2011年04月09日

風評被害はこの2つの方法でしかなくならない

風評被害の定義について農水省に聞いたら、「正確なものはないが、科学的根拠に基づかない情報によって買い控え等が起きること」ということだった。この定義は別に間違っていないと思う。ところが、その運用がいい加減だから、一層風評被害が酷くなる。要は、「科学的か、科学的じゃないか」ということで、これはリバネスの委託偽装を追求していたときにも言及した部分。リバネスの展開したインチキは「博士(それも、自身の専門外の分野)が推薦しているから『科学にこだわった商品』です」と広告展開したところと、ありもしない「科学的エビデンス」をあると主張したことの2点。これは今回の風評被害問題にも同様に通ずるところがある。

では、「科学的」とはどういうことなのか、となる。例えば、1週間前の数値を提示して、「今日獲れた魚は安全です」というのは、これは科学ではない。

風評被害を考える場合、「科学的であるかどうか」を検証する必要があるファクターは二つあって、ひとつは「対象となる農林畜産物の汚染度」で、もうひとつは「放射能に汚染された農林畜産物を摂取した際の人体への影響」である。

まず、前者について考えてみる。

例えばこのサイトなどでは過去の放射線量をグラフ化しているわけだけれど、

http://ag.riken.jp/u/mon/

このグラフを見ると、今日までの空間線量は順調に減少していることがわかる。大きなピークも見当たらない。「あぁ、新しい放射線源が供給されず、地面に貯まった放射線源のうち、特に半減期が短く線量が多いヨウ素131が順調に減少していってるんだろうな。あと、風や雨で流されて減少していく分もあるんだろうな」と判断できるし、このグラフと、例えば一週間前の露地物のほうれん草の放射能量が低いのなら、それらのデータをあわせて「では、今日収穫されたほうれん草は露地物であっても安心だろう」という推測が可能になる(あくまでも推測ではあるが、その根拠はある程度科学的だと言えると思う)。

理想的に言えば、全ての農水畜産物について、その放射能量を測定し、そのデータを提示するのが適切だろう。ただ、測定のための計器数には限界があるし、人手の問題もある。測定の精度も考えなくてはならない。してみると、代表性のあるサンプル検査によらなくてはならないのも理解は可能だ。特に、今みたいな非常時には、いきなり全ての環境を整備しろというのには無理がある。だから、代表性のあるサンプルについて、定期的に、精度を担保して調査していく必要がある。上にあげた線量データなどは、それがきちんと出来ているわけだ。

では、食品の場合はどうか、ということになる。実は、厚生労働省はモニタリング情報を発表している。

食品の放射線物質検査について(PDF)

このデータが惜しいのは、生データそのままで、グラフ化されていないことである。ピンポイントのデータというのは科学的には意味がない。経時的なデータがあればある程度のことは類推できるが、そういった加工が全くされておらず、僕が見ても「あぁ、面倒くさいなぁ」と思ってしまうような形での公表になっているのである。こんな時代だからどこかの親切な人が「よーし、アイテムごとに経時変化をグラフ化して公開しちゃおうかな!」と思ってくれても全然不思議じゃないのだけれど、その時にネックになるのがPDFというファイル形式だ。なんでエクセルとか、CSVとかで出さないんだ。それだけで随分と話が違ってくるのに。それがないなら、税金を払っている国民からすれば「グラフ化ぐらい、国がやってよ」と思うだろう。あと、データが一週間ぐらい前でストップしているのもダメなところ。「どこかで操作しているのかな」と勘ぐられても不思議じゃないし、少なくとも僕はそうなのかな?と感じる。基本は「生データは取ったらすぐに公表」だ。ただ、コンタミ(外部から無関係のものが混入してデータがおかしくなること)の危険性もある。だから、「あれ?」というデータについてはもちろん再検討しても構わない。でも、ひとつのサンプルにコンタミが疑われたとしても、他の全部を一緒に「とりあえず非公開」にしてしまうと、それはそれで問題となってしまうのが今の状況なのだ。農水省や厚労省が「風評被害を最小に抑えたい」と考えるなら、まずは迅速なデータ開示が急務だろう。

