2011年10月07日

経済学者と科学者の非科学領域での戦い

池田信夫さんは経済学者なので、池田さんの専門領域については傾聴する価値のあることを多数述べていると思う。また、それ以外の部分でも、面白い事は色々と書いていると思う。だけど、放射能関連に関しては全然ダメだ。それは3.11以降一貫している。おとといも、「武田邦彦氏の売り歩く放射能デマ」というタイトルで記事を書いているので、ちょっと見てみよう。

武田邦彦氏の売り歩く放射能デマ

以下、引用しつつコメントしてみる。

一つは小出裕章氏のように、自分の専門領域(原子炉工学)については正確だが、専門外の分野(放射線医学)については間違っている話


ここで、もうすでにおかしい。僕も小出さんの主張はちょっと放射能危険サイドに偏り過ぎだとは感じているが、小出さんが立脚している事象については、「間違い」と決め付けることはできないと思っている。

もう一つは宮台真司氏や自称ジャーナリストのように、どっちの専門家でもない人々のでたらめな話


と書いているが、それを言うなら池田信夫さん自身もどっちの専門家でもない人々のひとりにすぎない。池田信夫さんの話がデタラメじゃない保証も全然ない。書きぶりとしては面白いが、この文章の品格を下げるだけのような気もする。まぁ、品格なんて、どうでも良いんだろう。それは僕も一緒なので良くわかる(笑)。

何を根拠に「ほとんど判っていない」などといっているのか。被曝と健康被害の関係については、不幸なことに広島・長崎の被爆者12万人のデータがあり、きわめてくわしく正確にわかっている。


というのであれば、逆に池田信夫さんは「広島・長崎の被爆者12万人のデータ」を詳細に検討した論文を引用すべきである。科学の基本は論文ベースの討論であって、「論文の査読」→「論文の掲載」→「専門家による検証」→「必要に応じて追試」→「公開の場での議論」→「コンセンサスの形成」という手順を踏む。池田信夫さんが専門とする経済学ではこういう手段は踏まないのかもしれないが、こういう手順をきちんと踏まないのであれば、科学的ではない。

科学をやったことのない人間は論文が出ただけで科学だとか、もっとひどい場合は件のリバネスみたいに博士が言っていれば科学だとか、白衣を着ている人が言っていれば科学だとか勘違いするが、科学は最終的なコンセンサスを形成しなければ、「どうやら正しいようだ」ということにはならない。

ちょっと話が逸れるけれど、関連した話。つい先日、池田信夫さんと仲の良い城繁幸さんがツイッターでこんなことを書いた。

お婆ちゃんに先立たれたお爺ちゃんはすぐ逝くが、逆だとお婆ちゃんは長生きする傾向がある。

http://twitter.com/#!/joshigeyuki/status/121886980094181377

城繁幸さんも非常に面白い情報を発信し続けている人で、僕は池田信夫さん以上に城繁幸さんの主張には同調する点が多いのだが、こういった記述はいただけないと感じる。これも、非科学的な論理展開の代表例だからだ。ぱっとこれを読めば、「男性はやっぱり女性がいないとダメ。一方で女性はたくましいから、男性がいなくなっても自分でなんとかできる」などと読み取れるかも知れない。しかし、そんな論理は眉唾で、科学的ではない。この現象は当たり前の話だからだ。なぜなら、女性の平均余命が男性に比較して6.85年長い(厚生労働省)し、平均の夫婦年齢差は1.7歳男性が年上(総務省データ)なのである。年下で、かつ余命が長い女性が旦那と死に別れたときに長生きしたり、年上で余命が短い旦那が、妻に先立たれてすぐに死んだりする傾向があるのは、データから見れば当たり前の話だ。城さんはその傾向の原因が何かについて何も記述しておらず、「いや、俺は事実を書いただけだから」というかも知れないが、こういう投げっぱなしの姿勢は福島みずほの「言ったら言いっ放し」と何ら変わりがない。こういう記述を、少なくとも科学者はやらない。だから、これを読むと、「あぁ、やっぱり理系じゃないと、こうなるんだな」と感じてしまう。

