2008年12月15日

容疑者Xの献身

baf97ab3.jpg容疑者Xの献身、やっと観に来たわけだけれど、今日は客はゼロ(笑) 大丈夫かなー、と思いつつ、思いっきりリラックスしながら鑑賞。で、結論から書くと、映画の出来は思ったよりも良かった。少なくともテレビドラマの駄目駄目具合に比較すると随分とまとも。これができるならテレビでも妙な演出なんかしないで普通に見せろよ、と思うのだが、まぁこれは別の話。

何しろ、原作が異常に素晴らしい出来のこの作品なので、普通に作ればつまらないものになるわけがない。

原作の評価はこちら→「容疑者Xの献身

問題は、この書評でも書いている「吟醸酒をつくるときの精米のような、ぎりぎりまで濃縮し、計算し尽くされた文章の構築」をどこまで映像化できたのか、ということ。何しろ直木賞受賞のベストセラーだから(かといって、東野氏のベスト作品だとは思わないが)、この映画を観る人のかなりの部分がネタばれ状態で鑑賞することになる。肝心要の部分で驚きを与えられない以上、映画として新しい何かを見せないことには「なんで映画化したの?」ということになってしまう。ぎりぎりまで濃縮されたものを水で薄めてしまっては話にならないわけで、じゃぁプラスアルファは何ですか?となる。そして、そのプラスアルファとは、堤真一の演技だった。この映画の価値は、文章で余すところなく表現されてしまっている石神の絶望を、言葉を変えれば、読者それぞれの想像力の中で表現されてしまっている石神の絶望を、映画という媒体を通してどこまで表現し、そして観るものをどこまで満足させるか、ということになる。個人的には、そこそこに満足した。これは堤真一の演技力によるところが大きい。

結局のところ、一応主役という扱いになっている福山雅治、柴咲コウといったところがどれだけ登場しないかがこの作品の評価の分水嶺となるところだったのだが、もうちょっと影が薄ければもっと良かったのに、と思う(それでも柴咲コウの登場頻度はかなり抑えられていて、結果として映画のクオリティは上がったわけだが)。

原作のクオリティには遠く及ばないのだが、映画としては楽しめるレベルに仕上がっていて、お金を払っても良いレベルだったと思う。評価は☆2つ。

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/buu2/50779294