2011年12月20日

監督失格(@川越スカラ座)

kantokusikkaku


ひとりのAV女優について、私生活にも密着してカメラを回し続けるというスタイルで撮影を続けていたAV監督が、カメラに納めた映像を編集して一本の映画に仕上げたもの。最大のポイントは、対象となっていた女優が若くして不慮の事故で亡くなったこと。その発見当日の様子までもが生々しく記録されている。

実際のところ、人間をやっていると、人の死に出くわすことは避けられず、この作品に収められているような現場はほとんどの人が経験しているのではないかと思う。かく言う僕も、人生における一番最初の記憶は、6歳のときに死んだ父親の、死亡当夜の、病室に向かうエレベーターの中だったりする。

そう頻繁にあるわけでもないけれど、超絶的に珍しいわけでもない「死」との対面現場だけど、その瞬間までを完璧に記録したケースというのはあまりないはずで、それが映画という形で公開されると、そのインパクトは人によっては大きいんだと思う。僕の場合は、インパクト自体はそれほど大きくなかった。

AV女優の母親が有名ラーメン店の名物店主ということもあって、母親も全編通して顔出ししている。その表情を追っていくと、創作映画では表現が難しい、「人はゆっくりと死んでいく」様子が的確に描かれていると思う。しかし、そういう創作映画がないわけではなく、むしろ、映画だって「愛」か「死」か、そのどちらかを描いているものが大部分だから、それほど珍しくはない。母親の表情を観ていて思い出したのは、ゴッド・ファーザーPART2の、ラスト近くのアル・パチーノの表情だった。

僕の場合、父親の死以後もたくさんのリアルな「死」に直面してきたし、「こころ」とか「ノルウェイの森」とかその他たくさんの小説を通じて多くのシミュレーションもしてきているので、それほど大きな衝撃を受けることもなく、「あぁ、監督も、お母さんも、この作品を作り、公開し、人に見てもらうことによって、彼女の死と、自分自身の死を、また少し受け入れたんだな」ぐらいの感想を持った。

だけど、そういう経験がまだ少ない人は、こういう現実を見ておくことも決して損ではないと思う。また、僕のように散々経験している人間であっても、ついつい「生きていることと、死んでいることとは、もしかしたら同じことかも」ということを忘れてしまうので、ちょっとしたリマインダーとして悪くないと思う。評価は☆1つ半。

全然関係ないけど、この映画を観たのは川越スカラ座。前から二列目に机があって、これはどうやって使うんだろう、と常々思っていたんだけど、今日、そこにお弁当を置いて食べている人がいて、「おお!なるほど」と思った。あと、今日は今まで見た中で一番お客さんがいた(笑)。町山さんのトークショウとかは除いて、普通の映画として。頑張れ川越スカラ座。東上線沿線に住んでいるなら、映画観るときは川越スカラ座!

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