2011年06月03日

僕がバイオベンチャーの社長を辞めたわけ

はじめに
最初に書いておくけれど、社長を辞めたのはひとえに僕の能力不足。誰のせいでもないです。じゃぁ、なぜこれを書くかって、後進に対して「ベンチャーの社長とはこういうもの」というのを示すためです。安易に起業をして人生を棒に振らないでね、ということですね。ちょうどさっき、「こうやったら失敗した」というビジネス本がほとんどない、という主旨のつぶやきをツイッターで書いたので、参考までに自分で書いてみます。

社長就任の背景
僕は東工大で修士を取ってから、新卒で三菱総研に就職しました。僕がやりたかったのはバイオの専門家としてのコンサル業務でしたが、残念ながらバイオの仕事はありませんでした。副社長に直談判して理研に出向に出してもらい、約3年間理研のお手伝いをさせていただきましたが、その期間を終えてもバイオの仕事はありませんでした。

#これも、当時は三菱総研のせいだと思っていましたが、単に僕の能力不足です。

三菱総研にバイオの仕事がなかったので、僕は独自に転職活動を開始して、野村総研の内定をもらいました。ところが、ここで三菱→野村の転職を嫌ったのか、三菱総研から片道切符、最長5年間の期限付きの条件で、経済産業省への転職を勧められました。野村にしても長くいる会社ではないので、どちらがその後の展望が開けているか、が選択のポイントでした。それで、僕は経産省を選びました。
経産省が片道切符なのは最初から決まっていましたから、僕はその任期が終了に近づく頃に次の仕事を見つける必要がありました。そんなとき、バイオテックヘルスケアパートナーズ(現株式会社ビー・エイチ・ピー)の松本氏から声をかけられました。曰く、投資先の一つの創薬系バイオベンチャーの経営が思わしくなく、二代目の社長としてテコ入れをしてくれないか、とのことでした。

社長就任
会社は産総研ベンチャーで、所在地はつくばでした。自宅からは片道100キロほどで、自家用車なら通えない距離ではありませんでした。基盤テクノロジーをチェックしてみましたが、複数のパイプラインがあり、産総研の支援も受けられるとのことで、これならやってみても良いかな、ということで、経産省を退職して2ヶ月後に株式会社アドバンジェンの二代目の社長になりました。

会社の基盤技術
当時、アドバンジェンには2つの基盤技術がありました。一つはFGF5の機能に着目した育毛剤の開発、もう一つは別のタンパク質を利用した褥瘡治療薬の開発でした。特に期待が持てたのが育毛剤開発で、市場規模を考えると、順調に開発出来ればかなりの成長性が見込めました。FGF5はマウスにおいて毛の育成に関与しており、FGF5がないと毛が伸び続けることがわかっていました。したがって、このFGF5の活性を阻害するような低分子を発見してくれば、育毛剤として利用出来るというのが基本的なコンセプトでした。実際には、FGF5をマウスに大量に投与し、人工的な脱毛状態にし、その脱毛マウスに候補物質を投与する、という手法を利用しました。このスクリーニングのための実験系も完成しており、あとはFGF5の阻害効果が見込まれる物質を見つけてくるだけ、という状態でした。一方、褥瘡治療薬については市場規模が小さいこと、先行テクノロジーとの競争優位性があまりなかったことから、あくまでもバックアッププランと位置づけていました。

会社の体制
アドバンジェンには当初3人の研究者がいました。早稲田、筑波、東工大の博士で、基盤技術は早大博士のものでした。この他にテクニカルスタッフが2名、事務担当者が1名というラインナップでした。また、会社のファウンダーとして産総研の4人の研究者が運営に参加していました。

事業の進捗
会社の開発はとにかくスクリーニングを繰り返し、FGF5阻害活性のある物質を見つけてくることでした。候補物質が見つかった時点で創薬会社にそれを持ち込み、業務提携して商品化を進める、という方針で、3ヶ月ほど実験を繰り返しました。
ところが、なかなかキレの良いデータが出てきません。研究者に任せておくとチャンピオンデータを揃えてきてしまい、それでは論文にはなっても、商品にはできません。マネージメントを開始して一ヶ月ほどで、研究者に任せておくと、商業的な研究開発は難しいことがわかりました。最初は僕は実験には一切口を出さない方針でしたが、すぐに僕が全体計画をチェックするようになり、データの処理も面倒を見るようになりました。
やがて、スクリーニングに使っている実験系に大きな問題があることがわかってきました。処理された実験データをチェックしていたところ、活性がないはずのコントロール(水です)で活性が出てしまっているのです。「これはどうして?」ということになったのですが、「Aさんの調整したタンパク試薬を利用していると、ときどきこうなる」とのことでした。そのタンパク質はメーカーで精製、販売しているものがあったので、それを購入して利用することを指示したところ、「やってみたけれどうまくいかない」とのことでした。それは明らかにおかしいので、商品を購入して実験をやってみたところ、Aさんが調整した試料と同様の結果が出ました。研究者にそのあたりについて見解を聞いたところ、「その試薬の調整は非常に感覚的な部分があり、マニュアル通りにやるとうまくいかない。Bさんによる、職人的なテクニックが必要だ」とのことでした。以後、色々と実験してみてわかったことは、Bさんが手抜きをして調整した試料には細胞毒性の強い物質が濃縮されており、そのためにマウスの皮膚に悪影響がでて、毛が生えない、という状態ができているということでした。
育毛因子の阻害剤であるFGF5を人工的に増加させて、脱毛マウスを作っていたつもりだったのに、実際には毒物によって皮膚が炎症を起こし、それによって脱毛状態になっていたわけです。アドバンジェンの育毛剤開発のための基盤技術は、論文も、特許も、間違いだということがわかりました。

