2011年04月16日

原子力発電所の危険性を数字で考えてみる

池田信夫さんが「死者ベースで考えれば」と限定して原発は自動車より安全、と述べています。

自動車や石油火力は原発より危険である

これは確かに真実で、どこにも間違ったことが書いていないのですが、多くの人が「あれ?なんか腑に落ちないぞ?」と思っているのではないでしょうか。だって、この理屈から行くと、こんにゃくゼリーより原発の方が安全ってことになりますからね。それは「感覚」との乖離が大きいわけです。ちなみに、僕の場合は「腑に落ちない」ではなく、池田さんと僕では考え方が違うから、で片付きます。では、僕の考え方はどんな感じなのかを書いてみます。

放射線の被曝による人体への影響は、大量に被曝した場合の急性のものと、少量を被曝した場合の遅効性のものがあります。福島の原発が放射性物質をばらまいたとしても、そこで作業に当たっている人を除けば、数シーベルトを被曝するというケースは現状考えにくいので、以後、少量の被爆について考えてみます。

例えば、今後10年間ぐらいにわたり、福島原発から半径30キロぐらいの人がどの位被曝するのかを考えてみます。比較的被害が多いと言われている飯舘村の場合、事故後2週間で最高95ミリシーベルト、村役場付近で30ミリシーベルトとの調査結果が発表されています。

3月28日と29日にかけて飯舘村周辺において実施した放射線サーベイ活動の暫定報告

このデータのうち、役所周辺のデータを見ながら概算してみますと、役場付近では今後、10ミリシーベルト/35日ぐらいのペースで被曝することが予想されます(当初は半減期が短い核種の影響で単純計算ができませんが、一ヶ月後くらいからほぼ一次関数的に被曝量は増大していきます)。これは一年間で約104ミリシーベルトになります。約100ミリシーベルトの被曝量の場合、がんの発生率は10%アップするということなので、

出典:低線量被ばくの人体への影響について:近藤誠・慶応大

一年間でがんによる死者が10%増えるということになります。厚生労働省の統計では平成17年の時点でがんによる死者は32万5885人ですから、人口を1億2000万人とすれば、約0.27%ががんで死亡していることになります。福島原発周辺半径30キロ内の住民を仮に20万人とすれば、がんで死亡している人数は540人になりますから(半径50キロにすればいわき市が含まれるので、対象人口はかなり増大します)、これが10%増加すると、54人が年間新たにがんで死亡するということになります。

#この計算はかなりざっくりとしたもので、本来はもっと厳密に算出する必要がある(例えば、周辺全てが飯舘村と同じ程度に放射能汚染されているわけではない)のですが、今回は「こういう考え方もあります」という趣旨なので、厳密な計算は行いません。また、範囲を広く取った場合、そこでの被曝量は当然低下しますし、逆に対象人口は増大します。そのあたりの検討もしっかりと行う必要があります。

やや乱暴な計算で恐縮ではありますが、「放射線の被爆によって死ぬ人の数」は、あくまでも確率論です。交通事故とは異なり、目の前で事故が起きて人が死ぬ、ということにはなりませんが、「累積で100ミリシーベルト被曝した場合、がんで死ぬ人の数が10%増加する」のであれば、期待値(「暴力装置」と一緒で、「期待」とか書くと怒られそうですが、数学上の言葉です)として「これだけの人間が放射線の被爆によりがんで死ぬはずだ」と議論することは可能です。今回の場合、汚染されている地域の状況、そこにいる住民数、屋外と室内での被曝の状況など、不確定な要素が多いため、現状ではきちんとした計算ができないのですが、少なくとも「原発事故に起因する放射能漏れが原因で死んだ人はゼロだし、現状が続くのであれば今後もゼロだ」というのは正確性に欠けると思います。もちろん、池田信夫さんもこの点には気がついているはずで、だからこそ、「死亡者ベースで考えれば」と強調しているのだと思います。