放射能の汚染を判断するのにあたって、「科学的」である必要性は疑いようもない。きちんと科学的にやらないから風評被害が起きるのである。データはきちんと代表性のある形(現在の厚労省データの市町村別でもある程度の代表性は確保できていると思う)で、可能な限り詳しく、かつ経時的に取り、それを加工せずに出すと同時に、誰でも加工しやすい形式での情報提供や、可能なら、文系の人でも視覚的に理解できるようなデータ加工があってしかるべきだと思う。それをやらないからおかしなことになるのだ。「俺達が全部判断してやるから、国民は黙って従え」という時代じゃないのはみんな分かっているんだと思ったのだけれど、そんなことはないのだろうか。

ちなみに、農産物、畜産物の放射能汚染よりも難しいのは海産物だ。農産物は畑から動かないし、畜産物も飼育場からは動かない。しかし、海産物の多く、海苔、わかめ、貝類などを除いたものは開放系の海の中を勝手に動いてしまう。また、海水の放射能汚染の拡散具合も大気に比較してモニタリング、追跡が難しい。また、鮮度が重要なことが多いので、放射能測定も後手後手に回る可能性が高い。結果が出たときにはもう腐っていて商品価値がありません、ということになりかねない。今後、より深刻になるのは海産物の風評被害の方だろう。市場でみんなが腰にガイガーカウンターをぶら下げている、という状態もあり得るし、漁船にも魚群探知機と一緒に放射能測定器が装備されても不思議ではない。とにかく、超高濃度の放射性物質が相当量太平洋にばらまかれたのは間違いがなく、「環境基準の一億倍」と言われた汚染水の量が仮に東京ドーム1つ分とすれば、それを基準内に収めるためには日本海の水の9%、琵琶湖の水なら451個分も必要だというのがこの間の試算


早めに継続的な放射能モニタリング体制を構築してデータ採取に努めないと、福島はもちろんのこと、茨城、千葉、東京、神奈川あたりの水産業も壊滅しかねない。


さて、ようやく後者、「ヒトへの影響」である。こちらは、リバネス批判の際に書いたように、「科学的」であるためには相応のエビデンスが必要だ。

博士号を利用したマーケティング

ここで書いたように、原著論文の提示と共に、「今のコンセンサスはこうだ」と主張するのが「科学」である。少なくとも、政治家や役人が「安心です」というのは科学ではない。

ただ、ちょっと困るのはデータが少ないということ。放射線の長期に渡る被爆によって健康被害が出た代表例であるチェルノブイリからまだ25年しか経っておらず、わからないことが多いのが現状なのだ。「放射線 その利用とリスク」(地人書館、エドワード・ポーチン著、中村尚司訳)によると、白血病は被曝から発病まで平均12年、固形がんは平均20〜25年以上かかるとのことで、事例が少ない上にまだ調査途上ということなのである。

以前放射能について説明したときに引用した下記の記事だと

放射線防護の基本的な考え方とは【無料

50ミリシーベルトであっても大勢が浴びれば、全体のがん死亡は少し増える。例えば、チェルノブイリの周辺住民で平均50ミリシーベルトを浴びた27万人は、原爆データ固形がんによる死亡が43500人(被曝なしの場合)から45000人に増えると予測されている。27万人に対する割合で見ると、16%から16.5%に増えることになる。白血病による死亡は、1000人から1100人へ、0.3%から0.34%に増えると予測されている。


とのことだし、こちらの記事だと

低線量被ばくの人体への影響について:近藤誠・慶応大

また被ばく量が1シーベルト上がるごとに、がんによる相対過剰死亡数が率にして0.97(97 %)増える計算です。相対過剰死亡率の計算は若干難しいので、結果だけ示しますと、死亡統計により国民死亡の30 %ががんによる日本では、10ミリシーベルトを被ばくすれば、がんの死亡率は30.3 %、100ミリシーベルトの被ばくでは33 %になります。


