2010年04月23日

野依理事長はどうして「うちが一番、よそがヤメロ」って言い切らないの?

月曜日に理研の仕分けが行われるけれど、それを前にして朝日新聞に「研究法人 問われる成果」という記事が載った。

そこには、事前の視察で仕訳人から「植物科学は他でも研究している」という指摘があった際、野依理事長が「重要な分野だから競争と協同が起きる」と述べたってことが書いてあった。理研のトップとしてはこう語らざるを得ないところもあるだろうが、それにしてもお粗末な回答だ。「一般論として競争が必要」と言うなら、「競争はあっても良いが、競争相手は国内ではないのでは?」と突っ込まれるべきところ。

大体、理研がやるようなビッグサイエンスにおいては、内部的な競争はもっと手前で行われているべきなのである。

先日、芸大のピアノ科の学生の話をしていたときに、「このレベルになると、本当にトップだから、看板すら不要。そしてそういうレベルの人間が集まっているから、環境も素晴らしいに違いない。国内で能力ベースできちんとフィルタリングされている数少ない場所だろう。他に考えられるのは東大の理3ぐらいじゃないか」という話になった。税金を湯水のごとく使える組織というのは、入るのにそのぐらいのハードルがあってしかるべきで、逆に言えば、そこをクリアしているならあとはもう好き勝手にやれ、その代わり相手は世界だ、国内での競争は消耗するだけで意味がない、という状態にしないと、世界を相手に戦ってはいけないでしょ、ということ。そのための内部的な競争はもちろんあって構わないけれど、それは税金で捨て金を用意するような話じゃない。

サイエンスの分野はこのあたりのハードルが非常に曖昧。僕が学生の時に東大いろはガルタというのがあって、一番最初は「石を投げれば理Iに当たる」というものだった。当時で1000人も定員があった東大理Iを馬鹿にする主旨だったんだけれど、確かに1000人もいたら玉石混交である。こんなのはフィルタリングとは言えない。

「競争が必要」という言葉には間違いがないが、国内のあちらこちらでそれなりの規模で競争をやられたら、それはそれで非効率極まりない。だから、もし競争するなら、もっとお金のかからないところでやらないと。

このブログでも前に書いたと思うけれど、僕はちょうど文科省と経産省がcDNAのデータベース作りで競争していたときに、両方の組織に連続して所属していた。双方の立場を非常に近いところで見ていたわけだけれど、これなども典型的な無駄遣い、消耗戦だった。

理研がやっていたのはマウスの完全長cDNAライブラリの作成。メインで使っていたのはRISAというシーケンサー。なぜかこの理研お手製のシーケンサーを隣のラボでヒトゲノムを読んでいた榊さんは使用せず、海外製のシーケンサーを使っていたなんていう話もあるが、それは後述。一方で経産省がやったのはヒトcDNAのライブラリの作成。それで、双方の言い分は何かといえば、

ねずみチーム「生殖細胞など、ヒトでは倫理的に扱いの難しいものや、非常に限定的な時期にしか発現しないものがある。全てを網羅的に調べるためにはマウスが一番だ」

人間チーム「マウスのcDNAは所詮ねずみであって、ヒトではない。すぐに産業上役に立つのはヒトだ。ねずみのcDNAを調べて、ねずみの薬をつくるつもりか」

というもの。まぁ、どちらにも一理あると言えば一理あるのだけれど、「そんならさ、一緒にやれば良いじゃん」ということになる。もちろん僕はそうなるように、バイオ課時代に文科省ライフ課に働きかけ、一度は課長補佐レベルの非公式飲み会を実施するぐらいにまではなった。でも、残念ながらそこまで。バイオ課を辞めたあとも、じゃぁ、民間レベルで協調できないか、ということで、バイオインダストリー協会の委員として文科省系のお手伝いをしている人たちにアプローチ。関東局主導の委員会の委員に彼らを組み入れるところまでやったんだけれど、最終的には潰された。要するに、最終的には省庁間の予算の取り合いに帰着しちゃうのだ。大規模研究においては「理研と産総研の間できちんと調整しましょう、じゃぁ、これは文科省から産総研に、こちらは経産省から理研にお金を出します」なんていうことにはなってないような気がするんだけど、そんなことはない?そもそも、文科省−理研、経産省−産総研みたいな構造があること自体がおかしいんだよね。だから、「全部ガラガラポンして再構築したら?」なんていう話はなかなか面白いと思うんだけれど。

事前視察が終わって尾立源幸参院議員は「競争が大事という話もある」と説得されちゃったみたいだけれど(笑)、それなりにお金のかかることを、国内で競争することは著しく非効率だ。このcDNAの話などはその典型例である。

また、先程述べたシーケンサーの話も「はぁ?」という感じ。同じ組織内でシーケンサーを開発して、実働レベルにまで到達しているにも関わらず、それを利用するという話にならないのは不思議すぎる。当時の榊さんの言い分は「やっているのは世界プロジェクトで、他国が他社のシーケンサーを利用しているので、それにあわせる」というようなことだったと思うが、国産のマシンがあるのにわざわざ海外製のマシンを、それも税金で買ってくると言うのは良くわからない。もし国産マシンに競争力がないのなら、そんな機械を開発していること自体が間違いであり、責任者出て来い、という話にもなる。

だって、日産のGTRを作るときに、「すいません、エンジンはトヨタにします」って、それはおかしいでしょ?

「競争」も「協調」も「協同」も否定しないけれど、じゃぁ、日本はちゃんとやってんですか?理研や産総研は後ろめたいところがないんですか?ってこと。

あ、「全部理研にしちゃえ」っていうのでも僕は別に構わないんですよ。無駄な競争はやめてくれ、ということ。当たり前の話だけれど、能力が高い研究者は、能力主義を大歓迎するはず。以前シンクタンクにいたときに、そこの労働組合で能力給の話を検討したことがある。そのときも、スキルの高い社員は一様に能力主義導入に賛成した。そして、能力に自信のない社員が反対した。どうなったかって、スキルの高い社員は会社を辞めていった。能力の高い層ではすでに流動化が進んでいるので、いくらでも働き口は存在する。だから、みんな出て行っちゃって、空洞化が進む。これって、会社レベルだけの話じゃない。国レベルでも一緒。

野依さんも自分のところの研究に自信があるなら「競争が必要」とか言ってないで、「うちはナンバーワンなんだから、よそを廃止しろ。それで困る奴はうちの傘下に入れ」って言えば良いんだよ。傘下に入るために競争が激化したら、研究者のレベルもアップするんじゃないの?

駄目研究者からは「そんなことをしたら、ポストが減る」とかの声が出てきそうだけれど、そんなの知らないよね。必要なのはレベルの高い研究であって、駄目研究者のための福利厚生じゃない。今の日本はいつ財政破綻してもおかしくない状態。理系の、研究室に閉じこもっているだけの人はしらないかも知れないけれど、日本は年収が500万しかないのに、毎年840万円使っていて、さらに借金が5000万円あるっていう状態なんだから。破綻したら、トップが競争することすらできなくなるんだよ。考えるべきは、「なぜ自分には競争力がないのか」ということ。能力が高いにも関わらずそれが正当に評価されていないということなら、それはシステムが悪い。城繁幸さんをはじめ、そういうシステムに異論を述べている人は山ほどいるのだから、どんどん声をあげていけば良い。

え?能力がないから競争力がない?そんなのは知らん。

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