2009年02月20日

村上春樹のスピーチに関する考察

村上春樹のエルサレム賞受賞スピーチ、第一報と続報(というか、概略版と完全版)をじっくりと読んでみた上で、簡単に考察を書いてみる。

村上春樹のスピーチ

村上春樹スピーチ全文

まず、村上春樹スピーチ全文を元に、「僕ならこう略す」という概略を書いてみる。

小説家とは、プロのうそつきである。

小説家は、真実を明確に見せる手段として、嘘を利用する。大抵の場合、真実はそのままの形で把握するのが困難だ。そして、小説家はそれを実現するための手段として虚構を作り上げる。そのために、小説家はまず真実のありかを明確にしなくてはならない。

しかし、僕は今日、嘘をつくためにここにいるのではない。正直に語ろうと思う。実は多くの人が、エルサレム賞を受賞することについて反対した。その理由は、もちろんガザの戦闘である。

受賞の知らせを受けて、僕は、イスラエルに行くべきかどうかを自問自答した。受賞することによって、紛争の片方を支持したことになるのではないかと危惧した。僕はどんな戦争も支持しないし、どんな国も支持しない。

熟考したのち、僕は来ることにした。その理由のひとつは、あまりにも多くの人が受賞を辞退するようにアドバイスしたからだ。僕は天邪鬼だから、辞めろと言われるとやりたくなる。僕はここへ来て、そして皆さんの前でスピーチすることを選んだ。

僕はここに政治的なメッセージを届けに来たのではない。僕のメッセージは、僕の小説の中に存在する。

しかし、僕の個人的なメッセージを述べさせて欲しい。それは、いつも僕が小説を書くときに考えていることだ。

僕は、高い壁と、それに立ち向かって壊れてしまう卵があるなら、いつも卵の側に身を置く。

壁がどんなに正しくて、卵が間違っていたとしても、僕は卵を支持する。

壁とは何か。それはたとえば、爆撃機や戦車やロケットである。そして卵とは武装していない市民だ。

これはひとつの例だが、もっと深い意味がある。僕たちは、みんなそれぞれがかけがえのない魂を持った、脆い卵だ。そして、程度の差こそあれ、みんな壁の前に立っている。壁の名は「システム」だ。システムは僕たちを守るはずだが、時としてそれは僕たちを傷つける。

僕は、たった一つの理由で小説を書いている。それは、一つ一つのかけがえのない魂に光を当てるとともに、システムによって僕たちの魂が絡め取られないように警告するためである。

僕の父は、昨年90歳でなくなった。彼は大学院のとき、徴兵され、戦争に行った。戦争から戻った彼は、毎朝朝食の前に、仏壇の前で手を合わせていた。あるとき父になぜそうするのかを尋ねると、彼は、戦争で死んでいった人のため、敵味方関係なく、戦争で死んでいった人のために手を合わせていると答えた。手を合わせている父の周囲には死の影が漂っていた。

父が死んで、多くのものは失われたが、父の周囲にあった死の存在感は今も僕の思い出の中に残っている。そしてそれは最も大事なもののひとつだ。

今日、僕が皆さんに語りたいことは、僕たちは誰もが一人の人間で、壁の前に立ち尽くす脆い卵であるということだ。壁はあまりに高く、強く、そして冷たい。僕たちにはほとんど勝ち目がない。もし望みがあるとすれば、僕たちが他者を思いやり、お互いに理解しあうことができたときだけだろう。

僕たちは生きた魂をもっている。システムにはそれがない。僕たちはシステムに負けてはならない。システムを作ったのはほかならぬ僕たち自身なのだから。


この文章のポイントはひとつには「人間」と「死」の関係。もうひとつには「人間」と「システム」の関係である。ノルウェイの森を筆頭にして、村上春樹はたくさんの小説で「死」とは何か、「死」と「生」の関係について語ってきている。生の中に存在する死、生活の中に存在する死というものを語ってきている村上春樹にとってそれが大きなテーマであることは間違いない。そして、その「死」に直結している「システム」との戦いについて個人的なメッセージを発している。国家、人種、宗教を超えて他者を思いやり、お互いを理解することによって、システムに打ち勝とう、と。

では、ここでのシステムとは何か。わかりやすい例として村上春樹は爆撃機やミサイルを挙げているが、同時に「それだけではない」と言っている。随分前の佐野元春の歌にこんなのがあるのだが、