とのことだ。後者はちょっと数字がおかしいと思うのだけれど、とにかく論文が少ないし、結論も出ていない状態だと思う。こうした状況においては、研究が進むのは待っていられないし、また結論が出るのも待っていられない。とすると、そもそも「科学的根拠」があんまり存在しないという状態なのではないか。だから基準値がふらふらしてしまうというのなら、納得もいく。僕は放射線の人体への影響に関する研究の専門家ではないので何とも言えないのだけれど、チェルノブイリから25年しか経っていないことに加え、当時の民間人たちの被曝量がどの程度だったのかを正確に知る方法がない状態にあっては、「日本が科学的知見を集めるのに最適な場所」となっただけで、その結論は30年とか、50年先にならないとわからない、というのがありそうなストーリーである。

#まぁ、「被曝総量にして10ミリシーベルトぐらいから有意にヤバい感じですよ」というのが僕の個人的な理解なんだけれど。

もしこの想定が正しいのであれば、そもそも放射能に関する(特にセシウムについて)知見が少なく、科学的根拠に基づいた議論などできない、というのが正直なところなんだと思う。結果的に、測定サイドは科学的に、リスク評価については「ある程度」科学的に、その上で行政的に考えなくてはならないということなのかな、と思う。では、行政的な数値はどう考えたら良いのか。やはりここは、海外の数値に頼るのが適正だろう。今、実際に危機に直面している日本の行政が単独で適正な基準を導き出せるとは思えない。特に、一度決めた数値を「現状を鑑みて」とか言って上下させてしまったり、またはそれをほのめかしたりしている状態では全く信用ができない。

その点で厚生労働省は非常にフェアで、きちんと海外の基準を提示している。

EU

USA

こうした数字は、きちんとわかりやすい形にして国民に対して提示すべきである。

#僕は、やり方が物凄く下手くそ(データの提供のやり方とか、役所の顔になる窓口に能力の低い人間を置いたり・・・)なだけで、役所が最低限やるべき事はやっているんじゃないかなぁ、と思っている。


さて、ようやくまとめになるのだが、風評被害を最小限にするためには、まず、適正なモニタリングが必要だ。その上で、現在の「被曝」と「健康」の関連に関する知見をまとめておく必要がある。その上で、それらをバイアスなしに国民に提示すれば良い。ただし、ここで重要なのは、「最終的に判断するのは国民それぞれである」ということだ。基準値に収まっているか、収まっていないかはそれほど問題ではない。その基準は、あくまでも人間、他者が決めたものである。情報の受け手には二種類があって、「自分で判断しないと気が済まない人」(例えば僕はこれ)と、「人に言われたとおりにする人」である。前者に対しては、基準の提示は意味はある。ただし、それは判断材料の一つとしての意味である。後者に対しては、後者が「政府」を信用に足ると考えている場合は、基準は絶対的な意味を持つ。一方で、政府よりもお隣りのおばちゃんの方が信用できると思っていれば、何の意味もなくなってしまう。実際には、一番最後のクラスター、例えば血液型占いとか、星占いとかを本気で信じているクラスターは、そもそも思考回路が科学的でないのでどうにもならない。みのもんたさんや荻原博子さんや森永卓郎さんといった、この手のクラスターにアピールできる(いや、別にこの人達がそういうクラスターに所属していると言っているわけじゃないですよ。あくまでも、こういった層にアピールできるんじゃないかな、というだけのこと)人たちに頑張っていただくしかない。それから、行政を信じてくれる人。彼らには、「これは大丈夫ですよ」と言ってあげれば良い。特に対策は要らない。つまり、「人に言われたとおりにする人」に対しては、どちらにしろ、数字そのものには何の意味もないのである。

