2010年03月01日

バンクーバー五輪が終了して思うこと

オリンピックが終了した。

毎回毎回、五輪が終わると「メダルがいくつだったのか」というのが話題になって、その一方で「メダルが全てじゃないのだから、頑張ったなら良いじゃないか」という話が出てくる。

僕はもうスキー選手としてスタート台に立つことはほとんどないわけだけれど、一応横浜市レベルであれば今でも優勝したりするし、神奈川県でも成績が良ければ一桁台の順位にはなる程度に競技力がある。「現役」を語るのはいささか口幅ったいけれど、これまではそれなりに真面目に競技スキーをやっていたと思う。その立場からすれば、優勝を目指して競技に参加している以上、2位以下は所詮「以下同文」だし、五輪で言えば4位以下は何もないというのが順位に対する認識だ。だから、五輪に出る以上、目標はメダルだし、メダルが取れなかったのなら、それはやっぱり負けなんだと思う。まぁ、負けたからって殺されるわけでもなく、「がんばったけど、仕方ないね」ということなので、負けだからってどうってことはないし、そもそも競技の成績というのは非常に個人的なもので、選手それぞれにそれぞれの目標があって当然だ。でも、やっぱり「メダル争いはけしからん」という考え方も、それはそれでどうかと思う。選手を必要以上に叩く必要はないし、逆に健闘は称えるべきだとも思うけれど、それとこれとは別、メダルが取れないことについては、国として体制を考える必要があると思う。

ただ、科学で飯が食えないのと同じで、スポーツでもなかなか飯は食えない。食えないとは、経済に寄与しないという意味で。

科学が経済にどの程度寄与するのか、という部分について僕はやや懐疑的で、少なくとも投じたお金を回収することは99.9%無理だと思っている。じゃぁ、なぜ科学にお金を出すのかって、それは米国を中心とした科学先進国に対して「タダ乗りしていません、それなりに頑張ってます」というポーズを見せるために必要だから、というのが僕の認識。つまりは、外力に負けているに過ぎないと思っている。「こんだけ使ってますから、納得してください」みたいな。科学の一部は確かに技術に直結して、技術はお金になるけれど、「科学技術」と並べて表現する割には、科学と技術の間には隔たりがある。そして、科学は思っているほど経済に寄与しない。寄与しないけれど、外力が強いから、お金を出さざるを得ない。外力がなかったら、もっとバッサバッサとお金を切りたいんじゃないかなぁ。想像の域を脱しない話なので、あんまり強硬に主張する気はないんだけれど、多分こうなんじゃないかな、ということで。

一方で、スポーツは外力が働かない。米国から「お前ら、金メダルが少ないから、もっとスポーツにお金をかけろ」とは言われない。なぜなら、科学以上にスポーツは経済に寄与しないし、技術の発展にも直結しない(間接的には寄与する場面があるけれど、スポーツが特許になることはない)。おかげで、日本がどんなにスポーツに対して理解がなかろうとも、他国から文句を言われることは滅多にないのである。だから、スポーツは国民の理解がなければ国のサポートを受けることができず、国のサポートがなければやっていけないものも少なくない。

僕がウィンタースポーツをやっていたこともあるだろうが、冬季五輪は、見ていて結構面白いスポーツが多いと思う。ところが、これらはどれもこれもお金がかかるのがネックだ。スキーにしても、スケートにしても、そり系のスポーツにしても、どれもこれもお金がかかる。インフラを作るのにもお金がかかるし、維持するのにもお金がかかる。そして、それを回収するためには競技者がそのお金を負担する必要があって、今みたいに景気が悪い状態ではなかなかその費用を下支えすることができない。加えて、どこでも出来るというわけでもないから、競技者達は競技を続けるためには相応の出費を強いられることになる。とにかく金がかかるので、誰でもできるということにはならない。結果として、日本の競技力はどんどん下がる一方である。

