2009年04月21日

ブログでバイオ 第63回「みなさん、遺伝子組換え食べてますけど」

68285ff6.gif将棋の大会がひと段落して、他の契約事項も無事解決。心の荷物が色々と片付きつつあるので、久しぶりにブログでバイオである。今回のテーマは遺伝子組換え。第62回はこちら。
ブログでバイオ 第62回「美味しいクローン牛が食べたい」

情報の受け手のレベルを分析して、それに対してどういう情報を提供するか、あるいはどういうサービスを提供するかを考えてみた。ここで、情報の質の評価軸として「情報のもっともらしさ」というを設定してみたい。「もっともらしさ」とは、「正しさ」ではない。あくまでも、「それらしく聞こえる」ということである。

現在の社会でもっとも一般的なのは、情報の受け手の知識レベルが低く、そこに対してもっともらしい情報を提供するケース(図ではAの部分)。この典型的な例が血液型占い(厳密には血液型はトンデモの領域に踏み込んでいるが)である。血液型というのは高度にサイエンティフィックなもので、それに依存したデータというのは「もっともらしい」ものだ。ところが、一般の人の知識レベルは「血液型というものが存在し、それによって人間は数種類に分類することができる」ということと、「自分の血液型が何か」というところまでである。実際には血液型の分類方法は他にも色々あるし、また最も一般的な血液型の分類方法であるABO型による相性診断や性格分析などは全く科学的根拠がない。その中でABO型による分類だけを強度に妄信する人が多いのは、情報の受け手の知識レベルが低いことに起因すると考えられる。何しろ、人間は「科学的」ということが好きで、その一方で本気で科学を勉強するのは面倒くさくて仕方がない。結局「大学の先生が言っているから」とか、「テレビでやっていたから」とか、「新聞に載っていたから」とか、「得意先の人が説明してくれたから」などの理由で安易に(あるいは自分に都合の良いように)情報を信頼してしまう。そして、そういった不正確な情報を語るのが大好きなのだ。この領域は「半可通」あたりの言葉で表現できると思う。

一方、占星術になると、現在は血液型ほど信頼性が高くないようで、それは「血液型」という科学的な一要素と、「生まれた日」という単なる暦上の一事実とが、潜在意識的に優劣をつけているのかもしれない。そうした中においては「占星術」というのは比較的もっともらしさが低く、単なるエンターテイメントとして受け取られている節がある(図ではBの部分)。最近はすっかり聞かなくなったが、「どうぶつ占い」なんていうものがこの領域の性質を最も的確に表現している。もともとほとんど全ての事象は実はこの領域からスタートしているはずで、看板の設置や権威化などによって情報のもっともらしさが向上するとAの領域に移動することになる。

日本人の知的レベルは比較的高いと思われているのかもしれないが、血液型占いなどが非常に信頼性が高いと受け止められている時点で実際はレベルが低いのかもしれない。ただ、あるピンポイントのものごとについては、部分的にレベルが高いケースもある。先日毎日新聞が永久機関に関する記事を掲載して大恥をかいたケースなどがその例だが、「永久機関?そんなものあるわけないだろ」というところについてはかなりの範囲で合意事項となっているようだ(それでも新聞記事にはなってしまうわけで、必ずしも浸透しているわけではないのだが)。他にも、トンデモ水など、この領域に属するものは決して少なくない。これらの情報はもともとエンターテイメントの領域にあったものなのだが、情報の受け手のレベルがアップしたために、「トンデモ」に評価がシフトしたことになる。

さて、情報の受け手のレベルが高い中における、もっともらしい情報の提供という、Cのエリアにはどんなものがあるのか。たとえば、今日放送されている将棋の名人戦の衛星放送などはこれに該当する。この番組を楽しみにしている人は基本的にそれなりに将棋のレベルが高い人で、興味のない人、将棋のレベルが低い人(たとえば駒の動かし方を知っている程度)は対象としてあまり想定されていない。そうした中、将棋の専門家がやる解説というのは非常に信頼性が高く、図ではCの部分に想定される。

