2008年12月02日

中村紀洋選手のFA移籍にあたり

中村紀洋選手(以下、中村)が中日から楽天へFA移籍した。中日の日本一に大きく貢献したのは間違いないのだが、今シーズンを振り返ってみると、チャンスで打てないし、守備はイマイチだし、ちょっと下降線の選手であることも間違いがない。中日はここ数年、主力だった福留がメジャーへ出て行き、生え抜きで若手から育ってきている主軸がほとんどいない中、外から選手を連れてくるのではなく、きちんと若手を育成していかなくてはならない場面に来ている。井端、荒木といった小兵は素晴らしい活躍をしているのだが、主軸になる選手がいない。将来的にはポスト福留を若手の中から育てていかなくてはならないわけだが、しかし、選手は急に育たない。ならば外部からの戦力補強に頼るしかない。そんな転換期を支えたのがウッズであり、中村だった。

もともと、中村は中日で働いているべき選手ではなかった。彼が不本意ながらもセ・リーグにやってきたのは、彼が年俸交渉でもめ、外部に所属球団を求めた際、あるパ・リーグの有力者が、全球団に対して「中村を使わないでくれ」とお達しを出したのがそもそもの始まり(ただし、僕自身がそのお達しを受けたわけではない。あくまでも伝聞情報である)である。実際のところ、どの球団だって、中村は欲しかったわけだ。ただ、球界の有力者とつまらないコンフリクトを発生させてまで取るのはリスクが大きい。そんなムラ社会体質の中では、いつも先陣を切るのが中日である。大分前の中山裕章選手のときもそうだった。「選手個人としては魅力があるが、球団のイメージとか、他球団との兼ね合いでどうなのか」という場面で手を挙げるのはいつも中日である。この体質が良いのか悪いのかは判断が難しいところだが、個人的には実力主義の世界、くだらない人間関係を持ち込むような体質は好きではないし、犯罪を犯したからと言って村八分状態を続けていたら選手は社会復帰の機会を失ってしまう。なので、中村選手(中村選手は別に犯罪を犯したわけではないですよ)に対して手を差し伸べた中日はいつものことをやっただけだし、結果としてある程度の隙間を埋めることに成功したわけだ。

上述のあるパ・リーグ有力者はプロ野球の1リーグ化推進派でもあり、また楽天の加入によるパ・リーグ6球団化にも最後まで難色を示した人物でもあるから、その批判の対象と考えられる楽天が今回中村の獲得に最初に手を挙げたのも当然だし、逆に言えば楽天以外は手をあげるわけにはいかなかったはずだ。また、チーム事情もあって中村の活躍の可能性は中日に比較してはるかに高い。さらに、因縁の相手を直接叩く機会にも恵まれるわけで、プロ野球ファンとしては楽しみが増えるのも間違いがない。

さて、そんな状況でのFA宣言に対して、中日ファンからは「所詮はカネなのか」とか、「恩義はないのか」といった意見がちょろちょろと出ていたようである。野球を続けることができたのは中日のおかげなんだから、滅私奉公しろ、ということなのかもしれないが、こちらに関しては正直「気持ち悪いなぁ」というのが僕の思いである。確かに中村に手を差し伸べたのは間違いがない。そして、それのおかげで中村は野球を続けることができた。ただし、それは「中村がかわいそうだから」ではないはずだ。少なくとも、落合監督はそういう私情に流される人間ではない。あくまでも戦力として魅力があったから、そして、誰も手を挙げないから、獲っただけの話だろう。能力があると思ったから声をかけ、そして、その期待に中村が応えたから使った。そして、きちんと結果を残した。中村だって、別に中日が嫌いなわけはないと思う。逆にできれば中日で選手を続けたかったのではないか。しかし、中日は非常にドライなチームである。能力がなければ使わない。将来性がないならそれなりの使い方をする。立浪だって、ここ数年は代打専門である。中日、落合監督というのはそういうパーソナリティなのだから仕方がない。他球団にもっと活躍ができる場があるのなら、中村はそこへ行くべきだ。そもそも、中村に恩を売りたいのが中日や中日ファンの想いではなかったはず。ドライといえばドライだが、実力の世界なんだから、実力だけで語るべきだ。