愛のシステム
作詩・作曲:佐野元春

そこにあるのはシステム 君はいつもはずれてる
そこにあるのはシステム 君はいつもはずれてる
正しいと言う時 まちがいと言われる

そこにあるのは力 いつも負けてしまう
そこにあるのは力 いつも負けてしまう
まるで沈む石のように 君を悲しくさせてる

そこにあるのは数 いつも押されてしまう
そこにあるのは数 いつも押されてしまう
あきらめる前に 少しだけ疲れているだけさ

そこにあるのはユニフォーム スピリチャルなぺチコート
そこにあるのはユニフォーム スピリチャルなぺチコート
くりかえしくりかえすあいだに
いつの間にか君を好きにさせてしまう

愛はフラスコの中 君を怖がらせてる
愛はフラスコの中 君を怖がらせてる
たどり着く前に 君を疑わせてしまう

さよならのくりかえし 君は無口になる
さよならのくりかえし 君は無口になる
彼女の清らかな海 それは君の果てしない砂漠


あるいはコンプリケイション・シェイクダウンという曲にも「システムの中のディスコティック」という歌詞が出てくる。意味合いとしては非常に近いものがあると思うが、要するに「人間が作り出したすべてのもの」ぐらいの意味なんじゃないかと。自分たちが自分たちのために作り出したすべてのものに対して、従属してはならない、と。人間は、国家とか(これもシステム)、人種とか(これもある意味システム)、宗教とか(これもシステム)などを超えて、思いやり、理解しあわなくてはならない、と、こんなことなんじゃないかな、と。

エルサレム新聞に掲載されたスピーチの第一報は、なぜか死のことについて触れられていない。わざわざ父親の死のことに言及したのに、さらっとスルーしている。加えて、最も言いたかったはずの、国家、人種、宗教を超えて理解しあって欲しいという部分もスルーされている。これでは、村上春樹がわざわざエルサレムまで行った意味がない。

さらに、日本の新聞が述べているところの頓珍漢ぶりも指摘しておきたい。

まずアサヒコム

イスラエルが進めるパレスチナとの分離壁の建設を意識した発言とみられる。


村上春樹は「今日は政治的なことは言わない」と明言しているじゃないか。分離壁なんか、意識してないんじゃない?というか、そこへ短絡的に落ちてしまうことを嫌っているんじゃないかなぁ。村上春樹の小説の中にも象徴的な存在として壁が出てきたことがある(世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド)わけだけど、それも含めて、かなり広範なところを意味すると思うのだけれど。朝日新聞が我田引水した書きぶりだと思う。また、最後の最も言いたかったと思われる部分についてスルーしている理由がわからない。

続いて時事通信

その上で、「爆弾犯や戦車、ロケット弾、白リン弾が高い壁で、卵は被害を受ける人々だ」と述べ、名指しは避けつつも、イスラエル軍やパレスチナ武装組織を非難した。


ここで挙げたものはあくまでも壁の例であって、こういう書き方をしてしまうのは「これがすべてではない。もっと深い意味がある。」という村上春樹の意図を捻じ曲げていると思う。それに、「爆弾犯」ではないだろう。爆弾犯では、人間になってしまう。ここは爆撃機なんじゃないか?

続いて読売オンライン

読売は嫌いだが(笑)、ここは結構良い線行っている。

戦争を生む社会システムを「我々を守る一方、時には組織的な殺人を強いる『壁』」と呼び、人間を壁にぶつかると割れてしまう「卵」にたとえた。


「社会」システムと限定したところが微妙だが、まぁこんなものだろう。ただ、例によって一番言いたかったと思われる部分についてはスルー。

続いてJanJanだけど、

村上氏はパレスチナを「壊れやすい卵」に例え、イスラエルを壁に擬えた。


一体何を聞いたんだ(笑)?

毎日新聞

そのうえで村上さんは、人間を殻のもろい「卵」に例える一方、イスラエル軍の戦車や白リン弾、イスラム原理主義組織ハマスのロケット弾など双方の武器や、それらを使う体制を「壁」と表現。


いや、だからね、それらも壁であることは否定しないけれど、武器やそれを使う体制だけが壁じゃないでしょ(^^; そんな、限定的なことを語っているんじゃないと思うんだけどね。

村上春樹は「政治的なメッセージを述べたいのではない。個人的なメッセージを述べたい」と明言しているにも関わらず、どうしてみんなそこから政治的なメッセージを読み取りたがるんだろう(笑)。もうちょっと素直に読めよ、と思うのだが。あぁ、みんな、政治的なことを語ることこそがアイデンティティなメディアだから、政治的なところを読み取らないと存在意義がないのかなぁ。その点このブログは別に政治的なことなんか語らなくても良いからね(^^

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