対応策
このことがわかった時点で、基本的に会社は崩壊しました。メインの研究者は辞表を提出して退職しました。ほどなく、ナンバー2も退職し、研究者ひとりと研究補助員、事務担当者ひとりと社長、という体制になりました。資本金もほぼ使いきっており、資金調達のために何か考える必要が生じました。ちょうどそのとき、尾身大臣の肝いりで沖縄が技術系ベンチャーの誘致に注力を始めていたため、総務省が主催する沖縄のベンチャー誘致ツアーなどに参加し、現地視察に行きました。沖縄であれば、事務所代も安く済みます。そこで、「会社を沖縄に移し、沖縄や台湾などにある生物資源を利用した育毛剤開発にシフトしよう」ということになりました。何か技術的な基盤があるわけでもないのですが、株主は会社を畳むことには否定的でしたので、「もうみんなで沖縄に移住して楽しくやろうぜ」と空元気を出していたのです。

解任
ところが、就任一年の株主総会の直前に、取締役会から社長辞任を勧められました。取締役会は、新しい社長のもと、引き続き産総研をベースにして育毛剤開発を進めるとのことでした。僕は効果がないとわかっている素材をベースにしての育毛剤の製品化など全くやる気がなかったので、実質的に解任される形で社長を辞任しました。当時の僕の日記はこんな感じです。

2004年06月23日
株主総会終了

2004年07月01日
失業

2004年07月09日
前の会社


製品回収
三代目の社長を迎えたアドバンジェンは、その後、製品化を進め、無事、念願の市場投入を果たしたようでした。そして、平成19年には製品回収するに至りました。
http://www.mhlw.go.jp/topics/bukyoku/iyaku/kaisyu/2007/kaisyuu2007-3-1394.html

回収理由は「商品パッケージにおいて、承認されていない効能効果の表示を行っていたため回収します。」というものです。効果がないのですから、当たり前ですが、なぜばれたのかは良くわかりません。このニュースを聞いて僕が思ったのは、「辞めて良かった」というものです。アドバンジェンサイドも僕のことが大嫌いなようで、どこを見ても僕が社長をやっていた形跡はありません。僕としても、こんな恥ずかしい事態になった会社に、僕の足跡が残っていないことはちょっとだけありがたかったりします。

その後
僕は、すっかりバイオがイヤになってしまいました。育毛剤も、健康食品も、効きもしないものが市場に溢れています。科学っぽいことを語りながら、実際には科学でも何でもなく、ただのインチキばかりです。「あぁ、15年間追い求めてきたバイオによる夢のような世界は、本当に夢だったんだな」と思いました。そして、技術者でも、研究者でもない僕には、これ以上、どうしようもないこともわかりました。僕は9ヶ月ほど無職で過ごした後、ITベンチャーを立ち上げました。そして今に至るわけです。

所感
最初にも書きましたが、紆余曲折は全部自分の能力不足です。論文を信用したこと、特許を信用したことから始まり、すべて自分の経験不足、能力不足でした。逆に言えば、バイオベンチャーの社長にはこうした能力が必要とされます。今の会社には、パイプラインがたくさんあるので、ヘアカットJPがこけてもどうぶつしょうぎがあるし、どうぶつしょうぎがこけてもスキー販売があるし、それがこけてもウェブサイト構築やマーケティングコンサルティングができます。それに比較して、バイオベンチャーはシングル、あるいは2、3のベーシックテクノロジーに依存する経営体制になります。それが折れてしまえば、即終了です。そうしたときに、抱えている社員や、投資している株主に対してどう責任を取るのか、このあたりが大きな問題になってきます。ITに比較したら、かなり難しい業界であることは間違いありません。

おわりに
そうは言っても、誰かバイオベンチャーをやりたいという人がいれば相談には乗ります。協力もできるかも知れません。ただ、僕は実験結果に嘘をつくのは嫌です。僕の根っこは研究者ですから、実験結果に対しては、常に謙虚でいたいと思っています。また、市場に対して嘘をつくのは嫌です。他人に嘘をつくのも嫌です。人を騙してお金を貰いたいとは思いません。効きもしない薬を売ったり、効果のない健康食品を販売するのはまっぴらごめんです。本当に効くものを、必要としている人に届けたいと思います。そのあたりをご理解いただける方で、僕がお役に立てるようなことがあれば、お声がけください。多少は「バイオベンチャーにおける失敗」の経験が役立つかも知れません。

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