それでも、トリノに比較すればメダルの数は激増している(トリノは荒川選手の金メダル1つだけ)のだけれど、それは長野五輪の遺産によるところが大きかったんだと思う。でも、長野五輪で積み立てたお金はもうなくなった。これから先、日本のウィンタースポーツは非常に苦しくなるに違いない。

スキーだけ見てみると、まず、競技者人口が激減している。15年ほど前だと、神奈川県の大会でも参加者は500人とかいたものだけれど、今は100人程度だ。これでは参加費も全然集まらない。大会はどんどん縮小傾向で、スラロームの大会などは神奈川県では現在3試合しかない。以前は5試合あったのに。そして、高齢化。神奈川県の大会は20代以下、30代、40代以上ぐらいに大まかに分類されているのだけれど、若年2クラスはほとんど人がいなくて、9割方が最高齢クラスである。そしてその傾向は当然のことながら年々ひどくなってきている。新しい選手が供給されず、以前は20代、30代だった選手たちは放っておいても自動的に年を取るので、いつの間にかほとんどが最高齢になっている。こんな感じなので、選手の数が増えず、マイナースポーツ化一直線である。

価値観が多様化してきて、「スキーに行くのは寒いし、お金かかるし、上手くなるまでに時間がかかるし、ケガをしたら困るし、ウェアもないよね」ということで、「それより近所で何かやろうよ」ということになってきているのかも知れない。こういう流れは押しとどめようと思ってもどうにもならないので、なるようにしかならないのだけれど、国としての競技力をこのまま低下させてしまって良いのか、という問題はある。

この手の話をしていると最近良く話題になるのが事業仕分けの話なんだけれど、僕は実はスポーツの仕分けについてはきちんとウォッチしてなかった。どう仕分けられたのか知らないけれど、想像では、スポーツの価値そのもの、選手育成にお金をかけることそのものを否定したんじゃなくて、そのお金の配り方を否定したんじゃないのだろうか?少なくとも、科学はそうだった。

しかし、スポーツもひとつの文化。文化を育てるには余裕が必要だ。日本にはその余裕がない。それから、スポーツをやっちゃうとつぶしが効かなくなるという問題もついてまわる。もっとメジャーな野球選手、サッカー選手でも同様だが、引退後にどうするのか、というのは多くのスポーツ選手共通の問題である。そして、そういう問題は、実はスポーツ選手に限ったものではない。結局のところ、終身雇用、年功序列、新卒主義の3点セットがリタイア後のスポーツ選手の就職を著しく制限している。

国策として選手を育成している中国や韓国では、ドロップした選手たちの受け皿ってどうなっているんだろう。何か特別な仕組みがあるんだろうか。あーーー、でも、僕は中国や韓国の雇用形態について全然知識がないんだよな。やっぱり、そういうところからきちんと情報収集して、勉強しないとなんだよね。うーーーーん。日々、勉強だなぁ。

何しろ、日本の選手たちの競技力は低下することは想像できても、アップすることを想像するのは非常に難しいのが現状だ。アルペンスキーなんか、今のままでは一生無理っぽい(そういう意味では、トリノで皆川選手が銅メダルまで首の皮一枚まで迫ったのは物凄い健闘だったわけだけれど、これまで岡部、木村、佐々木と、一本だけならラップを取れるような選手たちがことごとく跳ね返されたメダルの壁は、今後一層厚くなると思う)。

バイオも駄目だけれど、スポーツも駄目なんだよなぁ、日本は。僕がクビを突っ込んでいる分野はことごとく駄目なわけで(涙)。どうしたら良いものか。とりあえず、totoでも地道に買うくらいしかないのかなぁ。