サッカーだと、たとえばJリーグなら、資金力があって、よそから選手をどんどん獲ってきて、常に優勝を目指すチーム、生え抜きを中心にして、ときどき優勝に絡んでくるけれど、中位をキープするチーム、J1とJ2を行き来しながら、若手を育て、J2に落ちる際にはJ1に置き土産をおいていくチーム、と、役割分担がはっきりしている。レッズやアントラーズで最初から大活躍するのは非常に難しいが、下位チームで活躍を認められ、そうした名門に移籍するのはいたって普通のことだし、また、そういったチームで活躍していくのが難しくなった選手は徐々に活躍の場を下のほうへ移していくことも珍しくない。あれだけの人気を誇ったカズですらここ数年はJ2の選手で、FWなのにゴールは大して挙げていない。しかし、それでもサッカーを続けているし、存在感はきちんと示しているし、恐らくはサポーターからも愛され続けている。そうした新陳代謝や世代交代、役割分担がサッカーには存在するのだが、どうも野球にはそういったムードが希薄だ。こういう状況の一番の原因は、サッカーには「ワールドカップで優勝する」という選手共通の目標があって、それを目指すためのJリーグ、という基本姿勢があるのだが、野球にはそれがないことだろう。一応WBCなんていう大会を作っては見たものの、それは選手共通の目標にはなりえない。一丸になって何かを目指すわけではないので、結果として選手はチームのために働くし、ファンはチームだけを応援する。さらに、入れ替え戦のような仕組みもなければプロ野球12球団に入れ替えを挑戦する下部組織すら存在しない。既得権を持った組織が経営不振に陥るまで延々と居座っていられる仕組みである。こうした背景もあってか、経営者、選手、ファンの間に密なムラ社会構造が形成されてしまい、出て行く奴はけしからん、みたいな雰囲気になってしまっている。逆に言ってしまえば、そういう雰囲気が好きな人は相変わらず野球ファンで、それが嫌な人はサッカーファン、みたいな状態になってきているのかも知れない。だから、ムラ社会的な野球ファンが今回の中村のFA宣言を見て、「恩知らず」などと思うのは全く以って当然のことなのかも知れない。

しかし、サッカー的な視点、野球界全体を俯瞰して日本の野球のレベルを向上させる、という視点から考えれば、中村のFA宣言は非常に良いことだと思う。中村が守りたいサードには、中日には森野がいる。中村と森野、パンチ力、一発の魅力ということを考えれば中村に分があるが、あと何年働けるのかとか、守備力とか、バッティングの器用さとか、そういったことをトータルに考えれば森野の方が魅力がある。じゃぁ、中村さんは森野の控えでベンチにいてください、ということになれば、中村だって納得がいかないはずだ。レギュラーで活躍できる場があるなら、そちらの方が良いに決まっている。レギュラーで活躍すれば評価も上がり、給料も増える。山崎(FA移籍ではないが)の例を挙げるまでもなく、他球団に行ってそこで活躍するなら、中日にいてベンチでくすぶっているよりずっと良い。大体、中日はそういう峠を越えてしまった選手をいつまでもおいておく球団であるべきではない。カネに任せてよそからじゃかじゃか獲ってくるだけというのもいかがなものかと思うが、もうちょっと生え抜きに軸足を移しても良いはずで、中村の引き取り手がいたことを歓迎すべきだし、中村の宣言を歓迎すべきである。中村と同じような位置には西武から来た和田がいることもあって、中村の居場所はなくなりつつあった。

中日には多くの選手が移籍してきて、そして出て行ったり引退したりしているわけで、出入りが少ない球団では決してない。だから、川上が出て行っても「じゃぁ、行った先で頑張って」と思うし、福留が後半失速すれば「来年こそは頑張って欲しい」と思うわけで、FA宣言したり、移籍したりすると「踏み台にされた」とか、「ファンの気持ちを無視している」とか、「カネでごねやがって」とか言っているのを見ると自分達の球団が何をやっているのかまず良く見てみろ、という気にもなってくる。FAで中日に来た選手だけでも、金村、武田、川崎、谷繁、和田と、5人もいるのである。56例(うち国内移籍39例、数え間違いがなければ)のFA移籍数からみても平均以下ではない。

そして何より、選手はファンの財産ではない。

移籍していく選手についてはそれがどういう形であれ、「今までありがとう。次の場所でも頑張って!」と送り出したいものである。中村の場合、移籍先がセ・リーグの球団ではないから、いつもその活躍を目にすることはできない。しかし、今は交流戦もあるのだ。中日の投手陣と中村の対決は、それはそれで楽しみである。

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