2010年06月27日

野田地図「ザ・キャラクター」速報レビュー

最近の野田演劇の特徴はストレートさ。それから、わかりやすさへの配慮。その傾向は本作でも一層顕著になっている。難解なら良い、というわけではないけれど、わかりやすいだけの演劇では飽きてしまうわけで、そのあたりのさじ加減はなかなか難しいところだ。

本作の構造はかつてないほどにストレートで、観る側の想像力を要求しない。本作で要求されるのは、一にも二にも、知識である。その知識は、日本語の知識、ギリシャ神話の知識、そしてオウム真理教の知識である。

日本語の知識は、これまでの野田演劇と大きな差はない。逆に、今までは耳が頼りだったものが、実際に漢字となって目の前に現れる分、一層親切でもある。

次に神話。こちらに対する知識はそれほど深い必要はない。しかし、知識があった方が楽しめるはずである。

最もポイントになるのがオウム真理教に関する知識だろう。観終わって最初に感じたのは「はたして高校生、大学生ぐらいでこの演劇が理解できるのか」ということ。僕ぐらいの年齢だと、リアルタイムでオウムの事件を見てきているし、地下鉄サリンのときなどは僕は大手町で働いていて、事件の当日は築地の寿司清で寿司を食べたりしていたので、物凄く身近な話でもあるし、知識も山ほどある。だから、この舞台を見ていても何の違和感もないし、難解な部分も欠片もないのだけれど、僕が連合赤軍を扱った小説や映画を見てもイマイチピンと来ないのと同じように、今20歳ぐらいの人がこの芝居を見ても何が何やら、良くわからないのではないかと思う。

なんで今頃オウムなのかな、と思うのだけれど、野田さんは常々これを芝居にしたくて、でも、なかなかできなくて、ようやく野田さんの中で、この事件を芝居にできるくらいに消化できたということなんだろうか。そのあたりのことはまだ良くわからない。何しろ、今日見てきたばかりだから。戯曲も読んでないし。

とりあえず、今日感じたのは、多分この芝居は僕たち40前後の人間がターゲットになっているのではないんだろうな、ということ。なぜなら、僕たちにはストレートすぎて、ひねりがなくて、しかも僕たちはこの事件のことを忘れないから、「風化しないように」というのは大きなお世話だし、何を今さら、という感じだし、実際のところ、見てもそれほど感じ入るものがなかった。だって、事件をリアルタイムで見て、比較的近いところにリアルに被害者が存在して、今もまだ裁判などがニュースになるし、そして彼らに関する記事とか、本とかを読む機会もあって、そういう小説よりも奇なる事実に触れてきているから。つまりは、この事件を伝聞でしか聞いたことのない、リアルな話として受け止めたことのない世代への野田さんからのメッセージなんだと思う。

この芝居で表現されるのは、命令されて言いなりになって動く人、集団の中で集団の動きに迎合する人である。その中で最初のうちは「考える」ことをしていた人、「主張する」ことをしていた人が、徐々に減っていく。考えることを放棄したり、あるいは放棄しなかった人は集団から削除されていく。今、例えばTwitterの中などではこうしたことが目に見える形で進んでいる。誰かが何かちょっと気の利いたことを書くと、特に考えることもなくリツイートする、みたいな。そうした社会の風潮に対して、野田さんは別に「ああしろ」「こうしろ」と具体的に述べているわけではないのだけれど、さすがにこの芝居が問題提起であることは気が付くだろう。

あとは、この芝居と自分の日頃の行動を照らし合わせてみて、自分の行動に危険な部分はないのか、そのあたりを考えてみる想像力が必要。

実際のところ、オウムの事件を実際に見てきた30代後半から40代の人間であっても、人に言われたからやる(あるいは、人に言われたからやらない)とか、みんながやっているからやる、というタイプの人は山ほどいる。そういう「思考の放棄」が何を招くのかを見て、知っているはずなのに。だから、この芝居を見ても、日本人の多くには伝わらないような気がする。単に「なんか、怖い演劇だったね」でおしまい。「何が言いたいのか良く分からないよね」とかもありそうな感想。

しかし、そういう若い人達に、きちんとメッセージを残しておきたいと思ったんだろうね、野田さんは。

評価は☆2つ。僕としては、最近で言えばロープとかの方が断然楽しめた。やっぱ、自分がこの芝居のターゲットじゃないってことが大きいんだろうなぁ。

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