2010年10月20日

ブログでバイオ 第73回 iPS細胞に根差す新産業にお勧めは日本以外に進出すること

こんな記事があったので、

万能細胞による新しいバイオ産業が始まった
―わが国の課題と成功するための条件とは―


現在はITベンチャーの社長とはいえ、バイオベンチャーの経営という部分では知識も経験も日本では相当上のほうに来るはずの僕なので(笑)、ちょっとコメントしてみる。

まず、標準化という部分について。標準化で思い出すのは、僕が経産省にいたときに某国内超大企業がバイオ課に来て、「このDNAチップを国内の標準にしてくれ」と頭を下げたこと。「はぁ」と、乗り気のしない受け答えに終始していると、「日本はそうやって護送船団でやってきたんです。これもよろしくお願いします」と某社役員殿が言い放ったのが今でも印象に残っている。そういう、トップダウン型の標準化というのも確かに昔は存在しただろうし、それが日本を牽引した部分もあったんだと思う。でも、もうそういう時代じゃない。いくつかのフォーマットが提案され、淘汰され、良いものが残る、という時代のはずだ。ある程度の事前スクリーニングはあっても良いかも知れないが、少なくとも経産省が旗を振って標準化を進める、というものではない。この記事を書いている人も、そこまでは求めていないのだが。それともうひとつ思い出されるのが、理研のシーケンサーについて。僕が理研にいたとき、理研の主任研究員だった林崎さんが島津と組んで、「RISA」というシーケンサーを開発していた。ところが、同じセンター内でヒトゲノムを読んでいた榊さんは、RISAを使っていなかった。榊さんがRISAを使わなかった理由は「国際グループが全部他社(ABIだったかなぁ)を使っているから」というもの。標準化争いに負けていたわけで、それはそれでありだとは思うけれど、何も同じ組織の、同じセンターの中で、片やシーケンサーを開発していて、片やそれとは別の会社のシーケンサーを何台も導入しているというのは、日産が自動車を開発するにあたって、自社にもエンジン開発部門があるのに、トヨタのエンジンを積んでいるようなもので、一体どういうことなんだろうなぁ、と思ったことがある。トヨタのエンジンを積むならエンジンの開発なんてやめちまえ、ってことだし、エンジンの開発をするなら、トヨタよりたとえ劣っていたとしても、自社のエンジンを積むのが普通だよなぁ、と思ったものである。標準化は確かに大事だが、どうやって標準化するのかが重要で、それは、国がトップダウンで決めてしまうのもまずいし、だからといって協力すべき人たちが協力しないのも問題だ。誰がどうやるのか、このあたりをきちんと決めておく必要がある。でも、そういうのが大の苦手なんだよね、日本人は。それで、とりあえず「国が」「国が」って連呼する

次にオープンイノベーションについて。僕はバイオクラスターの勉強もそれなりにやったんだけれど、最終的な結論は、ドイツとかに存在するようなバイオクラスターは、日本には必要ないんじゃないかってこと。日本は物流がしっかりしているし、人の移動も簡単。一日あればほとんどどこにだって行けちゃう。加えて、たとえ近所にいても仲良くするわけじゃなく、逆に足を引っ張りたがったりする。どうせ仲良くできないなら、近所にいる必要はないし、逆にちょっと離れていたほうが仲良くやっていけたりする。官公庁、大学、企業などの垣根を越えたワンストップ型の体制というのは確かに理想的だけれど、文科省と経産省で予算の取り合いをしていて、その調整機能を果たすはずの総合科学技術会議も何の役にも立たず、ノーベル賞を取ったって言えばすかさず役所が擦り寄って「もっとお金をつけなくちゃ」とか発言させて役所の援護射撃をやらせるような社会には無理。ここで書かれていることは確かに理想論ではあるけれど、同時に空論でもある。

最後に金融システムについて。日本はバブルでお金がたくさん余っていたときに、それを都市インフラに投入してしまった。だから、道路は非常に良く整備されているし、交通システムも首都圏を中心に行き届いている。建物はでっかくて丈夫で立派。東京湾に橋までできていて、木更津くんだりまでそんなに急いでどこへ行くんだよ、おい、という感じではあるけれど、まぁ、そういうこと。お金をそっちにつぎ込んでしまったんだから、後の祭りである。そういう意思決定をした人たちをつるし上げるぐらいしかやることがないが、それすらやらない、やったらやりっぱなしが日本のやり方。今お金がないのは、今が悪いのではないのだけれど。それと、公的助成うんぬんも書いてあるけれど、役人が成功報酬を取れないシステム、役人が責任を取らないシステムにおいては、投資をやっても成功しない。投資した金額に見合うだけの成果をあげたかどうか、しっかりと検証して、その成果に見合った処遇を施すということができないなら、結局税金の無駄遣いに終わる可能性が極めて高い。自分の生活をかけて、死ぬ気でやんなきゃ。

