2011年04月20日

これまで誰も書かなかった「サイエンス・コミュニケーションに求められるもの」

サイエンス・コミュニケーターについて大事なことを書きます。

○科学は面白くない
科学は面白くありません。「ちゃんと理解できたら面白いはず」というのはあなたの思い込みです。そもそも、あなたはなぜ科学をやっているのですか?あなたが面白いと思っているからではありませんか?「私にも面白いから、他人が見ても面白いはず」は誤解です。でも、「誰にとってもつまらない」ものでもありません。中には「面白い」と思う人もいるかも知れません。そうなったらラッキーです。でも、立つべき場所は、「面白いはず」ではありません。基本的に「面白くない」です。

○科学は大事ではない
科学は大事ではありません。テレビの仕組みを知らなくてもテレビを使うことはできます。原発の仕組みを知らなくても電気を使うことはできます。「科学を理解することは大事」と思い込みたいのはわかりますが、これは間違いです。ただし、「誰にとっても不要なもの」でもありません。人によります。また、場面にもよります。立つべき場所は、基本的に「大事ではない」です。

○では、科学を理解する必要はないの?
必要不可欠ではありません。ただし、科学を理解すると生活が豊かになる可能性があります。また、「この角度で打ち上げると打球が遠くまで飛ぶ」「この握り方でボールを投げるとこんな感じで変化する」などは、科学で説明が可能です。だから、科学的なアプローチによって、より早く結論に行き着く可能性もあります。ただ、これらの多くは日常の経験を通じて身につけることができます。僕は科学的なことは理解していませんでしたが、小学生のころからカーブもフォークも投げることができました。「理解していた方が良いかもね」ぐらいのことです。あと、大学受験には役に立つかも知れません。時と場合によるわけで、少なくとも普遍的な重要事項ではありません(普遍的な重要事項とは、走行中の新幹線からは飛び降りない方が良い、とかです)。

○これまでのサイエンス・コミュニケーション
多くの場面で、サイエンス・コミュニケーションは単なる押し付け、あるいは大人の事情でした。「私のやっている研究は面白いから、みんなに理解して欲しい」(典型的な押し付け)、「反対運動が起きると面倒だから、原発の安全性について理解して欲しい」(典型的な大人の事情)といったものです。知りたくもないものを無理やり押し付けていたんですから、「サイエンス・コミュニケーション」などというアクティビティがメジャーになるわけがありません。だから、僕の「親と子のゲノム教室」もたった5000部しか売れませんでした。

○サイエンス・コミュニケーションに求められるもの
総統閣下シリーズは多いもので30万人の人が見たようです。前述の「これまでのサイエンス・コミュニケーション」との差は、有料、無料の違いではありません。お金のことに着目すると本質を見失います。要因は二つです。ひとつに、大勢の人が「シーベルトって何なの?」と思っていたから、そしてもうひとつに、大勢の人が「面白い!」と思ったからです。面白い、は、「シーベルト」についてではありません。シーベルトなど、今も、昔も、多分将来も、誰も面白いとは思っていません。あくまでも表現方法を、です。何よりも、表現方法が大事なのです。
最近、僕のブログに、「サイエンス・コミュニケーターって女性が多いですよね」というコメントがありましたが、何故かって、答えは簡単です。それは、彼女たちが可愛かったり、おっぱいぷるんぷるんだったからです。だから、発表している内容はつまらないものでも見に来る人がいました。ニーズがあったから存在できたのです。でも、彼女たちの賞味期限はとても短いです。ごくまれに吉永小百合さんのようなバケモノ(いい意味で)が誕生したりしますが、もちろんこれはレアケースです。おばさんになったり、結婚しちゃったりすると途端に価値が低下します(科学ではこれを「半減期が短い」と言います)。それが証拠に、おばさんとおじさんのサイエンス・コミュニケーターの数はそれほど違いがありません。多いのは、若い女性のサイエンス・コミュニケーターだけです。おそらく、ジャニーズの誰かがサイエンス・コミュニケーターをやれば、それもヒットするはずです。
聞き手が求めているのは「科学」ではありません(子供を連れた教育ママだけは別です)。タイムリーなネタを、可愛い子(イケメン)が、面白く表現することです。

○念のため
タイムリー、かつ面白ければ必要条件を満たしています。さらにそれが可愛くておっぱいぷるんぷるん(男の場合はイケメン)であれば理想的です。加えて水着だったりしたら満員御礼間違いなしでしょう。ただ、可愛いとかイケメンとかは才能です。ブスやブサイクは整形しないとどうにもなりません。また、あくまでも十分条件であって、必要条件ではないので安心してください。でも、僕がイベントをプロデュースするなら、コミュニケーターは可愛い子を水着で使います。

○俺は遺伝子組み換えについてコミュニケーションしたいんだけど
無理です。今、皆さんのニーズは放射能です。どんなに頑張っても遺伝子組み換えについては聞いてもらえません。あなたがもし遺伝子組み換えしか語れないコミュニケーターなら、あなたの時代が来るのを待つしかありません。もしかしたら来るかも知れないし、一生来ないかも知れません。ただ、あなたがもし、「ちょっと専門外だけれど、なぜ放射線が体に悪いのかなら、分子遺伝学的に説明できるかも」と考えることができるなら、チャンスはあります。今のキーワードは「放射能」です。

○職業としてのサイエンス・コミュニケーター
専門に特化したコミュニケーターは食べていくのが困難です。なんでも説明できるストライクゾーンの広さが要求されます。ただし、「御用コミュニケーター」の需要は引き続きあると思います。「遺伝子組み換えについて教える」「原子力の安全性について教える」「放射能ふりかけは気にする必要がないと教える」といった、メーカーサイド、行政サイドにニーズは未来永劫存在するからです。サイエンス・コミュニケーターが今よりもうちょっと有名になれば、ウィキペディアにも「御用コミュニケーター」という言葉が載るかも知れません。載ると良いですね!

