2011年12月13日

なんとも怪しい「遺伝子組み換え食品批判」の記事

「メディアは印象操作を平気でやる」というのが「総統閣下はお怒りです」という本で訴えたことなんですが、ちょうど遺伝子組み換え食品についてそんな記事が出たので、サンプルにしてみたいと思います。

「モンサント=ガン」 米国のシェフが警鐘鳴らす遺伝子組み換え
http://tanakaryusaku.jp/2011/12/0003333

基本的には「米国のあるシェフがこんなことを言っている」というレポートなので、彼がそう言っている以上、それまでのことなんですが、何も調べずにそれをそのまま伝えてしまうのはどうなんでしょう。順を追って見ていきます。

DNAを操作された種子には石油ベースの殺虫剤が入っており

「石油ベースの殺虫剤」という言葉の意味するところが全く不明ですが、「種子には」としている以上、「農作物の遺伝子を改変して、石油ベースの殺虫成分を組み込んでいる」という主旨と受け取るのが妥当と思われます。この意味だとすれば、この文章は明らかに間違いです。例えばラウンドアップ(グリホサート)耐性の組み換え植物に導入されている遺伝子はアグロバクテリウム・ツメファシエンスという細菌から見つけられたもので、石油ベースなどではありません。

化学物質が水、食物、土地を汚染する

僕が知っている限りにおいては、遺伝子を組み換えられた植物の種子には化学物質などは入っておらず、アグロバクテリウム由来のEPSPSという酵素(タンパク質)をコードしたDNAが入っています。仮にDNAが外に出た場合、これは速やかに分解されるので、水、食物、土地を汚染するといったことはありません。

継続して食べると体に毒が回り病気になる

すでに米国、日本などで散々食べられてきていますが、まだ遺伝子組み換え食品を食べ続けたことによって病気になったという事例はありません。反対派の方々は「遺伝子組み換えジャガイモの事例」「スターリンクの事例」「昭和電工のL-トリプトファン事件」などを挙げますが、ジャガイモは商品化されたものではなく、スターリンクはアレルギーとは無関係、L-トリプトファンは組み換えとは無関係であったと科学的にほぼ結論が出ています。

遺伝子組み換えされた作物のタネは一代限り。次世代にタネは残さないのである。

これは技術的に可能で、すでに開発もされていますが、実際にはまだ市場投入されていないのではないでしょうか。ただ、「組み換え植物の種子は自家採種禁止」ということが周知徹底されているのであれば、生態系への影響を鑑みて、この技術(ターミネーター技術)は積極的に取り入れていくべきだと、僕は思っています。

農家は自家採種できなくなる

自家採種は日本、米国においては主要な農法ではありません。また、自家採種したい場合は自家採種が可能な品種を使えば良いだけの話です。

モンサントは世界最強を誇る自社の除草剤と強い除草剤に耐えうる種子をセット販売する

「世界最強」という表現が意味不明ですが、ラウンドアップの場合、安定性はそれほど高くなく、残存が問題にされた例はないようです。また、特別な農薬でもなく、日本でも普通にホームセンターやamazonで販売しているものです。また、除草剤と種子をセットで販売するのは何ら問題があるものではなく、例えばキヤノンのプリンターにはキヤノンの純正インクを使うことが推奨されているのと同じです。農業が工業化されているという考え方は成立するでしょうが、それが嫌ならモンサントの商品を使わなければ良いだけのことです。

食物の中に何が入っているかを知る権利があり、どのように食物が作られたのかについても知る権利がある

このシェフの発言はほとんど電波的なものですが、この発言だけはそのとおりだと思います。GMOの反対派はTPPによって米国式の、無表示化を危惧していますが、僕も表示はあった方が良いと思います。ただ、実質的にはもうすでに身の回りのほとんどの商品に遺伝子組み換え作物由来の物質が使われていますから、「遺伝子組み換えでない」という表示だけでも問題はない状況になっているのも確かです(ただ、これも問題があって、それは次を参照のこと)。ちょっと問題なのは、納豆のように、大豆そのものには組み換えが利用されていないのにも関わらず、商品に同梱されているカラシや醤油調味料に組み換え作物由来の物質が含まれている点だと思っています。

『遺伝子組み換え食品』と表示したためにモンサントの売り上げが落ちたら『国際投資紛争センター』に提訴される可能性がある。

可能性だけを論じるのであれば、明日、太陽が爆発する可能性もあるし、地軸が傾いて東京は一年中真冬になる可能性もあるわけです。ただ、米国では「遺伝子組み換えでない」との表示は基本的に許可されていませんが、TPPによって米国が同じ扱いを日本に要求してくる可能性は、太陽が爆発する可能性よりははるかに高いでしょう。ですから、日本としてはこの部分は死守すべきだと思います。食べたくない人が食べない権利は確保されるべきでしょう。大事なことは、守るべき権利はしっかりと守るべく、交渉することで、「表示をきちんとすべし」という意向は交渉する日本の代表者に伝え、了解してもらっておくべきだと思います。

だがもっと怖いのはモンサントによる日本の農業支配ではないだろうか。

これはかなりの確度で間違いと言えるでしょう。モンサントが権利を持っている組み換え作物はトウモロコシ、ダイズ、ワタ、ナタネといったもので、日本ではほとんど栽培されていないものです。イネの組み換え作物をモンサントが開発し、その利便性が非常に高かった場合はモンサントのシェアが高くなる可能性もありますが、そうならないように、日本の研究を推進すべきなのです。

一国の宰相が農業を米国のバイオメジャーに売り渡してどうするのか。

ここには、物凄い論理の飛躍があります。「日本の農業」と、モンサントの事業領域を良く考える必要があります。

シェフの発言は間違いばかりだし、それを受けての田中龍作さんの論考も飛躍が大きく、何らかの意図をもって読者をミスリードさせようとしているのではないかと思ってしまいます。こうした記事があると、「きちんとした反対派」が迷惑するので、もうちょっと色々と調べてから書いて欲しいと思います。

参考記事:「遺伝子組み換え食品との付き合いかた」フォロー記事

品薄が続いてご迷惑をおかけしておりますが、遺伝子組み換え食品について基礎知識を身につけたい方はこちらをお買い求めいただければ幸いです。推進、反対のどちらの立場でもなく、現状を客観的にまとめたものです。




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この記事へのコメント
やっぱりブロゴスのこの記事に反応しましたか。
こういうひどい記事がライブドアのヘッドラインに載って
しまうのも怖いな〜。
buuさんの本で是非啓蒙を!!
Posted by どらごん at 2011年12月13日 17:06
> やっぱりブロゴスのこの記事に反応しましたか。
> こういうひどい記事がライブドアのヘッドラインに載って
> しまうのも怖いな〜。

ちょっと酷いですよね。

> buuさんの本で是非啓蒙を!!

マジで、読んだ人からは「良い内容だ」と言われています。ぜひみんなに読んでもらって、その上できちんと議論して欲しいです。今のままではまともな議論になりっこないです。
Posted by buu* at 2011年12月13日 17:28
 ネットは“怪電波”が飛び交っていますからね。また、そちらの方が主流ではないでしょうか?

 声が大きい人の話を無批判に聞く事は、とても危険だと思いました(勿論○○○○協会の某氏)。

それでは。
Posted by 見てる人 at 2011年12月15日 16:10
>  ネットは“怪電波”が飛び交っていますからね。また、そちらの方が主流ではないでしょうか?

バランスが取れるように、ちゃんとした情報も発信していきたいと思います。
Posted by buu* at 2011年12月15日 23:55