2010年02月24日

バイオで失われた7年

ちょっと古い話だけれど、日経ビジネス2010.1.25の「バイオ大競争」という特集の中で、「日本の課題 「失われた7年」を取り戻せ」というのがあるんだけれど、まぁ、非常に難しいよな、と思う。

一番駄目だったのは、やっぱり国民理解の推進をないがしろにしたこと。専門家がゴーサインを出せばあとはすんなり進む、という時代ではなくなったのに、それで大丈夫だと勘違いしたこと、勘違いし続けていることが問題で、でも、まだそこにスポットライトが当てられていない。

実際、専門家がゴーと言って、政治家が了承して、それで決まり、やっちゃえ、ということになるのなら話が早い。そして、それでやってきてしまえる時代も確かにあったんだろうし、そのおかげで日本は大きく発展したのかも知れない。

僕が20年も前から言い続けていることは、「いやいや、政治家の皆さんだって、選挙権を持っている人たちが納得しなければ了承してくれないんだから、まずは国民の皆さんに理解してもらいましょうよ」ということなんだけれど、いつの時代になっても「そんなまどろっこしいことはやっていられない。20年先じゃなくて、今どうするかなんだ」という意見によってずっと進んできたのがこの国だ。

ついこの間も、事業仕分けの際に同じようなことが起きた。

結局、この国は官僚頼みの国、官僚に頼らないではいられない国民の国なんだ。官僚の悪口を言う人たちは山ほどいるけれど、例えばその人が大企業に所属しているなら、まず間違いなく官僚の世話になっている。下っ端は気がつかないかも知れないけれど、上のほうはいつも役所の顔色を窺っていて、役所に頭を下げてお願いしているのである。記憶に新しいところでは、カネボウが倒産します〜なんていうときも、役人が走りまわって、どうやってソフトランディングさせたら良いのかを考えていた。今まで僕がバイオ関連で見てきた会社の中で、役所にそっぽを向いて「勝手にやります」という態度を見せたのはトヨタだけ。なので、僕はトヨタという会社があまり好きではないけれど(そっぽを向いたからではもちろんなく、日本一の会社だから。僕は一番の会社があんまり好きじゃない。二番が好き)、さすがに日本を代表する会社だな、と凄く高く評価していた。でも、今は本業の方で米国にコテンパンに叩かれているので、もしかしたら役所に頭を下げているのかも知れない。ま、それはそれとして。

記事の中では、「農業とバイオの親和性は高い。そう考えれば、古くから農耕民族の国として農業のノウハウを蓄積してきた日本は、もっと強みを生かせるはず」と書いてあるけれど、もう完全に机上の空論である。遺伝子組換え作物が含まれているにも関わらず「遺伝子組換えでない」と表記されている納豆やら、コーンフレークやら、醤油やらを喜んで買う国民である。というか、「これは組換えです」と書いてある商品の方がよっぽど少ない。こんな国で農業バイオが進展するはずがないじゃないか。気がつけば農業自体が衰退し、海外の遺伝子組換え作物を買ってきて食べるしかなくなるんだ。そのときになって、「あぁ、くだらないこと言ってないで、ちゃんと農業バイオをやっておけば良かった」なんて言っても後の祭り。っていうか、もうそうなりつつある。記事では「周回遅れ」とかかいてあるけれど、一周とか二周の遅れじゃないんだよな、7年間って。

北海道知事に元経済産業省の高橋はるみ氏がなったときはちょっと期待したんだけれど、彼女はすぐに組換えに対して反対の立場を表明した。僕たちは「それはないだろ」って思ったけれど、政治家は次の選挙で当選するのが第一義だし、それが当然。道民が嫌だと思っているなら、そりゃできない。結局、道民がきちんとした知識がないのが原因なんだけれど、じゃぁ、道民(に限らないけれど)がきちんとした知識がないのはなぜって、きちんとした情報発信とか、教育とかをやってきていないから。

やっぱり一番大事なのは国民の理解なんだよ。

国民が理解しようとしないのは確かにある。「偉い人に任せておけば楽」と考えて、勉強や思考や判断を放棄している人たちは山ほどいる。だから、そういう人たちに「ちゃんとわかって下さい」と情報を発信し続けるのは面倒くさいと思っちゃうこともわからないではない。実際、偉い人たちはそういう風に思っていることが多いし。だから、政治家は「いつの間にか食べちゃっていたとか、いつの間にか使っていた、っていうのが一番良いんだ」なんて平気で言っちゃったりする。でもね、遠回りでも何でも、やっぱりそこからがスタートなんだと思う。

記事には、「こうした資産を最大限に生かせる施策とビジョンが必要」などと記述がある。でも、じゃぁ、どんな施策とビジョンが必要なのかという具体的なことは書かれていない。個別の会社がそれぞれに研究開発を頑張れってことなんだろうか。でも、多分、そうじゃない。やっぱり、必要なのはバイオに対する国民の理解なんだと思う。もう間に合わないかも知れないけれど。

まぁ、ちょっと前までは僕が三菱総研の所報でこういう主旨の論文を書こうが(多分、1995年頃)、広告代理店の就職面接で重役たちに「もう大量生産大量消費の時代じゃなくなる。これまでそれを煽ってきた代理店も、変わっていく必要がある。その中でも環境への取り組みは無視できない。そして、そこで重要なパートを占めるのがバイオに関する知識だ」と自説をぶちまけようが、あるいはバイオテクノロジー戦略大綱の作成過程で「国民理解の増進については金額的目標値を明記すべきだ」と主張しようが、ライフサイエンスサミットで「このままでは2010年のバイオ市場25兆円なんか夢物語だ」と発言しようが、ほとんど誰の目にも触れなかった。

でも、今はブログでこうやって書けば、少ない日でも1000人、多いときは3000人ぐらいがこの文章を読むわけで、多少は可能性が高くなったのかな、とも思う。

本当に、バイオだけでもなんとかならないのかな。

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