ちょっと話が脱線したが、放射線の低線量被曝に関する健康被害について池田信夫さんが論ずるのであれば、まず最低限やるべきはその根拠となっている論文が何で、その論文がきちんと国際的な批判に反論できていることを示す必要がある。その上で、低線量被曝がどの数値からは安全だと言い切ることができるのかを示す必要がある(データがない、ではダメなのはもちろんである。安全だ、という疫学的データがないのであれば、それは科学ではない)。

そういったプロセスが踏襲されていないから、現状は世界的に「低線量被曝についてはとりあえずLNT仮説(=池田さん達が否定している学説)に則りましょう」となっているんだと、僕は考えている。もし本当に低線量被曝が安全だということで国際的なコンセンサスが形成されているのであれば、放射線に関する規制はもっとずっと統一的なものになっているんじゃないかと考える。

#ただ、コンセンサスが形成されていないとしても、政策は決定しなくてはならない。現実的な政策立案のために妥協しなくてはならないことも確かである。大事なことは「コンセンサスは形成されていない」ということを認めることで、その点、武田さんは認めた上で主張をしていて、池田さんは認めていないと思う。だから、この議論においては武田さんの方がより科学的な立ち位置にいると僕は思う。

残念ながら池田信夫さんは放射線医学の専門家ではないので、論文ベースで科学的議論をすることは不可能だ。結局、どこかの科学者の尻馬に乗るしかない。そして、その研究者がきちんとした知見を提示し、公開の場で議論し、コンセンサスを形成し得ないのであれば、その尻馬に乗るだけの池田さんは「素人が何かほざいている」で終了である。

大体、長崎・広島のデータというが、それは一時期に大量の放射線を被曝した事例であって、長期間に渡っての低線量被曝とは全く異なる。

以下、朝日新聞の記事から引用。

ただ、原爆は一度に放射線を浴びており、事故などによる比較的低いレベルの放射線を長期間受ける場合の健康被害は分かってないことも多い。

放射線の影響 広島・長崎の長期調査からわかったこと

さて、続き。

武田氏は「科学的根拠のない話をするな」と批判されたのに対して逃げを打っているのだろう


これはちょっと違うだろう。僕には、武田さんのスタンスは、「わからないものはわからない」というスタンスに読める。その上で「どうするのか」は武田さんの個人的な考えで、これは科学の領域ではない。つまり、武田さんは科学に立脚しつつ、個人の考えを展開している。

科学者は基本的に、わからないことには黙る。「多分こうだろう」というのは科学ではないからだ。そのあたりが経済学とは決定的に異なる。経済学は、過去の事例を徹底的に検証して、仮説を立てる。この仮説は、やろうと思えば、過去の事象については100%説明することが可能だ。しかし、一年後を100%の確率で言い当てることはできない。一方で科学は、基本的に100%の確度で将来を説明する(中には天気予報のように確率で論じるものも存在する)。誰がやっても同じ結論になる。だから、追試が可能だし、検証が可能なのだ。

今回取り上げたやり取りは、「エキセントリックな経済学者」と「エキセントリックな科学者」によるやり取りで、多分永遠に平行線のままだ。「低線量被曝の影響についてはわからないことが多い」という現実を前にして、「わからないんだから、少しでも安全サイドに立ちましょう」(繰り返しだけど、この判断は「科学」ではない)という科学者と、「色々と聞きかじってみたら安全っぽいので、安全なんだよ!」(もちろんこれも科学ではない。科学には、コンセンサスを形成するプロセスが必須だ)という経済学者とが議論しても、落とし所が見つからないのは当たり前である。

