2009年11月23日

農業少女 バンコク・シアター・ネットワーク版

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この間、野田秀樹さんが東京芸術劇場の芸術監督に就任した際の挨拶をブログで取り上げた。

「匿名性」の文化から演劇を取り戻してください

ここで、

何しろ、野田氏が「こういう芝居が「良い芝居」だ」というのを色々観ておこうと思う。こういう思いはすぐに忘れるので、ちゃんと文章にしておく。これは決意表明です(笑)。


と書いたとおり、時間の許す範囲で東京芸術劇場で上演される芝居を色々と観てみたいと思っていて、実は先日も五反田団の「生きてるものはいないのか」を観たかったのだけれど、どうしても時間が合わず、観ることができなかった。ということで、私的演劇鑑賞力強化シリーズの第一弾はバンコク・シアター・ネットワークの「農業少女」になった。

タイ語上演ということで、字幕付きとのことだったのだけれど、実際にはイヤフォンガイドでの解説だった。確かに、ちょっとせりふが多すぎて、字幕にはフィットしない演目だったかも知れない。

ちなみに2000年9月にやった深津絵里バージョンに対する感想はこちら。

農業少女

さて、今日観た感想。もともと4人での芝居だったのだけれど、人数を増やして8人での上演。人数を増やした理由は分からないけれど(終演後のトーク・タイムで演出家ニコン氏に質問しようかと思ったのだけれど、残念ながら時間切れで果たせず)、人数が増えたおかげで、初演のときの大吟醸的な味わいは大分薄れ、やや持ち味が失われている気がした。また、野田演出で特徴的なスローモーションもちょっとメリハリがない印象だった。このあたりは役者の力量の問題なのかも知れず、観る側がイヤホンガイドに頼っていることによる注意力の低下が主因かも知れない。

何しろ、タイ語という日本人が耳慣れない言語での上演だったので、劇団にとってはかなり不利だったはず。また、ガイドの日本語もちょっと一本調子で、聞き取りにくい部分もあり、そのあたりは大分割り引いて考えなくてはならないところだと思う。字幕と違い、ガイドの音声で理解を助ける場合、必然的にガイドの声の演技力というのも要求されることになり、そのあたりが意識的に機械的になっていたため、どうしてもワンクッション増えてしまっている感じがした。

そういう理由もあってなのか、今回の上演では、深津版に比較して悲壮感、絶望感が軽く、観終わってもそれほど疲労感がないというか、さらっと終わった感じがした。これはおそらくは野田さんの意図したことではないと思うのだけれど、これはこれ。タイの演出家が意図したのか、意図しなかったのかは不明だけれど、あの暗い農業少女がこんなあっさりした味付けになるんだなぁ、というのは面白かった。

今日の芝居に☆評価をつけるのは野暮というものなので、評価はスルー。来年3月に松尾スズキ演出による新しい農業少女が上演されるので、そちらも楽しみにしたい。

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