2010年04月10日

絶望的な状況のサッカー日本代表

いや、この間のセルビア戦はひどい試合だった。あんな試合を見させられた満員の長居の観客は気の毒としか言いようがない。トゥーリオがいないからまだマシかと期待したのだけれど、全然ダメだった。

そもそも、岡田監督のやりたい事が全然伝わってこない。今の代表の試合は何度かスタジアムで観戦しているけれど、戦術が伝わってこない。これはジーコジャパンの時と良く似ている。良く似ているけれど、ちょっと違うところもある。ジーコジャパンでは、中盤の中田、中村、稲本あたりが好き勝手にやるシステム(と言って良いのか?)だった。今の岡田ジャパンはディフェンシブな選手が好き勝手にやるシステム。中盤が好き勝手にやるのも問題だけれど、ディフェンダーが好き勝手にやるのは非常にまずい。

なぜなら、ディフェンスと言うのはあくまでも組織的に動くべきだからだ。アリゴ・サツキが提唱、実践した組織的守備は今もサッカーの常識で、それに代わる理論は存在しない。では、サツキの提唱した理論は何かといえば、いわゆるゾーンディフェンス、ゾーンプレスである。これを日本に導入したのは多分フリューゲルス時代の加茂さんだと思うのだけれど、フリューゲルスも、加茂ジャパンも、結局ゾーンプレスを完璧なものにすることはできなかった。そして、その加茂さんの失敗が日本代表にとってはトラウマになっているのだろうか。以後、ゾーンプレスを前面に出した代表監督は存在しない(オシムさんは結構近いコンセプトを持っていたと思うけれど)。

では、ゾーンプレスとは何なのか。走りまわって、常に敵を複数で囲い、圧力をかけ、高い位置でボールを奪う戦術?全然違うはずだ。ゾーンプレスには確かにボールを持つ敵に対して早めのチェックをするという要素があるが、それだけではない。高いディフェンスラインをキープすること、最終ラインをコントロールし、オフサイドトラップを狙うこと。しかし、一番大事なのは、ボールを持っている相手攻撃者に対して圧力をかけに行ったディフェンダーがいたとき、そのポジションを別の人間がカバーして相手の攻撃スペースをつぶすことだ。これが出来ていないと、ディフェンスの裏に大きなスペースが出来てしまい、相手のカウンターを受けやすくなる。

例えば、センターバックが相手に対して向かった場合、あいたセンターバックのポジションをサイドバックが埋める。サイドバックがいなくなったスペースを今度はミッドフィールダーが埋める。こういう組織的連動によって、相手のスペースを潰して行くことがゾーンプレスの根底に存在する。サッカーの守備に関して言えば、この基本理論だけは今のところほぼ世界共通である(Jリーグなど、例外はもちろん存在する)。要は、「敵の攻撃に対してスペースを与えない」ということが重要で、そのためには守備に関係する全ての選手が組織的に連動して動く必要がある。

今の日本代表も、スピードを重視して、組織的な守備を標榜している。ところが、岡田ジャパンの守備はただ闇雲に相手に向かっていき、数的優位を作ろうとする。そのためには走り回る必要がある。そして、サッカー選手はマラソン選手ではないから、試合後半になると疲れて足が止まってくる。そして、失点するのだ。

オシムジャパンと岡田ジャパンの違いは、相手に向かっていく選手「以外の」選手の動き。オシムは全ての選手に動くことを要求したが、岡田さんからはその気配が感じられない。岡田ジャパンがやろうとしていることは、あくまでもボールに対して数的優位をつくるサッカーなんだと思う。でも、それは物凄く難しい。なぜなら、その種明かしがわかっている敵は、ボールを積極的に動かしてくるからだ。ボールを持っている選手に対して常に二人の選手が対応するというルールを作れば、一対一の対応に比べて必要とされる運動量は二倍になる。「それでも問題ないように、体力をつければ良い」という考え方かも知れないが、通常のリーグ戦でも、またワールドカップのような短期戦でも、それでは選手が疲弊する一方だ。もちろん一つの試合だけを見ても、試合終盤になれば息切れするに決まっている。じゃぁ、同じようなレベルのバックアップを揃えて、どんどんリザーブの選手を使おう、ということかというとそうでもない。というか、今の岡田ジャパンの肝となる中盤は、中村俊輔、中村憲剛、遠藤保仁まではほぼ確定。これにもう一つのパーツを加えて完成する形で、残りひとつは長谷部か稲本か本田か。でも、ここに他のパーツは入ってこない。これでは、このシステムはすぐに破綻する。実際、今もコンディションが悪い複数の選手がいて、その結果、岡田ジャパンの中盤は見るも無残な状態だ。