#ちなみに科学は全て正しいわけでもない。あとから「あれは間違いだった」となることもたくさんある。単に、そういう検証機能を内部に保有しているだけのことだ。

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この記事へのコメント
「長崎・広島のデータというが、それは一時期に大量の放射線を被曝した事例であって、長期間に渡っての低線量被曝とは全く異なる。」についてですが、二次被曝者(後ほど現地入りして被曝した方々)は一度に放射線を浴びたわけではないと思いますがいかがお考えでしょうか? 広島・長崎ともに、核分裂反応をしたのはごく一部で、大半のウラン235・プルトニウム239は周辺に飛び散っています。原発事故同様に、長期間に渡って低線量被曝した方々も多いと思いますが。
Posted by Takanori Kobayashi at 2011年10月08日 17:18
> 「長崎・広島のデータというが、それは一時期に大量の放射線を被曝した事例であって、長期間に渡っての低線量被曝とは全く異なる。」についてですが、二次被曝者(後ほど現地入りして被曝した方々)は一度に放射線を浴びたわけではないと思いますがいかがお考えでしょうか?

どう考えるも何も、長期に渡る低線量被曝の状況と健康被害についての因果関係に関する論文はどれなんですか?僕の専門は分子生物学で、ラジオアイソトープを使った実験などは散々やりましたが、低線量被曝に関する研究はやったことがありませんから、僕の意見はないですよ。具体的に論文の提示があって、この論文についてどう思うか、と問われれば意見はあるかも知れませんが。
Posted by buu* at 2011年10月08日 18:06
低線量被ばくの健康被害に関してはマウスを使った動物実験などから結果が出ています。まあ池田氏もこういう話を全面に押し出せばいいのにとは思いますが。
Posted by 茶 at 2011年10月08日 22:44
> 低線量被ばくの健康被害に関してはマウスを使った動物実験などから結果が出ています。まあ池田氏もこういう話を全面に押し出せばいいのにとは思いますが。

マウスの実験で長期に渡る低線量被曝のヒトへの影響がわかるとは到底思えないのですが、論文はどこで見ることができますか?
Posted by buu* at 2011年10月08日 23:00
池田先生は3.11後のコラムで
「原爆=完全燃焼、原発=不完全燃焼 だから放射能汚染に限れば原発の方が危険」
という説明をしていたはずなのですが、ちょっと整合とれてないですね。

話は変わりますが、低線量被曝に関しては湾岸戦争のデータが参考にならないものかと思っています。
湾岸戦争症候群の原因と言われた劣化ウラン弾ですが、同じ現象が汚染地域に出ないかと心配なのです。
Posted by 養助 at 2011年10月09日 00:03
動物実験を否定する科学的根拠は全く分かりませんが、以下のサイトから調べてください。

http://www.iips.co.jp/rah/spotlight/kassei/ies.html
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-08-09

参考までにbuu*さんはどこの科学者の尻馬に乗るのか教えていただけないでしょうか?それとも「素人が何かほざいている」だけなのでしょうか?
Posted by 茶 at 2011年10月09日 01:01
人間のデータを求めているのでしたら、以下からたどって下さい。

インドの高自然放射線地域における住民の健康調査
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-07-02

ブラジルの高自然放射線地域における住民の健康調査
http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-07-03
Posted by 茶 at 2011年10月09日 01:16
> 「原爆=完全燃焼、原発=不完全燃焼 だから放射能汚染に限れば原発の方が危険」
> という説明をしていたはずなのですが、ちょっと整合とれてないですね。

そもそも、原爆と原発を比較するのが変です。

> 話は変わりますが、低線量被曝に関しては湾岸戦争のデータが参考にならないものかと思っています。

湾岸戦争から約20年ですから、きちんとしたデータが整備されているのなら参考になるかも知れませんね。
Posted by buu2 at 2011年10月09日 01:26
> 動物実験を否定する科学的根拠は全く分かりません

「長期間」の低線量被曝のデータが取れないからです。

> http://www.iips.co.jp/rah/spotlight/kassei/ies.html
> http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_No=09-02-08-09

400日、つまり1年ですね。参考になりません。

> 参考までにbuu*さんはどこの科学者の尻馬に乗るのか教えていただけないでしょうか?それとも「素人が何かほざいている」だけなのでしょうか?

