2010年10月23日

不景気も、悪いことばかりではないのかも?

何度か似たようなことを書いているとは思うけれど。

僕は三菱総研にいたとき、そこそこまじめに組合活動をやった人間である。そのあと経営の側になって、あのときの活動ってちょっと違っていたんじゃないかなぁ、と思う次第。会社の経営というものについて、きちんと見ることができていなかったと思う。

会社でも、店でも、経営者と労働者の関係は、「経営者は労働者が働く場所を作る。労働者は、経営者が作った場で働いて賃金を得る」というものだ。先日、新宿の会員制のクラブのママと話をしながらつらつら考えを整理してみたのだけれど、ママは身銭を切ってその店を切り盛りしている。そこでは複数の女の子達が働いているわけだけれど、僕がその中の誰かを気に入ったとして、「じゃぁ、次からはこの店じゃなくて、別のところでデートしよう」と誘い、相手の女の子が「わかった!」と了解してしまうと、ママにはお金が全く入らない状態になってしまう。これでは、リスクを背負って店を経営しているママは困ってしまう。ママが困って店を閉めてしまうと、そこで働いていた女の子の仕事がなくなる。その場所が働きやすい場所であればあるほど、お店の女の子はそういう店外活動を控える必要が出てくる。ただ単に客という視点から見ると「どうせお金を払うなら、お店でお金を使うよりも美味しいものでも食べようよ」ということになるし、それが理由で僕は自腹でキャバクラに行ったことは一度もないのだけれど、話が経営の視点、労働の場所の確保という視点になれば、「お金はお店で使って」ということになる。本来、労働者も「労働の場所を確保する」という意味で、経営のことをきちんと考える必要があるわけだ。それを無視して労働者の権利だけを強硬に主張すれば、会社の経営は傾くことになる。そして、会社の経営が傾いたとき、日本のように労働市場が硬直している国では、一番困るのは労働者自身でもある。株主、経営者、労働者を一行で書けばこんな感じだ。

株主:リスクマネーを払っている、会社の持ち主
経営者:株主から任されて会社を運営している人たち
労働者:会社で働いて賃金をもらっている人たち(=会社がなくなったら困る人たち)

時々「会社は社員のもの」とか言っている馬鹿を見かけるけれど、とんでもない。会社は株主のものだし、経営をコントロールするのも株主だ。そして、会社の方針がイヤなら、労働者は他所に行けば良いだけのことである。そういう流動的な労働市場が形成されていないのがそもそもの間違いだけれど、例えば僕の場合は三菱総研→理研→経産省→株式会社アドバンジェン→株式会社ライブログと、会社を転々としているわけで、やってやれないことはない。今の日本は残念ながら誰でも能力さえあれば好き勝手に転職できるような環境ではなさそうだけれど、それにしても「会社は社員のもの」というのはかっとびすぎ(森永卓郎氏なら平気で言いそうだけれど)。社員は必要要素だけれど、それと所有者は全く別の概念だ。例えば読売ジャイアンツの坂本が「ジャイアンツは俺のものだ」とか、サッカー日本代表の長友が「日本代表は俺のものだ」とか言ったら「はぁ?」って感じなのと一緒である(もちろん彼らがそんなことを言ったわけじゃないですよ。分かりやすいように誰でも知っていそうな事例を出しただけ)。必要要素のひとつであることと、「誰のものか」という議論は全く次元が違う話である。

さて、つい先日、ソフトバンクの孫さんが

会社で買った武器(ここではiPhone、iPad)を個人使用するな、というケチな会社があります。僕に言わせればとんでもない。


と語ったらしい。

会社購入のiPadを個人利用するな、なんてとんでもない---ソフトバンク孫社長

ここで書かれていることには僕はほぼ全面的に賛成である。でも、

移動時や在宅時にも利用できるため、時間も有効に使えるようになった。


などという部分を見ると、「労働の場所を確保する」という視点が欠落している人間はすぐに「労働強化だ」とか、「時間外労働の隠蔽だ」などと言うに違いない。実際、労働の強化だし、時間外労働の隠蔽でもあるのだから、当たり前と言えば当たり前なのだけれど、そういう制度にならざるを得ない賃金制度こそが問題でもある。例えばコンビニやファストフードの店員は、店にいるときだけ働けば良い。厳密には接客について色々考えたりもするだろうが、基本的には店にいるときだけ労働力を提供すれば良い。だから、時間当たりいくら、という「時給」の考え方が成立する。しかし、多くの仕事では、これは成立しない。何時間働いたか、ではなく、どの程度稼いだか、である。その点、給料とは税金の考え方に近くてしかるべきで、「あなたは私の作った労働の場所で1000万円の利益を生み出しました。だから、私はあなたに500万円の給料をお支払いします。残りの500万円で、私は引き続きあなたが働きやすい場所を提供します」というのが経営者の考えである。例えば三菱総研の場合、1998年当時で僕のノルマは5000万円、僕の給料は年俸で1000万円程度だったけれど、会社の維持費(看板代も含む)としての差額4000万円というのが正当かどうか、というのが、本来経営者と労働者が調整すべきものだったはずだ。でも、今から振り返ってみると、少なくとも僕にはそういう考え方はなかった。僕の場合は「もっと働きやすい環境を作れ」というもので、もっと具体的に言えば「バイオ関連の仕事がとってこられるような環境を整備しろ」というものだったのだけれど、それが三菱総研で実現できないと経営、および人事から提示されたので、僕は理研への出向を経て経産省に転職した。それが間違いだったとはこれっぽっちも思っていないし、そうやって転職するのに大きな困難が生じない、踏み台として利用したときに大きな効果を発揮する会社だったのだから、三菱総研というのは良い会社だったとも思う。それでちょっと話がずれたけれど、要は、三菱総研は「あなたの稼ぎから4000万円いただいても、あなたが働きやすい職場は作れません」と言ってきただけのことで、僕は僕で、「今の環境では5000万円稼ぐのは無理なので、転職します」と答えただけのことである。他の分野では可能でも、バイオでは無理だった、と、それだけのことだ。では、仮にそれが可能だった場合、どうなるのか。大事なのは、5000万円稼いで、4000万円を会社に納めて、残りの1000万円を自分のものとする、ということで、労働時間が何時間だとか、残業がどうとか、そんなことは一切関係ないはずである。これは三菱総研という勤労の場がそういう性質だったことによるのだけれど、でも、一方で多くの勤労の場でも大なり小なり、似たような状況にあるとも思う。