ベストのコンディションでも、その戦いぶりは危なっかしい。一番の問題はセンターフォワードのように前に行ってしまうトゥーリオ。彼がセンターバックのポジションをあけてしまうので、内田や長友といったサイドバックがセンターバックのポジションを埋める。するとサイドバックのポジションがあいてしまうので、そこを埋める必要がある。今の日本代表でその役割を果すのは中村(あるいは本田)だ。テレビでアナウンサーが「ここまで中村が戻っています」と、彼の献身的な守備を褒めたりするが、冗談じゃない。中村は攻撃の起点になるべき選手で、守備に走りまわるべき選手じゃない。間違ってカードを貰ってしまったら洒落にならないし、それ以前に、中盤からバックスまで走り回っていたら、試合後半まで体力が持たない。さらにいえば、今の中村は体中に故障を抱えていて、フルに動き回れるようなコンディションではない。

もちろん、駄目なのはトゥーリオだけじゃない。基本的に、日本代表の選手たちはカバーリング、スペースを潰す動きができていない。岡田監督はこのあたりには目をつぶることに決めているんだと思う。スペースを消すことを放棄したわけだ。スペースを潰さない代わりに、ボールに対して常に数的優位を築くことにしたんだろう。

オフサイドが厳しかった時代にそれを逆手にとった「フラットスリー」を取り入れたのはそれなりに理にかなっていたのだが、ルールの変更でフラットスリーは事実上サッカー界から消え去った。そして、ポストフラットスリーとして、一対一での絶対的劣勢をカバーする作戦として、岡田監督が考えたのが、この「数的優位を築く組織サッカーなんだと思う。この方針、最初は「うまくいくなら、日本型の新しい組織サッカーが確立されるのかも知れない」と思った。しかし、実際はそうならなかった。やはり、サッカーの基本は一対一で、そこがどうしようもないからスピードで、という考え方にはどうしても無理がある。なぜなら、この手法には非常にたくさんの条件がつくからだ。

○選手の連携が完璧であること
○選手のコンディションが完璧であること
○選手の体力が90分間もつこと
○選手の集中力が90分間もつこと
○リザーブで入る選手がそれぞれ果たすべき役割を理解していること

ぐらいだろうか。少なくとも、有力選手が軒並み欧州でプレイしていて、でも代表のコンビネーション形成のための試合はスポンサーの都合で日本で実施せざるを得ず、所属先のチームの顔色をうかがわなくてはならないし、長い移動時間を含め、様々な障害が存在する。その上で、全員が常に全力で走り続けなくてはならない。

当然のことだけれど、ピッチにいる人数は退場者がいないなら敵も味方も一緒だ。そうした中でどこかの局面に数的有利な状況を作れば、当然のことながら別の場所で数的不利な状況が生まれている。もちろん、2対3に比較すれば5対6は差が小さく、有利、不利の度合いは異なるから、小さな局面で数的有利な状況を作り出すのは無駄ではない。ただ、絶対でもないし、意識していなければ必ず数的不利な状況はどこかに生まれていて、それは敵に対して隙を見せていることになる。そして、日本代表は多くのケースでそこを使われて失点するのだ。相手が弱ければ問題ないけれど、これから日本代表が戦う場所はワールドカップで、相手は強敵ばかり。そんなところでこういうリスクの大きな守備が通じるのか。実際のところ、なかなか難しいのではないだろうか。さらに今は遠藤、中村といったチームの柱が故障を抱えて本調子ではない。これでは世界ランク15位の相手では、いくら三軍のメンバーだとしてもかなうわけがない。

