2010年01月09日

今年の講義で僕が教えたこと、教えてもらったこと

今年も吉備国際大学で集中講義をやってきた。僕がこの大学で教えるのはこれが4年目。ただし、昨年は生徒が少なくて講義は実施されなかった。だから、4年目と言っても、3回目である。今回の生徒は2人。2人でも実施されるんだから、去年は申告者が0人だったのか、それとも1人だったのか、ちょっと興味があるけれど、とにかく今年は2人だった。ちなみに一昨年が4人(実際に通して全てに出席したのは2人)、一昨々年も2人だった。初年度こそあまりにも人数が少ないので驚いたけれど、さすがに4年目ともなると慣れたもので、講義の内容もそれに合わせたものになる。

僕が今回教えたのは、大きく分けると1.基礎的な分子生物学、2.株式会社を中心とした企業組織について、3.個別バイオベンチャーの現状、の3つである。これらについて、3日間で消化可能な知識はほぼほぼ全て与えた。驚いたのは、講義の最後の方で日本のいくつかのバイオベンチャーの概要と、ここ10年くらいの状況を教えたあとに「こういう会社を見て、どう思うか?」と尋ねたときに、ひとりの学生が「日本のバイオベンチャーは株式公開が目的になっているのではないか」と回答したことである。もちろん僕は「必ずしもそうとは言えないし、それぞれの会社の社長達はきちんと最終的な目標を持ってやっているはずだ」と言っておいたけれど、今ある結果だけを見れば「IPOが目的だったのではないか」と言われても仕方が無いのも事実である。バイオも会社経営も知らない生徒が、たった3日間授業を受けただけでこういう感想を持ったことにはびっくりした。

さて、僕が教えなくてはならないことはもちろん「知識」なのだが、もし知識だけを教えるのであれば、本が数冊あれば事足りる。僕が東京から新幹線に乗って、5時間以上をかけて備中高梁まででかける意味は他にもあるはずだ。だから、僕は今回僕の講義を取った2人には、知識以外の何かを教えなくてはならない。しかし、その「何か」は、事前に決めておくことでもない。実際に現地に行って、彼らと話をし、彼らの状況を踏まえた上で、「何か」を考える必要がある。

僕の、この大学における講義はそういう意味で非常に特殊だと思う。生徒が2人しかいない、という状況だからこそ、彼らの置かれた状況を把握し、オーダーメイドの授業をすることができる。これは、通常の大学の講義では無理だと思う。

今回の生徒は、単位がどうしても欲しい4年生と、韓国から留学してきている3年生の2人だった。前者はまだ就職が決まっていない様子で、これからどうやって生きて行くのかを考えあぐねている様子だった。後者はまだ一年の猶予があるものの、日本で仕事をしていくべきか、あるいは母国に戻って何かをやるべきか、そろそろ決断を迫られている様子だった。

そんな彼らに対して、僕は何を教えられるのか。ただ、僕は、僕の個人的主張を彼らに押し付けてはいけない。彼らを洗脳して、自分の主義主張に従わせることが目的ではない。広い視野から、ひとつの考え方、ひとつの可能性を示し、彼らの選択肢を増やしてあげることが教師としての使命である。それを踏まえ、今回は極力「知識の押し売り」を避け、3人で議論、雑談をする時間を多く設けてみた。僕が何か個人的な主張を述べるときは、必ず「これは僕の考え方で、決して一般的なことではない」と前置きをした。そこで話した内容は多岐に渡る。

日本の社会の現状
日本の現在の政治の状況
なぜ日本の企業が国際競争力を持てないのか

また、彼らから聞いた話もたくさんある。

岡山、倉敷の社会の現状
就職の状況
吉備国際大学の現状
それに対する彼らの考え方
韓国の社会について

などなど。その上で彼らに言ったのは、「君たちの世代は、年功序列、終身雇用、新卒主義といった様々な日本的慣行によって、大きな不利益を被っている。君たちと、君たちよりも20年前に生まれた人たちとは、生まれた時期によって「機会」に大きな差が生じている。そのことを理解した上で、自分たちが何をしていけるのかを考える必要がある」ということがひとつ。「君たちは、『もしかしたら、大企業や公務員といった、安定した職業につけるかも知れない』という希望を持っているのかも知れない。だが、それはもう諦めた方が良い。また、君たちが希望を見出しているそれらの職業も、これからは決して希望ではなくなる。君たちにはまだ時間と可能性があるのだから、それを武器に戦っていく必要がある」ということがひとつ。そして、「もし起業をしてみたいと思うなら、僕ができる範囲で力を貸すことも可能だ」ということがひとつ。

今回の授業で、彼らが僕から何を受け取ったのかはわからない。ただ、全てのカリキュラムを消化して、黒板を消している時に、韓国からの留学生が僕のところへやって来て、「3日間で22時間は長かったけれど、全然眠くならなくて、日本にきてからの3年間に受けた授業で一番面白かった。僕も30才くらいになったら、何か会社を興したくなった」と言ってくれた。多分、彼らに何かは残せたんだと思う。それはやる気だったのかも知れない。あるいは、可能性を生み出したのかもしれない。その可能性はまだほんの小さなものに過ぎないのかも知れないけれど、間違いなくひとつの希望だし、それがあるから僕たちは生きていくことができるのだと思う。彼らが、彼らの手で、明るい未来を作っていけたら良いなと思う。

吉備国際大学の知的財産学科は生徒が集まらず、今の3年生を最後にしてカリキュラムの大幅な見直しが実施され、環境系の学科に再編されつつあるらしい。そのため、すでにかなりの教科が廃止されてきているという話を聞いた。知的財産を重視する性質から講義が設置されている「バイオベンチャー」という教科も、おそらくは今年でなくなってしまうのだろう(大学からはまだ何も言われていないけれど)。そのことはとても残念に思うのだけれど、僕にとっても非常に良い経験となったことは間違いがない。まだ総括するにはちょっと時期尚早かも知れないけれど、大学と、僕の講義を受けた全ての生徒に感謝したい。

どうもありがとうございました。

#もしまだ来年も講義があるなら、もちろんまた行きます(^^

この記事へのトラックバックURL