○まとめ
1.科学はつまらない。
2.科学は大事ではない。
3.みんな、面白いものを見たい。
4.カワイコちゃん、おっぱいぷるんぷるん、イケメンはここでも正義。ただし、半減期が短いことに注意。
5.今なら放射能!

参考資料
急募!「まともな」サイエンス・コミュニケーター!

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この記事へのコメント
素晴らしく痛快です。自称サイエンス・コミュニケーターの方々の意見も気になります。
Posted by Tetsu at 2011年04月20日 15:52
> 素晴らしく痛快です。自称サイエンス・コミュニケーターの方々の意見も気になります。

基本的に彼らは自己点検、自己検証、自己反省というのが苦手です。短所を直すより長所を伸ばそう、という教育で育っていますから。だから、直接反論されるような場所には出てきません。自分が攻撃されることを物凄く嫌います。

SMAPのくだらない歌がなぜ売れるのか。内容じゃないんですよ。お笑いがなぜ受け入れられるのか。見た目が全てでもないわけです。

「ためになる」って、誰の評価だよ、ということを良く考えてみれば良いんです。ためになるかどうかは自分で考えますよ。必要だと思えば興味を持つ。その疑問への回答の表現が面白い表現なら言う事なし。逆に、生きて行く上で本当に必要なことなら義務教育で教えておくべきなんです。

前にも書いたけれど、「サイエンス・コミュニケーション」は理系大学院生の落ちこぼれのための受け皿じゃないんです。でも、現状はそうなりつつある。推進しているお偉方を見ても、「就職のないこいつらが活躍する場がないだろうか」ぐらいのモチベーションが透けて見えたりします。

僕はバイオの普及に当たって、国民理解が必要だと思っていました。それは間違いじゃないと思いますが、「理解しろ」と押し付けても意味がないと気が付きました。でも、バイオに関して「どうしてなんだろう?」という、知的好奇心を動機付けするのは凄く難しい。そして、理解が進まなかったときに困るのは国民ではなく事業者です。

こうしたことも、3.11で物凄くはっきりしましたね。
Posted by buu* at 2011年04月20日 17:19
サイエンス・コミュニケーターとひと言でくくれるほど一筋縄ではないですね.

Miraikanの科学コミュニケーターさんは,Miraikanのウェブページで放射能に関する特設記事や質疑応答を載せてます.私はサイエンスコミュニケーターと思っていませんが,サイエンスポータルに放射能に関するイベントの記事を書きました.友人が関わっている放射能と震災をテーマとしたサイエンスカフェの広報も,ポータルサイトを使って手伝っています.

CoSTEPの放射能に関する電子書籍が出たので,これを使って読み聞かせをしようという動きも草の根レベルではあるようです.

多くの人たちは,既に抱えている仕事や持ち分(家庭とか)があるので,すぐに動ける人は少ないのかもしれません.
Posted by K_Tachibana at 2011年04月21日 18:18
> サイエンス・コミュニケーターとひと言でくくれるほど一筋縄ではないですね.

一つのものをドカンと否定したときに細かいところを挙げて反論するのは非常に良くある手法ですね。一般論として、「サイエンス・コミュニケーターって使えねぇよなぁ」というのが僕の主張です。そりゃ、よーく見れば中には使える人も数名はいるでしょう。それで、その中から池上彰さんみたいなスーパースターが一人出てきたら、それで満足ですか?

完璧な理論を構築するためには大量の作業が発生します。そして、それをやっているうちに時間ばかりを浪費するわけです。

> Miraikanの科学コミュニケーターさん・・・

ですから、おじさん、おばさん、可愛いお姉さんの活動を全否定しているわけじゃないですよ。ただ、そうやって説明されなくちゃわからない程度の活動は、本当のニーズには応えられないよな、と思うわけです。例えば、このサイト。

http://smc-japan.sakura.ne.jp/?p=1627

「また被ばく量が1シーベルト上がるごとに、がんによる相対過剰死亡数が率にして0.97(97 %)増える計算です。」という記述がおかしいんじゃないか?と指摘しましたが、おかしいとも、おかしくないとも返事が来ません。コミュニケーションのサイトではないですが、ダメなサイトですよね。

> 多くの人たちは,既に抱えている仕事や持ち分(家庭とか)があるので,すぐに動ける人は少ないのかもしれません.

そうやってホソボソとやる人は、引き続き頑張れば良いと思います。それが一部の人の思惑通り、就職のない博士たちの受け皿にはならないと思いますけれど、僕はあまり興味がない。

っていうか、なんでそんなにホソボソとしてるの、何かやり方間違ってるんじゃないの?そもそものスタートで前提が間違ってないか?というのがこの文章の主旨です。
Posted by buu* at 2011年04月21日 18:49