2010年03月17日

りんごの木の所有権を売る商売

昨日は四ッ谷のウシカイで知人の結婚祝いをやっていたんだけれど、となりのテーブルでリバネスの連中が飲み会をやっていた。なんでも青森からお姉さんがやってきて、りんごの木のオーナーシップを売ることについて相談していたらしい。

彼らは先に飲み放題タイムが終了したので、ルバードに場所を変えて行った。僕たちも飲み放題タイムが終了したので、ちょっとルバードに顔を出してみたんだけれど、早速「一本買いませんか?」という話になった。

この手の奴はブルーベリーと牡蠣で経験があるのだけれど、ちょっと興味があったので話を聞いてみた。何でも、一本15000円/年で、大体120個ぐらいりんごがなるらしい。スーパーでりんごを買えば、一個100〜200円ぐらいだと思うので、120個もなるなら、まぁ悪い話ではない。台風やヒョウで全滅とかのリスクはあるけれど、あとは美味しいのかどうかが気になるところである。

でもね、真面目な話をするなら、この話というのは誰でも乗れる性質のものじゃない。一個あたりの値段云々とは全く違うところにビジネス上のポイントがある。この話は、販売サイドにとっては色々美味しいところがある。まず、120個/本で、たとえば100本のりんごの木があるとすれば、12000個のりんごを売る必要が出てくる。りんごは生ものだから、放っておいたら腐ってしまうわけで、頑張って売らなくちゃならないし、売れ残りのリスクもある。そういう手間とリスクは、全部オーナーに押し付けることができるわけだ。逆に言えば、ひとりひとりのオーナーたちは毎年120個のりんごを何らかの形で処分しなくてはならない。20個ぐらいのりんごなら簡単にさばけるだろうが、120個ともなればそれなりに大変である。普通に考えれば、「そんなに要らない」ということになる。それから、自然災害のリスク。これも回避可能。加えて、たくさん取れすぎたとか、そういう周辺事情にも全く左右されずに定額の売り上げが立つ。しかも、収穫よりも半年も前に入金するのだ。これは、事業サイドからすれば非常に美味しい話だろう。

昨日の場合、酔った勢いもあってか、あるいはそれなりにお金持ちだったからか、同行者の冨田さん(実名)が一本のオーナーになってしまった。その時点で僕のポジションは彼らのお客ではなくなった。なぜなら、りんごの収穫の時、冨田さんは大量のりんごを目の前にして途方に暮れるのがわかっているからだ。僕は冨田さんのところにニヤニヤしながら近づいて、「りんご、食べてあげますよ」とオファーしてあげれば良い。この場合、僕は費用負担もなければリスクも背負う必要がない。結構美味しい立場に自分を置くことに成功したわけだ。

さて、このビジネス、「何かアドバイスはないですか?」と聞かれたんだけれど、アドバイスなんてやろうと思えば山ほどある(笑)。でも、僕はコンサルタントで、アドバイスは無料じゃない。だから、何も教えてあげなかった。でもまぁ、冨田さんがかわいそうだから、冨田さんのためにちょっとだけ教えてあげよう。このビジネスで肝になるのは当然のことながらオーナーに対してどういうサービスをするか。良いサービスを提供しなければ、オーナーはオーナーであることをやめてしまう。新規顧客を営業で取ってくるのは凄く大変だ。それなら、リピーターを取った方がずっと楽。だから、一度オーナーになった人には、ずっとオーナーであって欲しいはず。そのためにどんなサービスが必要か。ひとつ、絶対に必要なのは加工サービス。ジャムにするんでも良いし、ジュースにするんでも良いんだけれど、とにかく120個(場合によっては200個とかなっちゃうかも知れないわけで)のりんごをさばくのは大変なわけで、自分で食べて、人に配るのでも限界がある。だから、加工して、日持ちするようなものに転換してやる必要がある。

そういえば、今池袋でやっている「農業少女」という芝居は、この商売に通じるところがある。「農業少女」では商品はりんごではなくお米だったんだけれど、不登校の女子高生達が作ったお米を販売するという話。「不登校」というラベルを付けることによって大反響を呼ぶんだけれど、あっという間にブームが去って、「農業少女」という銘柄米は一年で全然売れなくなってしまう。それによって生じる悲劇を描いているんだけれど、りんごの木のオーナーシップも一つ間違えるとそういう事態になりかねない。

結局のところ、オーナー達に対して何を提供出来るのか、ということであって、美味しいりんごはモチロンのこと、明示的でない形で販売サイドが回避したリスクの数々を、どうやったらオーナーたちが負担しやすくなるのかを考えなくちゃならない。そこで手を抜いちゃうと、最初は良くてもあとで酷い目にあう事になる。昨日聞いた話の限りでは、まだまだ全然考えが足りない感じだった。

実際のところ、年収1500万円を超えている人たちにとって15000円/年程度のお金は寄付しても惜しくない程度のものであるケースがほとんど。だから、ちょっと気に入ったビジネスや人物にお金を出すのはそれほど惜しくない。彼らにとって負担なのは、お金を出すことじゃない。目の前に必要以上に山積みされるりんごそのものなのだ。でも、ちょっと抜けている(笑)お人好しだと、このあたりのビジョンが欠けている。「取れすぎたらどうしよう」なんていうことは今の時点では考えていないのだ。そして、最初のシーズンが終わったところで初めて気がつくことになる。あれ?僕って、要はりんごの小売店(配布店)になっているんじゃん、って。

さて、これからどうするのか、ちょっと見ものではある。ま、何しろ、今年はりんごには困ることがなさそうだ(笑)。

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