が優秀かどうかということをほとんど評価していないため、結果として「博士であること」と「優秀かどうか」ということが独立しているというのが僕の考えです。
Posted by buu* at 2009年01月12日 01:31