と、血液型、占星術、永久機関、将棋解説と雑多なターゲットを一つの図の中に無理やり載せてみたわけだが、ここで考えてみたいのが「遺伝子組換え作物」である。現在、遺伝子組換え作物が所属する領域はAである。遺伝子組換え作物に関する一般生活者の知識レベルは非常に低く、それでいて「遺伝子組換え作物は危ないらしい」という雰囲気だけが出来上がっている。ほとんどの消費者が「遺伝子組換えでない」という表示があると安心するようだが、その理由はといえば、「テレビでやっていたから」とか、「色々な食品に記載されているから」とか、原因は全くサイエンティフィックではない。そもそも、大学できちんと分子生物学を勉強した人間で、「遺伝子組換え作物は危険だから食べたくない」などと言う人が一体どの程度いるのか疑問である。僕が知る限りにおいて、血液型による相性診断を非常に強く信頼する生化学専門の大学教授は見たことがあるが、遺伝子組換え作物の危険性を真剣に危惧している人は全く見たことがない。もちろんそういう人もゼロではないと思うが、僕の個人的な経験を基にして言えば、その頻度は非常に低い。

さて、現在Bに所属する事象をA、あるいはトンデモの領域に移動させることは可能なのだが、Aの領域に所属するものをトンデモの領域に移すことは非常に難しく、その事例はほとんど見当たらない。もちろん、Bの領域に移すことも難しい。Aの領域にあるものをどこかに移すとすれば、それはCの領域以外にないのである。とすれば、このままAの領域に存在させるか、あるいはCの領域に移すべきか、ということになる。もし、現状で何も問題がないのであれば、そのまま放置していても特に不都合はない。本当に問題がないのか、ということになるのだが、そのあたりは日本の食料自給率、海外の遺伝子組換え作物栽培動向、産業としての農業・畜産業のあり方、生活コストなどが複雑に絡んでくることになる。それらを一つ一つ検証していくのはそれなりに大変で、それこそどこかの大学の先生とか、あるいは研究者にお任せしておきたいところだが、サイエンスと社会学の境界領域に生息する人たちの意見としては、「今後は遺伝子組換え作物にシフトしていかざるを得ない現状がある」というのが主流だと思う。そして、そのためにはAからCへの移動は必須だと思う。

ここでちょっと視点を変えて、「では、どうやってCに移すのか」を考えてみる。手法は大きく分けて二つある。

一つ目は、言わずと知れた「教育」である。これは全くの王道であって、一番望ましい手段であることに間違いがない。理想的ではあるのだが、問題はいくつかあって、その一つは遺伝子組換えについてきちんと教育するためにはそれなりの時間とお金を投入しなくてはならないということである。こうした教育は理科はもちろん、社会、家庭科あたりでも必要になってくるだろうが、それらの教育を担当すべき教員が正確な知識を得る機会があるのかどうか、あるいは今後そういう機会を作っていけるのかという問題もある。また、そういう教育活動に対して反発するデリケートな社会集団が存在する可能性もあって、非常にぼんやりとではあるが、「なかなか大変だろうな」というのが僕の個人的認識だ。

さて、もう一つの手法。これは比較的簡単だと思うのだが、現状をきちんと認識してもらう、というものである。「遺伝子組換え作物は怖いから食べたくない」と考えている人は比較的多いと思うのだが、そういう人たちがすでに日常、遺伝子組換え作物を食べてきているという事実を提示してあげるのである。今の日本では遺伝子組換え作物へのアレルギーが不当に強いので、メーカー各社はそのあたりを非常にぼかしている現状がある。たとえばこんなデータなどがあるわけだが、

米国の遺伝子組み換え農作物の栽培状況(2008年度)(バイテク情報普及会)

米国産ダイズの92%、米国産トウモロコシの80%が遺伝子組換えである。

では、日本の輸入はどうなっているか、ということだが、

輸入量
トウモロコシ 16460000トン(うち、米国からが98.7%)
ダイズ 3711000トン(うち、米国からが72.3%)
農林水産省「農林水産物輸出入概況(2008年)


国内生産量(平成20年)
トウモロコシ ---トン(ほとんどゼロのため、統計データなし)
ダイズ 261700トン(農水省のサイトより)

という状態だ。輸入されているトウモロコシ、ダイズがそのまま加工されずに食卓に載るとは限らないし、飼料にまわされるケースも決して少なくないのだが、現実問題として「遺伝子組換え作物フリー」などとは口が裂けても言えないような状況がある。この手の統計データは入手可能な限りで集めていってもそこそこにインパクトがあるものになるはずで、これに加えて農水省などが持っている非公開のデータ、あるいは公開されていても、なかなか目に付かないような場所に存在するようなものまで引っ張り出してくれば、「ええーーーー?これまで散々遺伝子組換え食べてきているじゃん」ということになるのは間違いがない。

