こんな記事があったので、
万能細胞による新しいバイオ産業が始まった
―わが国の課題と成功するための条件とは―
現在はITベンチャーの社長とはいえ、バイオベンチャーの経営という部分では知識も経験も日本では相当上のほうに来るはずの僕なので(笑)、ちょっとコメントしてみる。
まず、標準化という部分について。標準化で思い出すのは、僕が経産省にいたときに某国内超大企業がバイオ課に来て、「このDNAチップを国内の標準にしてくれ」と頭を下げたこと。「はぁ」と、乗り気のしない受け答えに終始していると、「日本はそうやって護送船団でやってきたんです。これもよろしくお願いします」と某社役員殿が言い放ったのが今でも印象に残っている。そういう、トップダウン型の標準化というのも確かに昔は存在しただろうし、それが日本を牽引した部分もあったんだと思う。でも、もうそういう時代じゃない。いくつかのフォーマットが提案され、淘汰され、良いものが残る、という時代のはずだ。ある程度の事前スクリーニングはあっても良いかも知れないが、少なくとも経産省が旗を振って標準化を進める、というものではない。この記事を書いている人も、そこまでは求めていないのだが。それともうひとつ思い出されるのが、理研のシーケンサーについて。僕が理研にいたとき、理研の主任研究員だった林崎さんが島津と組んで、「RISA」というシーケンサーを開発していた。ところが、同じセンター内でヒトゲノムを読んでいた榊さんは、RISAを使っていなかった。榊さんがRISAを使わなかった理由は「国際グループが全部他社(ABIだったかなぁ)を使っているから」というもの。標準化争いに負けていたわけで、それはそれでありだとは思うけれど、何も同じ組織の、同じセンターの中で、片やシーケンサーを開発していて、片やそれとは別の会社のシーケンサーを何台も導入しているというのは、日産が自動車を開発するにあたって、自社にもエンジン開発部門があるのに、トヨタのエンジンを積んでいるようなもので、一体どういうことなんだろうなぁ、と思ったことがある。トヨタのエンジンを積むならエンジンの開発なんてやめちまえ、ってことだし、エンジンの開発をするなら、トヨタよりたとえ劣っていたとしても、自社のエンジンを積むのが普通だよなぁ、と思ったものである。標準化は確かに大事だが、どうやって標準化するのかが重要で、それは、国がトップダウンで決めてしまうのもまずいし、だからといって協力すべき人たちが協力しないのも問題だ。誰がどうやるのか、このあたりをきちんと決めておく必要がある。でも、そういうのが大の苦手なんだよね、日本人は。それで、とりあえず「国が」「国が」って連呼する。
次にオープンイノベーションについて。僕はバイオクラスターの勉強もそれなりにやったんだけれど、最終的な結論は、ドイツとかに存在するようなバイオクラスターは、日本には必要ないんじゃないかってこと。日本は物流がしっかりしているし、人の移動も簡単。一日あればほとんどどこにだって行けちゃう。加えて、たとえ近所にいても仲良くするわけじゃなく、逆に足を引っ張りたがったりする。どうせ仲良くできないなら、近所にいる必要はないし、逆にちょっと離れていたほうが仲良くやっていけたりする。官公庁、大学、企業などの垣根を越えたワンストップ型の体制というのは確かに理想的だけれど、文科省と経産省で予算の取り合いをしていて、その調整機能を果たすはずの総合科学技術会議も何の役にも立たず、ノーベル賞を取ったって言えばすかさず役所が擦り寄って「もっとお金をつけなくちゃ」とか発言させて役所の援護射撃をやらせるような社会には無理。ここで書かれていることは確かに理想論ではあるけれど、同時に空論でもある。
最後に金融システムについて。日本はバブルでお金がたくさん余っていたときに、それを都市インフラに投入してしまった。だから、道路は非常に良く整備されているし、交通システムも首都圏を中心に行き届いている。建物はでっかくて丈夫で立派。東京湾に橋までできていて、木更津くんだりまでそんなに急いでどこへ行くんだよ、おい、という感じではあるけれど、まぁ、そういうこと。お金をそっちにつぎ込んでしまったんだから、後の祭りである。そういう意思決定をした人たちをつるし上げるぐらいしかやることがないが、それすらやらない、やったらやりっぱなしが日本のやり方。今お金がないのは、今が悪いのではないのだけれど。それと、公的助成うんぬんも書いてあるけれど、役人が成功報酬を取れないシステム、役人が責任を取らないシステムにおいては、投資をやっても成功しない。投資した金額に見合うだけの成果をあげたかどうか、しっかりと検証して、その成果に見合った処遇を施すということができないなら、結局税金の無駄遣いに終わる可能性が極めて高い。自分の生活をかけて、死ぬ気でやんなきゃ。
まとめで「標準化」「オープンイノベーション」「金融システム」の3要素について諸外国に比較して日本が遅れていると書いているけれど、それはその通り。そこまでは正しいと思うんだけれど、この著者がちょっとずれているなーと思うのは、「iPS細胞に根差す新産業を育成する土壌は、まだ日本に十分あると信じたい」としているところ。そんなもの、ないでしょ。さっさとシンガポールとかに会社を移したほうが良い。それによって、みんなが幸せになれると思う。日本では無理だよ、多分。
いや、他の、のんびりやっていても良い分野なら、日本でやっていても良いよ。この分野はだめでしょ。日本が変わるのなんて、待っていられないもん。
#色々物議をかもしそうなこと書いてみたから、たまには誰かブログでバイオに参入してきて(笑)。最近、僕しか書かないからなぁ。