2012年08月02日

劣化したフリージャーナリスト達に関する佐々木俊尚氏の記事が面白い

佐々木俊尚氏のコラムが面白い。

なぜフリージャーナリストは震災後に劣化したのか?
http://www.pressa.jp/blog/2012/08/post-3.html

僕の佐々木評は「思想地図β2」の際に次のように書いた。
ことIT分野に限れば非常に面白い。ところが、その他の部分に足を踏み出すと、とたんにチープになり、通り一遍になってしまう

「思想地図β2」を読んで2011年を考える
http://blog.livedoor.jp/buu2/archives/51313253.html

今回のコラムは、領域こそITではないけれど、佐々木氏の庭の話なので、きちんとした内容になっていると思う。コラムでは、出版業界の変質と、その中におけるフリージャーナリスト育成スキームの消失、そしてジャーナリズムの衆愚ビジネス化が指摘されている。

佐々木氏は
名前を挙げるのは名誉毀損に当たるので止めておこうと思うけれども、ただ自分の知名度を上げるためだけに扇情的な記事を書き、ウソをまき散らしてるようなジャーナリストはひとりやふたりではない。その傾向はここ数年徐々に増えてきていた感があるけれども、震災以降になって急速に加速してきた感がある。

と書いているけれど、その代表例として上杉隆氏が想定されていることは明らかだと思う。上杉氏に対する追求は映画評論家の町山智浩氏によるものがたくさんあるが、一例としてTogetterのまとめの一つにリンクして紹介しておく。

上杉隆の正体 by 町山智浩
http://togetter.com/li/307824

#「上杉隆 町山智浩」でググれば他にも山ほどまとめ記事がみつかると思うので、興味がある人はそちらをどうぞ。

僕も、上杉隆氏や自由報道協会には、特に震災直後には期待したクチである。しかし、その質は急速に劣化し、今では興味もなくなってしまった。「あぁ、結局は全然わかっていない人たちの衆愚ビジネスだったんだな」というのが僕の認識で、それは僕の専門領域で言えば、岩上安身氏のこんなコメントに垣間見ることができる。






絵に描いたような素人考えで、それを臆面もなく垂れ流している姿は滑稽ですらある。これを見てもわかるように、震災はジャーナリストの劣化の直接の原因ではなく、加速要因であって、真の原因はソーシャルメディアによってジャーナリストと読み手の距離が近くなったことである。この点は

今までは、以下のような構造だった。
(1)書き手 → プロの編集者(出版社) → 読者
これがダイレクトに以下のような関係に変わった。
(2)書き手 → 読者


という部分で表現されているので、佐々木氏もきちんと把握しているはずである。だから、コラムのタイトルの「震災後に劣化した」という表現はちょっと本来の内容を表していないのだけれど、それはそれ。

僕自身はジャーナリストではないけれど(というか、ジャーナリストの定義が良くわからない)、ずっとブログを書き続けていて、そのコメント欄は常に開放している。馬鹿が絡んでくるとブロックすることはあるけれど、基本的に批判でもなんでもきちんとオープンにしてきている。また、いくつかの著書もあって、書籍という形で持論を展開することもある。そうした中でずっと維持してきているのは、自分の思想の独立性と柔軟性である。単純にページビューが増えるから、といった理由で書く内容を変えてしまうこともないけれど、一方で「こういう表現方法が求められているのかも知れない」と思えば、筆致を変えてみたりもする。独立性の堅持と柔軟な変更は一見すれば全く相反する行動だけれど、要は「自分の考えで正しいと思うことをやる」ということだ。佐々木氏の言葉を借りるなら、自分なりに「正しいニーズ」を追求しているということである。

ただ、そうした中での苦しみも当然あって、それは佐々木氏の

読者と書き手である自分との間にどれだけ誠実なエンゲージメントを構築できるのかというような考え方が必要になってくる。しかし今のところ、そのようなやり方で安定的に収益を生む方法はなかなか見つからない。


という言葉に集約されている。例えば昨年末に僕が書いた2冊の本は、僕からすれば傑作である。「総統閣下はお怒りです」は、一部に新しい知見が蓄積されて、ちょっと古くなった部分もあるけれど、今でもほとんど正しいし、正しくない部分も、「今はまだ良くわからないけれど」と注釈をつけていたことが、新しくわかってきたに過ぎない。「遺伝子組み換え食品との付き合いかた」は、世の中に山ほど存在していて、僕たちが日常的に食べている食品の中にも含まれている遺伝子組換え食品について丁寧に説明した内容で、それまでにあった「反遺伝子組換え食品」でもなければ、「遺伝子組換え食品正当化」でもない、中立的なものになっていると思う。両方とも高校の図書館に置いて欲しいくらいの内容だと思っているし、Amazonのレビューを読んでもポジティブな評価が並んでいる。しかし、この本が全く売れない。著者が無名であるということが大きいんだと思うし、これがもし上杉隆氏や佐々木俊尚氏の名前で出版されていれば、きっと大反響だっただろうな、とも思うのである。残念ながら、今の日本では無名の著者が著作をPRすることは至難の業で、「総統閣下はお怒りです」などはもうジュンク堂やリブロといった大規模書店においても棚から取り除かれてしまった。

幸いにして僕はジャーナリストではないし、作家以外にもお金を稼ぐパイプラインを持っている。だから、売れないことを理由に書く内容を変えることもないし、変える必要もない。おかげで衆愚ビジネスへと足を踏み出すこともないのだけれど、一方で“世論に対して触媒的な役割を果たすような存在”にもなりえていないのが現実である。一日のページビューが1,000になるかならないかのブログ、5,000部すら売り上げることができないソフトカバーの出版では、何もできない。

しかし、それでもなお、佐々木氏が模索している「答」を、僕も探し続けるしかないんだと思う。物好きな人は、引き続きお付き合いをよろしくお願いいたします。

 

なお、「遺伝子組み換え食品との付き合いかた」は電子版(PDF版)もあります。

遺伝子組み換え食品との付き合いかた―GMOの普及と今後のありかたは?―(オーム社)

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