2010年08月15日

カティンの森

5dcc0f4c.jpg他人事としてではなく、この地球に生きている人間の一人として、地球の記憶の一つを確認するつもりで敗戦の日にこの映画を観てみた。

ポーランド人の巨匠、アンジェイ・ワイダがその人生の集大成として撮ったと思われる超力作。

今となっては多くの人の知るところとなったカティンの森事件だが、ほんの20年程度前まではその全容が隠蔽されたままだった。しかし、ポーランドの人々にとっては忘れてはならない事実として深く刻まれていたのだろう。東側諸国の一員として表明できずにいたその思いは、ポーランド人そのもののアイデンティティのひとつとして、全世界に訴えかける機会をずっと窺っていたのだと思う。全ての環境が整い、ようやくそれが形になったのがこの映画なんだと思う。

カティンの森事件を中心としたポーランド人の悲劇は3つ。一つ目は、ドイツ、ソ連という軍事的大国の思惑によって国家が引き裂かれたこと。二つ目は、その余波としてのカティンの森事件。三つ目は、その事実を多くの人が知りつつも、それを表明できず、そしてソ連との同盟を半世紀近くにわたって維持しなくてはならなかったこと。この映画はカティンの森事件を非常に生々しく描いてはいるものの、時間的には3つ目の悲劇について長く描いている。事象としての衝撃は確かに二つ目の悲劇が最も大きいのだが、よりポーランド人のプライドを傷つけたのは三つ目の悲劇だったのだろう。主要な登場人物も、運よくカティンの森事件の犠牲にならずに済んだのに、その後の人生で大きな傷を抱えて生きることになってしまう。

この映画では、良くある戦争映画のような華々しい戦闘シーンはほとんどない。戦いは完了していて、軍隊は権力によって処理されていく。戦争にはさまざまな理不尽があるが、これもそのひとつ。原爆やガス室と同様、全世界の人間が知っておくべき過去なんだと思う。

冒頭、ひとつの橋を挟んで二つの方向からポーランド人が逃げてくる。お互いに戦禍を逃れての移動だが、それによって逃げ道のないポーランドの状況を説明する。

そこから、逃げ道のない人々がどうやってプライドを持って生きていくのかが描かれる。それは主として軍人の視点ではなく、収容された将校や文化人達の親、妻、子供といった視点からである。

そして、ラストの15分ほど。日記の記述を端緒に、音楽もなく、せりふもほとんどなく、凄惨な描写が続いていく。それまで描かれていたいくつかの小物と一緒に、大切なものが葬り去られていく。涙なしに観ていることができない。暗転して、レクイエム。そして無音のエンドロール。

途中、やや冗長で散漫とも思えるような描かれ方をした全てのものが終盤で一気に収束していく。ただ、この映画はそこで終わらせるものでも、区切りをつけるものでもないはず。だから、「森」で埋葬されたはずのいくつかのものが、映画の中ではきちんと掘り起こされている。時系列を組み替えて、事件を中心としつつ見事に再生されてもいる。

ポーランド人にはポーランド人の、ドイツ人にはドイツ人の、ロシア人にはロシア人の、そして、日本人には日本人の、それぞれの受け取り方のもとに、次に伝えていくべきものが、この映画の中にはある。この映画を観て、それでも同じような歴史を繰り返すなら、人間はあまりにも無力な存在だと思う。

この監督の人生は、もしかしたらこの映画を撮るためにあったのかも知れないと思えるほど、重い一作。ただ、集大成ではあるものの、終わりではない。僕たちはこの映画からもきちんとバトンを受け取り、そしてそれを次に渡していく必要がある。

余談
川越スカラ座の上映情報

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5 ワイダ監督のライフワークが完結
4 赤軍もナチスも結局のところ「同類」。いっそヒトラーもスターリンも共倒れしてくれれば・・・・。



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