2011年07月23日

モールス

letmein


試写会で鑑賞。

「ぼくのエリ 200歳の少女」という邦題もどうかと思ったんだけど、「モールス」っていうタイトルも酷いなぁと思っていたら、米国での原題は「LET ME IN」だそうで、これで良いじゃん。なんで変な邦題に変更したのか皆目見当がつかない。ハヤカワの文庫本がやっぱり「モールス」なので、もしかしてスウェーデンの原作が「モールス」なのかな、と思って調べたら、「Låt den rätte komma in 」(Let the Right One In, 2004)だった。やっぱりモールスじゃない。だって、この映画のタイトルがモールスって、おかしいもん。

さて、映画はスウェーデンの秀作「ぼくのエリ 200歳の少女」のリメイク。どんな感じでリメイクされているんだろうな、と楽しみにしていたんだけれど、意外とストレートだった。アビーの裸のシーンがなくなっていたけれど、これは元からだよね?エリでは凄く重要なシーンだったんだけど、本作ではそれをセリフで繰り返すことによって観客に理解させていた。場所がロスアラモスに移っていたり、名前が変わっていたり、集合住宅の様子が違ったり、と、設定上の変更はいくつかあったものの、重要な部分での改変はほとんどなかったと言って良いと思う。では、リメイクの意義はあったのか、ということなんだけれど、意義はあったと思う。スウェーデン版が「寒さ」や「静けさ」を恐怖のスパイスにしていたのに比較して、米国版は「孤独」が前面に出ていた。

その上で、本作のほうが格段に怖かった。この映画は恋愛ものっぽく見せておいて、その実、間違いなくホラー。観ていて4回ほど、ゾワゾワゾワって来たので、映画としてはかなり良かったんだと思う。ポイントになるシーンはほとんどスウェーデン版と一緒だったから、死ぬほどビックリするということはなかったんだけど。

ちょっと残念だったのは特撮シーン。わざとああいう見せ方をしたんだろうけど、何か「お金がないんですぅ」という貧乏くさい見え方になってしまっていたと思う。もっとスムーズに動かすことができたはず。一方で、さすがクローバーフィールドの監督と思ったのは自動車事故のシーン。ワンカット・一人称視点での映像には特徴が出ていた。

クロエ・モレッツは中性的な女の子を上手に演じていてナイス。キャンディと覗きが大好きなオーウェンも良い味を出していたと思う。考えてみたら、オーウェンのママは一度も出てこなかったね。登場人物はスウェーデン版よりもむしろ少なかったかも知れない。

レーガンさんの演説も懐かしい。1983年3月の「Evil Empire Speech」の冒頭部分。でも、時代感以外に何か意味があるのかどうかは不明。

ホラーとしての衝撃をたっぷり味わいたいなら、「エリ」は未見で、表現手法の違いを味わいながら楽しみたければレンタルで「エリ」を見てから、「いや、もう観ちゃったんですけど」という人でも、お金を払って観る価値は充分にあると思う。キック・アスの続編を観るのも楽しみになると思う。評価は☆2つ半。

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