2011年07月10日

新しい事業を失敗しないために考えなくてはならないたくさんのことのうちの一つ

大きな組織、硬直した組織からスピンアウトするのは、ここ数年の日本でも良く見かける。こうした動きは、社会の活性化や新陳代謝には必ず必要で、護送船団、村社会の日本であっても、どうしたって起きてくるものだ。

そして、スピンアウトした人たちはみんな共通の壁にぶつかることになる。それは既得権者達の壁だったり、銀行の無理解だったり、いろいろだ。それらの多くは自分ではどうにもならないことだったりするのだが、中にはスピンアウトした人間でも自分でコントロールできるものがある。それは、「自分の目線を変える」ことである。ところが、これができない人たちが相当数いる。これができないことで、スピンアウトはただのアドベンチャーになってしまう。その行き先は火を見るより明らかだ。

僕がやりとりをしてきた中での典型事例を一つ紹介する。僕たちの会社は、大きな、ある旧態依然とした組織から飛び出した組織(以後、Aとする)と、ひとつの事業を開始することにした。開始にあたり、共同事業契約を締結し、その発展について相談を開始した。ところが、その事業を開始してすぐに、Aの中では内紛が発生した。その結果、Aでライブログとの交渉を担当していたB氏がその組織を出ていってしまったのだ。以後、ライブログとの交渉を担当したのはその組織の新しい交渉窓口のC氏、そして組織のトップのD氏となった。特にこのC氏の対応が非常に稚拙で、以後、プロジェクトは迷走を始めた。まず、最初にC氏が提案してきたのが契約書の内容の大幅な見直しである。契約書は、契約する前にきちんと内容をチェックするのが当たり前で、一度契約してしまえばあとはそれを粛々と実行していくのが当然である。これはビジネスの常識だ。ところが、C氏はビジネスの素人だった。

Aとの交渉でC氏やD氏の口から出てきたセリフは次のようなものだ。

「Bは少額でこのプロジェクトをライブログに売ってしまったのか!」(C氏)
「今の契約内容では事業の継続は難しい」(C氏)
「ライブログさんが私たちと共同でプロジェクトをやっていくのにふさわしいか、精査させていただきたい」(D氏)
「私が知らないうちに誰かが契約書に押印してしまった。私は何も知らない」(D氏)

確かに、Aがスピンアウトした母体は長い歴史を持つ組織である。しかし、A自体はライブログよりも新しい団体だ。それにも関わらず、C氏は自分たちが相変わらずAに所属しているような目線でライブログに相対した。これではお話にならない。スピンアウトした時点で、以前の看板は全てなくなっているのである。挙句、「共同で事業をやっていくのにふさわしいか精査させていただく」とは噴飯モノだ。そんなことは契約書を締結する前にやるべきことである。そして飛び出したのが「誰かが勝手に契約したので、私は知らない」という、Aの代表D氏の泣き言である。こんな組織がまともに機能するわけがない。内部分裂して出ていってしまったB氏にもある程度の上から目線感覚が存在したことは否定しないけれど、少なくともB氏には「一からやっていく」という感覚が存在したし、ライブログが共同で事業を進めていくのに大きな障害があったとは思えない。しかし、C氏には「ゼロからのスタート」という感覚が皆無だった。加えて、D氏には、組織のトップとして全体をまとめるだけのリーダーシップがなかった。

最終的に、Aはライブログを下請け的立場にしてプロジェクトを推進しようとして、交渉は決裂した。相乗効果を狙った事業展開はバラバラに崩壊し、ライブログはその事業において最低限の利益を出すにとどまった。ただ、ライブログサイドの事業が最低限の成果にしかならなかったのは、もちろんライブログに責任がある。ライブログは、Aの内部分裂も、B氏の離脱も、Aがビジネス感覚を持ち合わせていないことも、Aが契約を履行しないことも、全て想定して考えておかなくてはならないことだった。ライブログはこの経験をもとに、「目線を変えることのできない事業者との共同事業は避けなくてはならない」という知見を得たのである。

その後、Aに関して何か良い話を聞くことはない。

以上は「目線を変えることのできなかった人たち」に関する事例である。さて、また別の話を書いてみる。三菱総研は辞めていく人間が多い会社だけれど、辞めるかどうか悩んでいるときに先輩たちから聞くアドバイスは、「三菱という看板は決して小さくない。辞めたとき、その看板ナシでどこまでやっていけるのか、良く考えたほうが良い。多く見積もっても、仕事は20%ぐらいになると考えたほうが良い」というものだ。三菱総研では、30代前半で年収が1000万円を越える。一方で、仕事のノルマは5000万円以上。つまり、会社を辞めても20%の仕事が取れるなら、辞めた方が収入が増える勘定だ。三菱総研という会社はステップアップのための踏み台としては非常に理想的な会社だと思うのだが、ステップアップの際、もし独立するのであれば、単純にステップアップするのではなく、一度地面に降りる必要がある。この話は、他のどんな事業においても多分一緒である。

自分がいた場所がどんなに眺めが良くとも、それは当たり前ではない。その場所を離れてもそのままでいられることは少ない。というか、そんなことはほぼ間違いなくないのである。山の上から、別の山に移るには、一度平地まで戻らなくてはならない。これは非常に簡単な理屈なのだが、それがわからない人が山ほどいる。

そういえば先日も、「新しいコミュニティをFacebookに作った。半月で会員を1000人にしたいのが、どうしたら良いか」という相談を受けた。この相談者は元官僚である。彼はいろいろな部分で感覚をリセットしていると思うのだが、この話を持ちかけられたときは「まだまだ、抜けてないんだな」と感じた。

景気が悪い中、何かアイデアを事業化したいと考える人はたくさんいると思う。チャンスといえばチャンスなのだ。ただ、その際には必ず一度自分の感覚をリセットする必要がある。どうやったら成功するか、この問に対する正解は少ない。でも、どうやったら失敗するか、この問に対する回答は比較的簡単だし、正解は山ほどある。そのうちの一つが、「以前の看板がそのまま使えると誤解すること」である。新しい事業を開始するなら、誰もが「裸一貫」からのスタートである。

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