今のところ、誰にも乗る予定はありません。データがないからわからない。これだけです。ちなみに僕は現在も福島周辺の農水産物を食べないようにしています。

それで、茶さんはどこのどなたですか?
Posted by buu* at 2011年10月09日 01:29
> インドの高自然放射線地域における住民の健康調査
> http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-07-02

こちらのページは参考になりますが、トリウムの体内動態についての記述がないことと、食物を通じた内部被曝について、トリウムと、ヨウ素、セシウム、ストロンチウムなどとの比較検討がないので、これだけでは何とも言えませんね。

> ブラジルの高自然放射線地域における住民の健康調査
> http://www.rist.or.jp/atomica/data/dat_detail.php?Title_Key=09-02-07-03

こちらにページについては対照が何なのかも不明だし、内部被曝についても特に言及がなく、ほどんど参考になりません。
Posted by buu2 at 2011年10月09日 01:48
まあ、池田氏は見ている限り、専門の経済学でも○○はこういっている、××によると、と借り物の意見が多いですから、もともとオリジナルな意見のある人ではないと思います。

もちろん、研究って他者の考えにも立脚するものでしょうが、池田氏の論文は見ていないのでいざ知らず、ブログの文章を見ているとこの人はディレッタントではあるけれど、何かを想像する人ではないなぁとおもいます。
いかにもテレビ屋上がりらしい、他人のふんどしで相撲を取るタイプかと
Posted by tresspasser at 2011年10月09日 22:53
> もともとオリジナルな意見のある人ではないと思います。

経済学の方は僕は全くの畑違いなのでなんともわからないのです。池田さんの論文は僕も読んだことがありませんし。

> いかにもテレビ屋上がりらしい、他人のふんどしで相撲を取るタイプかと

僕も今は研究に当事者として関わっているわけではないので人のことは言えないのですが、「科学」へのスタンスは、ちょっと譲れないものがあります。たとえば僕は「科学」へのスタンスを貫いたために、社長をクビになったことがあります。

http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/51264780.html

企業人としては失格でしょうが、それでも、間違ったことはしていないと思っていますし、同じ境遇に立たされれば、また同じことをすると思います。

科学は、長い時間をかけて構築された手法そのものだと思っています。ところが、枝野官房長官とか、安易に「科学的には」とか、単なる政治的判断に科学の衣を纏わせたりしていました。そして、場所を変えて、それは続いています。「科学のようなもの」を科学と称するのもいかがなものかと思うし、そもそも科学でも何でもないものを科学と称するのもいかがなものかと思っています。

一方で、武田さんも、科学と、科学ではないものの切り分けをきちんとしていないので、それはそれで科学者としてどうなのかな、と思っています。
Posted by buu* at 2011年10月09日 23:05
> 具体的に論文の提示があって、この論文についてどう思うか、
> と問われれば意見はあるかも知れませんが。

ご自身が朝日新聞の記事を引用して「比較的低いレベルの放射線を長期間受ける場合の健康被害は分かってないことも多い。」という意見を補強されていますよね?朝日新聞の記事をなぜ信用されているのか、根拠を示して欲しいものです。
Posted by Takanori Kobayashi at 2011年10月14日 11:24
> ご自身が朝日新聞の記事を引用して「比較的低いレベルの放射線を長期間受ける場合の健康被害は分かってないことも多い。」という意見を補強されていますよね?朝日新聞の記事をなぜ信用されているのか、根拠を示して欲しいものです。

「意見を補強」というのが意味不明ですが、新聞を信用しているのではなく、新聞も僕と同じ考えだ、と言っているだけです。僕が「分かっていないことが多い」と考えるのは、論文が見つからないからです。セシウム、ストロンチウムに関する、長期間に渡る低線量被曝をきちんとモニタリングした上での、健康被害に関する論文は見当たりません。

「周辺に飛び散ったはずなので被曝しているのではないか」などというのは科学ではありません。
Posted by buu* at 2011年10月14日 12:07
ガンの発症のように人間には5−30年に起きることが、 マウスでは100−300日でおきるということはあるのでしょうか?
Posted by とんちゃん at 2012年01月16日 16:00
> ガンの発症のように人間には5−30年に起きることが、 マウスでは100−300日でおきるということはあるのでしょうか?

一般論としてはないでしょう。
Posted by buu* at 2012年01月16日 18:56