僕は、ある農水大臣が「消費者が自分でも気が付かないうちに食べていました、という状況になっているのが望ましい」と発言していたのを知って憤慨したことがあるのだけれど、現状はすでにそんな状態である。知らないのは生活者ばかり、ということだ。しかし、確かにこの農水大臣の言っていたことも今となっては一理あったのかな、と思う。知識のない生活者たちがただただ感情的に批判し、それに対して情報を提供しても全く聞く耳を持たない、という状態にあって、代替策が皆無ということであれば、最終的には「もうあなたたち、食べてますよ」という状態を作ってしまうというのも一つの手である(もちろん望ましくはないし、僕は今でもこの手法は不適切だと思っている)。

やや長くなったが、つまり、「教育が難しいのであれば、情報を開示するのはどうだ」というのが二つ目の手段である。

実際にこうした情報公開をやってしまうと、「どうしても遺伝子組換えは厭だ」という人は、日本においては食べられるものが非常に制限される。「完全に排除したい」と思ったら、もうほとんど選択の余地がなくなるし、外食などは実質的に不可能になると思う。たとえばコーンフレークなどはもうほとんど完全に遺伝子組換えのトウモロコシから作られていると思って間違いないと思うのだけれど(ただし主観)、加工の過程で組換えDNAおよびそれによって生成されたたんぱく質が分解されているという判断のもと、表示が義務付けられていない。こういったものには醤油だとか、食用油だとかがあるわけで、「遺伝子組換えでない」と表示されていないものはほとんど全て遺伝子組換えだと思っても良いくらいだろう。何しろ、そういう情報を全部正確に、しかも大々的に広報してしまえば「ええええええええ」という状態になるのは想像に難くなく、そういうこともあって、情報を持っている側は今のところその情報の開示に積極的ではないようだ。要は、「もうちょっと自然に情報の受け手のレベルが上がるのを待ちましょう。その前にやってしまうとインパクトが大きすぎます」ということなのだろう。

それで、「まだ早い」というのは情報を持っている人々の主観なわけだけれど、個人的にはもうそろそろやっちゃっても良いんじゃないかと思っている。もう後戻りができない場所に来ているのは間違いがない。そんな状況において、「遺伝子組換え作物は絶対食べません」というのは、前述の図でAからトンデモへのシフトに他ならない。ただ、その可能性も全くゼロではない。Aの領域にあるものをトンデモの領域に移すのは非常に難しく、その前例も見当たらない、と書いたのだが、もしかしたらそういう事例の代表例になるかも知れない。そのためには、「絶対、どうしても、死んでも遺伝子組換えは厭だ」という強い意思が働く必要があるのだが。

さて、次回以降、もうちょっと遺伝子組換えについて突っ込んで書いていきたい気もするし、今回で随分書いちゃったなぁ、とも思う。もともとは「うちの新しいサービス、半可通のエリアに投入しましょうか、それともエンターテイメントのエリアに投入しましょうか」「一般の人はいい加減な知識しかないけれど、正確なサービスを求めている。一方、元木は正確な知識を持ちつつ、エンターテイメントなサービスを提供しようとしている。その両者は全く方向性が違う」という議論が発端だったんだけれど、個人的な問題意識があった遺伝子組換えに転換させてみた次第(笑)。

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【備忘録】「ブログでバイオ」リンク集更新【Science and Communication】at 2009年04月21日 22:29
この記事へのコメント
うう〜ん
ポスドクと女流棋士の境遇が重なってしまう今日この頃。

そういえば数年前に永久機関を喧伝してた元プロレスラー議員がいましたねww
Posted by ライトユーザー at 2009年04月22日 13:13
> ポスドクと女流棋士の境遇が重なってしまう今日この頃。

僕はLPSAにいる女流棋士以外とはほとんど話をしたことがないので、皆さん実際はどう思っているのか、良くわからないのですけどね。この手の話は、当事者が問題意識を持たない限りは改善しませんから。当事者が動くかどうかで。

> そういえば数年前に永久機関を喧伝してた元プロレスラー議員がいましたねww

永久機関はみんなの夢だったからなぁ(笑)
Posted by buu* at 2009年04月23日 11:42