ライブログが販売しようとしているワックス定着剤だってさ、僕たち、ちゃんと試作品をナショナルチームに渡したんだよ。それを持って、8月にニュージーランドに行ったのに、「テスト出来ませんでした」って、そりゃ、おかしいよね。とにかく塗れば良いじゃん。効果があるかどうかなんて、すぐにわかる話なのに、「色々あって難しい」って、お前ら、勝つ気があるのか、っていうことであって。その後、中国とかで非ナショナルチームの皆さんは僕たちのワックスをテストして、「これは滑る」っていうインプレをあげてきてくれている。今も、ジャパンシリーズとかで実際に試してみてくれている国内トップクラスの選手もいる。その選手は、もう僕たちも試作品は全然手元にないんだけれど、僕が海外に行っている間に何度も連絡をくれていて、「滑るから、是非追加で送ってくれ」と言ってきたりもしている。今年のバンクーバーは凄く湿った雪で、日本の雪に近かった。これも、僕たちが開発しているワックス定着剤にはぴったりだった。「あーあ、うちのを使っていればなぁ」と思いながら、アルペンやクロスのレースを見ていた。そういうのを近いところで見ていると、「あぁ、選手はともかく、周りの人たちは、本気で『勝ちたい!勝つためには何でもやる』っていう気構えはないのかなぁ」などと感じたりもする。

なんか、ひとつひとつがフィットしてない、バラバラなんだよね。一体感がない。でもまぁ、スポーツは経済に直結しないから、首相が「オリンピックで二桁の金メダルを目指します」とか、公約するわけにはいかないのかな。あんまり票につながりそうにないものね。

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この記事へのコメント
はじめまして.yamaと申します.高校時代に競技スキーをやっていました.いつも楽しく拝見し,勉強させていただいております.
一般の人(?)の「メダルとの付き合い方」について,暴論ですが「もはや日本はメダルなど必要としていない,そんなものはメダル獲得で国を発展させようとする国が取ればいいのだ」と開き直る手もあるのかなと思います.個人的にはメダルを取れる日本であって欲しいと思っています(そもそも日本が発展を遂げた成熟社会だとは言いにくいですし).何のためのメダルかをちゃんと考えてもいいのかなと.今の日本では,国威発揚とか日本の一体性といった言説それ自体がもはや成り立たないと思いますし(成り立たないことの是非は別途考えねばならないようにも思います).うまく言えないのですが,オリンピックをどう楽しむか,どういうものとして認識するのかが曖昧なのかなと思っています.
その点,今回の韓国はメダルを取ることに国として意味を見出していて,「インドア種目,特にスケート」と支援する競技種目を明確に絞り,メダル獲得と連動した社会保障(年金)を用意するなど,目標達成のための仕組みを作っているようです(メダル獲得者以外への保障は分かりません).ちなみにスキーについては韓国の雪があまりよくないので,支援対象からは外れているとのこと(以上,情報番組のミヤネ屋の孫引きで自信はありません・・・すみません).
とにかく,何もやっていないのに,その時だけ根拠のない期待を煽りたて,それに安易に乗ってしまってぬか喜びどころか「期待したのに損した,どうしてくれる」とばかりに不満を言い募るような状態は変で,メダル獲得の歓喜を味わいたいならちゃんと支援しようよって思います.prizeをけちって競技者のprideばかりを強調し,結果が出なくて文句を言うってのは,いかにもケチだなあと.
すみません,長文失礼いたしました.
Posted by yama at 2010年03月01日 17:05
> 「もはや日本はメダルなど必要としていない,そんなものはメダル獲得で国を発展させようとする国が取ればいいのだ」と開き直る手もあるのかなと思います.

そこまで達観しているのか、ということですよね。日本人はそこまでメダルに対してドライになっていないし、これからもドライではないんだと思います。そもそも、勝たなくて良いなら、応援する必要もなく、競技を観る必要もないはずです。アルペン競技が全然人気がないのは勝てないからだし、フィギュアやモーグルが人気があるのは勝てるからだと思います。その他に「可愛い」という要素もあるわけですが、「可愛い」はまだ「強い」よりも大分優先順位が下だと思います。

ただ、これからはどうなんだろう。今はお金で支援している部分があるので、一般の人でもそれなりに「頑張れ」って思うのでしょうが、これから先はどうなるのかわかんないですよね。

> オリンピックをどう楽しむか,どういうものとして認識するのかが曖昧なのかなと思っています.