孫さんが言及したソフトバンク各社も同じだろう。三菱総研のように小さな個人事業主の集合体という場ではないと思うけれど、それでもファストフードの店員のように、店にいる間だけ言われたことをやっていれば良い、という部分は少なそうだ。だから、賃金と言うのは、その働いている状況にあわせて、能力主義・成果主義にするか、労働時間に合わせるかを考える必要がある。ところが、日本では能力主義・成果主義が嫌われる傾向にある。それは、成果主義導入のきっかけがバブルがはじけたことで、経営コストを低減するために、経営者の視点中心で導入が図られてきたからである。しかし、上にも書いてきたように、能力主義・成果主義は、労働者の視点からも歓迎されるべきだし、それによってくだらない「残業」などという概念も不要になる(ケースもある)。

経営者と労働者は一方的な関係ではない。労働者がいるおかげで経営者は会社を維持できるし、経営者が場を提供しているから労働者は日々を暮らしていくためのお金を得ることができる。15年ほど前までは大企業を中心として「会社は未来永劫存続して当たり前」だったわけだけれど、山一證券の廃業あたりから少し風向きが変わってきた。でも、山一證券のときはまだ、「あの会社は儲けすぎていたから」みたいな雰囲気があって、まだ多くの会社員が「やばい」と感じるまではいかなかったんだと思う。でも、日本航空の話などもあって、そろそろみんな「やっぱり、やばいのかも?」と感じるようになってきたようだ。おかげで公務員になりたい、などと考える大学生が増えてきているようだけれど、そんな学生ばかりだとすれば、日本の経済の回復はもうありえず、ただただ衰弱していくだけだろう。

必要なのは、リスクを背負いつつ、経営者と労働者が相互に理解しあい、会社を成長させていくことで、そのためには「iPadぐらい買ってあげますよ。家に持ち帰っても構いません。家ではゲームとか、好きに使って良いですよ」ぐらいは当たり前の話だし、一方で、「成果をあげるためには会社だけじゃなく、家からもネットに接続できて、お客様にメール連絡できるほうがありがたい」と考えるのも当たり前の話。こんなの、宣言するような話でもないのだけれど、それをソフトバンクみたいな会社の社長がわざわざ確認しなくちゃならないところに日本のお先真っ暗感が見て取れる。

こういう話を読んですぐに「労働強化じゃん」とか考える人はきっと社民党支持者とかなんだろうな、などと思うし、そういう人がいても構わないけれど、少なくともうちの会社では絶対にやっていけないだろうな、と思う。また、そういう人は公務員とか、年功序列・終身雇用の衰退大企業が向いているし、そういう組織では「家で遊ぶかも知れないからiPadを全員に支給するなんてとんでもない」と考えるだろう。どちらを選ぶかは本人次第なので、大事なのはそういう情報、会社がどういうスタンスなのかをきちんと発信することなんだと思う。孫さんのソフトバンクは、こうだ、と。

ライブログは完全に成果主義です。もうちょっと稼げたら社員全員にiPadも支給したいですが、まだそこまでは稼げていません。社長も自腹で買ってます。「ヘアカット.jp」で頑張りたいものです。

冒頭で事例をあげたクラブ、少し前に行ったとき、「今日は入店希望者のテストなの」っていう女性がいた。次に行ってみたらいないので、どうしたのかな、と思ったら、落としたと。ママ曰く、「シングルマザーで仕事がなくて困っていたみたいだけれど、うちでは無理だと思ったから」とのこと。大学生の就職難という話ももう何年も続いている。働く場所があるということは凄くありがたいことだってことをそろそろ労働者は理解すべきだ。誰でも仕事がある時代じゃぁなくなったということ。「そんなことなら労働者でいるのはイヤだ」ってことなら、経営者になって、自分で労働する場所を作ればいいだけの話。会社法の改正で一円会社が可能になったのは非常に良いことだ。誰でも労働する場所を自分の思い通りに設計して、作ることができる。

会社って誰のものなの?なんていう幼稚な議論が成立してしまう日本だけれど、今の不景気を機に、みんながきちんと「会社とは何か」を考えるのであれば、不景気も悪いことばかりではないのかも知れない。

#全然話は違うけれど、現状のシンクタンクって、協同組合(中間法人)がフィットすると思う。シンクタンクのOBを集めて共同組合を作ってみようかな・・・・・。でも、そういうのがないってことは無理なのかなぁ。少なくとも関連システム会社を上場廃止にして子会社化、そこに三菱総研の看板をつけて再上場、なんていうのよりはずっと良いと思うのだけれど。

この記事へのトラックバックURL