2009年11月27日

ノーベル賞受賞者は財務省へ

先日、科学技術関連政策の仕分けについて異議申し立てをすべく、ノーベル賞科学者が登壇して「事業仕分けに対する緊急声明と科学技術予算をめぐる緊急討論会」という討論会をやった。残念ながら、このイベントの案内から、実施までの期間が非常に短かったため、実際に見に行くことはできなかったのだが、内容はネットで知ることができた。そして、その内容を読んで、あまりの内容のなさにびっくりした。この討論会の直前にも、野依さんが「歴史の法廷に立つ覚悟があるのか」と批判したことが報道されていた。

ノーベル賞野依氏 「歴史の法廷に立つ覚悟あるのか」 事業仕分けのスパコン予算カットに

僕がこれらの動きに対して書いたつぶやきはこんな感じ。

2:25pm,Nov 25
日本人はノーベル賞大好きだから「事業仕分け:ノーベル賞の野依氏、科学技術予算削減を批判」というタイトルを見ると「そりゃいかん」と思うかも知れないが、実際は「事業仕分け:理化学研究所の野依氏、科学技術予算削減を批判」だと思う。 http://ow.ly/FqOw


9:11pm.Nov 25
「事業仕分けに対する緊急声明と科学技術予算をめぐる緊急討論会」の簡単な議事録を読んだが、内容のない内容にびっくりした(笑)これでは、予算を削られるのもやむをえない。使っているのは「ノーベル賞」という看板だけ。アホか。


野依さんの発言は「ノーベル賞科学者」としての発言ではない。彼は、予算を切られる側の、理化学研究所の理事長である。発言に当たって、過去にノーベル賞を獲ったかどうかなどは全く関係がないのだ。利害関係者の一人に過ぎず、しかも自分が長となっている組織に利益誘導しようとしているとも取れる。要は、中立でもなければフェアでもないということだ。報道する側にももちろん問題はある。この記事のタイトルは本来、

「理化学研究所の野依理事長(ノーベル賞受賞者)、理研の予算凍結に対して反論」

ぐらいが正当なところのはず(Twitterで書いているけれど)。

無理もない話ではあるが、日本は財務省がノーベル賞を過大評価している。財務省が過大評価するから、誰かがノーベル賞を獲ると、その人材をキープしようとして官僚が走り回る。以前、利根川氏がノーベル賞を獲ったときも理研(≒文科省)は彼を確保することに奔走した。彼は受賞当事、海外に研究拠点を置いていて、そのときは日本に来る気はさらさらなかった。仕方なく理研はポストだけ用意して、「そちらでそのままどうぞ。その代わり、理研の肩書きだけは持ってください」みたいなえらく不平等でかつ下手に出た契約を結んだ過去がある(ように見える。いや、僕はそのとき理研にいたけれど、実際に契約に携わったわけではないので)。念のため書いておくが、僕は別に理研がノーベル賞科学者を所属させることに血眼になることを悪いとは思っていない。ただ、一つ考えておくべきは、彼らは科学政策の専門家では決してないということだ。ノーベル賞を獲るだけの研究を過去に行った、に過ぎず、研究の分野においてですら、すでに過去の人かも知れないのだ。ところが、「ノーベル賞」という看板(どちらかというと今後への期待というよりは功労賞的な色彩が濃い賞のような気もするが)をありがたがって、その受賞者を集めて会議を行って、内容のない議論をさせて、我田引水な声明を発表させたりするに至り、まぁおそらくは文科省が裏でいろいろやっているんだろうけれど、頭悪いなー、ノーベル賞科学者達も評判落とすよなー、やっぱ、科学者はノーベル賞を獲っていても勘違い君だよなー、などと思われてしまうわけだ。

野依氏の批判に対して行政刷新会議の加藤事務局長は「非科学的」と批判したそうだが、ノーベル賞という権威だけを利用しての主義主張は確かに非科学的だ。

僕みたいに研究からすっかり離脱してしまった人間だからこういうことを思うのかな、一般の科学者達は「ノーベル賞受賞者を非科学的とか言うなんて」(苦笑)って思うのかも知れないな、と思っていたら、意外にもTwitterの呟きを見る限り、研究者サイドでも少なくない人間が、「この会議の内容は酷い」と思ったようだ(もちろん、ノーベル賞受賞者達を盲目的に支持する人たちも存在するけれど)。

科学と科学行政は異なる。では、なぜ科学行政の最前線にノーベル賞受賞者が出てくるのかと言えば、文科省が担ぎ出すからだ。なぜ文科省が担ぎ出すかと言えば、財務省に説明しに行ったときに、「この研究は日本における最高のエキスパート、ノーベル賞受賞者が指揮を執ります」と言えば通りが良いからだ。主計官と言っても科学について何でも知っているわけではないから、なかなか「ノーベル賞受賞者だからといって、これからの研究の質を担保できるわけではないですよね」とは反論できないだろう。そういうわけで、役人、研究者(特にトップレベル)、大学や公的研究機関のトライアングルで無責任な科学行政が執り行われてきたわけだ。

僕は別に野依さんに能力がないとか言いたいわけではない。ただ、もし本当にきちんとした立場で、日本の科学技術の将来を考えて発言したいなら、さっさと理研の理事長を辞めて、フラットな立場になるべきだと思う。日本には、そういうきちんとした立場から、きちんとした内容のある発言ができる人材がほとんど見当たらない。ほぼ全員が利害関係の立場にいる。だから、色眼鏡で見ざるを得ない。あぁ、ノーベル賞受賞者は、理研とかに行かず、財務省に入ったらどうなんだろう?

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