僕は、勝てないから、あえて目を逸らしているんだと思っています。そういう楽しみ方をせざるを得ないような。

> とにかく,・・・・不満を言い募るような状態は変

全くその通りですね。

> すみません,長文失礼いたしました.

全然構いません(笑)
Posted by buu2 at 2010年03月01日 19:01
達観しているのかどうかはわかりませんが、応援もしなかったし協議も全然みませんでした(笑)

で横道のほうなんですけど、科学プロジェクトについて。
自分ところでやらないっていうと、協賛金とられて終わりなんじゃないの?プロジェクトをやっていると、いろんな周辺技術も一緒に開発しなくちゃならなかったりするもんだと思うけど、自分ところでプロジェクトやらないと、そういうメリットが全部なくなっちゃう。

結構そういう周辺技術って儲かるもんだとおもうけどな〜
あんまりいい例じゃないけどMUSEに対する手ぶれ補正とか。
Posted by e- at 2010年03月03日 23:05
> 達観しているのかどうかはわかりませんが、応援もしなかったし協議も全然みませんでした(笑)

面白かったのに。やっぱ、五輪は夏より冬。

> 自分ところでやらないっていうと、協賛金とられて終わりなんじゃないの?

特許料払えば良いって話じゃないですか?国営企業ならともかく、民間企業は「お前らはサイエンスにお金払ってないから、特許料は高くするからね」というのはないような気もする。まぁ、クロスライセンスのネタがなくなるのは困るかも知れないけれど、でも、それは企業の「技術レベル」の話であって、民間は民間でやれば良い。科学技術庁なんかがあったおかげで科学と技術って一緒になっているけれど、実際はすげぇ違う話だと思ってます。てぶれ補正って良く知らないけど、科学じゃなくて技術なんじゃないですか?

ちなみに、科学にお金を払う必要はないというのではなくて、科学って、経済のことを考えて投資するところじゃないよね、ということです。
Posted by buu* at 2010年03月03日 23:27
>>手ぶれ補正って技術で....

そうです。さらに言えばMUSEも技術なんだけど、NHKがお金出して推進したプロジェクトでした。身近にあんまりいい例を知らないので出してみたんですが、却って話がよくわかんなくなってしまったかもしれません。すいません。

良く知らない世界で例にとると(だから間違ってるかもしれない)ゲノム解析のアルゴリズムが治験の手間を減らすために使えたりとか、そんな感じかなぁ。

技術の開発もやっぱり人とコストをかけなくちゃならないんで、「プロジェクト」というものがあってそこに協力するためには..ってお題目があると民間もその予算を正当化しやすかったりするんだけど、まぁそこは正面突破で行け、ってことなんでしょうな。面倒だからやる気もなくなっちゃうんだけど(^^;;;

>>ちなみに、科学にお金…

うーん、微妙。
回収できないことを前提にしちゃったら(もちろん「感動」を無理やりお金に換算するのも可という立場で、ですけど)、科学プロジェクトなんて遂行する主体がいなくなっちゃいそう。
Posted by e- at 2010年03月05日 01:53
> 回収できないことを前提にしちゃったら(もちろん「感動」を無理やりお金に換算するのも可という立場で、ですけど)、科学プロジェクトなんて遂行する主体がいなくなっちゃいそう。

だから、国が国民の理解を受けた上で主体になる必要があるんじゃないの?

疑問なのは、「本当に科学に関する投資が費用対効果に見合うのか」ということ。で、僕は、見合ってないと思っている。一方で、旗を振っている行政はいかにも見合っているような素振りを見せていると思っている。あくまでも感覚的に、だけれどね。
Posted by buu* at 2010年03月05日 06:37