不思議なのは、岡田監督が中村のようなコンディションの悪い選手を無理やり使うことである。このあたりはスポンサーの意向などが強く反映されている可能性もあって、単純に戦術面だけの検討ではないのかも知れない。しかし、それにしても、解せない選手起用である。ワールドカップの選手選考のためなら、山瀬などをどんどん使えば良いだけのことで、中村を使う必要性は全くない。

セルビア戦に限って言えば、栗原が戦犯扱いされているが、実際には栗原は別に悪くない。失点シーンを見てみれば、一点目は中盤の高い位置をセルビアにコントロールされ、狭い地域でパスを回しているうちに興梠のパスミスでボールを取られ、それを複数の選手がチェックに行ったにも関わらず、ディフェンスラインの裏に絶妙なスルーパスを通されている。ここでまずいのは、言うまでもなく高い位置でボールを奪われた中盤だ。興梠からは安全な場所に中澤が見えており、視野が狭かったのか、軽率だったのかは不明だが、他にもやりようがあったのは間違いがない。加えて、すぐにチェックに行かずにスルーパスを出された中盤のディフェンス。あの位置でボールを奪われて、あのパスを出されてしまったら、ラインを上げているセンターバック二人(中澤が上がっていたため、センターは栗原と稲本)はどうしようもない。栗原は中澤やトゥーリオに比較すれば格段に足が速く、「帰りが遅かった」というのは当てはまらない。もともと、ディフェンスラインを高く上げるというのはボールを奪われないこと、スルーパスを出されないこと、ラインの裏に飛び出されないことを前提としているわけで、ラインを高く上げて中盤をコンパクトにしているにも関わらず、パスミスでボールを奪われるのは想定していない。あと、栗原と稲本があのポジションにいてオフサイドにならないというなら、サイドバック(徳永)がきちんとラインコントロールについて行ってなかった可能性もある。稲本との役割分担とラインコントロールの不備は個人の問題ではなく、組織の問題。二点目はペナルティエリア付近に実に9人を配置した日本に対してセルビアの攻撃陣はたった4人。ところが、左のサイドバックのポジションになぜかいたフォワードのはずの岡崎があっさり裏に飛び出され、サイドからフリーでセンタリングを上げられてしまっている。このシーン、ペナルティエリア内は十分に選手が足りているのだが、岡崎が下がってきたのを見て、長友はセンターへとポジションを移している。このあたりの連携、バランスが悪いわけで、栗原は全然悪くない。「岡崎はなんでそんなところにおんねん。おかげでラインコントロールもできず、オフサイドトラップもかけられないじゃんか」ということだ。自分へのパスがカットされて攻撃に移られてしまい、それにつられて最終ラインまで下がってきたのかも知れないが、中央では選手が余っていたわけで、まさに無駄な動きである。三点目はもうどうしようもないフリーキックなので、これについて論じても仕方がないだろう。もちろん、失点シーンが全てではなく、他のところで栗原の動きが悪かったということはあるのかも知れないが、つい先日の清水戦で負傷、途中退場している選手である。コンディションが万全であるはずがない。それに、コンビネーション練習だってほとんどできていなかったはずだ。にも関わらず、前半だけプレーを見てさっさと見切りをつけてしまう采配には大きな疑問を持つ。

そもそも、この時期に新しい選手のテストをしているというのが戦略的にオカシイのである。これがありなら、今からでも遅くないから、新しい監督をつれてくることを考えた方が良い。

何しろ、日本代表の状況は絶望的だ。政治力があるのか、アジアの代表枠は過剰に多い。また、Jリーグ開幕前に比較すれば、確かに選手の実力も上がっている。しかし、ワールドカップクラスの実力があるのかと問われれば、非常に疑問である。こうした中、「目標はベスト4」とか寝ぼけた発言をしてサッカー事情に詳しくない日本国民を騙すのはどうしたものなのか。いや、でも、こういうのは何度も見てきているのか。世界陸上や冬季五輪などで。

何しろ、今の状況では3試合やって勝ち点1が取れれば御の字である。これまで3大会連続してワールドカップを現地観戦(観戦試合数は13試合?)してきたけれど、この試合を見て、今回の南アフリカはやめておくことに決めた。


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