2009年05月16日

グラン・トリノ

27a0f1bc.jpgクリント・イーストウッドの映画はほとんどが救いがない。救いがない中に何かを見つけてもらうという芸風。最近ではチェンジリング、ミリオンダラー・ベイビー。え、それで終わるの?という感じ。まったくすっきりしない。見終わった瞬間に圧倒的なカタルシスがあるわけではない。ここがこれまで名作と言われてきた映画と一線を画すところでもあり、またクリント・イーストウッドのクリント・イーストウッドらしいところでもある。それをどう捉えるかは各人それぞれ。そして、この映画もその流れの中にある。しかし、この映画のラストの圧倒的なメッセージ性に対して明確な批判ができる人間がいるのだろうか。

映画は最初から計算尽くされている。冒頭の妻の葬式のシーンで家族から浮いてしまっているウォルトを描くとともに、頑固オヤジであることも表現する。加えてすっかり自暴自棄になっていて、昼真っからテラスでビールを飲み続ける生活。そうした孤独な老人と、アジア系移民一家との交流を描くことによって物語は進んでいく。途中、差別的な言葉や表現が実は親愛の情の表現と表裏一体であったことなども示しつつ、神父、町の不良少年とのかかわりを中心にラストへと進んでいく。

被差別住民の表現は差別を見せつつも温かい視線に終始する。床屋のオヤジとの交流は非常にコミカルで物語に緩みを与える。社会の一線から退いたあともなお社会の一員として存在する頑固オヤジは、日本、米国の別なく、物語のテーマとなりうるのだろう。

そして、徐々に物語に影を落としていく不良少年たち。朝鮮での戦争で人を殺した過去に悩み続けてきた主人公は、今では最も身近な存在となった少数民族の隣人のために何ができるのか。

何より、まず周到に計算された脚本が素晴らしい。圧倒的なラストの直前に大量に盛り込まれるコミカルなシーン。そこで観客を完全に弛緩させておいての急展開。そして、「この八方塞をどうやって解決するんだ」と全ての観客の興味を一点に集中させ、そして解き放つ。そのあたりのエピソードの配置具合が絶妙。

ダーティー・ハリーで事件を解決してきたクリント・イーストウッドは、20年を経て何を表現しようとしたのか。見終わってみれば「なるほど」ということになる。

弱者に対する温かい視線はいつもの通り。そして、圧倒的な悲劇性もいつもの通り。問題の解決方法は例によってすっきりしない。本当にそれしかなかったのか?他のやり方はないのか?しかし、そこで、主人公が戦争で抱えた心の傷が生きてくる。ちょっと前にクリント・イーストウッドは戦争の映画を二つの視点で二本撮っているが、今回も実は戦争に関する映画でもある。命令もないのに人を殺してしまった自分の罪をどうやって償うのか。加えて、親戚たちとの希薄な関係、悪くなる一方の体調。そういった複数の視点・伏線がラストへつながっていく。

個人的なことを言うと、一台の車を後生大事にしている主人公、今まで生きてきた証として工具を捨てずに全て揃えている主人公、家電を大事に使い続ける主人公、こんなところに妙に共感してしまった。そして、そういう風に大事にしてきたものを次の世代に託していくあたりが地味に素晴らしい。

ちょっと残念だったのはいつもの戸田奈津子女史の字幕。もっと口汚くののしっているのに、という部分もあるし(いや、まぁ、fish headとか、egg rollとかをそのまま訳しても仕方ないのだけれど)、さっくりとスルーされてしまって字幕にすらならない言葉もある。健康診断書とかについて何も書かないのはいかがなものか(って、でもそれは難しいか・・・・)。松浦美奈さんだったらなぁ、と思わずにはいられない。あと、可愛くて聡明なスーが可哀想だった(;_;)

愛犬を助手席に乗せて走り去るシーン、そしてラストの歌。ここで感動しない奴がいるのか?エンドロールが流れている間に退席する馬鹿が少なからずいたのが驚きだ。エンドロールが流れ出したら席を立つのがしきたりとでも思っているのだろうか。

評価は☆3つ。多分、今年ナンバー1の映画。

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この記事へのコメント
Comments欄の件は、どうやら私の勘違いだったようです^^

ここのところネットでの怪現象を見過ぎてしまったせいか
大抵の事には動じなくなってしまいましたww

他のエントリーの話で恐縮ですが…
どうぶつしょうぎ普及員なら喜んでやらさせていただきたいと思ってますので、次回北尾さんにお会いする時にLPSAでそうした制度導入を検討していただけるよう、お伝え願えますか?

イーストウッドのここ数年の作品は豊作揃いですね
硫黄島で祖父を亡くしてる私に於きましては、映画を2作とも観ること自体かなりヘビーな体験でしたが…。
彼は俳優業よりも監督業が性に合ってるようですね
R.レッドフォードやR.アッテンボローもそんな感じがします

>救いがない

救いがないのを専売特許にしているL..トリアー監督の『奇跡の海』なんかどうでしょう?未見でしたらお薦めしてみます^^
ドッグヴィルやダンサー・イン〜よりはマシなので
Posted by ライトユーザー at 2009年05月16日 03:14
> Comments欄の件は、どうやら私の勘違いだったようです^^

了解です(^^

> どうぶつしょうぎ普及員なら喜んでやらさせていただきたいと思ってますので、次回北尾さんにお会いする時にLPSAでそうした制度導入を検討していただけるよう、お伝え願えますか?

どうぶつしょうぎに関しては今後の進め方について色々検討している様子なので、アイデアはお伝えしておきます。

> 彼は俳優業よりも監督業が性に合ってるようですね

確かに。俳優をやっていて、「俺ならこうやるのにな」とか、色々あったんじゃないでしょうか。俳優であったことを非常に上手に消化して、それを自分の表現につなげている印象があります。

> R.レッドフォードやR.アッテンボローもそんな感じがします

レッドフォードの映画は最近は大いなる陰謀ぐらいしか観てないのですが、これは正直イマイチでした。まぁ、トムが出ているから仕方ないけど。彼は僕の中ではいつまで経ってもスティングのレッドフォードなんだよな。


> 救いがないのを専売特許にしているL..トリアー監督の『奇跡の海』なんかどうでしょう?未見でしたらお薦めしてみます^^

じゃぁ、ちょっと次の水曜日のツタヤ半額の日にでも(笑)
Posted by buu* at 2009年05月16日 09:14
観ました。最高でした。

健康診断書のシーンは、字が小さくて視力の低い自分には判読できなかったので、
字幕で何か入れるべきだと思います。

新宿ピカデリーで観たんですが、エンドロール中も誰一人席を立つ者はありませんでした。
最後の音楽と相俟って、エンドロールがこれほど短く感じられた映画は初めてでした。

映画製作に携わる人はたくさんいますが、なぜこれほどにも差が出るのか。
映画って本当に興味深い文化ですね。
Posted by mossari at 2009年05月21日 20:34
> 字幕で何か入れるべきだと思います。

まぁ、戸田さんですからね(^^;

> 新宿ピカデリーで観たんですが、エンドロール中も誰一人席を立つ者はありませんでした。

おお。ピカデリーのお客さんはわかってる。バルトは駄目でした(;_;)

> 映画って本当に興味深い文化ですね。

都会に住んでいる人間はろくでもないところで我慢しているだから、映画とか、演劇とか、田舎じゃ味わえないエンターテイメントをもっと満喫すべきですよ。

あー、また観たくなってきた。もう一回観てこようかなー。
Posted by buu* at 2009年05月21日 22:54