きちんと対策すべきは、「政府は信用できないから、極力生データをよこせ」と詰め寄るクラスター対策なのだ。以前は力を持ち得なかったこういったクラスターが、今はブログやツイッターでどんどん発言する。当然、その情報を信用するクラスターも増加してきている。こうした状況においては、基準値は基準値、モニタリングした数値は数値として、開示していくしか方法はない。それが遅れれば遅れるほど、政府は信用を失い、より難しい社会状況を生み出してしまう。同時に、海外からの評価も下がる。必要なのは、基準値と実際の測定値をセットにして提示することだ。しかも、その測定値には「科学的に」判断できるだけの質的充実が求められる。

放射能汚染に関して風評被害をなくすための方法は、「被曝と健康被害に関する学術的合意事項がまだ形成されていない」という仮定においては、たった二つしかない。世界がどういう基準を採用しているかをわかりやすく提示することと、今、目の前にある農水畜産物がどの程度放射能に汚染されているかを明示することだ。可及的速やかに、それを可能にする環境整備を行う必要がある。

この記事へのトラックバックURL

この記事へのトラックバック
【放射線・放射能対策】 風評被害とは(農水省への電凸レポート入り) 風評被害はこの2つの方法でしかなくならない - 「最先端似非(?)科学のリバネスって、隠蔽も素早いんだな!!」社長のブログ 福島近辺(特に宮城・福島・茨城・千葉方面が深刻)の農水産物の「風評被
本当の「風評被害」を避けるために必要なこと【大「脳」洋航海記】at 2011年04月11日 18:34
この記事へのコメント
 青山某とかいうリスクコンサルタントが、政府の(国内からの)発表するデータなんか全く信用できない、だからアメリカの...とTVで吐き捨てていましたが...科学的な情報はそんなことする必要がない。現在昔の同僚(原子核実験;原子核工学のお隣りの業界)が原発周辺の環境(土壌をふくめた)放射線の経時データを取得する作業を開始しています。

 科学が科学であるために、それを取り扱う人々は科学の独立性、普遍性を保つ必要があり、それがこうした「科学的」手法に帰結するわけですが、理学博士って「科学の取り扱い手法を覚えました」という修了証みたいなもので....権威でもなんでもないんですが。
#ウコンの件で閣下がお怒りになられるのは無理もない。



>そもそも「科学的根拠」があんまり存在しないという状態なのではない
>か。だから基準値がふらふらしてしまうというのなら、納得もいく。
 
放射線の生体的な影響ですが、お察しのとおりです。
最近になってようやく”素過程”の描像がまとまってきたというところでしょうか。
http://www.kagakudojin.co.jp/files/c13043-04.pdf

 以前お医者さんは遺伝子を一撃で切ると言い張っていましたが、物理やが断面積(確率)を評価するとどうもその確率は小さい。すなわち、その描像だと放射線の影響を過小評価してしまう。そこで、物理屋や見識あるお医者さんが、活性酸素などの2次生成物による生化学的なプロセスを持ちこもうとしてましたが、10年くらい前まではまだ議論をしていました。
Posted by JoeNakano at 2011年04月12日 10:04
> アメリカの...とTVで吐き捨てていましたが...

アメリカはアメリカでバイアスをかける心配がありますからね。でも、その危険性が日本よりも低いということなんでしょう。

>  科学が科学であるために、それを取り扱う人々は科学の独立性、普遍性を保つ必要があり、それがこうした「科学的」手法に帰結するわけですが、理学博士って「科学の取り扱い手法を覚えました」という修了証みたいなもので....権威でもなんでもないんですが。

僕もそう思います。科学者はデータに対して謙虚でなくちゃいけない。

> #ウコンの件で閣下がお怒りになられるのは無理もない。

ご理解いただきありがとうございます。

> 最近になってようやく”素過程”の描像がまとまってきたというところでしょうか。
> http://www.kagakudojin.co.jp/files/c13043-04.pdf

これから日本人の体を利用して新しい知見が蓄積されると思います。50年後ぐらいには、もうちょっとまともな対応が可能になると思います。
Posted by buu* at 2011年04月12日 12:53