さて、池田信夫さんの記事では、

タバコを1日1〜9本吸い続けることによる生涯のリスクは、3.4シーベルト。


という記述があります。汚染が深刻と言われている飯舘村においても年間被曝量は約100ミリシーベルトですから、30年飯舘村に住むと、喫煙者の生涯リスクに並ぶことになります。ここでの問題は、「タバコは個人の判断だが、放射線の被曝はそこに住んでいたことによる。そして、その判断のベースには「原発は安全」という前提があった」という点です。

#もちろん、今後については、「原発の近くに住むということは、こういうリスクを負うことだ」ということになりますし、そのそばに住むことは個人の判断ということになります。今までは「原発は安全」という前提で全てが構築されていましたが、3.11以後は、異なります。当然、原発の近所の土地の価格は3.11以前よりも安くなるでしょうし、そのそばで農家をやることは、「原発の事故によって、全てがパーになる」というリスクを負うことになります。

あと、僕は専門家ではないので確実ではないのですが、発がんリスクは、低率域においては足し算によって近似できるのではないかと思います。つまり、タバコを吸う人は、飯舘村に住むことによって、「タバコが原因のがんで死ぬリスク」が3倍になる勘定です。タバコを吸わない人は、タバコを吸っていないのに、吸っている人の倍のリスクを抱えることになります。

ただ、こうした検討をしてみても、「年間1万人弱が死亡する自動車よりは原発は安全だ」と言えます。なぜなら、このような検討でも、せいぜい年間数百人レベルの死者しかでないからです。さすがにこんにゃくゼリーよりは危険そうですが、自動車よりは安全です。ここで考えるべきは、例えば自動車は日本において8000万台(自動車1台あたりの死亡者(約5000人/年)は年間で0.0000625人/(台・年))、原発は18発電所55基という状況においての1台あたりの事故発生率かも知れません。今後、上の計算のように毎年54人が今回の事故による放射線でがんになって死亡する場合、原発1基あたりの年間死亡者数はあるいは約1人/(基・年)となり、自動車よりもはるかに危険になります。別の角度から「原発は危険」サイドに立つなら、「原発一箇所あたりの事故発生率は滅茶苦茶高い」みたいなデータ提示も可能なわけです。

まとめですが、「死亡者数で論じるなら、原発は自動車に比較してはるかに安全」というのはその通りだけれど、別の計算手法を使えば、原発は自動車よりもずっと危険とも言える、ということです。色々な可能性、色々な考え方をした上で、数字をどう扱ったら良いのかを考えるべきです。また、少なくともこれまでは「原発は事故を起こさない」というのが前提で周辺の社会システムが構築されていましたが、既存原発においては原発のリスクについて「福島と同様のことが起きたらどうするのか」を考える必要があります。さらに、今後原発を増設するのであれば、やはり同様に「原発は100%安全ではない」という前提に立って考える必要があります。

#ちなみに池田信夫さんの文章を読んで僕が考えたのは、「原発はタバコ程度の危険性」ではなく、「タバコは原発程度の危険性」ということでした(笑)。原発が危険、というベースに立っているので、「うわーー、タバコって、やべぇ」と思いました。もちろん僕は物凄い嫌煙家です。

##僕のスタンスは、「なるべく早く脱原発を実現できる(目標としては20年以内ぐらいで、数字に根拠はないですが)ような中・長期的電力政策を考える必要がある」というものです。

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この記事へのコメント
池田信夫さんの説明が腑に落ちてなかった1人です。こうやって説明してもらうと、完全文系な自分も考える余地が出てありがたいです。喫煙の例は素晴らしいですね!過去数年間に渡って喫煙してたことがあるのですが、原発と同じくらいヤバイのを辞めることができて、今更ながら良かったです。

ところで、川崎市の福島の廃棄物処理についてはどういう意見をお持ちですか?苦情騒動で何か感じられましたか?
Posted by kolis at 2011年04月16日 23:24
> ところで、川崎市の福島の廃棄物処理についてはどういう意見をお持ちですか?苦情騒動で何か感じられましたか?

情報が少ないので難しいのですが、放射能汚染されていないゴミならもちろん問題なし、汚染されているゴミなら、そりゃぁやめておけ、と思います。汚染されているかどうかは調べればすぐにわかりますから、調べたら良いと思います。
Posted by buu* at 2011年04月17日 00:08