まとめで「標準化」「オープンイノベーション」「金融システム」の3要素について諸外国に比較して日本が遅れていると書いているけれど、それはその通り。そこまでは正しいと思うんだけれど、この著者がちょっとずれているなーと思うのは、「iPS細胞に根差す新産業を育成する土壌は、まだ日本に十分あると信じたい」としているところ。そんなもの、ないでしょ。さっさとシンガポールとかに会社を移したほうが良い。それによって、みんなが幸せになれると思う。日本では無理だよ、多分。

いや、他の、のんびりやっていても良い分野なら、日本でやっていても良いよ。この分野はだめでしょ。日本が変わるのなんて、待っていられないもん。

#色々物議をかもしそうなこと書いてみたから、たまには誰かブログでバイオに参入してきて(笑)。最近、僕しか書かないからなぁ。

この記事へのトラックバックURL

http://trackback.blogsys.jp/livedoor/buu2/51087252
この記事へのコメント
まったく同感。営利企業は、早く開発できて早く承認とれて、早く市場投入して早く利益上げられるところから始めるに決まってますよね。わざわざ日本でまず開発やるメリットは、ほぼ皆無。

特に医療機器や同種自己(他家もかも)再生医療については法規制、薬事、開発プロセス経験全て欧米に凌駕されておりしかも、保険適用の壁もあるから、さっさと大きなマーケットに向かって出て行くしかないでしょう。

するとドラッグラグやデバイスラグが加速して、日本の患者さんに投与、使用が遅くなるという意見もあります。

ならば外国で承認されたものをほぼ同時くらいで迅速承認できるようなしくみにすべきでしょ。医療機器に人種差なんてないんだから、海外臨床データで日米同時申請、同時承認すればいい。

これからはメディカルツーリズムで外国で高度医療を受けるというのも、(出来る人にとっては)さらに加速するかもですね。

批判ばかりでは建設的ではありませんので、提案も幾つかあげてみます(続く)。


Posted by 筆書き二刀流マインドマッパー at 2010年10月20日 21:52
(続きです)

(1)医療産業を本気で目指すのなら、まず何が必要でしょうか。
薬事規制?混合診療解禁?ドクターフィー?病院のセンター化?電子カルテと国家レベルの疫学研究?

(2)医療費維持、増加には何が必要でしょうか。
自由診療全面解禁?タバコ税やパチンコ税の大幅UPと医療費への全面投入?世界一長寿という日本ブランドの医療システムを諸外国へコンサル(てこ入れは必須だが)?

(3)新薬、新医療機器の開発が加速するには、何が必要でしょうか。
臨床試験の大幅な効率化とコストカット?病院のセンター化?バイオベンチャーへの法人税大幅軽減?臨床研究と治験、というダブルスタンダードの一本化、透明化?

問題は山積み、つまり、すぐ出来ることは結局、日本でなく海外で開発、承認を取ること、ですね。。。笑


いろいろなステークホルダーを巻き込んで建設的なブレストをやってみたいです。
Posted by 筆書き二刀流マインドマッパー at 2010年10月20日 21:53
> 某国内超大企業がバイオ課に来て、「このDNAチップを国内の標準にしてくれ」と頭を下げた

事前に話を通さず、役人の機嫌を損ねるのは避けたいと思います。他社のチップが標準規格採用されたら面倒ですし。頭を下げるのはタダです。接待や手土産ぐらいあったのかもしれませんが。
でも、そのまま国家規格を策定し、「日本バイオ規格検査認証財団法人」を立ち上げれば天下り先が増えたかもしれません。当然、その企業にタカり(出資させ)ます。

>理研の主任研究員だった林崎さん
>ヒトゲノムを読んでいた榊さん
人間関係が悪かったのでしょうか。ところで、榊さんは、親子で同じ大学の学長に就任されており、面白い人事ですよね。

>役人が成功報酬を取れないシステム、役人が責任を取らないシステムにおいては、
国Iなら、70歳ぐらいまで面倒見ると聞きます。終身雇用と(将来の)理事退職金が「報酬」でしょう。でも、個々の政策(失策)の責任は取らないですね。やりっぱなし。プロジェクト途中で関係者が異動しますし、組織ぐるみで責任隠蔽しているようにしか思えません。
Posted by alphabeta at 2010年10月21日 02:02
> 事前に話を通さず、役人の機嫌を損ねるのは避けたいと思います。

話が通っていても経産省の僕がいた部署は相手にしませんでしたが、よそは不明です。あと、政治家の圧力がかかる場合も不明です。

> 人間関係が悪かったのでしょうか。ところで、榊さんは、親子で同じ大学の学長に就任されており、面白い人事ですよね。

人間関係は円滑ではなかったと思います。横山さんも含め。今はどうかわかりません。同じ大学の学長というのは確かに面白い人事ですね。

> 組織ぐるみで責任隠蔽しているようにしか思えません。

組織ぐるみと言えば組織ぐるみですね。構造的にそうなっていますから。さっさと改革して欲しいと思います。
Posted by buu* at 2010年10月21日 02:53
的確な論評ありがとうございました。「ずれ」の部分を含め、貴案にほぼ同意致します。
Posted by 著者 at 2010年10月29日 18:59